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実はアレがとても羨ましいと思っていたガニアの王様

 観光地をぶらぶらと歩き、飽きたら宿に篭って三人でころがり本を読む。

 そして篭るのに飽きたらまた観光地を探してぶらぶらする。

 そんな自堕落極まる生活をしていた三世達。


 人という生き物は恐ろしいほどわがままで、いざ理想の生活が手に入り、その生活に溺れると、今度は今まであった物を欲しがり出す。

 毎日カレーで喜んでいたが、続きすぎて味噌汁が飲みたくなる様なものだろうか。

 そんな感じで、三世は酷くわがままな願望を持った。

 ――働きたい。何か仕事したい。


 純日本人気質の三世は、自分の知られざる一面に気づいてしまった。

 働かずに生活することは自分には向いていない。

 まだたった二週間程度の休暇しか過ごしていないのに、娯楽も満足に楽しめなくなってきた。

 ごろごろしているだけなのに、なんとなく不安になりそわそわしてしまう。

 それなのに、立場のある仕事は嫌、目立つのは嫌と考える三世。

 誰かの言われるままに指示され働きたい。

 そう考える三世は、まさに働きアリタイプの人間だった。


 日課の訓練は毎日行っている。

 だけど、それでは仕事をしている気になれず、とうとう三世の精神に限界が来た。

 宿でごろごろしていた三世は、突然立ち上がり二人に言った。

「仕事をしに行きましょう」

「はい?」

 二人の娘は突然の発言に、意図がつかめずぽかーんとしていた。


 良くわからないが、お金が関係無い仕事をしたいという三世に、二人の娘は同意した。

 ルゥは『人助けがしたいんだよね!一緒にがんばろう』と言い、

 シャルトは『依頼をこなして実績やコネを集めるんですね。わかりました』と答えた。

 二人なりに、三世が仕事をする理由を考え、そう結論付けた。

『仕事をしないと心が休めない』などという悲しい理由だとは、二人は思いもしなかった。


 ラーライルとガニアだと冒険者の役割が全く違う。

 ラーライルでは、国にとって人数の必要な業務のほとんどは冒険者が担う。

 例えば、城下町の夜間警備に、食料や素材集め。

 他にも凶暴化した野生動物や魔族の間引きなどもそうだ。

 だが、ガニアではこのほとんどは軍が行っている。

 そういった依頼も冒険者ギルドに無くは無いが、先にほとんどの依頼は軍がこなす為、ほんのわずかとなる。


 ではガニアの冒険者ギルドはどういった役割なのかと言うと、軍が受けられてない、受けたがらない業務を引き受けるのが主な役割となる。

 例えば、商人や貴族の護衛だ。拘束時間の長い護衛依頼は、軍としては好ましく無い。

 いざという時に人員不足に陥る恐れがあるからだ。

 他にも、難しい素材の入手や隣人同士のちょっとしたトラブル。後は、軍に関わってほしくない案件。

 それらに、軍のキャパを超えて軍から戻された依頼が足されて、ガニアの冒険者ギルドは成り立っている。

 その為、ガニアの冒険者は少数精鋭である。

 礼儀正しさは当たり前で、その上で何か一つ、力でも、技能でも知識でも良い。

 何か軍にも負けない有能さが求められた。



 そういう事情なら、きっと誰も受けず廃棄させそうな依頼もあるだろうと思い、三世は冒険者ギルドに足を運んだ。


 中に入って最初の感想は、思った以上に人がいないだった。

 特にこちら側、冒険者が誰一人いなかった。

 昼過ぎという時間だから少ないのは予想していたが、ゼロとは思わなかった。

 いるのは受付の女性のみ。


 依頼ボードが置かれていて、そこには白い小さな紙が山ほど付けられたままになっていた。

 ――これは、良さそうな依頼がありそうですね。

 そんなことを考えながら、三世はルゥ、シャルトを連れて依頼の厳選を始めた。

