長期休暇、始めます?
三世は、朝に肌寒さを感じることはあまりない。
既に三人で一緒に寝るのが普通になっていて、ベットは二つのままなのに、一つ余っているのが現状だった。
お互いで暖め合う様に眠る為、誰かが目を覚ますと自然と残り二人も目を覚ました。
大体ルゥが最初に起きて、次にそれに気付いて三世が起き、最後にシャルトが目を覚ます。
これがよくある朝の形だった。
その後、ルゥが朝食の準備を始め、シャルトは必死に目を覚ます。
もし材料が足りなければ、直接買いに走る。
店も開いてない時間だから、直接民家に頼み、卵やジュース、野菜やハム、ベーコンなどを買う。
または、マリウスなど知り合いの家に物々交換を頼むかだ。
そして全員がしっかり目を覚ましたら、ゆっくり朝食を食べる。
この日はいつの間にか、コルネが参加して四人になっていたが、誰も何も言わない。
誰か一人や二人増えた位で、何か言う様な関係では無かった。
「コルネさんが朝食を食べに来るって久しぶりですね。休みの日ですか?」
マーガリンをたっぷり塗ったライ麦のパンを食べながら、三世はコルネに尋ねた。
それにコルネはスープを飲みながら声高らかに愚痴り始めた。
「逆よ逆!急な仕事が追加されて徹夜よ。そんで疲れたからルゥちゃんのご飯欲しくなったというわけなのです」
そんなコルネに、ルゥはサラダを一品付けたし、三世はエッグタルトを焼きだした。
「いやー。本当しんどいわー。仕事つらいわー」
エッグタルトを頬張りながらのコルネは幸せそうにそう呟いた。
朝食が終わり、ルゥとシャルトは二人で皿洗いをし始めた。
三世も手伝う予定だったが、二人に先を越された。
この洗い場は二人までしか使えない上に、「おきゃくさんの相手しといて」とルゥに言われたら、三世は何も出来なかった。
「そうそう聞いてよ!仕事が急に増えたんだけどね」
コルネの愚痴は終わっていなくて、三世はうんうんと頷きながら聞く体勢に入った。
「この国に魔王が襲来したってことだから書類も増えるし仕事も増えるし。全くもって迷惑な話よ」
「え?」
軽い口調で、何かとんでもないことを呟くコルネに、三世はそう返すことしか出来なかった。
明らかに野生の生物では無い危険な生き物、魔物。
それを生み出す存在、魔族。
そして、魔族は瘴気により成長し、成長しきった状態を、魔王と呼ぶ。
理屈はわからないが、魔物は人類を襲う。
つまり魔物・魔族・魔王は人類の完全なる敵対者だ。仲の悪い国家ですら、魔王の来襲には協力して事を運ぶ。
そんな危険な存在の魔王が、今ラーライル国内にいるらしい。
のだが、どうもコルネの反応がおかしい。
国の脅威となる存在が入って来た割にはのほほんとしている。
「あの、魔王って対処はどうするのですか?」
三世の質問に、コルネは堂々と言い放った。
「え?ほっとく」
「えっ。それで良いのですか?」
コルネはこくんと頷いた。
「戦わないのですか?」
三世の質問に、コルネは手を横にぶんぶんと振った。
「勝てない勝てない。騎士団と軍総出で、追い返すのがやっとの相手に意味無く手を出せないわよ」
「良いんですかそれで?」
三世の質問に、コルネは難しい顔をして答える。
「良くは無いわ。だけど、今回の魔王ってほっといたら襲ってこないタイプだから」
どうやら、魔王にも色々いるらしい。
「今回来たのは『契約の魔王』名前は人間が勝手に付けた名前だね。人と契約を結ぶ魔王だから、安直に契約の魔王」
そう言いながら、コルネは三世に一枚の紙を渡した。
指名手配の様なその紙を、三世は食い入る様に見つめた。
人間と契約を結ぶ魔王。敵対しない限り襲ってこない。
過去に契約をした人間は三人。その全員、半日以内に死亡している。
死因は自滅。
人の集落には絶対によらず、ブラブラと歩いて契約しそうな相手を探す。
書かれているイラストには、黒いフードをかぶっていてその顔ははっきりしない。
ただ声から女性だと推測出来ると書かれていた。
なんとなく、どこかで見たことある様な気がする三世。
ただ、どうしても思い出せない。
「じゃあ、私この紙を配るお仕事があるから帰るね。もしかしたら夕飯の時も来るかもだからそんときはよろしく!」
そう言い残し、コルネは足早に三世の家を退出した。
せめて見送ろうと、三世は家のドアの前まで駆け寄り、コルネに手を振った。
