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人生最長の旅行の始まり

 

 その日の晩、三世は帰ってこず、ルゥ、シャルト、ご飯を食べに来たコルネの三人で夕飯を食べた。

 結局、三世が帰ってきたのは、次の日の夕方だった。


 三世は、今回の為にどうしても手に入れたい物があったらしい。

 普段は嫌がる王とのコネ、勲章の名誉等、持っているあらゆる権力と、金の力でゴリ押し、手にした。

 そう、それはカエデさん専用の馬車だった。


 やたら時間のかかる馬車の許可証をゴリ押しで入手し、残った時間で、馬車を厳選した。

 金に糸目はつけず、しかし、ただ高いだけの高級な物では無く、カエデさんに適した大きさ、形の物を選び、その上で、選んだ業者にカエデさん用に改良してもらう。

 一番に重視したのは頑丈さ、二番に快適さだ。

 カエデさんの速度に、ある程度まで耐えられるように改良され、その上で揺れを最小限にする為に、金貨数十枚もかかるサスペンション。複数個設置。

 そんな、最高級の中でも更に拘り抜いた一品が誕生した。


 どれほどの物かと言うと、普段走っているラーライル城下町周辺の馬車と比べたら雲泥の差。

 騎士団の戦闘用と比べても、なお高性能。

 この馬車を越える馬車は、王族専用の馬車か。または馬車レースという頭の悪い競技用の馬車くらいだ。


 その後に、三世は、シャルトとルゥを連れて、マリウスの家に向かった。

 恐らく何か餞別があると予想してだ。

 ノックしてドアが開いた瞬間。

 一言も発さずドロシーがルゥとシャルトを中に拉致。

 その上で、三世を外に放置してドアを閉めた。


 そして十五分後。

 ドロシーの手によっておめかしされたシャルトとルゥが出てきた。

 ルゥは、肩の出る位の軽めのワンピースの一体型の服。短めのスカートの代わりに、中にハーフパンツタイプのズボンを履いていた。

 シャルトは、露出は少ない黒を基調とした何時ものゴシック調のドレスに日傘。

 ただし、何時もの真っ黒と違い、白の割合が多く、見た目でも若干夏らしさが出ている。


「これ凄いよ。軽いし涼しい。というか寒い!」

 ルゥの一言に、シャルトも震えながら頷いた。

 ドロシーは即座に、ルゥとシャルトを部屋の奥に戻し、今度はマリウスを家の外に追い出した。

 男二人で、家の外にいる。

 何とも悲しい気持ちになってきた。

 マリウスにいたっては、家の持ち主だ。


「あー。ガニアに行くなら涼しい格好の方が良い。この時期のガニアはまだ暑いからな」

 その為に、わざわざ新しい服を作ってくれたらしい。若干だが、マリウスの目の下に隈が出来ている。

「ありがとうございます。わざわざ隈を作り睡眠不足になるほど急いで作っていただいて、大切にさせますね」

「ああ……いやこの隈は……」

 マリウスは、何か反論したそうだったが、何も言えずもごもごしていた。

 二人は元の服に着替え、さっきまでの服を手に持っていた。

「ありがとうございます。大切にします」

 シャルトが微笑みながらマリウスに言い。

「ありがとう!大事にするね!」

 満面の笑みでルゥがマリウスに言った。

 二人の反応に、マリウスはまんざらでもなさそうだった。




 そして翌日の朝、マリウス家族と、ユウ、ユラ、コルネに見送られながら、三世はカエデの村から離れた。

 格好は、二人はマリウスに貰った服を着て、その上に毛布を羽織り、三世は夏服にライダースジャケットを着ていた。

 ラーライルは寒いが、ガニアは熱いらしいので、その対策の為だ。


 三世は、カエデさんの背に乗り、後ろの場所に乗っている二人に、旅行の計画を話し出した。

「今回はカエデさんの馬車による高速移動ですので、城下町やカエデの村から、ガニアの国に私達が行くことはまだバレていません。今回の目的は、いかに騒ぎにならずに平穏を満喫するかです」

