小さな一歩
2018/12/06
リメイク
大人になったら無条件に褒められることがほとんどなくなります。
特におじさんだと褒めるほうもほめられるほうも。
しかし人間には自己を肯定されたい欲求があります。
だからこそ。大人子供関係なく他人を褒めることは大切だと思います。
何が言いたいかと言うと、
肯定ペンギン可愛い。
一週間ぶりにマリウス家で朝食を取っている間、ルカはルゥをあっけにとられた表情で見つめていた。
「なんか……また大きくなった……わよね。うん、見間違いなわけないよね……」
ルカはルゥを見て、そう一言呟いた。
「だねー。たぶんもういっぱいいっぱいかなー」
ルゥはどこなく他人事のようにそう呟いた。
「そうね。これ以上大きくなったら父さん抜いちゃうわ」
ルゥの身長は現在百八十センチ近くあった。百八十を超えているマリウスとの差はほとんどない。
「それでどうする?」
久しぶりに言葉の足りない師匠節を聞き、三世は意味が伝わらず首を傾げた。
「ルゥちゃんをどうするかってことよ」
「ああ。そうか、ルゥの今後の生活って事ですね」
三世がマリウスの元にいる間、ルゥをどうすべきか考えていなかった。
「ちなみに私についてくるって選択もありよ」
「そういえばルカさんはいつも昼間に何をしているのですか?」
「人手のかかることを村でお手伝いしてるわ。今日なら羊の毛刈りね」
「この辺り羊もいたのですね」
「うん、三匹しかいないけどいるよ。ちなみに牛も豚も鶏もいるわ。鶏は飼ってる人多いわね」
その言葉を聞いて三世は少し考えてみた。
これは自分のスキル練習をしつつ村の役に立てるのではないかと。
だがそれを考えるのは後回しにする。
今はルゥのことが先である。
「それで今日はどうするの? ルゥちゃん連れて行こうか? それともヤツヒサさんと一緒にいる?」
「こっちの手伝いでも構わないぞ」
ルカの言葉にマリウスもそう付け足した。
本当にどちらでも構わないらしい。
「ルゥ。どっちにいきたい?」
三世が尋ねる。
「るー? ヤツヒサはどっちがいい?」
小首を傾げながら三世にルゥは選択を委ねた。
「どっちでもいいですよ。行きたい方を選んで」
ルゥはその言葉に頭を抱えうーんうーんと悩む。
悩んで悩んで……その結果。
「今日はヤツヒサのとこいる! それで明日はルカと一緒に行く!」
「そうね。なら明日は一緒に行きましょうか?」
「うん!」
ルゥは満面の笑みでそう答えた。
ルゥはルカだけでなくマリウスにも妙に警戒心が薄い。
他者に対する警戒心は薄い方ではあるのだが、特にこの二人に対する警戒心は全くなく、妙に懐いている。
「ルゥはルカと師匠が好きなのかい?」
思い切って三世はその事を尋ねてみた。
「るー? だってヤツヒサの家族でしょ? 同じ匂いがするー」
「ああ。同じ釜の飯食った的なことか」
ルカが笑いながら答える。
「いや。ヤツヒサは俺の家族で弟子だ。間違ってないぞ」
マリウスは真剣な眼差しでそう口にした。少し耳が赤いが。
こんこん。
話途中にノックの音が響く。
「はいはーいどうぞどうぞ」
ルカが走ってドアを開けたらコルネとメープルさんがいた。
「やっぱりこっちだったか。こんにちは。コルネとメープルさんだよー」
子供番組のお姉さんみたいに両手を花のように顔の横で広げ、笑顔でコルネはそう言った。
それにメープルさんが呆れた目を向ける。
「おや。何か用事がありましたか?」
三世の質問にコルネは手を横に振った。
「いえいえ。今日はもう帰るので挨拶に」
「ご飯食べてく?」
ルカの言葉にコルネは悲しそうな顔をしながら首をゆっくり横に動かした。
「残念ですがもう帰らなくてはならないのです……何故なら仕事を忘れていたからです」
コルネがよよよと泣き崩れる。
「んでんで、ダッシュで帰ったら間に合う可能性が僅かにあるので急いで帰ります。という事ですので、失礼します。またいつかー」
コルネがドアを閉めてさーっと帰っていった。
去り際に、メープルさんと目が合ったような気がした。
その目はとても穏やかで、優しくて。
やっぱり馬は良いものだと言うことを三世は再度確認した。