コルネもそれに気付き、手を振り替えした後、馬小屋の方に走って行った。
その後三世が家の中に戻ると、さきほどの魔王についての紙を持ったシャルトが、顔を真っ青にして震えていた。
「私、この魔王に見覚えがあります」
それはシャルトにとって最も恐ろしい悪夢で、最も避けたかった現実。
夢の世界で、三世に力を渡す契約をした魔王の姿そのものだった。
黒いフードで女性ということしかわからないが、黒いフードの女性で、契約のワードとかかわりがある魔王なら、間違い無いと思って良いだろう。
三世達三人は魔王についての対策を話し合うことにした。
同じ結果になるかはわからない。
だが、あの結末、あの結果になる可能性があるのならば、それは絶対に避けたいと、三人は考えていた。
「るー。戦って勝てる?」
三世もシャルトも首を横に振る。
夢の中でのルゥとシャルトは、今よりはるかに強かった。
それに魔王と契約し強化された三世を加えたとしても、あの魔王の足元にも及ばないだろう。
ドロシーやコルネを巻き込んで、あらゆる手段を考慮すれば、勝ちの目が見えるかもしれないが、それは愚の一手としか言い様が無い。
「ご主人様。力の誘惑はどうでしょうか?」
シャルトの問いに、三世は悩んだ。
力への渇望は、今はほとんど無い。その夢を見てから、真っ当に強くなることを心がけてきた。
だけど、実際に魔王を見たらどうなるか。潜在意識まではどうなってるのか、自分のことにもかかわらず、三世にはよくわかっていなかった。
「わかりません。ですが、あまり良い結果にはならないでしょう」
三世の答えに、二人の娘は表情を暗くする。
そう、手段が無いのだ。
どうやっても勝ち目は見えず、誰も犠牲にしない戦いにはならない。
打つ手無し。どうしようもない。
そういう結論にならざるを得なかった。
「ということで、長い旅行に行ってきますね」
そう三世は、マリウス達家族に伝えた。
「うん!シロの面倒は任せて!」
ドロシーが帰ってきて、少し暇になったルカが自信満々にそう言った。
流石にシロは旅行先には連れて行けない。
その場合で一番頼りになって、任せられそうなのは、ルカしかいなかった。
どうにもならないから、とりあえず逃げよう。
それが三人の出した結論だった。
ドロシーには事前に全部説明していあるし、そのドロシーからからある程度の事情を聞いたマリウスはそれに納得した。
「大体三ヶ月くらいで魔王はいなくなるらしいので、その位したら戻ってきますね?」
マリウスは頷いた。
「今日出るのか?」
マリウスの質問に、三世は首を横に振る。
「いえ。準備とかあるので明後日位に出る予定です」
「そうか。だったら出る前にまた寄ってくれ。ドロシー。手伝い頼む」
そう言いながら、マリウスは店の奥に引っ込んでいった。
「はいはーい。じゃあ私もあの人の所にいくわね」
そう良いながらドロシーもマリウスについて行った。
「じゃあ私も、シロと話ししてこなくちゃ!」
ルカはそう言いながらすぐにシロの所に駆けていった。
「ご主人様。マリウス様、たぶん餞別の用意に行きましたよね?」
シャルトの言葉に、三世は苦笑しながら頷いた。
ルゥにもシャルトにもわかる位、マリウスはわかりやすかった。
「本当、良い人と出会えましたね」
三世はしみじみと、そう呟いた。
「さて、私はちょっと準備しないといけない物がありますので、荷造りは任せて良いですか?」
三世の言葉に、二人は頷き、三世から買出しメモを受け取った。
そしてそのまま三世は、カエデさんに乗り村を出て行った。
「それで、渡されたメモには何って書いてあるのー?」
ルゥの質問に、シャルトはメモを読み始めた。
一月分の保存食と水。
高級なメープルシロップ(土産用)
あと食べたい物を適当に。
「……すぐ終わるね」
ルゥの言葉にシャルトは頷いた。
牧場に行き、非常食とメープルシロップを買って、雑貨屋で水を買って家に戻った二人。
「……すぐに終わったね」
ルゥの言葉に、シャルトはまた、頷いた。
その間、十五分である。
金もある、買える場所もある。そもそも、この前冒険に行ったばかりなので布系は余っている。
なので準備自体大して必要無かった。
三世は一体何を用意に行ったのか、全く予想がつかなかった。
「ということで、どうしようか?」
ルゥはシャルトに上目遣いでそう尋ねた。
つまり二人で遊びたいという合図だ。
