レベッカ王妃の策略教室
三世とグラフィ、二人の男が表向き、お互いを譲りあう立派な行動、中身は醜い大人の争いをしている最中、ベルグはルゥとシャルトに話しかけた。
「悪いが、レベッカの傍についてやってくれないか。事情があって、俺も昼間は会いに行くことが出来ない」
その言葉を聞いて、ルゥは三世の方を見た。
「ヤツヒサ。行って良い?」
三世はグラフィと仲良く見つめあいながら頷いた。
「もちろんです。ですが、シャルトは名目上奴隷ですので、契約上離れられません。その当たりはどうしましょうか?」
そう三世はベルグに話しかけた。
「それは大丈夫だ。俺が許可しよう」
王城、王宮は王の住む場所だ。そこに国の定める法律や契約は、全て無効となる。優先すべきは王の命令だからだ。
そのベルグの言葉を聞いて、仲良く喧嘩する三世とグラフィを無視し、ルゥとシャルトは王宮内のレベッカの元に向かった。
二人の娘が移動した後、三世はベルグに尋ねた。
「それで、レベッカ王妃に何かあったのですか?」
ベルグは恥ずかしそうに、ぼそっと答えた。
「二人目だ」
それだけ言って、ベルグは黙り込んだ。
王宮付近に行くと、女性しかいないことに二人の獣人は気付いた。
王宮は、日中は男性の立ち入りが禁止になっていた。
更に、女性もごく一部しか通行出来ない。
ルゥはフリーパスで通れるが。
だから、ベルグも昼は会えないと言っていた。
とんとんとノックをした後、ルゥは元気良くレベッカの私室に入った。
「こんにちは。会いに来たよ!」
部屋に入ると、椅子に座って柔らかい笑みを浮かべるレベッカと、珍しく笑顔になっているソフィがいた。
「こんにちは。二人とも会いたかったわ」
レベッカはそうルゥとシャルトに言った。
「それで、何があったのですか?」
シャルトは、変わった様子の王宮付近、ソフィの笑顔、そして何より、レベッカの異様な雰囲気にそう尋ねた。
元々レベッカやベルグには、人をひきつけ従わせる様な風格がある。
それオーラと呼ぶべきものなのか、カリスマと呼ぶものなのか、それはルゥにもシャルトにもよくわからない。
そして、元からそうではあったのだが、今のレベッカの風格は異常としか言えないほど凄まじかった。
キラキラと実際に光輝いて見え、その圧倒的な風格は、友人であるルゥやシャルトですら、命令に従いたくなる様な、そんな気品と穏やかさに溢れていた。
「ふふ。ソフィがお姉ちゃんになるからよね?」
レベッカは、自分のお腹を優しく撫でながら、ソフィにそう言った。
ソフィは、満面の笑みで頷いた。
つまり、お腹の中に新しい命が誕生したということなのだろう。
「それはおめでとう!だけど、そういうことなら、私達を傍に寄せない方が良いんじゃない?」
ルゥの一言に、シャルトは頷きながら「特に私は避けた方が良いのでは」と呟いた。
二人には、三世とのスキルによる繋がりにより、一部だが三世の記憶も引き継がれている。
その記憶の中には、動物の毛、特に猫の毛は妊婦に悪いという内容も入っていた。
「ふふ。大丈夫よ。見ての通り、王族は人と違うわ。たとえここにどんな病気が入ってもこの子に被害はいかないわ」
文字通り光り輝いているレベッカを見ると、ルゥとシャルトは、それだけで納得しそうになった。
「あんまり詳しくは言えないけどね、そういう契約なのよ。【王族として生きる代わりに、特別な力を王族に】っていうね」
「そっかー。大丈夫なら良いね。とにかくおめでとう!」
ルゥは深く考えず、ニコニコとレベッカに言った。
「ありがとルゥちゃん。生まれたら抱っこしに来てね。シャルちゃんもね?」
シャルトはこくんと頷いた。
「そんなわけでね。見るからに妊娠してるってわかるでしょ。このうっとうしいキラキラのせいで」
ちょっと怒り気味に、レベッカはそう呟いた。
「なんかキラキラして綺麗だね。それ、妊娠したから?」
「うーん。お腹の子供の分の契約が、母体の私に出てる状態ね。つまり、二人分の力を持ったせいで、溢れてキラキラしてる状態?らしい」
レベッカも良くわかってないらしく、適当にそう言った。
「ふーん。まあ、それならお腹出てないのに妊娠してるってわかるね」
ルゥは頷きながらそう言った。
「でしょ?そうしたらね。色々とトラブルが起きるのよ。だから、男子禁制で基本立ち入り厳禁。出産までほぼ軟禁よ。つまんないわぁ。命が宿ったことは嬉しいんだけどね」
レベッカはそう愚痴った。
「色々って、どんなトラブルがあるんですか?」
シャルトはそう尋ねた。
「例えばね、シンプルに暗殺よ。王族が一度に二人消せる、しかも妊娠中だから弱いだろうって理由で良く狙われるの」
「あー。キラキラしてるから狙いやすのかー」
