番外編-ガニア昔話
それは大昔の話。
ガニアル王国の名前がガニアの国という名前で、ラーライル王国と同盟を結んでいない時代。
無数の国家が消えて、生まれてはまた消える群雄割拠の時代。
そして、稀人という言葉が、まだ世に出回っていない時代のことだ。
その時、ガルド・ラーフェンは危機に瀕していた。
安定していない、荒れきった悲しい時代、命を狙われるのはしょっちゅうだった。
それでも普段は問題無かった。
ガニアの王は暗殺者程度に負けるほど弱くないからだ。
だが、この時だけは別だった。
隣国との取引の為の帰り道。
どこから情報がもれたかわからないが、暗殺者が現れた。
あっというまに護衛と御者は殺され、王は右腕を軽く切られて単独になってしまった。
暗殺者の人数は三人。全員が黒ずくめの格好をしていて、ダガーを片手にこちらに迫って来る。
おそらく毒だろう。切られた箇所が燃える様に熱く、意識も朦朧としてきた。
毒にかかる前なら、三人程度一瞬で返り討ちに出来るが、今はどうかわからない。
それでも、王が負けることは許されなかった。
武器も持てず、視界もぐにゃぐにゃと曲がり、切られた手は熱さと激痛が走る。
ガルドは、ガニアの王としての矜持のみで、戦い続けた。
素手のまま戦いを挑み、手傷を増やしながらも、暗殺者を殴り殺していく。
一人を殺したところで、右手が使えなくなり、二人を殺すと左腕も動かなくなった。
あと一人、しかし、その一人が遠い。
喉元に食らいつく覚悟で、相手を睨むガルド。
無表情のまま、ダガー片手に忍び寄る暗殺者。
次の瞬間、その暗殺者を横から、一人の男が蹴り飛ばした。
「は?」
いきなり吹っ飛ぶ暗殺者を見て、ガルドは呆然とした。
「おーっす。無事か?格好から見てあっちが悪者と思ったけど。違ったか?」
そう言いながら、少年に近い歳と思われるその男は、倒れている暗殺者の残り一人を、腰に携えていた剣で刺し殺した。
「さて、おっさん。無事かい?」
ガルドはその男の様子を見た。
黒い髪に黒い瞳。見たことも無い様な上等な黒い服を着ていて、歳は十五くらいだろう。
「助かった、少年。ところで、この毒を消す手段を持って無いか?」
ガルドは震える声でそう尋ねた。
「ああ。あるぞ。ちょっと待ってろ」
そう言いながら、少年は笑いながらガルドの体に触る。
そして少年は小さく、「戻れ」と呟くと、毒はもちろん、傷口も全て消え、ガルドは健康状態に戻った。
「なんと……これほどの魔法の使い手とは、こんな短期間に、二度も命を救われてしまった」
ガルドがそう微笑むと、少年も微笑み返した。
「おう。だったら礼の一つでも返してくれや」
ちょいちょいと、手を動かし、何かを要求する少年に、ガルドは尋ねた。
「何が欲しいんだ?」
少年が何か言う前に、少年の胃袋が大きな自己主張を始めた。
「緊急募集。腹の泣き声を止める手段」
少年の言葉に、ガルドは爆笑し、尋ねた。
「俺の町で遠いが、それでも大丈夫か?」
男は頷いた。
「ああ。でも、命の恩人なんだ。着いたら一週間位は、ただ飯、期待して良いんだろうな?」
ガルドが頷いた。
「いやいや。命の恩人だ。一年でも二年でも、何なら一生ただ飯食って構わんぞ?」
その言葉に、少年は大きく破顔し頷いた。
「おっ。金持ちだったか。こっちにきてから初めて良いことがあったぜ」
少年はそう呟き、共にガニアの国に向かった。
移動しながら、ガルドはその男に自己紹介を頼んだ。
少年の名前はユウイチ。そうは見えないが十七歳だそうだ。
学校という学者の候補生養育所にいたが、去年あたりにこちらに移動されられ、野宿を繰り返して生きてきた、らしいのだが、ガルドには良くわからない話だった。
