報酬と、王と、王女様と
三世が呼ばれた場所に向かうと、困った顔のベルグと、呆れ果てた顔のソフィがいた。
「あの……呼ばれて来ましたが、何かありました?」
三世に気付いて、ソフィは大きく溜息を吐いた。
「今まであまり話してなかったけど……父さんと私って、割と似てるって気付いたの……」
――ええ。負けず嫌いなとことか、話すのが苦手なとことか、人見知りする割に情の深い所とかそっくりですよ。
そう思った三世だが、怒りそうなので黙っていた。
「どこが似ているのと思ったのでしょうか?」
三世の質問に、ベルグを見ながらソフィが答えた。
「臆病なところ……」
ベルグは無言で黙っているが、すごく居心地が悪そうにしていた。
ここに三世を呼ぶと決めたベルグは、一つ悩みがあった。
それは、三世を何と呼べば良いのかわからないことだ。
今までは【妻の友人の主】という間接的な存在で、好きによんでいたし、呼び方を気にもしていなかった。
だけど、今回で少しだけ事情が変わった。
そう、数日間、ずっと一緒に過ごして遊んだからだ。
――これは、友人と呼ぶ関係に値するのだろうか。
極めて友の少ないベルグはそう思い、悩んだ。
王は友を作れない。それは、立場の問題であり、同格の人間が少ない。
しかし、だがしかし!ガニアの英雄であるなら、友人でも良いんじゃないだろうか、いやきっと良いはずだ。
ベルグはそう思い、最近反抗期が終わったらしく、良く話すようになったソフィを呼んで尋ねてみた。
そして呼ばれたソフィはあきれ果てた顔のまま、相談内容をこの場で、全部三世に暴露した。
「ということがあったんだけど、父さんからどう呼ばれたい?」
ソフィは三世に、そう尋ねた。心なしかベルグが若干小さくなっている様に、三世は感じた。
「やはりここは、むこ――」
ベルグが何かを言いかけた時、ソフィは思いっきり、ベルグの脛を蹴飛ばして黙らせた。
三世は二人の関係を微笑んで見守りつつ、ベルグに答えた。
「ではベルグ王。私のことはヤツヒサとお呼び下さい。友としてでも、一般人としてでも、それで構いません」
「う、うむっ!」
脛の痛みを堪えながら、ベルグは頷いた。
「では、俺のことはベルグと呼び捨てで呼んで――」
「あ、それは無理です」
三世の間髪いれずの断りに、ベルグはちょっとしゅんとした。
「父さん。王様だからそれは無理だって……」
ソフィは溜息を吐いて、そう呟いた。
「それでヤツヒサよ。一つ尋ねよう」
ベルグはこほんと咳払いをして、そう尋ねた。
「はい。なんでしょうか?」
「うむ。貴殿が一般人って何の冗談だ?」
ベルグの言葉に三世は首を傾げ、同じ方向にソフィが首をかしげた。
「あれー」
首をかしげながら三世が呟くと、
「えー」
ソフィも首をかしげながら呟いた。
首を傾げあう二人を見て、ベルグは理解した。
「ああ、逸脱した人間のことを逸般人と呼ぶのか……」
ベルグは三世を見ながら、頷きながらそう納得した。
「それで、何の御用でしょうか?」
三世がそう尋ねると、ベルグは頷いた。
「うむ。今回の報酬を決めて無かったのだが、何か欲しい物はあるか?」
ようやく本題に入れて、ベルグは安堵しながらそう尋ねた。
三世はこの報酬について酷く悩んだ。
下手な物を頼むのは逆に相手に失礼になるし、かといって何でも良いと言うと、自分の首を絞めるような、何か恐ろしい結果になりそうだ。
きっかけも、働きたい欲求を解消する為に始めたものだし、依頼内容も遊びについて考え、実際に遊んだだけだ。
あまり高額な者を要求するのも、申し訳が立たない。
色々考えた結果、三世は一つ欲しい物を思いついた。
「では、パペットを一体譲っていただけませんか?」
ソフィは納得した表情を浮かべ、ベルグは少し困った表情を浮かべた。
「ううむ。あれ一体で大体金貨五枚程度だぞ。ちょっと報酬には安いのだが――」
「では、そのパペットを友人に見せることは可能でしょうか?」
三世はベルグが話し終わる前に、本題を提案した。
