サーカスタウン
ガニアを観光しながら、数日間ただぶらぶらと過ごす三世達。
宿で本を読み、適当に歩き回り、適当な時間に適当に目についた物を食べる、そんな楽な生活。
毎日の日課と、カエデさんのブラッシングくらいしか決まった予定の無い日々。
【夢休みの為のくじら亭】は、馬小屋も全て個室で道具も一流どころの道具をフルセットで揃えている。
馬の快適な生活も約束しますと至れり尽くせりの環境だった。
そんな自堕落とも言える日々を過ごして、三世はとても重要なことに気づいた。
――ガニアの首都には、娯楽があんまり無い。
ルゥやシャルトと共に楽しめるような娯楽は、食事と本屋くらいしか無かった。
せっかくの旅行で何か楽しみが無いというのはもったいないと三世は考え、購入した観光ガイドで近場の観光地を検索することにした。
ルゥ、シャルトと相談しながら、どこに行こうか計画を練る。
最初なので出来るだけ近場で、出来たらラーライル王国ではあまり見ない観光地に行きたい。
そんなことを考えなら、観光ガイドのページをめくる三世と、それを横から見ているルゥとシャルト。
「あ。これなんてどうでしょうか?」
三世の言葉に、二人は指を差されたページに注目した。
大道芸の町、ハーフート。
別名サーカスタウンと呼ばれるその町は、大道芸やマジック、サーカスなどで生活している人達が中心になっている町と書かれていた。
町の中で、サーカステントは二桁並び、無数の広場では昼夜問わず、大勢の大道芸人がパフォーマンスを行っている。
役人や門番は常にピエロの格好をしていて、魔法と技術と笑顔の溢れる不思議な町、だそうだ。
「そりゃあこんな町が近くにあるなら、ガニアを観光地にはしませんよね」
娯楽の少ない理由に、三世は妙に納得した。
「歌とかも良いのかな?」
ルゥの質問に、三世はガイドブックを片手に答える。
「良いみたいですよ。それが芸となって、子供も大人も安心して楽しめるなら何でも良いらしいです」
「おー。シャルちゃん。歌う?ねぇ歌う?」
ルゥはそう言いながら、シャルトの方をじーっと見ていた。
少し考えるそぶりを取るシャルト。その後、そっと首を横に振った。
「今回は見る側に回りましょう。私もお客さんとして楽しみたいので」
シャルトの言葉に、ルゥは「そっかー」と答えて納得した。
「芸に馬を使う人もいますから、街中は馬を連れても問題なさそうですね。カエデさんを連れて、行って見ますか?」
その言葉に、二人の娘は目を輝かせながら頷いた。
やはり、この生活に飽きていたらしい。
馬小屋からカエデさんを出してもらい、道なりに十五分ほど移動して目的の町、ハーフートに到着した。
一目で、ここが目的の町だとわかるほど、その町の外観は特別だった。
町は色とりどりに着色がされていた。まるで子供がバケツに入ったペンキを蹴飛ばしたような様子だ。
正面に見える小さな門の両脇に門番らしきピエロがいるが、ボールに乗ってその上で微動だにせず、ナイフでジャグリングをしている。
――これ、普通の村の門番より強そうですね。
三世はナイフを持つピエロの門番を見ながら、そう思った。
また、空には山ほどの風船が飛ばされている。
ゴムのよくある風船では無く、マイラーバルーンの様な銀色の素材に何か色や絵柄をつけた風船だ。
アルミがこの世界にあるのか無いのかわからないから、それが何なのかはわからないが。
町の中に見える建物は、赤い屋根に白い壁の様な、ファンシーで子供が好きそうな見た目だけだ。
そして一番気になるのは音だ。
空砲の様な爆発が空から聞こえ、それにも負けない歓声が、中のいたるところから聞こえる。
その楽しそうな雰囲気は、ルゥは待ちきれないといった顔になっていた。
ただ、シャルトは音に若干怯えていた。
「すいませーん。入れてもらえますか?」
三世は、カエデさんの上から門の前に行きそう尋ねた。
「んー。サーカスタウンにようこそ!君達は魅せる人?魅せられる人?」
ケラケラ笑いながらピエロが三世に、ボールに乗ってナイフジャグリングをしながら尋ねた。
ちょっと、というかかなり怖い。
「見学の方です。駄目でしょうか?」
怯えながらそう言うと、ピエロは慌てた様子で少しはなれ、ぶんぶんと手を振って、その勢いでボールから滑るように転げ落ちた。
「あいたたた。ごめんね。僕は未熟で駄目なピエロなんだ」
ボールを手に持ちながら、ピエロはそう言った。
「ここは魅せる人の入り口だから、道なりに右に行ってみて。そこがサーカスの始まりの場所さ!」
そう言うピエロに、三世とルゥ、シャルトは手を振って馬車に乗って移動した。
「ヤツヒサー。あの人嘘ついていた。落ちたのも慌ててるのも全部わざとだったー」
「はは。ルゥ。それがあの人達の仕事なんですよ」
ふざけて馬鹿なことをして笑われる。それがピエロの仕事の一つだ。