一つだけ確かなのは、ユウイチが嘘を言っていないことだけだった。
「なんと。この辺りの気候は、我らガニアの民ですら苦しむのに、一年も野宿か、強き男なのだな」
ガルドの言葉に、ユウイチは鼻で笑う。
「あんたほどじゃないさ。なんだよその体格。二メートル超えそうで腕が俺の胴並じゃねぇか。敵で見たら迷わず逃げるぞ」
その言葉に、ガルドは微笑んだ。
――この男とは友になれるだろう。
そう思った。
「それで、お前の家と、あとお前の名前とか歳とか、教えろよ。俺だけ一方的に言うのは不公平だろ?」
ユウイチの言葉に、ガルドは高笑いをしながら、ガニアの町を背にして答えた。
「ふはははは!俺の名前はガルド・ラーフェン!このガニアの王である。そして!俺の家は、このガニアの領地全てだ!」
その言葉に、ユウイチは驚愕した。
「まじかよすげぇ!俺、王様助けたのか!」
「おうとも。ただ飯とは言わず、望む報酬が得られるぞ!」
にやりと笑うガルドに、ユウイチは答えた。
「んじゃ、一生分ただ飯で。後歳教えろよ」
驚いたのは演技だったのか、けろっとした顔で、ユウイチはそう尋ねた。
「ふははははは。気持ちの良い男だな。歳は三十二だ」
「ほーん。まあ良いや。よろしくな王様」
「ガルドで良いぞ。ユウイチ」
二人は握手を結びながら、お互いを友として認めた。
その日から、王宮の一部屋に居候する。身元不明の男が出没する様になった。
しかし、王宮内では意外と受け入れられ、特に王の家族からは家族同然の扱いを受けた。
王妃はユウイチも息子の様に扱い、王の息子はユウイチを兄の様に慕い、そして王ガルドは、ユウイチを無二の友と思っていた。
宣言通り、ユウイチは居候を続けた。
ただし、王がどこかに行く時は必ずついて行った。
護衛でもあり、暇つぶしでもあり、そして、ただ一緒にいたかったからだった。
そして半年後、ユウイチの本当の価値を、王は知った。
ユウイチが来てから、ガニアは領地を広がりつつあった。
別にユウイチが何かしたわけでは無い。
護衛以外は、出来るだけ何もさせないようにしていた。
ガルドにとってユウイチは兵では無い。友だからだ。
理由は、群雄割拠の時代ではあるが、戦いの歴史が長いガニアは、周辺国よりも強い存在だったからだ。
そんなある日、ガルドがユウイチと、数名の兵士を連れて占拠した新しい都市を見に行った時のことだ。
その地は黄色い砂に溢れ、建物は風化し、人の骨だけが残っていた。
戦争の所為では無い。単純に土地から水が干上がったのだ。
「ここは何にも使えない。文字通り死んでいる」
ガルドはそう言って、去ろうとした時、ユウイチが引きとめた。
「なあ。ここいらないならさ、俺にくれないか?」
ガルドは答えた。
「別に構わぬが、こんな所じゃなくても、もっと良い場所いくらでも用意するぞ?」
その言葉に、ユウイチは首を横に振った。
「良いんだよ。誰もいらない土地が良いんだ。だけどさ。ちょっと人に見られたくないんだ。ガルド以外先に帰ってくれないか?」
ユウイチの言葉に兵士が何か言おうと思ったが、実際ユウイチの方がここにいる兵士全員より強いので、何も言えなかった。
「構わぬ。先に休んでくれ。俺とユウイチがいたら何とかなる」
ガルドの言葉に兵は敬礼を返し、その場を去っていった。
「それで、どうするんだ?」
ガルドの言葉に、珍しくユウイチが真面目な表情で答えた。
「友として信用するから話す。これから言う事を、誰にも言わないでくれるか?」
