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楽しい旅行の始まりの日

 

 意外なことに、ガニアに着く少し前で、王族三人は馬車から降りた。

『俺達がいると目立つだろうからここで別れる。また、いつでも城に遊びに来てくれ』

 ベルグはそう言って、レベッカを連れ、ソフィを引きずって戻っていった。

 ソフィは、マーセルだから問題無いと馬車内に居座ろうとした為、ソフィに戻されてベルグに無理やり連れて行かれた。

『また……会おうね……』

 と、ずるずる引きずられ、怨霊の様なことを呟きながら、非常に名残惜しそうにフェードアウトしていった。

 なんと言うか……不思議な執念を感じた。


 王族は三人共、意外と言うべきか、異常というべきか。三世の静かにしたいという気持ちを強く理解していて、三世は非常に困惑していた。

 というか、『静かに暮らしたい』と一言も言っていないのに何故知っているのだろうか。

 ついでに言えば、何故初日に即見つかったのだろうか。

 三世の背中に、若干冷たい風が流れた。


 以前と同じ様に、奴隷と離れないという誓約書と、入国許可証を書き、ガニアの中に三人は入って行った。

 色々とあったが、ようやく一区切りついた様な心地になった。

 ほぅと安堵の溜息を吐き、強い日差しを受けながら、活気のある町並みを眺めた。

 白い建物が多く、乾いた風の流れるガニアは、独特の居心地と、不思議な魅力を感じる。

 ウェスタン調の様な雰囲気で、三世は地球にいた頃見たこともない風景なはずなのに、若干のノスタルジックな気持ちを感じた。

 人の行き来が激しく、また多少目立つ服装だったとしても、それ以上に奇抜な人が多い。

 具体的に言えば、三世達が全く目立たない位だ。

 というか、上半身全裸でヘルメットしていたり、きわどいビキニに近い格好の美女だったりと、おかしな格好の人が一定数以上いた。

 ラーライルの城下町だとこんな奇抜な格好の人はいない。

 これも旅行の醍醐味なのか、三世はそんなことを考えながら少々困惑した。


 ガニアに入ってから、シャルトは、用意していた日傘を差した。

 黒の日傘は、シャルトらしく、良く似合っていた。

 シャルトも気に入っているらしく、かさをくるくる回して嬉しそうに微笑んでいる。


 真夏というほどでは無いが、日差しは強く、日中は暑い。日傘が欲しくなる温度というのは良く理解できた。

 といっても、湿度はそれほど感じず、また風も多いから暑さで辛いことよりも、風によって巻き上げられる砂がつらい。

 ルゥとシャルトは大丈夫だろうかと二人の方を見てみると、砂が顔や服の中に全く入っていなかった。

 ドロシーとマリウス共同製作の服の性能だろうか。砂のじゃりじゃり感を感じる三世は、ちょっとばかし羨ましかった。


「今回は、予算がありますし、一部屋で良いですから奮発して良い宿屋を探してみましょうか」

 三世はわくわくしながらそう言った。

 普段は節制しているが、旅行になるとお金を使いたくなるのは日本人のサガだろうか。


 二人の娘は頷いたが、正直どこでも一緒に寝られたら良いから、何故三世が喜んでいるのか良くわかっていなかった。

 ただ、嬉しそうな三世に水を差す気は無く、とりあえず付いていくことにした。



 料理人ギルド付近を避けながら、大通りを歩く三世達。

 高級な宿泊施設ならどこか目立つ所にあるだろうという考えだ。

 この辺りは特に活気付いていて人が多く、歩くのも一苦労だ。

 シャルトとルゥと手を繋ぎながら、はぐれない様に前に進んだ。


 大通りの終わり際、城付近にまで来て、一軒の宿屋を発見した。

 白い建造物で、周囲の建物よりも一際大きく、明らかに高級ですという雰囲気を漂わせたその宿泊施設に、三世は心がときめいた。

 看板には【夢休みの為のくじら亭】と書かれている。

「ここにしましょうか」

 その言葉に、シャルトが心配そうに尋ねた。

「あの、失礼ですがお金は大丈夫なのでしょうか?」

 三世は、シャルトの頭を撫でながら答える。

「その時は記念に一泊して宿を変えましょう」

 笑いながらそう言う三世だが、そんな心配は全くしていない。


