サーカスタウンと意外な出会い
「……気持ちを切り替えて、遊びましょうか」
三世の言葉に、ルゥとシャルトは頷いた。
そう言ったものの、あまり衝撃的過ぎて、なかなか気持ちが切り替えられない三世。
久しぶりに心から怯えた気がした。
そんな三世とは裏腹に、ルゥとシャルトはキラキラした瞳で周囲を見ている。
既に気持ちの切り替えは終わり、楽しむ準備が出来ている様だ。
――切り替えが下手なのか歳のせいでしょうかね。
三世は一人で苦笑した。
ポップコーン販売で出迎え、大勢のピエロが客達の案内をしていた。
その光景はまるで物語の中の様だった。まあ姿を変えただけの客引きなんだが。
ピエロの様な役人に加え、大道芸の人達も、ふりふりのドレスの様な格好だったり、動物のきぐるみだったり、または緑の尖った帽子に緑一色で妖精の様な格好だったりと、客以外の姿は皆個性的だ。
まだ誰も芸をしていない入り口だが、その様子を見て、二人の娘はわくわくした様子が隠しきれずにいる。
そわそわしながら、ルゥが我慢出来ずぴゅーっと飛び出したのを見て、三世は声を荒げた。
「コラ!」
びくんとするルゥ、ぴたっと足を止めてしゅーんとした顔をこちらに向けてきた。
「ルゥ。一人で移動したら駄目ですよ。危ないし迷子になったらどうするのですか」
まあルゥなら迷子になってもすぐに戻ってこれるだろう。
耳も鼻も良いし、そもそもスキルの繋がりがあるから本当にお互いが困ったら何となく位置くらいはわかる。
それでも、もしもを考え、出来るだけそばにいて欲しかった。
「はーい。じゃあ、シャルちゃん手つなご?もし飛び出しそうなら止めてね」
そう言いながら、ルゥはシャルトと手を繋ぎ、二人は嬉しそうに手を振り回した。
「こっちはこっちでゆっくりしましょうか」
三世は横を歩くカエデさんの背を優しくなでた。
カエデさんは、三世の頬に顔を擦りつけ、嬉しそうにしていた。
ぶらぶらと何を見ようか移動していたら、町の中に何故か馬のコースがあった。
参加自由と書かれていて、実際に馬が何頭も走っている。
料金を払えば馬のレンタルから、時間の測定までしてくれるらしい。
カエデさんは三世の方をじーっと見ていた。
何も言わなくても、その視線の意味は理解出来る。
「あー。ルゥ、シャルト、どうしましょうか?」
三世が困惑しながらそう呟くと、ルゥは建物を指差した。
それはサーカステントだった。
二人の娘は、キラキラした瞳で三世を見つめている。
カエデさんの瞳も、何かを告げる様な力強い目だ。
「……別行動しましょうか」
三世の言葉に、全員が頷いた。
サーカスが終わったら、コース前に集合という約束をし、ルゥとシャルトはサーカスの中に入っていった。
それを見届けた三世は、すっとカエデさんの背に乗り、馬のコースに入った。
白い六本足の美しい馬。
他の馬よりも大きいわけでは無い。ただ、細くしなやかなその肢体に、優雅な雰囲気。
誰が見ても目を奪われる。
それだけでも、コース内では相当目立つカエデさんだが、彼女が本当に目立つのはこの後だ。
元から名馬で、三世のスキルで強化され、更に背に乗せている人とは以心伝心。
当たり前だが、その辺りの牧場でいる馬と比べたら、色々な意味で規格外だ。
まさに風の様な疾走を見せつけ、その速度に追いつける者は誰もおらず、ただ一人で走り続けた。
本人は軽く流しているつもりだから、なおの事性質が悪い。
一緒に走る者は全員何週遅れかという状況で、周囲全ての馬に格の違いを見せ付けた。
その姿は、まさに暴風としか言いようが無かった。
更に、タイムアタックを頼んだら、カエデさんは本気になり、歴代全ての記録を、全部一位で塗り替えた。
『私は凄いでしょ?』
とカエデさん自身はただ、三世に褒めてもらいたいだけだった。
その記録の中には、ベルグ王の記録や、軍人の記録も含んでいた。にもかかわらず、全ての記録を塗り替えてしまった。
あまりに酷かったので、全ての記録は除外され、代わりに、初代永久王者として、ハープートの町に彼女の名前が刻まれた。
【暴風独走のカエデさん】