「……約束しよう友よ。どんなことよりも、俺はお前がいなくなることより怖いことは無いからな」
ガルドの言葉に安心したのか、ユウイチは微笑みながら、地面に手を触れた。
そして数秒たつと、黄色い砂地から水が噴出し、大地は変質し茶色の土に代わり、緑の草原と化した。
その上、暑い気候のはずなのに、この辺りは心地よい風が吹き流れた。
「これは……」
驚愕するガルドに、ユウイチは答える。
「『契約の開拓者』ってスキルだ。効果はテラフォーミング……いや。大地や気候を好きに変化されられるスキルだ」
「……なるほど。確かに兵達を帰すだけの理由はあるな」
「ああ。他にもいくつか能力がある。開拓者って力と、契約の力、または合わせて使える。便利すぎて怖い力だよ」
ガルドはその言葉に頷いた。
危険極まりない力としか言いようが無い。
「だけどさ、そんな俺でも、きっとガルドなら受け入れてくれるって信じてたからな。ばらしたんだ。やってみたいこともあったしな」
ガルドは首を縦に振った。
「改めて約束しよう。誰にも言わぬ。それで、何をしてみたいんだ?」
ユウイチは微笑みながら答えた。
「ああ。俺の居た場所をさ、ここで再現しようと思ってな」
ユウイチの言葉に「ほぅ!」と強い興味を示し、詳しく聞くガルド。
自然豊かな土地。美味しい果物。そして、変な服装と食材。
詳しく聞き、楽しみに思ったガルドは、ユウイチに建築用の人材と予算を渡した。
失敗と挫折を繰り返しながら、その町の完成を目指した。
日本村と名づけられたその町が完成したのは、着工から十五年が経過した日のことだった。
ユウイチの秘密をしっても、ガルドの行動は全く変わらなかった。
頼ることもせず、媚へつらうことも無く、ただ、友として扱った。
ユウイチもそれが嬉しく、ガニアの地に残り続けた。
与えられた土地を楽しそうにいじりながら、食卓は王の家族と共に食べ、兵達からも、民達からも信頼されていた。
ユウイチにとってここは、第二の故郷とも言うべき場所となった。
それから、十年が経過した。
「俺って凄いよな。十年も居候を続けるとは、思ってもみなかったぞ」
そういうユウイチに、ガルドは訂正した。
「十年と半年と二日だ」
「こまけー。そういうのは女との記念日だけにしとこうぜ」
「無論。妻との記念日も全部覚えてるぞ。覚えすぎて呆れられてるくらいだ」
ガルドの言葉に、ユウイチは思わず噴出し、そして二人は笑いあった。
「……心残りはあるか?」
ユウイチの言葉に、ガルドは頷いた。
「ああ。あるとも。我が友が未だに独身であるということだ」
「うるせーよ!仕方無いだろ。良い相手がいなかったんだから」
ユウイチの軽い言い返しに、ガルドは罪悪感を覚えた。
ユウイチが結婚していない一番の理由は、自分の所為だと知っているからだ。
王である自分と友の所為で、ユウイチに寄ってくる女は皆、権力目当てのロクデナシだった。
黒髪に黒目という珍しい人種だからか、ユウイチそのものを見る女性は、誰一人いなかった。
「そんな冗談では無く、何か、他に心残りは無いのか?」
真面目な口調のユウイチの言葉に、ガルドは寂しそうに笑いながら答えた。
「ギニのことだ」
ユウイチにとっても弟分で、ガニアの第一王位継承者。
ギニ・ラーフェン。
ガルドと違い、細身の体ながら、魔法と剣の両立で踊るように戦う。優秀な男だ。
だけど、大きな欠点があった。
「平和な世で生んでやれなかったことを、俺は今でも悔やんでる……」
ギニの欠点。それは優しすぎることだ。
虫を殺すだけで心を痛め、悪人であっても、手が震えて人を殺すことが出来ない。
とても王の器とは呼べない人物だ。