「じゃあ今日は久々だ。今までしてきたことを確認するぞ」
「はい!」
「はい」
師匠の言葉に三世が応え、それに真似して少し離れたところにいるルゥも手をあげて応えた。
今から作成するのは外套。
膝近くまで隠れる外套で、中世イギリスで着られていたようなデザインだった。
師匠の見守るような目に応えるように、三世は革を切り出す。
まず、扇状の革を二つ用意しそれを直接組み合わせる。
そして細かいパーツでエリなど細部の装飾を施し、糸を紡いでボタンをつける。
余計な工程を省略しながら、それでいて出来るだけ丁寧に。
速さはいらない。スキルと能力だけで十分な速さになるからだ。
だからこそ、丁寧に丁寧に工程を重ねる事を心掛け……完成に持っていく。
出来上がった物は、完璧とは言えないが悪くはないんじゃないかと思える程度の出来映えだった。
「出来ました」
それを三世はルゥに着せてみた。
大体腰の下までの外套をルゥはくるくる回りながら見せる。
「どうですか?」
三世は師匠に尋ねる。
「50点だな」
マリウスは厳しい顔をした。
三世は評価には納得するが理由がわからなかった。
「何が足りなかったでしょうか」
「出来だけなら文句はない。特にボタン付けだけなら俺より出来が良いかもしれん」
「では、それ以外に理由が……」
「単純に、外套の下から見える髪がデザインに合ってない。もう少し外套を長く作るか、もっとデザインを考えながら作れ」
その言葉に三世は嬉しくなった。
今まではただ褒め続けてくれていただけだが、今回はそうではない。
つまり自分はもっと出来ると師匠は思ってくれている、という事になる。
「はい!」
そうしてくるくる回るルゥを横目に三世は何着か外套を製作していった。
最終的に完成したのは赤が強い茶色で、ふくらはぎが半分以上隠れるほどの長いマント状の外套だった。
「どうでしょうか」
「……よし」
師匠はそう一言だけ呟く。
その言葉に、三世は頬が緩むのを感じた。
「ししょー意見があります!」
ルゥが師匠に何か意見を出すようだ。
「聞こう」
「首元が少し寂しいです。毛皮とか巻きたいです」
「ふむ。どう思う我が弟子よ」
「安易にファーを巻きたい気持ちを耐え、マフラーなどを巻くのがいいと思います」
――気づいたら革の修行でなくデザインの修行になってますけどいいのでしょうか師匠。
「うむ。ついでに毛皮の帽子などを外套とデザインあわせにしたらきっといけるな」
師匠も興がのったのかルゥに色々つけていく。
気づいたらコサック帽のような帽子に毛糸のマフラー。革の外套ととても温かそうな外出着一式が完成していた。
「完璧ですね」
「ああ」
三世の言葉に師匠も頷く。
「もうすぐ冬が終わるときでなければですがね」
「そうだな」
再度師匠が頷いた。
ルゥはくるくる回るが熱で目を回そうとしていた。
それを三世は見かねて、そっと上着と帽子を脱がせた。
「お前はどういう方向に行きたい」
師匠は三世にそう尋ねた。
師匠は最近言葉を増やしてくれているからか、割とわかりやすい。
つまり自分がどういう方向の技術を求めているかだ。
このまま純粋な技術を高めてもいい。
冒険者用の装備にいってもいい。
もっと別の新しいものや高級品に絞るのも手だし全部やっても問題はない。
だが最初にすべきことは決めていた。
「冒険者用の装備をお願いします」
「上手く出来ていなかったが、それでも挑戦するか?」
「はい。出来るまでやれば出来ますから」
三世の答えに師匠は喜んではいるが困った顔をしていた。
「ヤツヒサよ。冒険者用の装備とはどのようなことが出来ると思う?」
師匠の言葉に三世は悩む。
あまりゲームとかするほうではないためうまく想像が出来ない。
ゲームをしないというわけではない。
学生の頃には竜退治のRPGとか有名な物は多少触れている。
ただ、三世という人間は年齢にかかわらず、ゲームをするよりも外に出て動物と触れ合う事の方が好きだった。
「んー、破れないとかですか?」
「正しくは何でも出来るだ」
そういって手にもったマントを三世に見せた。