その名前は生涯この町で残り続けることになるだろう。
何時もの癖で、【さん】まで名前欄に記入したことに、三世は最後まで気付かなかった。
――やりすぎてしまったのかもしれないですね。
満足そうな顔のカエデさんに比べ、申し訳無さそうな顔の三世の元に、ルゥとシャルトの二人が戻ってきた。
二人は慌てた様子で三世に近寄ってきて、ルゥは叫ぶ様に三世に言った。
「サーカスにぶたさんがいた!たぶんあの本のぶたさん!」
三世はきょとんとした顔になった。
過去に読んだ本の中に、ぶたさんの話があった。
その本を書いた女性は、ぶたさんと再会することを願い、本を出版して広めたらしい。
ルゥは、サーカスで見たぶたさんが、その本の中に出たぶたさんだと思ったらしい。
二足歩行が出来て、高度な大道芸の技術を軽々とするぶたさん。
確かに、そんなぶたさんは二人?もいないだろう。
三世は、ルゥとシャルトにサーカスで見たことを詳しく尋ねた。
シャルトとルゥは、二人で銀貨四枚を払い、席に座って楽しみに待っていた。
客の入り具合はほぼ満員。どうも当たりのサーカスらしく、期待と興奮の中にいるとルゥはわかり、何となく楽しくなってきた。
人が多いから、怯えない様にシャルトの手を握るルゥ。
――お姉さんだから私が守らないとね。
シャルトに対してルゥは、いつもそう思っていた。
サーカスの中では、魔法が使えない様になっていた。
観客の妨害対策と、魔法以外の技術であるということを証明する為だろう。
魔術は使えそうでしたけどね、とシャルトは小さく言った。
そして、ピエロが現れてからサーカスが始まった。
最初は、ジャグリングや空中ブランコなど、基本的なパフォーマンスが続いた。
といっても、話を聞く限り三世の知っているサーカスよりも、大分派手ではあったが。
例えば、火の輪潜りは連続五つの火の輪を人がくぐる。それも凄いが、若干服がこげていたらしい。
ナイフ投げは、走って逃げる人の頭の上に的を置いて投げていたそうだ。
安全という概念はどこかに置き忘れているらしい。
そして、フィナーレになった瞬間に、今までの人達が全員裏に隠れて、とことことぶたさんが現れた。
五つのボールに乗って歩きながら。
小さな丸っこいぶたが、二足歩行でとことことボールの上で歩きながら中央に行き、ぺこりとお辞儀をする。
観客は全員沈黙し、そのぶたさんを見つめた。
五つのボールの上にいるのに、微動だにしないボール。まるで接着剤でくっついている様だった。
それでも、ぶたさんが歩き出すとそのボールくるくる回りだし、ぶたさんの思い通りに動いた。
そして、ぶたさんのショーが始まった。
内容は、ナイフ投げやジャグリングなど、今までと同じ物。
ただし、五つのボールの上でかつ、今までの芸の倍の技量を見せてだが。
百に近いナイフでジャグリングしながら、的に投げ続けるぶたさんの絵は凄すぎて笑いしか出てこない。
しかも、二本目からは的では無く、前のナイフの尻に刺さり続けていた。
ジャンプしながらの火の輪を潜っても、ボールは崩れず、幾ら弾んで動き回っても最後には五個全部のボールがぶたさんの足元に戻っていた。
そして、ぶたさんがお辞儀をして、幕が降りた。
全てが終わるまで、観客は静かにしていて、幕が降りた瞬間に、火が付いた様な大歓声に包まれた。
「ということで、ぶたさんに会って待ってる人がいるって教えてあげようよ?」
ルゥの言葉に、三世とシャルトは頷く。
頷くのだが……。
「それで、どうやって会いましょうか?」
シャルトの質問に、二人は首をかしげた。
サーカスに戻って尋ねても、雇っているわけでは無く、特別ゲストだからこの後の予定はわからないと言われた。
なので、あまり好ましくは無いが、三世は二手に分かれることを提案し、二人の娘は頷いた。
三世とカエデさんは広い道を中心に探し、ルゥとシャルトは、細い道を中心に探し回った。
三世は色々な人に話をぶたさんのことを尋ねた。
ほぼ全員があのぶたさんの事を知っていた。
一月位前に現れて、ほぼ全ての大道芸をさくっとこなす恐ろしい存在。