シャルトはくすっと笑い、ルゥに提案する。
「ルゥ姉、一緒に牧場で遊びません?」
ルゥはシャルトに飛びついて喜んだ。
二人は手を繋ぎながら、牧場の入り口に向かった。
仕事としてはしょっちゅう来ている牧場だが、遊びに来るということはそうそう無い。
特に、三世抜きで二人で牧場に来るのは初めてのことだった。
「とりあえずブラブラあるこっか?」
ルゥの言葉に、シャルトは頷く。
ルゥがこの牧場の中で一番楽しめる物は何か。
それは牧場に来る人の笑顔だった。
わざわざ客として入ったのにそれは変わらず、歩き回り楽しんでいる家族を見ることが、ルゥにとって一番の楽しい時間だった。
――皆がいつまでも笑って暮らせたら良いのに
それがルゥの心からの願いだった。
そんなルゥの願いをシャルトは理解し、何の文句も無く、横で手を繋いで歩いていた。
とりあえずと言ったが、時間一杯までただ周囲を歩くだけになるだろうとシャルトは予想していた。
だけど、シャルトはそれでも十分に楽しかった。
――大切な人が傍にいる時間が、いつまでも続けばいいのに
それがシャルトの心からの願いだった。
途中で見つけた屋台で、ヨーグルトラッシーを一つ買い、二人で飲みながらルゥとシャルトは歩き続ける。
馬の走る音と怒声に怒鳴り声。
気が付いたら、競馬コーナー付近に来ていた様だ。
この怒声も、ある意味楽しんでいるということなので、ルゥは苦笑しながら見守っていた。
怒声を上げながらも、そこまで怒っていない人達。
彼らが本当に怒るのは、馬の足音がしなくなってからだ。
そんなに怒るなら止めたら良いのに。
そうルゥは思うが、本人達にとって、そうはいかない。
怒ることも、怒鳴ることも、それはそれで一種の楽しみ方だ。
そんな最中に、別の音がルゥの耳に届いた。
それは泣き声だった。
「シャルちゃん!子供が泣いてる!」
そう叫んで、ルゥはシャルトの手を引っ張り走った。
そこにいたのは低学年くらいの小さな男の子。
男の子は一人で、しゃがみこんでわんわん泣いていた。
付近に親の影が無いから、たぶん迷子だろう。
「ルゥ姉、この子とここに居て下さい。本部の方に連絡取ってきます」
シャルトの言葉にルゥは頷いて、何とか子供をあやしに行った。
シャルトは跳ぶ様に走り、運営本部の中に入る。
その奥の部屋、牧場長室にシャルトは足を運んだ。
ノックの後に部屋を空けるとユラがそこにいた。
「あらシャルト様、すいませんがユウは今仕事です。何かありました?」
シャルトはユラに、事情を説明した。
「迷子の子供を見つけました。本部の方で親探し、お願い出来ませんか?」
ユラはすぐさま書類を取り出し、何かを書きながらシャルトに詳しい事情を尋ねる。
子供の外見と発見した場所をシャルトが説明すると、ユラは頷いて立ち上がった。
「わかりました。こっちでも探ってみます。出来たらその子供を本部まで連れてきてもらえませんか?」
ユラの言葉にシャルトは頷くと、そのままシャルトは走り去った。
ふぅーと小さく溜息を吐くユラ。その後各部署と連携を取り、連絡網を全域に回した。
ルゥと子供の元に戻ると、大泣きして手が付けられない子供と、おろおろしているルゥが居た。
「ただいま。何かありました?」
シャルトの質問に、ルゥは首を横に振る。
「ううん。何も無かったけど、何も話せていない。ごめんね?」
「いいえ。泣き止まないのはどうしようも無いですよ」
さて、どうしたものか。このまま抱き抱えて本部まで連れて行けば良いのだが、流石にそれも。
泣き喚く子供を無理やり連れ出すのは、流石にシャルトでも罪悪感に響く。
シャルトは悩んだ末、自分が子供の頃、泣いていた時にして欲しかったことをした。
泣いている子供の頭を優しく撫でた後、シャルトは大きく息を吸い、優しく歌いだした。
泣き声にも負けない声量の歌。
だけど、その音色はとても優しい。
聞いている人は何か大きなものに包まれている様な、そんな気持ちにさせられる。
ぽけーとした顔でシャルトを見つめる子供と周囲の大人達。
それは不思議な感覚だった。
知らない感覚なのに、この感覚は何故か覚えている気がした。
それはまるで、母親のお腹の中にいるような、そんな気持ちにさせられる歌だった。
シャルトが歌い終わるタイミングで、泣き止み呆然としている子供にルゥが話しかけた。