自分の事を弱いと言う男に、ガニアの王は務まらない。
「……だったらさ、俺に任せてガルドは休めよ。その間にさ、ギニの教育をするなり、なんなら、今からでももう一人子供を作ることも出来るんじゃないか?」
ユウイチは冗談の様にそう言うが、ガルドは微笑みながら首を横に振った。
これは避けては通れないことだと、ユウイチもガルドも理解していた。
「……むしろ、ユウイチこそこんなことに参加すべきでは無い。元々ガニアの民では無いのだ。誰も文句は――」
「俺はガニアの民だ!」
ガルドの言葉を遮り、ユウイチは叫んだ。
「……すまない。侮辱になってしまったな」
ガルドの言葉に、ユウイチは笑って返した。
「良いんだよ。どうせ言いあっても意味の無いことだしな。どう言ったところで、俺達二人の冒険になるんだから」
ユウイチの言葉に、ガルドは笑って答える。
「ふはははは。その通りだったな。この国で一番強い、俺達二人以外誰もいないからな」
そう言いながら、二人は冒険の準備を始めた。
魔王退治という、最悪の冒険の――。
ことの始まりはとても単純だ。
ガニアの国目掛けて、まっすぐ魔王が向かってきている。
途中にあった村や町を破壊し、兵も一般人も全て皆殺しにし、まっすぐこちらに来る魔王。
それを止める手段は無く、どれだけ強い存在でも、魔王には叶わなかった。
そう、最頂点の二人以外には。
魔法、剣、特別なスキルの使えるユウイチと、人の限界を突破した力を持つ、ガルド。
この二人しか、魔王と戦える者はもういなかった。
ユウイチは、魔王との決戦を前に、ガルドにスキルの使用を提示した。
ガルドは内容も聞かずに了承した。
【ガニアの地を守る使命を帯びる代わりに、強き力を授ける】
その契約をガルドは受け入れ、更に身体能力が強化された。
ユウイチはガルドと、スキルの関係無い間柄でいたかったのだが、もうそれどころでは無かった。
そして、この地を襲う魔王、【嵐の魔王】との戦いが始まった。
周囲一体に砂嵐を巻き起こし、人の血でデザートストームを赤く染めるのが好きな、趣味の悪い魔王だった。
その姿は黒き姿に羽を生やし、手足は細く、そして、目はルビーよりも赤く輝いている。
キィキィと不気味に笑うその魔王と、二人の戦いは始まった。
しかし、ユウイチとの相性は、恐ろしいほど良かった。
開拓者の力で、周囲の砂嵐は全て止められ、風の魔法も、砂の操作も全て無効に出来た。
大掛かりな能力の使用を封じられ、魔王は怒り狂い、二人に襲い掛かる。
残念ながら、純粋な力は二人の合わせたものよりも、まだ魔王の方が強かった。
苦戦の中、必死に戦い抜く二人。
致命傷を避け続け、小さな隙に小さな攻撃を重ねる。
とても泥臭い戦いが続いた。
五時間という戦いの中、最初に集中力を切らしてしまったユウイチだった。
格上での戦いで最もしてはならない気の緩みを作ってしまい、ユウイチに回避不能の爪が襲い掛かってきた。
それを、ガルドは庇った。
爪に切り裂かれ、噴水の様に血が吹き出る。
それを嘲り笑う魔王に、ガルドは掴みかかり、そのまま首をもぎ取る。
魔王の体からは血が流れず、黒い瘴気の様な物が拭き溢れた。
「まだだ!」
ガルドの叫びにユウイチは反応し、持っていた剣で、魔王の心臓を刺し貫いた。
その瞬間、もぎ取られてガルドの手の中にある頭が奇声を発し、体も頭も動かなくなり、そのまま魔王は消滅した。
すぐさまユウイチは魔法を使い、ガルドの肉体の時を戻した。
ユウイチの使う、契約の開拓者により拡張されたユウイチの魔法は、時すらも戻せる。
切られた肉体は修復され、血も再生し、元の肉体に戻ったガルド。