 今、ルゥに任せている荷物の総重量は三百キロを優に超す。

 そして、そのうちの半分近くは、金貨の重量だ。

 三ヶ月、豪遊しても全然問題無いだろう。

 その程度は、三世は今回金銭を準備してきた。

 本音を言えば、最近お金が溜まりすぎて怖いから、この機会である程度すっきりさせておきたいという三世の考えでもあった。


 ドアのついていない門をくぐると、中はまるで別世界の様になっていた。

 空色の壁と天井に赤い絨毯。

 当たり前の様に空調らしきものが入っていて涼しく快適、窓や門は開きっぱなしなのに砂は一つも入ってこない。

 受付らしき女性の衣装も独特で、薄い青の様な色合い一色で清涼感がありつつも、清潔感がある服装。

 スチュワーデスなどの制服に少し似ていた。

 女性はカウンター向こうからこちらに気付くと、笑顔で挨拶をしてきた。

「いらっしゃいませ。夢休みの為のくじら亭にようこそ。ご用件は何でしょうか?」

「すいません。部屋は空いていますか?」

 女性は笑顔のまま、頷いた。

「もちろんです。何部屋ご用意いたしましょうか?」

「一部屋で。ベットは大きいのをお願いします」

「かしこまりました。部屋の確認をいたしますので、今の内にお名前のご記入をお願いします」

 受付の女性は三世に一枚の紙を渡すと、そのまま移動していった。


 三世は渡された紙に必要な情報を書き込む。

 名前はまあ、三人分、簡単に書けた。

 ただ、間柄は少々難しい。

 三世の手が止まった所を、シャルトは見た。

「その他にして、『愛人』でも『所有物』でも構いませんよ?」

 三世は久しぶりに、シャルトの頭を軽くはたいた。

 そして、娘で他人で奴隷にチェックを入れた。

 他人の目からどう見えるか恐ろしいが、嘘を付くほど三世は度胸がある人間では無かった。


 幸いなことに、戻ってきた受付の女性はそのまま紙を確認し、一礼してから仕舞った。

「はい。書類の確認いたしました。こちら、先払いですがよろしいでしょうか?」

「はい。一泊いくらになりますか?」

「一泊金貨一枚になります」

 三世は頷き、ルゥの方を見た。

「ルゥ。お姉さんに袋を一つ渡してあげてください」

 三世の言葉にルゥは頷き、自分のバックから金貨袋を取り出して、ぽんとカウンターに置いた。

「確認いたしますので少々お待ち下さい」

 そう言いながら、女性は笑顔のまま、金貨袋を持って奥に消えた。足と掴んだ両手をぷるぷるさせながら。

 ――うーん。凄まじいプロ根性だ。

 三世は非常に感心した。

 鍛えた様子の見られない女性が、推定二十キロ相当の金貨袋を手の力だけで持ち上げ、笑顔を崩さないのは本当に凄いとしか言いようが無い。

 しばらくしたら、女性はぷるぷると金貨袋を持って戻ってきた。

「ちょうど百枚ございましたが、どういたしますか?」

「三ヶ月分の先払いでお願いします。十枚はチップとして受け取って下さい」

「了解しました。二階左手突き当たりの部屋です」

 そう言いながら、女性は鍵を三世に渡した。


 ここの宿は、この国で一番の宿泊施設だ。

 同時に、冒険者としての依頼も受けている。

 つまり、情報取得に優れているということだ。

 だからこそ、受付の女性は三世達の顔を知っていた。

 ――流石英雄。金貨百枚をぽんと軽く出すのね。

 受付の女性はそんなことを考えていた。

 それはそれとして、金貨十枚をどうしようか、対処に困った。

 どのくらいサービスしたら金貨十枚のチップに適切なのか、答えが全く見えないので受付の女性はオーナーに相談することにした。



 豪華な部屋に入り、荷物を片付けた後、三世は二人に相談を始めた。

「とりあえずこの後はぶらぶらして夕食を食べましょうか、今日は何を食べたいです?」

 マーセルと一緒の予定だったが、その予定は崩れ、三人での食事の相談を三世は始めた。

 タルタ料理と呼ばれる、羊中心の濃い味付けの料理がガニアのソウルフードらしい。

 もちろんそれでも良い。

 ただ、相談することを楽しみたいだけなのだから。

「じゃあ、おいしそうな店を探すということで!」

 ルゥがそう言うと、二人は笑って頷いた。