客に馬鹿にされて、それを甘んじて受ける、笑顔の為だけに道化になる。
実際は全て計算どおりの動きで、客は笑っている様に思うが、実際は笑わされている。
門番という職業なのに、そのピエロとしても大道芸の人としても相当な腕前だとわかった。
更にボールから落ちた時、三世は目を離していないが、手に持っていたナイフは全てどこかに消えていた。
「ここは防犯意識が高いのでしょうね」
三世はそう呟いた。
言われた通り道なりに進むと、大きな門が見えた。
赤やら緑やらで塗られた木の門には大きなピエロの絵が描かれていて、『ウェールカーム』と陽気に黄色い文字が主張していた。
「お客様だね。よーこそー。ここはサーカスタウン。きっとあなたの目に付き、目が奪われる様な凄い人達がいるでしょう。でも気をつけて!あんまり魅せられると、本当に目を取られちゃうからね!なんちゃって!」
突然、カエデさんの横に赤い格好のピエロが現れ、三世に話しかけた。
「ああ、門番さんですか。こんにちは」
三世の挨拶に、ピエロは丁寧に頭を下げて答えた。
「はいこんにちは初見様。どうぞ中に入り、お楽しみ下され!」
ピエロがオーバーな動作で頭を下げつつ、門の方に手をむけると門が開きだした。
「すいません。入場料とかどうなってるのでしょうか?すいません初めてなもので」
三世の質問に、仮面を被っているからわからないが、恐らく笑ったのだろう。
「ははははは。そんな受け取れませんよ」
「ああ。ここは入場料で取らないシステムなんですね」
三世の言葉に、ピエロは更に大きな声で笑った。
「ははは!普通はいただきますよ。夢の対価。ですが、英雄殿からはもう、十分夢を頂いていますので」
三世は、急にそのピエロが恐ろしくなってきた。
何を知っているのか、何故知っているのか、知らないうちに背筋に汗を掻いていた。
「申し送れました。サーカスタウン団長。宮廷道化師のジェスターと申します。以後お見知りおきを」
ふざけた態度のまま、ジェスターは道化師らしく、おどけながら一礼した。
三世は怯えて声が出なかった。
敵なのか、味方なのか判断がつかない。それほど目の前の道化は不気味な存在だった。
それを見たジェスターは、三世に一枚の紙を渡し、ぺこっと小さく一礼をして去って行った。
渡された紙にはこう書かれていた。
『宮廷道化師』
王宮の中に入れる王に信頼された者。宮廷道化師を裁くことが出来るのは王のみ。
『ジェスター』
王の護衛、毒見役、政治に関する助言も行う。宮廷道化師の中の一握りの存在。沢山いる。
最後に小さく、本当は怖くないよ。ただの演技だよと書かれていた。
遠くの方を見ると、こちらに手を振っているジェスターがいた。
「なるほど。王政にも色々あるのですねぇ」
三世の常識に、道化師が政治にかかわるという考えは全く無かった。
だからこそ、きっと宮廷道化師の意味があるのだろう。
三世とルゥ、シャルトはジェスターに手を振って、町の中に入って行った。
「やあ!ようこそサーカスタウンへ!何か困ってないかな?」
さっきと反対側から、突然ジェスターが現れ大きな声でそう言った。
三世もだが、ルゥもシャルトも小さく悲鳴をあげて驚いた。
「はっはっは。僕はイタズラが好きなんでね。許してね」
そう、両手を開いておどけるポーズを取りながらジェスターは言った。
三世は息を整え、ジェスターに尋ねてみた。
「困ったことと言えば、馬車はどうしたら良いですか?通るのに邪魔になりますよね?」
その言葉に、ジェスターは手をぽんと叩いて、嬉しそうに言った。
「僕に任せてよ!じゃあ、二人は降りてくれるかな?」
言われた通り、ルゥとシャルトが馬車から降りた。
「じゃあ、ちょっとあっち行こうか」
そうピエロは右側の馬車置き場を指差した。
「ごめんね。もう終わったよ」
そうピエロが呟いた。
ふと気付いたら、馬車は既に無くなっていた。
視線を移動させて三秒も経っていない。
「……凄いですね。魔法ですか?」
呪文は聞こえなかったが、他に魔法の発動方法がある為、そう思った三世。
「ははは。種を明かしたら僕らはご飯が食べられなくなっちゃう」
「失礼しました。無礼なことを言いました」
三世は慌てて謝罪した。
あまりに驚いたからと言っても、言ってはいけないことだ。
「良いよ。馬車は馬車置き場に入れたから、帰る時声をかけてね?呼んだら僕はいつでも現れるから」
そう言っている間に、既にジェスターはいなくなっていた。
「るー。さっぱりわからない。音も、匂いも完全に消えたし、出てくる時も見えなかった」
ルゥはそう呟いた。
「世界って、まだまだ上に広いですねぇ」
そう呟きながら、三世はカエデさんの横で歩き出した。
入り口で、一生分驚かされた。
もう中に入らなくても良いんじゃないだろうか。
三人は既にそんな気分になっていた。
ありがとうございました。