「何か良さそうな依頼があったら教えて下さい」

「ご主人様。どんな仕事が良いのですか?」

 その言葉に、三世は少し悩む仕草を取り、答えた。

「そうですね。人の助けになれて、二日以内で済む物ですね。他にも、二人がしてみたいものがあったらそれでも構いませんよ?」

 二人の娘は頷き、小さな依頼の紙を選び出した。


 百枚くらいが張られる依頼ボードに、八割近くが残され、そんな依頼ボードがあと四つある。

 単純計算で四百件の依頼が残されているということで、そしてそれの厳選は大変な作業だった。


 まだ半分も見れていないが、それでも良さそうな依頼はいくつか見つかった。

 孤児院の手伝い。歌が歌える人を募集。

 軍の訓練の協力。戦闘だけで無く、武具を磨いたり、修繕出来る人を求む。

 ソフィ王女ファンクラブの設立。求む:稀人の参加。


 ……最後の依頼は、三世は見なかったことにした。


 どれにしようか。

 そう考えながら依頼ボードを探っていると、とんとんと後ろから優しく肩を叩かれ、三世は後ろを向いた。

 そこには、身なりの綺麗な老紳士の男性が微笑みこちらを見ていた。


 真っ白な髪はオールバックにして固めていて、髭は丁寧に剃り、モノクルをかけていてステッキを持っている。

 柔らかい雰囲気と優雅さが感じ取れ、老紳士という言葉以上に適切な言葉が見えない。

「依頼をお探しなら、ご紹介いたしましょうか?」

 にこにことしながら、老紳士は柔らかい口調でそう三世に尋ねた。

「失礼ですが、どちら様でしょうか?」

 三世は、出来るだけ失礼の無い様に、丁寧に言葉を返す。

 その言葉に、三世から一歩下がり、かかとをつけて背筋を伸ばしステッキをついたまま老紳士はこう答えた。

「おっと失礼しました。ガニアル王国冒険者ギルド長のライアルです。以後お見知りおきを」

 そう言いながら、丁寧に一礼すると、そこにいた従業員皆一同に、三世の方に礼をし、背筋を伸ばしたまま、気をつけの姿勢を維持した。


「ということで、ぴったりな依頼を用意いたしますので、是非客室にお越し下さい」

 優しい物言いで、優雅ではある。

 だが、これは断ることが出来ず強制だということを、三世にはなんとなく理解出来てしまった。


 客室でソファに三人並んで座り、かなり高級な茶と茶菓子が出された。

 三世が一目見て高いと思うほど、それらは上等だった。

 ルゥとシャルトは茶菓子とお茶をゆっくり楽しんでもらい、その間に三世は目の前の老紳士、ライアルと向かい合った。

「では、どの様な依頼がお好みでしょうか?」


 そう尋ねるライアルに三世は白々しさを覚えた。

 勧めてくる依頼はどう見ても決まっている。

 ライアルは二つ折りの真っ白い厚紙を、両手で抱える様に持っていたからだ。

「あの、その白い厚紙は何でしょうか?」

 何を言っても無駄だと悟った三世は、ライアルの持っている厚紙を見ながら尋ねた。

「おや。ヤツヒサ様はこれが気になりましたか。いやはや、これは特別な人向けの依頼でして」

 そう、ライアルはわざとらしく言いながら、三世に厚紙を開いて見せた。

 そこには依頼が一つだけ、大きく書かれていた。


 仕事内容:政務の手伝い。

 参加条件:我が国の英雄で王族と縁がある人物。

 仕事の報酬:要相談。


 備考:戦闘無し。新しい遊びの開発の協力要請。獣人参加自由。


 依頼主:ベルグ・ラーフェン。レベッカ・ラーフェン。ソフィ・ラーフェン。


 ――もはや逃げられぬか。

 三世は、この依頼をこなしたら、また自堕落な日々を過ごすことを心に決めた。

 人という生き物は本当にわがままだ。

 さっきまで若干嫌になっていた理想の生活が、遠くに行ったと気付くとまた欲しくなる。

 三世は苦笑しながら、その依頼を受けることをライアルに告げた。