師匠がそれを羽織ると、師匠の周りに風が吹いた。
「これは矢玉をはじく。それだけでなく炎を阻害する」
そう言ってマリウスはマントを脱ぎ、三世の方を見た。
「俺はこれを覚えるまで二年かかった。俺は字が読めないから『作っているのを見る』と『自分で試す』しか出来なかったからだ」
マリウスは少しだけ悔しそうな表情を浮かべた後話を続けた。
「俺はこのやり方しか出来ない。お前は字が読める。お前はどう学ぶ?」
それは『俺のやり方を真似するな』と言っているように聞こえた。
わかりましたと言えば、師匠の望む答えになるだろう。
じゃあと望む答えを言おうとした瞬間――ルゥが三世の袖をひっぱった。
ルゥは何度も首を横に振っている。
「どうしたの?」
三世は尋ねる。
「そうじゃないの」
「なにがですか?」
「わからないけど。今ヤツヒサが間違えたことがわかったの」
三世も師匠も何が言いたいかはわからなかった。
一つだけわかってるのは遊びで構ってほしいからではなく、ルゥは真剣に何かを伝えようとしていた。
「るー、るー……あ!そうだ。ヤツヒサ好きなこと言ってない! どうしたいか聞かれたら好きなこと言わないと!」
ルゥはえへんと自慢げに話した。
好きなこと。
別に、既に好きなようにしているようなと三世は思った。
師匠が選択肢をくれて……それに応える。
何か……別の答え……。
ルゥの言葉の意図と、師匠の言動をもう一度考え、三世は一つの答えに行き着いた。
その答えは、三世が最初に考えていた答えとは別の応えだった。
「何回も失敗重ねた師匠に習います。師匠の失敗の経験は間違いなく価値がありますので。その上で後に本を読みにいってきます」
師匠の真似をする、真似をしない。
三世はそんな二択の選択を無視し、師匠を利用する方法を選んだ。
ルゥもその答えに満足そうな表情を浮かべていた。
師匠は何も言わなかった。
だけど、三世の背中を叩く手からその答えは間違ってないと言ってくれているように感じた。
「俺の失敗から語るなら最初にブーツを作ろうとするのは止めておいたほうがいいな」
師匠はそう言葉にした。
「えっ。一番慣れてますし一番早く出来ますが」
「だがそれで失敗している。どこで躓いたかわからないから別のことをしよう。そもそもブーツは別に簡単ではない」
じゃあ何故最初にさせようとしたのだろうという言葉を三世は飲み込んだ。
師匠は妙に赤い革を数十枚と瓶に入った液体を取り出した。
「今からすることは魔法とか魔力とかと一切関わりがない。簡単だ。この液体を塗って、乾くまでにグローブを作る。それだけでいい」
「なるほど。わかりました。液体は手に触れて良いのですか?」
「触れたら駄目なわけではないが、革についた液体が手に触れて薄くなったりしたら失敗になる。均一でかつしっかりと革に液体が馴染まないと意味がない」
その言葉に三世は頷き、製作を開始して……速攻で頓挫した。
単純に赤い革が固いのだ。
柔らかくするために液体を塗るのかと思ったらそうではなかった。
むしろ液体を吸った分だけ更に固くなり加工がしんどくなる。
ただただ固いから時間がかかるのだ。
「そこまでだ」
気づいたらグローブどころか、ほとんど形にならない状態で液体が固まってしまっていた。
「これ、難しいですね」
「お前なら出来る」
「どうすれば」
「わかりやすいコツとか技術とかじゃ、ない。繰り返せ」
「……はい!」
三世は自分好みのアドバイスを受け入れ、再度赤い革に挑んだ。
一つわかった事がある。
液体が乾く速度は何故か大きなムラがある。
部位や液体の量関係なく、早く乾く部分とそうでもない部分があるのだ。
ただその塗り方はわからなかった。
だから師匠の言うとおり失敗を重ねていった。
高価であろう赤い革をいくつも失っていく。
だがそれがどうした。
師匠が用意してくれたものだ。
変な遠慮をすることはもう止めた。
三世は革を使い切る気持ちで失敗を重ねていった。
丁寧に作ることを捨て、とにかく最速に、革が折れても気にせず無理やり加工し、何枚も革をダメにして……ようやくグローブが一つ。完成した。