ただし、その息は絶え絶えだった。
「なんでだよ……時戻しの魔法じゃないのかよ……」
ユウイチの言葉に、ガルドはユウイチの手を掴み、一言だけ呟いた。
「ギニに、後は頼むと伝えてくれ……」
そのまま、ガルドの身は一切動かなくなり、息絶えた。
ガルドを背に運び、ユウイチは無言でガニアの国に戻った。
民と兵達は、祝福し歓迎したが、背中の王を見て、言葉を失った。
祝賀会はそのまま、葬儀に代わり、国中が悲しみに包まれた。
ギニには、遺言をそのまま伝え、ユウイチは葬儀の日まで、部屋に引きこもっていた。
己の愚かさと、弱さに、ユウイチの心は折れそうになっていた。
誰一人、ユウイチを責めなかった。
息子のギニも、王妃も、誰一人ユウイチを責めず、それが最も心苦しかった。
そして、葬儀の準備が終わり、その日となった。
罪悪感を背に、自分のしでかしたことと向き合う為、葬儀に参加するユウイチ。
それで見たのは、新しい王の誕生だった。
玉座の間で、棺桶に入れられたガルドの前で、ギニは、こともあろうに、壁に飾られていた父の鎧を剣で真っ二つにした。
慌てる参加者、呆然とする王妃とユウイチを尻目に、ギニは声高らかに叫んだ。
「これより偉大なる父に代わり、我が王となる。【我は王の全てを受け継ぐ】聞け!我が民よ。父は喪に服すなど好まぬ。落ち込むな。過去を見るな。ただ、強くあれ。それこそが、ガニアの生き様だ!」
剣を掲げるその力強さは、正に先代の王そのものだった。
その場にいる者は皆、うれし涙を流し、新たな王にひれ伏した。
この場で、ギニの真意を理解出来るものは、親である王妃と、兄であったユウイチだけだった。
ユウイチは、己の余りの罪深さに、自害すら考えるほどだった。
その日の夜に、ユウイチは己の罪と向き合う為、ギニの部屋である王の部屋に向かった。
優しく微笑みながら、ギニはユウイチを出迎えた。
だけど、ユウイチにはわかってしまった。
今のギニは、泣き喚きながら意地を張る、ただのハリボテになってしまったと。
「兄さん。弱い僕は死んで、誰にも会えなくなりました。だから、たった一人、僕が弱いって、兄さんだけは知っていて欲しいんだ。でないと、僕は今にも潰れてしまいそうだから……」
優しく微笑みながら、震える声でそう呟くギニに、ユウイチは約束した。
「ああ約束するよ。俺がいなくなっても、もう大丈夫になるまで、俺はここにいる」
そして、ギニは立派な王となり、周囲の国を平伏させ、己の手を血に染めながら、苦しみ続け、生涯を全うとした。
ギニは死に、ギニの息子のカイラル・ラーフェンが後を継いだ。
それでも、ユウイチはまだ約束を果たせていなかった。
カイラルもギニに似て、心優しく、虫を殺すだけで心を痛める様な、そんな青年だったからだ。
【俺がいなくなっても、ガニアが大丈夫である】
ユウイチにはとてもそうは思えず、衰えた体を酷使し、無理やり生きながらえた。
己の所為で死んだガルド。
己の所為で、望まぬ王と成り果てたギニ。
それを見ていたユウイチは、死んでも死にきれなかった。
腰は曲がり、髪は真っ白となり、やせ細り食事もほとんど取れない。
もう、魔法もスキルも使えなくなっていた。
どうやら、スキルは誤作動を起こして、永遠にガニアの王族にかかる様になってしまったらしい。
それにもかかわらず、残念ながら衰えきったユウイチが、今ガニアで最も強い男となっていた。
ガニアの王に、ガルドほど強い男は生まれていなかった。
杖をついたまま、一歩も動かず倒される現王を見て、ユウイチは己の使命がまだ終わっていないと理解した。