「では、後は英雄と王の語らいの時間です。我々凡人は離れて、依頼の成否を楽しみに待ちましょう」

 ライアルはそう言いながら微笑んだ。



 三世は、ルゥとシャルトを連れて、王城の中に入り、政務室に向かった。

 門番がいて、入退場に厳しい制限が係り、ボディチェックが当たり前の城の入り口。

 だが、三世達はフリーパスで通れる。その事実が三世には非常に恐ろしく感じた。

 自分の身の丈を遥に超えた扱いは、やはりいつになっても慣れそうに無かった。

 その上、通りかかる全ての人、偉そうな格好でも、兵士の様な人でも、本当に全ての人が、わざわざ足を止めて、こちらに一礼してくる。

 一礼する全ての人の方向が、ルゥの方を向いているということだけが。三世の胃に優しかった。



 四回ノックの末、王のいる政務室に入った三世達。

 そこにいたのは、国王のベルグと、何故かグラフィだった。


「冒険者ヤツヒサよ。良く来てくれた。まずはかけてくれ」

 そう、ベルグは言い、三世達をグラフィの対面にあるソファに座らせた。

「すまないが、俺は説明とかその手の話をするのがあまり上手くない。レベッカに任せようと思ったが、レベッカも今は急用で手が離せなくてな」

 少し困った様に、ベルグはそう言った。

 そうは見えないが、やはりソフィの父親なんだなと三世は思い、少しだけ微笑ましい気持ちにあった。


「というわけで、後は顔見知りで事情の知っている俺が続き話すぞ。英雄ヤツヒサ殿」

 グラフィは三世の方を向き、にっこりと笑いながらそう言った。

「いえいえ。英雄はルゥですから。私など木っ端な冒険者ですよ。英雄グラフィ様」

 そう、三世はにっこり笑って言い返した。

 お互い笑顔だが、その裏には変に攻撃的な感情があった。


「さて、事情といっても大したことは無い。俺とお前が呼ばれたのも、あの魔導ゴーレムの経験者だからだ」

 グラフィはそう言いながら、事情を説明しだした。


 兵士の代価として軍事利用を目指して製作された、木の人形があった。

 魔導式木人形。その名も【パペット】

 製作は一応成功したのだが事情があり、パペットは没になって、その研究も凍結した。

 その事情とは一言で済む。

 パペットは恐ろしいほど弱かったからだ。


「それで没にしていたのだが、あの大会を見ていて考えたのだ。何か遊戯としてなら使い道があるではないかと。その為の意見を求めたくてな」

 そうベルグがちょっとだけ恥ずかしそうに笑った。

 ――ああ。あの大会が羨ましかったんだな。

 三世は、ベルグの本音に気付いた。


「ということで、これがそのパペットだ。魔法の適性が無いと操れないが、お前なら大丈夫だろう」

 そう言いながら、グラフィは三世の前にパペットを用意した。


 立たせると大きさは一メートル六十くらい。

 つるっとした見た目の木の部品が幾つも組み合わせられ、糸で繋がって人型になっていた。

 見た目はデッサン人形に近い。

 グラフィが人形から手を離すと、バラバラと地面に崩れ落ちた。

 見た目がデッサン人形だが、部位ごとに固定が出来ず、主のいない操り人形みたいになっていた。


「操作方法は?」

「背中の赤い突起に魔力を込めて触る」

 グラフィの言う通りに、三世は背中の赤い、ボタンの様な部位に触れて、魔法を使うイメージを持った。

 そうすると、指先から魔力の糸の様な物がパペットの頭に繋がり、パペットが立ち上がった。

「おお。何と言うか、これは凄いですね」

 三世は感動しながら、パペットを操った。


 歩いたり、走ったりといった操作は出来る。

 操作はそこまで難しくない。

 ただし、手足が固定されていないから思い通りには動かなかった。

 走る場合は、手に意識が向かないせいか、手はぶらぶらというかぐねぐねと変な動きをしていた。

 ついでに言えば、走る動作もぎこちない。

