仕事は終わりだがイベントは終わらない
試合終了後にお互いの健闘を称える為、コートの中央で代表同士で握手をすることになっていた。
拍手と歓声の中、相手の代表はベルグがこちらの代表を待っていた。
こちらはソフィを出そうと思ったのだが、ソフィはとても嫌がっていた。
「なんか……父親と皆の前で握手とかするの、変じゃない?」
そう、恥ずかしそうに言うソフィ。
何となくではあるが、その気持ちも理解出来る。
その為、無理にとは言えず、代わりに三世がコートに向かった。
ベルグは無表情ながら、妙にすっきりした雰囲気で、三世と握手をした。
「残念ながら負けてしまったが、良いゲームだった。ありがとう」
ベルグの言葉に、三世は頷く。
「はい。良いゲームでした。色々改善点も見えましたし、もっと皆の楽しめるものに変更して行きましょう」
「うむ。心強い言葉だ」
ベルグは、三世の手を最後に、強く握り、手を離して客に手を振った。
「父さんの負けても後を引かないところはカッコイイと思う……。負けず嫌いだけど……」
誰にも聞こえない様に、ソフィはそう小さく呟いた。
「これでお勤め終了っと。そう言えば、今回のクエストの報酬って何だっけ?」
グラフィが三世にそう話しかけた。
言われて三世も気付いた。
そもそも、試合に出るのが依頼では無く、パペットの使い道を考えるのが依頼だったはず。
依頼すらあやふやになっていたのだ。報酬なんてもちろん決めてすらいない。
「報酬は決めてません。これはちょっと良くない状況ですね」
考え込むような仕草を取りながら、三世は呟いた。
「あん?あの王様が報酬ケチるような器の小さい人物には見えないぞ?」
グラフィの言葉に、三世は肯定も否定もしなかった。
「払いは良いでしょうね。良過ぎて問題になる可能性があるくらいには」
「よくて問題になるのか?」
「……地位とか、名誉とかを素直に受け取ると、どうなります?」
その言葉で、グラフィは三世の意図を理解した。
三世の危惧している点は一つ。
それは取り込みだ。
公私共に付き合いが出来て、三世はベルグの特徴を一つ理解した。
「あの人、人材コレクターです」
三世はそう呟き、グラフィは思い当たるフシがあるらしく、「あー」と小さく呟いた。
「そちらの場合は、軍の上の地位を提示されるかもしれませんね」
それを聞いたグラフィはげんなりとした顔をした。
「俺の場合は部下もいるし、金の問題もあるからな。取り込まれることは無いだろう」
「部下も一緒に引き連れて、今よりも高い給料で雇う。とか言われたらどうです?」
グラフィはぴくっと反応し、乾いた笑いを見せた。
「はは。そんなまさか」
冗談に聞こえない冗談を聞いたグラフィに、追い討ちをする様に三世は呟いた。
「ちなみに、私は王族の地位とかたまに提示されます。冗談か本気かわかりませんが……」
その言葉ののち、二人は沈黙し、溜息を吐いた。
「王族って、怖いな」
グラフィの呟きに、三世はこくんと頷く。
三世はただの国民で、特に問題は起きないだが、グラフィの場合は、軍属な上に英雄だ。
最悪二国間の取り合いになるだろう。
友好国の戦争の引き金になりかねない状況に、グラフィは何も言えなかった。
試合が終わり、三世の出番は終わったが、パペットのお披露目会としては、ここからが本番だった。
子供達にパペットを体験してもらう。これが今回の本題だった。
後の事を考えると、大人にこそ遊んで欲しいとベルグが考えたのだが、如何せんパペットの数が足りない。
突貫で用意出来たパペットの数は四十。
それでも、子供達の数の半分にも満たないから、交代や工夫して、遊んでもらうことにした。
駆け回らせたり、パペットを転ばせて自壊させたり、パペット同士で殴り合いをさせたりと、子供達は乱暴にパペットを扱った。
ただ、乱暴に扱うと即自壊する上に、壊れそうになっても先に自分で自壊する為、故障も無かったし怪我人も出ない。
思った以上に子供と相性が良いようだ。
更に、順応性が高く、さっさと操作に慣れた子供達は、さっきの真似でサッカーを始めだした。
運営側の人間は、サッカーコートを二つに分け、片方は好きに遊んで良い場所にし、もう片方でサッカーゴールを用意しサッカーが出来る様にした。
見様見真似ではあるが、子供達は楽しそうにパペットでサッカーをしていた。
三十分ほど後に、若干ではあるが子供の数が減っていた。
疲れて休んでいるのだろうか。
三世がそう考えていると、ベルグが頷きながら呟いた。
「あー。そうなるのかー。なるほどなー」
その意味芯な呟きに、三世は尋ねてみた。
「何かありましたか?」
三世の言葉に、グラフィは一人の子供を指差した。
「あの子の後を追いかけたらわかる」
グラフィの言葉に頷き、三世とグラフィは会場を出て行く一人の子供について行った。
会場の外では、何も無い空間で生身でサッカーをしている子供達がいた。
地面は乾いた砂混じりの土。サッカーゴールも無い。
本当に何も無い空間だが、それでも、大勢の子供達がボールを転がしながら元気に駆け回っていた。
「あー。そうか。操作が難しくて飽きちゃった子供達ですね
「ああ。それ以外にも、操作するほどの魔力が無い子や、操作よりも単純にサッカーに興味を持った子達だな」
