夢の世界の平和な日常
仕事が台風で休みになったので、いつもより早い更新です。
なのでその日の夜、シャルトは約束通り、自分の夢の世界にドロシーを呼んだ。
慣れてきたのか、最近はこの夢の世界の出入りも自由自在になってきた。
逆に、慣れてきたからこそ、出来ないことも少しずつわかる様になってきた。
例えば、この世界に他者を呼ぶ為の条件は二つ。
一つは、その時間に寝ていること。
もう一つは、特定の者しか入れないこと。
今までは、三世とルゥだけだった。
それにドロシーが加わり、今はこの三人だ。
ドロシー以外なら、シャルトにとって近い人物とわかるが、ドロシーは何故呼べるのか。
それはシャルトにもわからなかった。
突然、別世界に呼ばれたドロシーは、周囲をきょろきょろと見回し、突然はしゃぎだした。
「なにこれ!ここがシャルちゃんの世界!?へー。面白いなー」
きゃっきゃと、興奮を隠さず、はしゃぎ回り喜ぶドロシー。
魔女なりに、何かを感じる場所なのだろうか。
「ここって、シャルちゃんの思い通りになる世界なの?」
ドロシーはシャルトにそう尋ねた。
「そうですね。大体の事は思い通りになると思います」
そう良いながら、シャルトは丸いテーブルに、椅子を二つ出した。
テーブルの上には、湯気の出ている紅茶が置かれていた。
立ったまま、迷わず紅茶に手を伸ばすドロシー。
「……そうね。味もあるし、夢にしてはリアルね。でも、現実感は無い。力のある夢かしらね」
紅茶を飲みながら、テーブルを触り、思考するドロシー。
他にも、椅子を触ったし、床を触ったしと、色々試していた。
「シャルちゃん。これ理解出来る?」
そう良いながら、ドロシーは空中に魔法陣を展開した。
幾何学的で、美しいとさえ言える程複雑で、目が痛くなる魔法陣。
もちろん、シャルトにはさっぱりわからなかった。
「いいえ。わかりませんね」
シャルトの言葉に頷き、魔法陣を消すドロシー。
「思い通りに物が出せる世界。だけど、夢の様に万能では無い。だとしたら……」
ぶつぶつと小言を呟きながら、空を見たり周囲を見たりと忙しいドロシー。
そんな時、いつもの瞬間がやってきた。
別の世界と、こちらの世界が繋がり、映像として映し出される。
空中に表示される、窓枠の様な画面の左右に、シャルトはカーテンを取り付けた。
もし見るに耐えない場合、または、明らかに隠すべき必要性が出た時用のカーテンだ。
「これが、ありえるかもしれない未来?」
シャルトはその質問に頷いた。
「たぶんですが。可能性なのか、それともありえなくなった未来なのかはわかりませんが、大体現実と似た世界の未来が見えます」
今回始まったのは、牧場の風景からだった。
今とさほど変わっていないカエデあにまる牧場。
ただ、この映像先では客が一人もいない。恐らく休園日なのだろう。
また、牧場の外は真っ白な雪景色になっていた。
「今より三ヶ月ほど未来ですかね?」
シャルトの独り言に、ドロシーは笑顔で首を振り、牧場の中央付近を指差した。
牧場には客はいないが、いつものメンバーがいた。
三世、ルゥ、シャルトに、ブルース五人。コルネ……。
その中央にいるのは、ユウとユラで、ユラの腕の中には、獣人の赤ちゃんが抱かれていた。
青い髪と猫の様な耳はユウそっくりで、顔立ちはユラに良く似て愛くるしい。
おそらく女の子だろう。
まだ一歳にもなっていないと思われ、ユラの腕の中ですやすやと安らかに眠っていた。
「ドロシーさん。赤ちゃんって、天使の様に可愛いんですね」
シャルトの目はとろんとしていて、その赤子の愛くるしさに魅了されている様だった。
「そうよー。ルカも可愛かったのよ。今も可愛いし美人になったけどね」
ドロシーの親馬鹿自慢が始まった。
その時、シャルトは一つの疑問を持った。
「そう言えば、ルカさんは赤い髪にピンクの目ですが、マリウスさんもドロシーさんも赤じゃないですよね。何か理由があるのですか?」
確かに、ルカにもマリウスにも面影はあるのに髪の色だけ違う。それがシャルトにも疑問になっていた。
「あー。私のこの髪と目は魔力とオドが高すぎてこうなったみたいなのよ。私の父も母も赤い髪よ」
ドロシーの説明にシャルトはなるほどと呟き、一言礼を言って、また画面に集中した。
シャルトは知らなかった。赤ちゃんという存在が、これほど可愛いという事を。
小さいのに、確かに生きていて、そこに存在するだけで言葉が出なくなる。
寝息を立てる仕草だけで、何故か感動が呼び覚まされる。
ユラの抱いている赤ちゃんは、確かに獣人の子だった。
人の様な愛くるしさも、小動物の様な愛くるしさもある。
だからこそ、なお可愛い。
「ああ。可愛いなぁ」
シャルトの一言に、ドロシーがにっこりと呟く。
「自分の子供だともっと可愛く感じるわよ」
「そんな!?この天使以上にですか!?」
シャルトの驚愕の表情に、ドロシーは自信を持って頷いた。