「お姉さんと一緒に、家族を探しにいこ?」
子供はこくんと頷き、ルゥと手を握った。
シャルトは空いているルゥの反対の手を握り、三人で本部に向かった。
その場に残されたのは、怒りの気持ちが霧散し、やるせない気持ちになった馬券を外した敗北者達だった。
「……俺、しばらく馬券買うの止めて親孝行するわ」
小さくそんなことを呟く男に、周囲の男達が頷く。
「俺は逆にここに連れてくるわ。母さん動物好きだし」
馬券に狂った男達が、何かに浄化された様に大人しくなり、しばらく競馬の売れ行きが下がったこと以外は、何も問題は無かった。
本部の事務室に行くと、おろおろとしている若い夫婦がいた。
「あ!パパ!ママ!」
子供は大きな声を上げると、ルゥの手を離しそっちの方向に駆け出した。
「よしよし。見つかって良かったよ」
母親は安堵の溜息をつきながら、子供を抱きしめ撫でだした。
ルゥはその光景を見てうんうんと何度も嬉しそうに頷いた。
これが、シャルトがルゥを尊敬する理由の一つだ。
まともな親がいないシャルトは、こういう家族の構図を見ると、少しだけ暗い気持ちになる。
一言で言うと、妬ましさだ。
自分はまともな子供時代を歩めなかった。
なのに、この子供は。そういった薄らぐらい気持ちになり、そんな自分がとても嫌だった。
だけど、同じか、それ以上に悲惨な運命を辿ったルゥは、純粋に子供の幸せを喜べる。
そんなルゥがいるからこそ、シャルトは己を恥じ、娘として妹して立派であろうと心がけることが出来る。
だからこそ、ルゥの事を心の底から姉の様に尊敬出来た。
「本当にご迷惑をおかけしました」
父親がそう言いながら、母親と共に、ルゥとシャルトにぺこぺこと何度もお辞儀をする。
そして子供も酷く悲しそうな顔をしていた。
よほど一人になったのが怖かったのだろう。
そんな家族を見て、ルゥはしょんぼりとした表情を浮かべた。
おそらく、ここにいる人の中で、ルゥの正しい気持ちが理解出来るのは自分だけだろう。
シャルトはそう思い、行動に出た。
「すいません。ちょっと待っていてもらえませんか?」
シャルトはそう言って、部屋を飛び出し牧場長室に向かった。
ノックをして、シャルトは入り、中のユラにお願いをする。
「すいません。無期限フリーパスを下さい」
「え?」
突然入って来たシャルトと、その内容に、ユラはぽかーんとした。
シャルトは事情を説明し、ユラは頷いて望みの物を発行した。
『一日限定家族無料パス食事付き』
ユラはそれをシャルトに手渡しすると、シャルトは申し訳なさそうに受け取った。
「ありがとうございます。すいません無理なお願いをして」
本来なら、従業員用のサービスの一つなのをシャルトは知っていた。
だけど、ユラは何も言わず用意してくれた。
「良いんですよ。ところで、こちらもお願いして良いですか?」
ユラの提案に、シャルトは頷いた。
実は、ユラはシャルトが苦手だった。
ご主人の娘で、そして自分達より先輩であり、奴隷でもあるシャルト。
更に、シャルトは基本的に人と話さない為、どうにも歩み寄りにくい空気をユラは感じていた。
ただ、今日子供の為に走るシャルトを見て、仲良く出来るのでは無いか。そう思うことが出来た。
「シャルトさんと、呼んで良いでしょうか?」
その言葉に、ぽかーんとし、そして立場の違いで呼び方を様付けしていたことに、シャルトは今気付いた。
「……親しい人は私をシャルちゃんと呼ぶわ」
それだけ言って、シャルトは少し赤くなり、牧場長室を出た。
後に残されたユラは、微笑みながら仕事に戻った。
「すいません。お待たせしました」
元の部屋に戻ったシャルトは、家族の父親にさきほど受け取ったフリーパスを渡した。
「近場の村なら馬車代もただになるので、是非使ってください」
両親はおろおろしながら、シャルトに尋ねた。
「何故これを私達に?」
シャルトは微笑みながら答えた。
「笑って帰って欲しいんですよ。今回は悲しい気持ちになられたと思うので、次来た時は今日の分も、笑って欲しいんです」
きっと、自分の姉ならそう願うと思うから。
現に、ルゥはシャルトを見てにこにことしていた。
シャルトはかがみこみ、子供に尋ねた。
「次来た時は、一杯楽しんでね?」
シャルトの言葉に、男の子はうんと元気良く声を出し頷いた。
ありがとうございました。
ということで、またあの国に行きます。