魔力が無くても、パペットを操作する方法はある。
確かにあるのだが、【苦い液体を飲む】という子供にはとても苦痛な条件だった為、多くの子供達は断念していた。
「子供は元気ですねぇ」
三世はそう呟くと、グラフィは笑った。
「はは。ガキらしくて良いじゃねぇか」
笑顔で駆け回る子供達を見る、グラフィの表情はとても穏やかで、心からそれを慈しむような雰囲気だった。
グラフィの過去に何があったのか。
何も無いということは無いはずだ。だけど、三世はそれを聞けなかった。
それは他者が触れて良い部分では無いだろう。
三世はそう思い、グラフィに一言挨拶し、その場を後にした。
グラフィはそのまま、子供達をずっと見ていた。
日差し避けも兼ねて、会場の裏の事務室に行くとルゥとシャルトがこちらを見て手招きしていた。
「やっほーヤツヒサ。どうしたの?」
ルゥはニコニコと三世に話しかけ、シャルトは三世の席を用意してお茶の用意をした。
「いや、熱くて喉が渇いて、って言おうとしたらもう準備がしてありますね」
三世の言葉に、シャルトはにっこりと笑顔で返した。
椅子に座り、シャルトに用意された茶色いお茶を、三世は口に運んだ。
その瞬間、口の中が衝撃に襲われた。
暑い日ざしの中で、冷たいこげ茶色の液体を用意されたら、日本人なら誰でも麦茶と思うだろう。
三世もそう思っていた。
ガニアの国で一度も麦茶を飲んでいないことを忘れて。
「あの、これは何のお茶でしょうか?」
強い衝撃的な刺激と、砂糖の甘さを口の中にかみ締めながら、三世はそう尋ねた。
「ミントティーらしいですよ。お口に合いませんか?」
シャルトの答えに、三世はお茶の匂いを嗅いだ。
確かにミントのような清涼感ある香りがする。
恐る恐る、もう一口飲んでみる。
ギャップでの驚きが大半だった様で、最初から何かわかって飲むと、驚きは無く、単純に美味しい飲み物だった。
日本人としては、お茶として受け入れがたい味ではあるが、それでも美味しい。
清涼感あるほのかな苦味と甘味を同時に楽しめ、しゃきっと気が引き締まり、喉の渇きは癒えていく。
「おいしいですよ。ただ、飲みなれてないので少し驚いています」
三世の言葉に、ルゥも困った顔で笑っていた。
「私はそれ苦手で飲めなかったよ。だから紅茶でミルクティー作ってもらっちゃった」
三世が事務室の周囲を見回すと、数人程侍女服の女性が待機していた。
「なるほど。ですが、癖のある味なのでそれはしょうがないと思いますよ」
ミントティーを口に運びながら三世はそう言った。
ニコニコとミルクティーを飲むルゥ。それを微笑ましく見守るシャルト。
自分が見つけた幸せの形を、三世は改めて確認した。
二人の右手の中指には指輪がつけられている。
以前三世が作った指輪だ。
サイズが合わず、三世の胸元にも一つ用意された三対の指輪だが、作ったのはもう大分前になる。
効果は衝撃を一度吸収してくれるというそれなりに使える防御アイテムなのだが、今ならもっと良い物が作れるのでは無いだろうか。
三世はそう考えた。
まず、予算は余裕がある。
次に、技量も多少だが上がっている。
更に、マリウスが魔力炉を用意している。
革関連の装備はこまめに更新して、良い物に変えているのだが、指輪はそのままだった。
革装備で変わってないのは、首輪を除いたらルゥと三世の革製の篭手だけだ。
――帰ったらマリウスに相談してみよう。
マリウスなら、きっと手伝ってくれる。
特に指輪製作なら、手伝いながらも、マリウスならドロシーに贈る分もこっそり作るに違い無い。
そんなことを考えながら、三世は微笑んでいると、ルゥとシャルトが三世の顔を見ていた。
「ヤツヒサ、何か楽しいことがあった?嬉しそうな顔をしてるよ?」
見上げるようにこちらを見るルゥと、その横で同じ様に見つめるシャルト。
三世は微笑みながら、二人の頭を撫でた。
「はい。毎日が楽しいなと思いまして」
三世の言葉に、二人の娘は嬉しそうに、三世にしがみついた。
ちなみに、ルゥはロングヘアだからか後頭部から下に長く撫でられるのが、好きで、シャルトは耳の当たりを撫でられるのがお気に入りだった。
適当に、家族三人の時間を過ごして、気分がリフレッシュされたのだろう。
遊びたりないから何かしてくると言い残し、ルゥは元気良く外に飛び出し、シャルトもその後を追った。
三世は二人の娘に手を振り、一人になったところでゆっくりとミントティーを飲みながらこの後の時間の潰し方を考えた。
「ヤツヒサ様。今、お時間よろしいでしょうか?」
そうしていると、侍女服の女性がそっと三世の方に頭を下げたまま尋ねてきた。
「あ、はい大丈夫です。もしかしてずっと待たせていましたか?」
話しかけてくるタイミングがあまり良過ぎる。間違い無いだろう。三世は申し訳なさと恥ずかしさから、後頭部を掻きながら、三世はそう尋ねた。
侍女の人は肯定も否定もせず、笑顔のままで三世をただ見ているだけだった。
「お時間がよろしければ、第二チームの控え室に向かってはいただけないでしょうか?」
「わかりました。すぐに行きます」
三世は残ったミントティーを一気に飲み、侍女の人に頭を下げて言われた場所に向かった。
ありがとうございました。