そうルゥが言うと、レベッカは頷いた。
「そうなのよね。だから外に出れなくてつまんないのよー」
足をばたばたさせながら、レベッカは子供みたいに駄々を捏ねた。
もう一つ、レベッカが部屋から出られない理由があった。
今光り輝いているレベッカは、友人のルゥとシャルトすら、命令されたら跪きたくなる様な、そんな圧倒的な何かに溢れている。
この状態で外を歩くと、恐ろしいほどに尊敬や信頼が得られてしまう。
国民を尊敬させ、尊敬は熱狂に変わり、そしてあっという間に狂信者が量産されていく。
実際、ベルグよりも何代も前にあったことだった。
その時は、王と王妃の派閥二つが生まれ、国が真っ二つになり、愛すべき国民同士が、意味も無く戦争を始めた。
もうそんなことにならない様に、当時以来王妃は妊娠したら、部屋から出ない様に定められた。
それをレベッカは了承していた。
了承はしているし、納得はしているが、それでもつまらないものはつまらなかった。
「もー!愛しい旦那様は新しい玩具に夢中になってるしさー。いや来れないから仕方無いんだけどさー」
口を尖らせながら、レベッカはそう愚痴った。
「でも……毎晩必ずお母さんの所に会いに来てるじゃん」
そう小さく、ソフィが呟くと、レベッカはにへーと笑った。
「そうなのよね。あの人真面目で口ベタだけどね、毎回行動で愛を示してくれるの」
そう惚気るレベッカを見て、ルゥは笑顔で「うんうん」と頷いていた。
シャルトは何も言えず、無表情でいた。
「というわけで、昼間は暇なの。何かお話無いかしら?」
レベッカの言葉に、ルゥとシャルトは考えこんだ。
色々とあったはあったが、そう言われて急に面白い話は浮かんでない。
その間に、ソフィは全員分の紅茶を用意した。
「そうね。じゃあ、ヤツヒサさんの事、何かお話してくれる?」
レベッカの一言に、ソフィはびくんと露骨に反応した。
「んー。何を話そうか。どんなこと聞きたい?」
人差し指を口元に持ってきて、考え込む仕草をした後ルゥはレベッカにそう尋ねた。
「そうね。じゃあ、どうしたらうちの国に来てくれるかってのは?」
ソフィは無表情で椅子に座っていた。耳をこちらの方に向けて。
「えー。難しいなぁ。牧場建ててるからなぁ」
ルゥは困った様な表情でそう呟いた。
「じゃあ、牧場とこちらの住居に転移陣を敷いたままにして、いつでも行き来出切る様にするのは?」
「んー。それでもなぁ……」
そんな話をするレベッカとルゥに、シャルトが割り込んだ。
「いや、別国家同士で転移って、大丈夫なんですか?」
レベッカはきょとんとした表情を浮かべた後、にっこりとシャルトに微笑んだ。
――ああ。これは駄目な奴だ。
シャルトはそう理解した。
「じゃあさ、村、いえ、町を一つあげるからそこに新しく牧場を作って移すのは?」
「んー。今でも村の村長の立場断ってるしなぁ。それで喜ぶとは思えないよ?」
レベッカは提案し、ルゥはそれを否定し、レベッカがむむむと唸る。
それを繰り返した。
「居住区の長は嫌。貴族は嫌。というよりも立場を持つのが嫌。その上で、欲しい物は自由な時間と」
レベッカの纏めた意見に、ルゥとシャルトが頷き、なおレベッカは頭を唸らせた。
「というか、どうしてヤツヒサをこの国に住ませたいの?」
ルゥの質問に、レベッカは真面目な表情で答えた。
「王族としては、彼のスキルの重要性に気付いているからよ」
レベッカが気になっているのは、獣人の治療能力だった。
獣人を兵士として育て、三世を治療要員兼部隊長として用意した獣人部隊。
今は夢物語だが、実現したら間違い無く、恐ろしい部隊になる。
指揮官が触るだけで、体調不良を完全に見分けられ、軽度の治療なら秒も掛からない。
多少の欠損でも、時間をかけたら修復出来る三世の治療を軍に利用したら、半不死身の獣人部隊という最悪を通り越した悪鬼の様な部隊が生まれるだろう。
ガニアとしてその可能性を考え、ラーライルにそれを用意されるのは非常に困る展開だった。
だからこそ、三世を飼い殺しにして囲いたかった。
「ふーん。でも、それ本音じゃないよね?」
ルゥの言葉に、レベッカは微笑みながら頷いた。
「はい。本音を言えば、ヤツヒサさんに安心して過ごしてもらいたくて、その上で、近くにルゥちゃんとシャルちゃんがいたら私が嬉しいからよ」
「るー。そう言われると、少しここに住みたくなるね!」
ルゥはそう言って、レベッカと二人で笑い合った。
その後、適当な雑談を繰り返し、夕方まで時間を過ごした。
ソフィとレベッカの二人が一番気に入った話は、やはりぶたさんのお話だった。
自分の国にそんな凄い方がいたことに気付かず、悔しそうに聞いていた。
ルゥとシャルトが帰った後、レベッカはソフィに話しかけた。