きっと有名な人が特別な魔法でぬいぐるみを操っているんだ。そんな風にぶたさんは思われていた。
ただ、今どこにいるかを知っている人はいなかった。
そんな中、ピエロの格好をした役人が、有力な意見を持っていた。
「ああ。さっき見たね。広場で子供達に玉乗り教えていたよ」
三世は、お礼を言って慌ててそちらの広場に走った。
ただ、入れ違いになったらしく既にその広場にはぶたさんの姿は無く、子供達は必死に玉乗りの練習をしているだけだった。
「どう?見つかった?」
ルゥとシャルトがこちらの方に走ってきて三世に尋ねる。
三世は静かに首を横に振った。
ルゥとシャルトの方は、何でも泥棒を捕まえた後、この広場に向かったと聞いて、こちらに来たらしい。
一足遅かったらしく、広場の方で話を聞いても誰もわからず、また一から探しなおしとなった。
別行動を取って大体一時間くらいだろうか。
逸話や伝説は良く聞くのだが、そのせいもあり、現在の場所の話は誰も知らなかった。
諦めようかと思っていたその時、ルゥが跳ぶ様にこちらに走ってきた。
「さっき帰るとこ見たって!急げば間に合うかも!」
三世は頷いて、カエデさんの背に乗り、ルゥとシャルトを引っ張ってカエデさんに乗せて走り出した。
「すいません。今度埋め合わせしますから、ちょっとだけがんばってください」
カエデさんの頭を撫でながら三世はそう呟いた。
こくんと頷くカエデさん。だけどその目は別のことを語っていた。
――三人くらい無茶でも何でも無いわ。
そう、その瞳が自信に満ちながら語っていた。
裏口の門の方角に、急いで駆けていくカエデさん。
「まだいる!」
ルゥはそう叫び指を差した。
その方向を見ると、門が開いていて立ち去ろうとするぶたさんがいた。
「ちょっとまってー!」
ルゥの大きな声量に、ぶたさんはびくっとして、きょとんとした顔でこちらを振り向いた。
「えっと、自己紹介しますね。私の名前はヤツヒサ。それでこっちが娘のルゥとシャルト。あと愛馬のカエデさんです」
一同がぶたさんにぺこりと頭を下げた。
「これはこれはご丁寧にどうもどうも。僕の名前はリック。見ての通りぶたです」
そう言いながら、三世の腰ほどの大きさのぶたさんが、ぺこりと頭を下げた。
ゆっくりとした話し方が特徴的で、少し高い男の子の様な声をしていた。
「それで、僕に何か用でしょうか?」
首を傾けながら、ぶたさんはそう尋ねた。
「えっと、この本はあなた?」
そう言いながら、ルゥはリックにぶたさんの事が書かれていた本を渡した。
ぺらぺらとページをめくり、その後本を返してリックはこくんと頷いた。
「はい。多少違いはありますが、間違いなく僕ですね」
ルゥは安堵の溜息を吐いて、最後のページをリックに見せた。
「この女の人。リックに会いたいと思うの」
リックは難しい顔をしていた。
「……うーん。そうですか。良くわかりませんが、本を出すほど本気なのですよね……」
ルゥは頷いた。
「わかりました。話をしにいきましょう。どうなるかわかりませんが、寂しがっている人を放っておくよりは良い結果になるでしょう」
「うん。それが良いよ。寂しいって、とっても悲しいことだもの」
ルゥとリックは二人でうんうんと頷きながら、ルゥはそんなことを言った。
「わざわざありがとうございます。このお礼をしないといけませんね」
リックの言葉に、三世は答える。
「では、女性の屋敷にこちらも後日行きましょう。もしよろしければその時に」
「はい。たぶん滞在させてもらえると思いますし、駄目ならお礼だけ預けておきましょう」
リックは頷き、三世と握手をした。
リックはルゥとシャルトとも握手をして、そのまま去っていった。
「……ご主人様、さっき最後握手した時、診ましたね?」
シャルトの言葉に、三世はこくんと頷いた。
「どうでした?」
「……獣人では無く、普通のぶたでした」
「……世の中って、まだまだ不思議なことがありますね」
三世は黙ったまま頷いて、歩いて去ってくぶたさんが見えなくなるまで見続けた。
ありがとうございました。