 三世は宿を出て、とりあえず本屋に向かった。

 三人にとって家族の時間とは、やはり三世の朗読の時間だろう。

 文字という文化に大分なれた二人は、今では自分でどの本でも読める様になってきた。

 だからこそ、本とは三世にとって特別なものだった。

 三人の絆の時間であり、娘の成長を実感出来る物でもあるからだ。


 とりあえず、シャルトとルゥは各自五冊ずつ気に入った物を買い、三世はガニアの観光案内を買った。

 去年のだが、それほど変化は無いと店員が言っていたから大丈夫だろう。

 時間は今、夕方手前くらいだ。まだ暗くもなっていない。


「ちょっと早いですが、夕飯を食べてさっさと宿に戻りましょうか?」

 三世の提案に、本を読む時間が欲しい二人は笑顔で頷いた。


 てくてくと適当に歩き、ルゥの鼻が反応する店を探す。

 間違いなく、これが最適だろう。これなら外れを引く可能性はゼロだ。


「んー。ここ!お肉の質も良さそうだし、沢山食べられそう!」

 そう良いながら、ルゥの指を差した店は、ジンギスカン鍋の店だった。

「ああー。そうか。羊ならそりゃあありますよね……」

 今になって、三世はその料理の存在を思い出した。

 たしかジンギスカンはモデルは別だが日本料理に近いはず。

 ガニアは日本の文化を取り入れているから、ジンギスカン鍋があっても不思議では無い。

 いや文化的にはかなり不思議なことになっているが……。


「ご主人様。どんな料理なんですか?」

 三世の反応に、知ってるとわかった娘二人は、三世の方を期待の眼差しで見ていた。

「強いて言えば羊の焼肉です。薄切りの羊肉と野菜を鉄鍋で焼いて食べます。もやしと一緒にタレを絡めた肉を食べるのが美味しいんですよね」

 その言葉に、二人の娘はよだれを垂らしそうな顔で三世を見ていた。

 三世は微笑みながら二人を撫でて、店に入っていった。

 歳は三世より少し上くらいの、妙に顔の濃い男の店員が、テーブルの片付けをしながら三世達に話しかけてきた。

「いらっしゃい!だけどごめんね。今日は何故か人が多くきてて。相席になってもいいかな?鍋はもちろん別だからさ」

 三世は娘二人を見る。その顔は懇願するような顔に近かった。ルゥにいたっては、微妙に口の端からよだれをたらしていた。

「大丈夫ですよ。どこに行けば良いですか?」

 そういう三世に、店員は一番奥の席を指差した。

 三世は会釈をしてから、娘をつれて奥の席に向かった。

 奥の席には、一人で女性が座って肉と野菜を焼いていた。

 女性の周囲にはこれでもかと空の大皿がおかれてる。

 それは女性が一人で食べたのだと信じられないほどの量だった。テーブル全域に皿が置かれ、全部で大皿が三十枚くらいだろうか。

「あー、相席かな。ごめんなさい。今お皿どけるからちょっとまって――」

 女性は途中で言葉を止め、三世を見て固まった。


 女性は黄色い髪の色に、狐の様な耳と尻尾がついていた。

 また、髪は非常に長く、鍋につかない様に後ろへ纏めていた。

 肌は雪の様に白いが、青白く血色が悪いということでは無く、非常に健康的だ。

 肩や足が出ていて、若干目のやり場に困る。

 そして何より、その顔には見覚えがあった。

 そう、どう見ても、以前反乱の集落にいた狐の獣人だ。

「ああ。お久しぶりです」

 三世の軽い会釈に狐の獣人はびくっとして、涙目で顔が真っ赤になっていた。


ありがとうございました。


典型的な日本人の三世に、チップの習慣はありません。

三世にとってチップとは『払ったらサービスが良くなり、払わないとサービスが悪くなるお金』という風に考えています。

なので『じゃあ、沢山払ったら娘が奴隷でも獣人でも被害に合わなくて済むかな』

位の気持ちで大目に出しています。

また、硬貨というのも彼にとってマイナスでした。

お札=高いお金

という常識が抜けていない為、ぽんと金貨をチップにしました。

日本円に直すと、一千万のうち百万チップで受け取って欲しい。

となります。

そりゃ宿屋の人慌てますよね。

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