 パペットという名前だが、中身や動き方はマリオネットに近い。


「それで、これでどうするのですか?ゴーレムみたいに戦い合わせますか?」

 三世の言葉に、ベルグもグラフィも難しい顔をした。

「ヤツヒサ。壊れない程度に、胴体とか背中を叩いてみろ」

 グラフィの言葉に、言われた通りパペットの胴をトンと押す様に叩いた。

 その瞬間、パペットは地面に崩れ落ちた。

「え?」

 三世はきょとんとした顔をした。

 そんな壊れるような力では叩いていない。人にしてもちょっと痛いと思う程度の力だ。

「そう。これが没になった理由なんだがな、耐久性能が恐ろしいほどに弱いんだ。すぐに復活するが」

 グラフィの言葉どおり、大体五秒ほどでパペットは元の操作可能な状態に戻った。

 それを見て、三世は少し面白くなってきた。


「おー。これ結構面白いですね。玩具としてみたらかなり完成度が高いと思いますよ」

 ティールが見たらきっと飛びあがって喜ぶだろう。

 だが、グラフィもベルグにあまり嬉しそうでは無い。


「とりあえず、俺と模擬戦するぞ」

 グラフィの言葉に三世は頷いた。


 そして、グラフィと三世はパペット同士で戦闘を始めた。

 その光景は、あまりにも無残な光景だった。


 手を使って相手を殴るが、へろへろした振り方しか出来ず、相手に当たってもコンと軽い木の音がするだけだった。

 三世ならわかるが、戦闘に長けたグラフィでも、同じ現象が起きた。

 だったら投げようと更に距離を縮め、組み合おうとするが、お互いわちゃわちゃな動きになり、胴体同士でぶつかり、バラバラと崩れ落ちた。

 何回繰り返しても、わちゃわちゃしたままぶつかり崩れるか、意味のないへろへろパンチしか出来ない。

 一番悲惨なのはキックだ。

 蹴り上げようと足を上げるとバランスを崩し、そのままこけてバラバラになる。

 なんとかキックをしようと色々手探りで試してみたら、足をちょいと動かして相手のすねを蹴る動作が出来た。それでも、ダメージにはならない。


「ということで、パペット同士の対戦は不可能という結果になったんだ」

 グラフィの言葉にベルグが頷いた。

 三世はこの戦いに覚えがあった。

 それは紙相撲だった。

 せっかく自由に動く人形を使って、することが紙相撲というのは、確かにもったいない話だ。


「だからこそ、この人形の未来を二人の英雄に託したいのだ。頼まれてくれるか?」

 その言葉に、グラフィは頷く。

「もちろんだよな?英雄ヤツヒサ殿?」

 そう肩を強く叩くグラフィ。

 三世はグラフィの思惑を理解していた。


 ラーライルだと、問答無用の大英雄と化してしまったグラフィは、三世に仕返しする為、ベルグで三世を上げる行為に出ていた。

 見ている場所、いない場所問わず、三世の名声を広めた。

 ラーライルの英雄グラフィが褒め称える。

 その効果は絶大だろう。

 だが、三世にも切り札がある。

「英雄グラフィ様。ガニアの英雄は私ではなく、ルゥです」

 そっと、三世はルゥを前に立たせた。

「る?玩具の使い道を考えるんだよね?良いよ!一緒にがんばろう!」

 そうにっこりと微笑むルゥに、グラフィは何も言えなかった。


 ――お前汚いぞ。

 グラフィの瞳は、三世にそう告げていた。

 それに三世は、グラフィににっこりと笑顔を返した。

 お互い笑顔で微笑み合う三世とグラフィ。

 その様子は無二の親友の様で、ルゥもベルグもその様子を見て微笑んだ。


 だが、実際二人の心情は違った。

 ――少しでも自分を目立たなくさせる為に、あいつを目立たせてやる。

 奇しくも、二人の心情は完全に一致していた。



ありがとうございました。

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