番外編-とある変人の玩具の野望
その男は、恐らく三世の生き方、性質に最も影響を受けた人物だ。
多くの人が三世に影響を受け、生き方を変えたが、理解している人物はほとんどいないだろう。
一人だけ、三世本人よりよほど、三世を理解している人物は確かにいる。
だが、その彼女は三世を許容はするが、生き方に影響を受けていない。
三世の身内の人間以上に三世の考えを理解し、影響され、進化したのはその男だけだ。
暴風の様なその男を知る者は、十人中九人が『頭のおかしい人物』とその男の事を評価していた。
そして十人中残り一人は、『頭がとてもおかしい人物』と評している。
そんな人物は、三世のとある部分を大変素晴らしく思い、同時に妬んだ。
それは、牧場を持ったことだ。自分の夢の場所を作る。
なんと甘美で、なんと羨ましいのだろうか。
更に、そのタイミングでその男の元に、莫大といえるほどの大金が入って来た。
元々この男、収入は異常なほど多いのだ。
その収入は、牧場主で、仕事を掛け持ちし、冒険者までしている三世よりの倍以上。
普段は自分の趣味と研究に全てをつぎ込む為、あまり金を持っていない。
そしてその男は決意した。
――自分の夢を体現した聖域を作ろう
そうして、ティールは動き出した。
玩具の王国を作るために。
突然の来客に、ブルース達五人は呆然としていた。
ティールという男が、山ほどの設計図と金貨五百枚と書かれた小切手を手に、こちらに頭を下げてきたのだ。
「マイフレンドが信頼出来る存在であり、超一流の職人と見込んで、仕事を頼みたい」
おろおろとするブルース達。元々、罵倒され、貶されて生きてきた彼らに、金持ちが頭を下げるというのは、脳が拒絶するほど衝撃だった。
「アニキのダチなら、別にロハでも良いんで頭を上げてくだせぇ」
そう言うブルースに、ティールは怒鳴る様に言い返した。
「身内なら別ですが、それ以外ならあなた達は金銭を受け取る義務があります。それが一流の職人であり、技術の価値というものです!」
この世界の大工とは差別される職の一つだ。
だけど、ティールにとって差別とは最も縁の遠い言葉だった。
ティールの中で、大人は二種類に分かれる。
尊敬すべき、自分に役の立つ大人。
尊敬出来ない、自分の役に立たない大人。
ブルース達五人は、ティールにとって間違いなく前者であった。
「いや、それでも、この金額はちょっと……」
金貨五百という頭の悪い数字に、ブルース達は困惑していた。
評価されるのは嬉しいが、そこまで金をかけて貰えるとは思っていないからだ。
だが、ティールはそれに不思議そうに言い返す。
「え?これは材料費込みの前金ですよ?」
「は?」
呆然とする五人に、ティールはもう一枚小切手を見せた。
金貨一千枚と書かれた。
「これだけの仕事をさせると思っていますし、これは貴方達五人以外誰にも出来ないと思っています。是非、受けて貰えないでしょうか?」
五人は考えるのを放棄し、報酬は全部三世に投げようと決め、仕事を受けることにした。
仕事の内容は三点。
まずはティールの作った設計図をチェックし、修正箇所を探し、その上で、より良くする意見を出す。
次に、中に置く複数台の大型玩具の製作。
玩具と言ったが、ブルース達には想像も出来無い代物だった。
壁に石を取り付け、下に柔らかい床を設置して、フリークライミングの練習設備や、横にした丸太を連続してぶらさげ、そこの上を通る設備。
また、大人がギリギリ中に入れる枠だけのおもちゃの家や、一万以上の小さな柔らかいボールを敷き詰めた部屋と特殊なギミック群。
おもちゃというには、規模が大きすぎる世界だった。
最後の仕事は、それらが全て入る建物の建造だ。
馬鹿みたいに広いスペースで四階建ての巨大建造物。
しかも階段は非常階段のみで移動は全てエレベーター。
理由は『赤子や子供が転落しない様に』
だそうだ。考えることが常人のソレでは無い。
更に、外にも滑り台やブランコなどの遊戯を設置し、御伽噺に出る子供の楽園の上位互換の様な世界だった。
子供の為、一人の男の夢の為、金の為、なにより、子供の楽園という巨大建造物なんて、人生で二度と会えない様な面白そうな仕事の為、五人のモチベーションは天井知らずであがっていった。
五人は牧場の仕事がある為、その間の時間に建設してもらい、彼らの異常な技量で半年から一年の予定の工事が開始された。
だが、ティールは知らなかった。
自分や、三世の様に、このブルース達も人とはズレ、頭のおかしい集団だったということを。
ブルース達は一月の休みを牧場から貰い、工事を一月で全て終わらせた。
城下町のすぐ隣に、砦より大きく、城より小さい建物が、わずが一月でぽんと出現し、城下町ではちょっとした騒ぎになった。
唖然としつつも、この事態をティールはおおいに利用した。
『この建物は、子供の為に妖精達が作った』と、城下町で宣伝したのだ。
実際の妖精達五人は、非常にむさくるしい中年だが。
ティールの作った施設『トイズサンクチュアリ』
これはどの様な設備なのかというと、子供の年齢が何歳でも遊べる、子供の為の総合遊技場だ。
外は、広い公園になっていて、四方に、温度一定と空間安定の魔法陣が組まれている。