「うん。ルカは本物の天使みたいでね。私達の元に来てくれて心から嬉しかったわ」
シャルトは幸せそうに呟くドロシーが心の底から羨ましかった。
場面が変わると、ユウとユラの二人を見る三世、とその横にルゥが居た。
妙に色っぽい。
「あー。こっちのルゥ姉か……」
シャルトの呟きに、ドロシーが尋ねる。
「こっちってどういうこと?二人いるの?」
シャルトは、今までの統計でのルゥを説明した。
純真無垢で、今のままの太陽の様なルゥ。
それと、性とか愛とかもろもろにに目覚め、肉食の狼そのものになったルゥ。
後者となったルゥは、大体、とてつも無く色っぽくなる。
「なるほど。色恋を知ったルゥちゃんってこんなに凄いのね……」
元々身長が高く、モデル体型のルゥ。
今は本人に意識が無いから大したこと無いが、もし本人が自分の武器を自覚したら、それは恐ろしいことになる。
映像先のルゥは、三世に自分の胸を押し付けながら、自分の人差し指を噛み、三世を見上げる様な仕草を取っていた。
「あかん」
ドロシーの感想はその一言だった。
「ちなみに、この状態のご主人様はまだ誘惑に負けてない状態ですね。負けたらご主人様わかりやすくなるので」
「これに耐えているのか。……凄い精神力だね本当に」
ドロシーは、三世の変な所に感心していた。
ちなみに、画面向こうのシャルトは、ユラの抱いている赤ちゃんの傍で、満面の笑みを浮かべていた。
あっちの自分とこっちの自分。感性は一緒らしい。
シャルトは、赤ちゃんの傍にいるあっちの自分に心底嫉妬した。
「と、まあこんなもんですね。今回は何も無さそうですし、閉じましょう。長くあけておくと寝ているのに寝不足になるんですよね」
そう言いながら、シャルトがカーテンを閉めようとした瞬間、ドロシーが慌ててその手を止めた。
「ちょっと待って!」
珍しく声を荒げるドロシーに驚き、シャルトはカーテンを閉じる手を止めた。
映像の先には、お腹が大きくなったドロシーがいた。
「わぁ……」
シャルトは言葉が出なかった。
お腹の中に可愛い赤ちゃんがいる。
そう考えると羨ましいやら嬉しいやらで一杯になる。
何とも不思議な感情だった。
横を見ると、ドロシーは画面を食い入る様に見つめながら、ぽろぽろと涙を流していた。
「ど、どうしました?」
心配するシャルトを他所に、ドロシーは涙を流しながら微笑んでいた。
「ずっと心配だったのよ。私が妊娠できるのか。良い年だからね。もし元気なら、私は今ごろ、もっと沢山の子供を抱いていた。もしかしたら駄目かも。あの人にもう、子供を抱かせてあげられないかも。ルカに下の子を見せてあげられないかも。そう考えたら、ずっと不安で……」
あちらの世界とこちらの世界が同じとは限らない。
それでも、あちらの世界で出来たということは、こちらの世界でも可能ということだ。
それは、ドロシーによって大きな希望だった。
「ドロシーさん。生まれたら抱っこさせて下さいね」
「良いわよ。その代わり、シャルちゃんも赤ちゃん産んだら抱かせてね?」
ドロシーの言葉に、シャルトは笑顔で頷いた。
「ただ、あのご主人様ですからねぇ、……長い勝負になりそうです」
シャルトの言葉にドロシーは今までで一番驚き、そして何かを悩む仕草をした。
その後一言、シャルトに言い放った。
「なにそれ面白そう。私協力しようか?」
その顔はとても良い笑顔だった。
人と獣人は今はもう結ばれることは無い。
そんな道理を無視し、共に生きようとするシャルトを見て、ドロシーは手伝ってあげたいと思った。
何より、あの真面目人間が陥落する所を、是非とも見てみたかった。
シャルトとドロシーは握手をして、同盟を結んだ。
「最初はルゥ姉の予定ですので、そっちの協力もお願いします」
シャルトの意地の悪そうな邪悪な笑みに、ドロシーはサムズアップで答えた。
「そうなると、ドロシーさんの記憶が心配ですね」
ドロシーの目が覚めると同盟の事全部忘れてました。ということになりかねない。
シャルトが悩んでいると、ドロシーは笑顔で答えた。
「どっちにしても、そんな面白そうな事私なら見逃さないし、それに、たぶん何とかなるわよ」
それだけ言って、その日はお開きになった。
翌朝、約束通り、ドロシーは全てを覚えていた。
どうやら、寝ている間に、自分の記憶を魔法陣化させ、それを朝にインストールしなおしたらしい。
半分以上意味がわからないが、異常な天才だということはシャルトにも理解した。
「同盟覚えているわ。がんばりましょうね」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるドロシー。
シャルトにはそれが、誰よりも頼もしく見えた。
ありがとうございました。
もう少し本題まで時間かかりますがお待ち下さい。
本題も基本的にほのぼのになる予定ですが。