「よくやった」
師匠はいつもの一言をいった。
大量の失敗作。
液体が飛び散り部屋もぐちゃぐちゃ。
それでも師匠は成果を見てくれた。
自分の嫌な所をさらけ出したにもかかわらず、あるがまま受け入れてくれた師匠に。三世はひそかに涙した。
だがそれに気づくものはいなかった。
むしろ師匠の方が全力で泣いていたからだ。
「師匠!どうしたんですか?」
「ヤツヒサがわがままになってくれたからつい……」
「なんでわがままになったら泣くんですか」
三世が自分の涙を棚に上げ、笑いながら聞く。
「お前今まで一度もわがままを言わない弟子がわがままを言ったら泣くだろう」
「いえ結構わがまま言ってますよ。ルゥを助けるときも無理に手を借りましたし」
「あれはお前じゃなくて動物を助けるお前を助けるためだ」
三世はその言葉から、自分以上に自分を見てくれていた事に気が付いた。
「これからも沢山ご迷惑おかけします」
三世は笑いながら師匠に言った。
「ほどほどに頼む」
師匠も笑いながらそれに応えた。
「さて脱線したがそれはお前にやる」
さきほど作ったグローブを師匠は投げてきた。
「それが何かわかったら次何をするかわかるはずだ」
三世はそのグローブをはめてみる。
作ったときは固くてしょうがなかった為可動範囲はどんなもんかと思ったが、予想以上に可動範囲が広い。
ただ、拳を握るくらいは出来るだろうが、剣などはこのままでは持てない。
握って開いて握って開いて、色々試してみるがよくわからなかった。
「これを見ろ」
師匠が用意したボウルの中に、色のついた水が入っている
それは毒だった。革をなめすときに使う毒油。
無生物には害が無いのだが動物には恐怖を与える。
触るだけで怖くなるという不思議な毒だった。
普段の作業では毒油に当たらないようにしていたし、多少触れたところで一分ほどあれば効果が消える非常に弱い毒である為そこまで気にするものでもなかった。
「これに手をつけてみろ」
三世は迷わずグローブをつけた手をいれる。
毒油の影響は一切受けなかった。
「毒耐性ですか」
服の上からですら恐怖状態にしてくる毒油に触れても、まったく問題がない。
「そうだ。グローブの外からならあらゆる液体、気体が浸透しない。多少の熱にも強い。別に魔法の力が無くても便利な冒険者装備は作れる。特に、お前が作ったら頑丈性が増すようだしな」
師匠の言葉に自分の次にすることを思いつく。
「師匠。次の課題はこれの量産ですね」
「そうだ。最低でも自分の知り合い分は作ると良い。材料はいくらでも用意しよう」
師匠の言葉にお礼でなく態度で返す為作業を再開する三世。
しかし、苦戦が繰り返されるだけでその日は最初の一双しか製作する事は出来なかった。
夕飯を御馳走になり、うす暗い道を帰宅する三世とルゥ。
まだ、普通の男性より多く食べるが。ルゥの食事量は落ち着いていた。
飢餓状態も抜けたし成長も安定した。
肉体の体調面は完璧と言って良いだろう。
「るー。ヤツヒサ何か楽しそう」
帰り道ルゥがこちらに話しかけてきた。
「そうですね。何と言えば良いのかわかりませんが……出来ないことが楽しいのは久しぶりです」
今までは、出来ないという事がとても辛かった……非常に申し訳なかった。
期待を裏切っているような気がしたからだ。
今回は『その程度気にするな』とマリウスが言っているような気がして、思うがままに、好き放題させてもらった。
だからこそ、思いっきり練習する事がとても楽しかった。
「明日はもっとうまくやろう」
「うん。がんばれヤツヒサ」
ルゥが自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
何となく、少しだけ変われたような気がした。
誰かに助けられていることを、素直に受け入れられた。そんな気が――。
ありがとうございました。
本来はそろそろ一部完結の予定だったのですがまだまだかかりそうです。
作品との長い長いお付き合いになりそうです。
もし良かったらその長いお付き合いに付き合っていただけたら幸いです。
それでは再度ありがとうございました。