三世はティールという人物の話を王にした。
魔導ゴーレムの発明者で、三度の食事よりも玩具を愛する生粋の玩具好き。
実際に何度か見ているから、ベルグもティールのことは知っていた。
「ふむ……。見せることが目的なら、むしろここに招こうか。正式に国賓として」
ベルグはそう提案した。
「良いですね。パペットが目的なら喜ぶと思いますが……何を企んでいますか?」
三世はベルグの方を見ながらそう尋ねた。
「別に何も企んでおらんぞ?強いて言えば、研究室でも用意しようかと考えているくらいだ」
ベルグはすっとぼけたような声で、三世にそう言った。
「……同盟相手の重要人物ということを忘れずにいてくださいね?」
三世は溜息を吐きながら、そう答えることしか出来なかった。
結局右往左往した挙句、三世の報酬は、【パペットの数に余分が出来た時、カエデの村に二十体送る】ということになった。
「もう一つ、言うべきことがあるのだが」
ベルグが真面目な表情に戻ったのを三世は見て、三世も真面目な表情になり頷いた。
そうすると、ベルグは三世の肩に手を置き、正面から目を見ながら話し出した。
「この国は自由だ。力というしがらみはあるが、権力というしがらみは弱い。好きに生きる環境が出来ている。何が言いたいかというと、困ったことがあったらガニアに来い。妻と娘の恩人として、そして友として、出来ることは必ずする。ただ、国家絡みの揉め事になると、俺達が出来ることはほとんど無くなる。だから……。国家の揉め事になる前に、俺に頼りに来てくれ」
ベルグの目は真剣そのもので、心から三世を心配していた。
「……ありがとうございます。その時は、頼らせていただきますね」
三世は微笑みながら、そう答えるとベルグは小さく頷いた。
三世が去った後、ベルグはソフィに言った。
「あれは、ヤツヒサは必ず、何かあっても俺に頼りに来ないな……」
残念そうにいうベルグに、ソフィは頷いた。
「うん。誰かを助けるということには拘ってるけど、助けられることに慣れてないみたいだから……」
そういうソフィに、ベルグは首を横に振った。
「いいや違うぞ。アレはな、【自分なんかが誰かに助けてもらったら駄目】と考えるタイプだ。または【自分はもう救われてるから、これ以上誰かに頼ったら駄目だ】かもしれぬが」
ベルグの言葉に、ソフィは何となく、そうなんだなと納得出来た。
心がボロボロで、傷を抱えて、そんな状態なのに普通のフリをする。
彼にとって、普通というのは一種の逃避なのかもしれない。
そうソフィは考えた。
「だからな、アレと一緒になるなら、王家をすぐに捨て、帰りに付いて行け。いつ壊れるのかわからん。ヤツヒサと共にいる為の切り札も用意してある」
ベルグの言葉に、ソフィは頷いた。
「うん。ありがとう。だけど、……ううん。もう少し考えるね」
ソフィがそう言うと、ベルグは「そうか」とだけ言って黙り込んだ。
「ねぇ。お父さんだったらさ、お母さんと、ガニアの国。どっちを取るの?」
ソフィの質問に、ベルグは迷わず答えた。
「国だ」
短い一言。しかし、そこに込められた思いは、ソフィでは計り知れない。
「後悔しないの?」
「……きっとする」
ベルグは苦笑しながらそう答えた。
「だったらなんで?」
ソフィの質問に、ベルグは微笑みながら答えた。
「若い頃にな、似たような質問をしたんだ。俺は愛する妻よりも、国を優先しないといけない。そんな人間なんだって。そう言ったら、レベッカは何て答えたと思う?」
「……わからない」
ソフィは首を横に振って答えた。
「『国を一番に愛するあなたを、私は愛していますよ?』と言われたんだ」
その言葉の意味を、ソフィは理解した。
レベッカがそう望むから、どれだけ嫌で、どれだけ辛くても、国を一番に選ばなければならない。それが、ベルグにとっての愛の証明だからだ。
「うん。何となく、私もしないといけないことが……見えてきたよ」
ソフィは小さく、そう呟いた。
ありがとうございました。