その為、温度は建物内外全て一定の気温で、外は雨が降っても水滴が入ってこない。
一階は二部屋と受付、トイレ、エレベーター。
二部屋のうち、片方は、アスレチック場。
フリークライミングから走ったりジャンプしたりぶら下がったりと、体を使う遊びを中心に作られている。
もう一つは、動物兼獣人用の施設だ。
ボールやフリスビーなどから、爪とぎや噛みつきボール、擬似エサなど、三世の発案した猫タワーならぬ動物タワーなど、動物向けの遊具施設をこれでもかとつっこんだ。
一階の壁は全て衝撃吸収剤を使っている。
多少ぶつかっても怪我一つしないから、子供達は安心して、全力で走ることが出来る。
二階はエレベーターと二部屋に、トイレと授乳、おむつ換え専用室が用意されている。
部屋の片方は、二歳児まで向けの母親と遊ぶ部屋だ。
読み聞かせ用の、舐めても触っても大丈夫な布絵本に、木製の小さな家が部屋のあらゆる場所に設置されている。
赤子の視点からでも家とわかり、またその小さな家は、枠組みしかなく、中に赤子が入ると外からでもすぐにわかる仕様になっている。
ままごと用の家だが、赤子を見失うことが無く、またこの部屋には誤飲しそうな小物は一つたりとも存在しない。
更に、三十のベビーベットが部屋に用意されていて、また直通で授乳室、オムツ換え専用室に繋がっている。
この世界で最初の、赤子の為の遊戯施設だった。
もう一つの部屋は、二歳より上の子供向けの部屋だ。
まずは動物や植物の図鑑と読みやすい絵本。
次に、木で出来た小さな馬車の模型と、専用の線路。
実際に乗れる馬の模型や玩具の柔らかい剣や槍。
それに、ベビーカーの模型や、野菜の模型と専用の模擬店などを敷き詰められたままごとスペース。
最後に、部屋の隅に数万の柔らかいボールが足場にぎっしりと敷き詰められているボールスペースだ。
ボールスペースにはいくつかのギミックがこらされている。
ボールを壁にいれ、ハンドルをくるくる回すと、ボールが上に上がっていき、そのまま転がり透明な壁の向こうに行く。
そして、透明な壁の向こうで、レーンを転がり、ベルをならし、ピンボールの様に跳ねて、足元に転がって戻ってくる。
更に、ボールルームには魔術的な刻印がされていて、ルーム外にボールが行くことは無い。
投げても、空中で跳ね返り戻ってくる為、多少荒い遊びをしても問題無かった。
三階は、年齢層上限無しの、物作りが中心の知育部屋だ。
とんでもない量の積み木に、何の変哲も無い木の棒。つまり、好きに組み立てろということだ。
他にも、手が汚れない砂粘土や、手足がバラバラな人形、木製のアクセサリー作りの体験会など、大人まで楽しめる様に設計されている。
三階にはもう一部屋用意されている。机とテーブル。冷蔵庫だけの部屋だ。
ここは、おやつルームにしようと考えている。
ただ、どの様な食事が適切なのかまだ相談中だった。
転移者と呼ばれる人達に意見を聞いている最中なので、もう少し実用化は出来そうにない。
四階は現在封鎖中で、今はフリースペースとして物置になっている。
ここは、ティールのある種、信頼の証明でもあった。
――きっとマイフレンドなら、これらに負けない素晴らしい部屋の使い道を思いつくはずだ!
そう、ティールは思っていた。
入場料は子供一律入場料銅貨二十枚、大人銅貨三十枚だ。
元などはなから取るつもりは無い。子供の楽園になれば良い。
まさかの十月完成にティールは興奮を隠し知れず、従業員として、子供なれした女性を三十人ほど雇い、速攻で営業許可を取り付け、即座に開放した。
これが、カエデあにまる牧場のライバル登場の瞬間だった。
安い入場料もだが、子供の為の施設のみというありえない遊技場。
更に、赤ちゃんも楽しめる施設などこの世界にあるわけが無い。
当然の様に、子供の世話に疲れた母親と遊び足りていない子供達がむらがった。
蝗の大群の様に、子供達は中に入り、出る頃にはみんな疲れながらも笑顔で帰って行った。
ティールは久しぶりに、心から納得行く物が作れたと満足した。
施設が安定したのを確認した瞬間、ティールは全部従業員に丸投げし、魔法士ギルドに戻った。
その一月後、子連れの若年層による、大量の城下町への移転求めに、王は頭を抱えていた。
悪いことでは無い。だが、二つ問題があった。
一つは、これに対してティールにどんな報酬を渡せば良いかわからないことだ。
間接的だが、国の経済を爆発的に成長させる要因を作ったのだ。
それなりに褒賞がいるだろう。
もう一つはシンプルな問題だ。
家が足りない。
厳しい審査を繰り返したのに、千世帯が通ってしまった。
どう考えても、土地も家も足りない。
こんな時に、建設従事者への差別の弊害が出てきた。
国王も何とかしたかったのが、人の目という物はそう変わらなく、難しい話だった。
国王は今日も頭を抱えながら、国の為の歯車となっていた。
一方ティールは、そんな事は露ほども考えず、今日も馬鹿笑いをしながら頭のおかしい研究にいそしんでいた。
ありがとうございました。
四階は恐らく、木製の恐竜の標本風の何かを作り、ミュージアムになるでしょう。
または魔導ゴーレムの研究が進み、専用スペースか。