 三世の狙いは、ルゥと自分の身分がばれない時間を稼ぐことだった。


 流石に、何時までもばれないとは思っていない。

 三世だけならともかく、ルゥのネームバリューはガニアでは相当になっているらしい。

 ただ、顔はそれほど割れていないと予想出来る。

 なので、最初の一月はまったりガニア城下町周囲を楽しみ、次の一月あたりで見つかることを想定し、遠方の観光地を探す。

 そして、最後の一月で、王関係者や料理人ギルドへの挨拶巡りにする。

 三世の計画は、概ねこんな感じだった。


 その計画を聞いた時、ルゥとシャルトは同じことを考えた。

 ――うまく行く気がしない……。


 一方、三世の方はうまく行く気でいた。

 わざわざラーライルとガニアの直線ルートを避け、回り道と道無き道を経由してガニアへの到着を考えているあたり、本人の本気具合がわかる。

 今回の馬車の移動速度は今までの倍以上早く、盗賊に一度も出会わなかった。

 というか、盗賊が移動速度に反応出来ていなかった。


 二日ほど、カエデさん号で移動していると、普段と景色が変わってきた。

 植物から緑色が減り、枯れているわけでも無いのに茶色が混じりだし、砂地が増えてきた。

 気温も、涼しいと寒いの間だったのに、今では熱帯の様な高温に変わっていた。

 ただ、空気は乾燥していて、湿度が低いからそこまで息苦しさも無ければ不快感も無い。


 ルゥとシャルトは既に毛布とマントを仕舞っていて、三世もライダースジャケットを馬車の中のルゥに手渡した。

 そう、もうここはガニアル王国内。

 以前は九日かかった旅路も、回り道をしながら二日で到着していた。


 といっても、遠回りを繰り返しているから、まだ城下町に着いていない。城下町付近に着いただけだ。

 少しでも自分達の身分を誤魔化す為、三世はいかにも、別の国から来ましたという体を装っていた。

 反対方向の道にたどり着き、そこから速度を落とし、普通の馬車らしくしてガニアの城下町を目指した。

「さて、ルゥとシャルトはガニアに着いたらどんなことをしてみたいですか?」

 馬車の中の二人に話しかけた三世。

 二人は顔を合わせながら、口をそろえてこう言った。

「納豆が食べたい」

 思ったよりも気に入っていたらしい。

「良いですよ。また食べに行きましょう」

 そう言いながら、三世は微笑んだ。


 家族三人での長期旅行。それは三世にとってとても嬉しい時間だった。

 何気ない毎日が楽しいのは確かだ。

 だが、最近は如何せん目立ちすぎる。

 勲章やら英雄やら騒動やらに巻き込まれ、気付いたら知名度がどんどん上がっていて。

 しかも、【英雄グラフィ】がことあるごとに三世を巻き込もうと画策する為軍からの知名度も上がるし、コルネ、カエデさんと仲が良いから騎士団からも悪い意味で注目されている。