そんなある日、ユウイチの元に一人の少年が訪れた。
カイラル・ラーフェンの次男で、王位継承権第二位。
ラーグ・ラーフェン。
十五歳という年齢なのに、高い背に太い手足。
筋肉隆々ながら、整った顔立ちは、ユウイチにとって最も思いの強い人物に良く似ていた。
特に似ていたのは、容貌以上に、表情だった。
大胆不敵に笑うその姿は、ガルドにそっくりだ。
四代目にして、ようやく、ユウイチの願いは叶いそうになっていた。
ラーグはよぼよぼになったユウイチに一言だけ、言った。
「おっさん。勝負しろ」
ユウイチは微笑み、立ち上がり、その場で戦いが始まった。
勝負は全くの互角だった。
それが、ユウイチには何よりも嬉しかった。
武器も持たず、素手の自分と、相手は身の丈ほどもある大きな剣に重装備の金属鎧を装備している。
それで互角だが、それでもユウイチは嬉しかった。
どんな装備でも、どんな相手でも、ユウイチと互角の相手はいなかったからだ。
久しぶりに、友に会えた気がした。
「なぁ。ラーグとやら、あんたは何で私に戦いを挑んだのかい?」
ユウイチの戦いながらの余裕な態度に、ラーグはイライラしながら答えた。
「ここが、ガニアの国だからだ!」
そう言いながら大剣を振りまわし、ユウイチを襲う。
ユウイチは軽々と回避しながら、再度尋ねた。
「それは、私がいらなかったということかな?」
もう、何でここまで生きてきたのか、わからなくなってきたユウイチのそんな言葉に、ラーグは吼えた。
「ふざけるな!あんたはガニアの父だ!あんたはガニアにとって、大切な人に決まってるだろ!」
その咆哮は、泣き声に近かった。ユウイチは、ラーグの目にたまった涙を見た。
「息子の義務ってのはな、父親を超えて、父親を安心させることなんだよ!」
そう言いながらも、ラーグは練りこみ、鍛えた力を使い、一切の油断無く戦い続けた。
ギニも、カイラルも、ラーグも、ずっと心配していた。
よぼよぼになり、無理やり延命し、ずっとガニアを支えてきたユウイチという存在は第二の父と呼ぶべき存在となっていた。
しかし、心配はしても、誰もその大きな壁を乗り越えるものはいなかった。
「だから……だから!俺が超えるんだ!俺がここにいる。ガニアには、俺がいるんだ!」
その一言と共に、ユウイチは大剣に当たり、吹き飛ばされて倒れた。
地面に横たわりながら、ユウイチは尋ねた。
「もう、大丈夫なんだな?」
ラーグは、獣の様な野生的で力強い笑顔を浮かべてユウイチに見せた。
それを見たユウイチは微笑み、そのまま光の粒子になって薄れながら消えていく。
ユウイチにはもう、肉体は一ミリも残っておらず、そこにあったのは魔法と、約束を守る意思のみだった。
「ガルド、ギニ、そっちに行っても、良いかな?やっと、大丈夫だと思える日が来たんだ……」
そう言い残し、ユウイチはそのまま消えた。
ラーグは固めた笑顔のまま、震えて涙を零し、カイエルは王冠をラーグに被せ、大声で泣き出した。
ユウイチとの契約は残り続けた。
一つは、ガニアの地を守る限り、王族は、強き力と丈夫な肉体を得ること。
もう一つは、ユウイチの存在をガニアから抹消することだ。
ガニアは強き王によって守られ続けた。
その逸話をより強固にする為には、自分が邪魔だと、ユウイチはずっと考えていた。
ユウイチの名前は消され、王宮にいたという記録も、その何もかもが抹消された。
しかし、それでも、一つだけ残ったものがある。
昔ガニアには、王と、その息子と親友だった稀人の男がいた。
そういう、歌が、今でもガニアには残り続けていた。
ありがとうございました。