「ラーライル国王も彼の扱いには苦労するでしょうねぇ」
苦笑しながらそう言うと、理解出来ずソフィは首をかしげた。
「無欲な英雄ってのはね、物語の中だけの存在で無いといけないの。じゃないとね、王としたらとても困る存在になるからよ」
レベッカの言っていることは、ソフィには理解出来なかった。
――王家として都合が良い存在になると思うんだけどな。
そうソフィは考えた。
ソフィには、まだ王族としての自信も、経験も足りてなかった。
「良くわからないけど、あの人が、困るってこと?」
「んー。あの人が困られてしまうかもってこと」
レベッカの言葉は、やはりソフィにはわからない。
「さっき言えなかったけどね、ガニアにヤツヒサさんを呼びたいもう一つの理由があるわ。それは、彼がラーライルにいられなくなる前に、何とかしたいからよ」
無用な英雄。これはもう例えだけの話では無くなっていた。
牧場に獣医としての知識の伝達。競馬の危険性の指摘。
騎士団とも軍とも深い関係にあり、王とも直接面会出来る。
そしてガニアにとって王女を救った英雄でもある。
力以外は既に、三世は有名となれる条件を満たしている。
にもかかわらず、彼は権力を避けている。
確かに今はまだ、問題になっていない。
しかし、このままでいたら何か起きるのは時間の問題だ。
三世の評価が低く見える様に手をうったり、三世に注目が行かない様に別の英雄を作り出したりと、ラーライル国王フィロスは色々と手を尽くしてはいる。
だがそれが、いつまで持つのか、レベッカにもわからなかった。
近い将来、貴族の後ろ盾無しに国民の英雄扱いされ反乱分子扱いされるか、または他の貴族に嫌われ苦しむ。
そんな三世の様子が、レベッカには容易に想像できた。
「といっても、考えすぎの可能性もあるしね。あそこの王様も、ベルグとは別の意味で化物だし」
レベッカの発言に、ほっと安堵の息をもらすソフィ。
「それでもね、トラブルの可能性は高いと思うの、だから、私達がヤツヒサさんを助ける方法は二つあるわ」
レベッカの言葉に、気付いたら真剣な表情で聞いているソフィ。
「一つは、さっきから言っている、彼をこの国に招待する方法よ。この国なら、好き勝手しても問題無いわ」
レベッカはソフィを見ながらそう言った。
それは国としての、王のあり方の違いの為だ。
ラーライルでは、王をトップにしたピラミッド状の権力が確定している。
絶対王政と言っても良いだろう。
その代わり、王は仕事にいつも殺されかけているが。
だが、ガニアは少し違う。
ガニアにとって王とは、軍の頂点、究極の暴力装置だ。
悪者には容赦なく刃を振るう。恐怖の象徴でもあり、国の剣でもある。
確かに犯罪には厳しい。
だが、ガニアはそれ以外は、実に適当な国だった。
一言で言うなら、上から下まで脳筋が蔓延っている。
それがガニアル王国だった。
『ガニアの国って名前だったけど、他国が呼びにくいって文句言うから今日からガニアル王国な。でも好きに呼んで良いぞ』
過去の王様の、実際の言葉である。
それくらい、貴族や王家が国家運営に適当な国だった。
貴族の責務はあれど、義務はほとんど無く、名誉も二の次。
だからこそ、ガニアは三世が好き勝手に生きても問題が起きない。
というよりも、三世程度の行動では迷惑にすらならない。
その上で、ルゥはレベッカの直接の友人と公に認められている。
これだけ条件が重なれば、三世が政治に殺される可能性はラーライルと違い、存在しない。
そう、レベッカは考えていた。
「もう一つは?」
ソフィの言葉に、レベッカは笑いながら答えた。
「あなたが嫁に行って、王家との繋がりを生むことよ」
ソフィはそれを聞き耳まで真っ赤になった。
「でも、その為には契約を捨てないといけないよね?」
他国の国民に嫁に行くということは、そういうことである。
「そうね。王家としての宿命も義務も力も放棄しないといけないわ。それでも、あなたが私達の娘であるという事実は消えないわよ」
ソフィと三世が結婚すれば、三世に何があっても、『じゃあうちで引き取りますね』という最後の手段が残るからだ。
「逆に言えばね、あの人と結婚するのなら、間違いなく王家としての身分は捨てないといけないわ。だって望んでいないもの」
【王族として生きる代わりに、特別な力を王族に】
そういう契約を、王族は生まれた時から結んでいる。
そして、それは簡単に破棄出来る。
ただし、破棄したらもう二度と、王族には戻れない。
それがソフィには、迷いの種になっていた。
「うん。そうだよね。どっちも選ぶのは無理だよね」
ソフィは、王家と、あの人。そのどっちかを選ぶことが、まだ出来なかった。
ありがとうございました。