 ――まったく【英雄グラフィ】にも困ったものだ。

 三世は自分の事を棚に上げて、そんな愚痴を内心で零していた。


 だからこそ、三世はゆっくりとした時間を欲しかった。

 三世自体の知名度が低く、まだ顔が出回っていないガニアなら、ギルドと王族と軍を避けたら三世は問題無く目立たずすごせるだろう。

 きっと誰にもばれず、一月、うまく行けば二月は静かな時間が過ごせる。

 そんなことを考えながら馬車を走らせていると、道の傍で一人の女性が日傘を差しながらこちらを見て、手を上げていた。

 ヒッチハイクかトラブルか。三世は女性の傍で馬車を止め、女性に話しかけた。

「何かお困りでしょうか?水や食料ならありますし、ガニアになら乗せられますよ?」

 そんな三世の傍により、女性は耳元で囁いた。

「じゃあ頼むよ。俺もガニアに用があるから丁度良い」

 はっとした顔で、三世は女性の方を見た。


 小麦色に近い健康的な肌に、若干アラビアチックな露出の少ない衣装。

 マントを羽織り日傘を差している、銀の髪の女性。

 一目見ても知り合いとわからないが、その声はすぐにわかった。

「マーセルさん!?」

 ターバンを巻いてないからすぐにはわからなかったが、確かにマーセルだった。

「おうよ。待ってたぞ」

 三世は、さっそく計画が破綻する音を聞いた。


 マーセルは馬車の中に入り、中で堂々と座った。

「あの、何故こんな場所にいるのでしょうか?」

 三世の質問に、当たり前の様に「待っていたからだ」と答えにならない答えをマーセルは言う。

 方法や理由など聞きたかったが、三世はそれ以上聞くのが怖くなり、尋ねるのを止めた。

「あの、久しぶりですね」

 シャルトはおずおずとマーセルに話しかける。

 それに、マーセルとルゥは首を傾げた。

「あ、そっか。う、うん!そうだね!」

 若干慌てながら、ルゥはそう言った。

「あー。その様子だと、ルゥは知っていたんですね。そうか、嘘が見抜けるのでしたね」

 三世の呟きに、シャルトは首を傾げていた。

「てっきり、言っているもんだと思っていたぞ俺は……」

「いえ、誰かに言う事でも無いと思いまして」

 三世の言葉に「生真面目め」と返し、マーセルはペンダントを外した。

 そこに現れたのはソフィだった。

 首をかしげながら、現実を受け止め切れないシャルトは、呆然とした様子のまま、ソフィを見ていた。

 ソフィはすぐにペンダントを身につけ、マーセルになる。

「ということだ。悪いがしばらくはこの格好でいるぞ。バレたらまずいからな」

 シャルトは、呆然とした表情のまま頷いた。


「わざわざこんな道を通ってるってことは、歓迎とか避けたいんだろ?気持ちはわかるぞ、静かに暮らしたいよな」

 溜息を吐きながら、マーセルは呟いた。

 毎回のことだが、マーセルの溜息は妙に色気があって困る。

 それが、自分の半分以下の歳の子だというのだから、同時に罪悪感を感じ、妙につらくなる。

 三世はアレはソフィ王女と、何度も脳内でごまかし、マーセルとの会話に戻る。

「そうですね。なので誰にも言わないでいてくれたらありがたいです」

「安心しろ。誰にも言わねぇよ。代わりに、今晩の飯に俺も連れて行ってくれよ。たまには大衆食堂とかで食ってみたい」

 高級料理に食べ飽きたらジャンクが食べたくなる心理なのだろう。

 三世は、自分と食事に行きたいだけとは毛ほども思わず、そう思っていた。

「良いですよ。一緒に食事を……、いえ。すいませんが一緒に食事は無理そうですね」

 三世は会話途中に、馬車の目の前にいる二人組に気がついた。


 大人しそうな女性に、フードで顔を隠した大剣を持っている男性。

 女性の方が、ニコニコとこちらに手を振っていた。

「ほらマーセルさん。お迎えが来ましたよ?」

 そう言う三世に、マーセルは言い返した。

「ほらヤツヒサさん。英雄の出迎えが来ましたよ?」

 そんな悲しい言い合いの末、二人は同時に溜息を吐いた。


 三世は、ベルグとレベッカの前で馬車を止めた。


「それで、どの様な御用でしょうか?」

 三世の質問に、レベッカは嬉しそうに答えた。

「友達に会いに来ました。付き添いの人はただの護衛ですのでお構いなく」

 その言葉に、ぱーっと笑顔になるルゥ。

「私に会いに来てくれたのね!レベッカありがとう」

 にこにこと嬉しそうな様子のルゥ。

「もちろん。シャルちゃんにも会いに来たわ」

 そうレベッカは言って、シャルトも少し恥ずかしそうに喜んでいた。


 ベルグは、ちらっと三世の方を見て呟いた。

「今日はただの護衛として来ているから気にしないで欲しい。む……英雄殿」

 一体何を言いかけて変えたのか。三世は恐ろしくて聞けなかった。

 馬車の中に、王族三、獣人二という、平穏を目指す三世にとって、致命的で悲惨な状況が訪れた。

 どうしてこうなったのだろうか。その答えを持っている人は誰もいなかった。


 今回の休暇は、始まりから若干の胃痛でスタートする事になってしまった。

 三世は開き直り笑いながら馬車を走らせた。




ありがとうございました。


ちなみに、ガニアの王族を守る騎士は、ガニアに近づくと位置がすぐにわかります。

何のことかはまあお察し下さい。

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