ただの夢のお話
2018/12/05
リメイク
起きたら忘れる夢。
忘れるからと言って価値がないとは限らないではないでしょうか。
自分が一人だけ立っている見た事もない世界。
壁も床も天井も無い世界で、そこに存在するのは自分と世界のみ。
と言っても、転移した時の光の世界とは違い、どことなく知っている雰囲気もある。
その辺りから考え、これは夢の世界なのだと三世は気が付いた。
突然、どこからか声が聞こえた。
「あなたは何が得意ですか?」
男かも女かもわからない不思議な声。
心にも体にもその声は響き渡り、安らぎすら感じるほどだ。
恐ろしいような穏やかなような不思議な印象。
知っているようで知らない、それは未知の感覚だった。
そしてその声に偽れない自分がいた。
「観察です。誰がどうしたいかや何をすればいいか。もっと言えば、私は役割を遂行することが得意です」
三世はそう答えた。
何が悪いかを調べ、原因を適切な方法で処置する、獣医としての基本プロセスである。
そして三世は今まで、そうやって生きてきたからだ。
誰かの期待に応えるよう……自分の意思を後に回しながら。
「ではあなたは何が苦手ですか?」
「人と仲良くなるのが苦手です」
「ですがあなたはこの世界で色んな人と仲良くなれています」
「それは偶然です。今でもいつか嫌われるのではないかと私は思っています。だから少しでも距離を取ろうといつも考えていました」
三世は正直に答える。
師匠にもコルネさんにも冒険者仲間の二人にも……いつか距離を取られるだろう。
どうしても思ってしまうのだ。
「何故そう思うのですか」
「世界が違うからです。まずは年齢。例え年が一緒でも元いた世界が違う。……いえ、言い訳ですね。単純に、皆と壁を感じてしまうのです」
三世は世界で見えない壁を感じ続けていた。
自分は世界で一人だけだと、常にそう思ってしまっていた。
「ではあなたは一人で生きているのですか?」
「いいえ。私は誰かの為になることで幸せになれる人間です。誰かを幸せにしないと自分の価値を感じられません」
語れば語るほど自分が汚い人間だと三世は感じる。
他人の為といいつつ自分の優越感の為に生きる。
偽善と呼ぶ以外どう呼べば良いかわからない。
「なるほど。あなたは誰からも助けてもらいたくないのですか?」
ここに来て声が誰かなんとなくわかった。
この声は聞いたことないけどいつも知っている声。
その声はスキル。
その声は自分。
その声は三世の経験。
自分が自分に話しかけてきているだけで、見方を変えればただの一人芝居である。
「ははは。なんでしょうねこれ。かっこ悪い」
三世は自分にうんざりした。
声の主は繰り返す。
「あなたは誰かに助けてもらいたいのですか?」
「そうですね。誰に助けてもらえればいいでしょうね」
こちらで会った人は助けてといえば助けてくれるだろう。
二度しか会った事がない料理店のフィツですら、きっと助けてくれる。
そう信じられるほど、ここに住む皆は優しく、立派な人達だった。
しかし、自分はそれに頷けない。
素直に受け入れられないのだ。
悪いのは全て自分である。
ピシピシと世界にヒビが入る。
――ああ夢の終わりが近いのですね。
三世は自分の意思を……この世界の生き方を再確認した。
醜い自分だからこそ少しでも多くの人を助けよう。
せめて……少しでもよく思われるように。
「こっの! ど阿呆が!」
ヒビ割れた世界の奥から女性が現れた。
握り拳を作っている事から、ぶん殴って壁を破壊したらしい。
自分の夢でも思い通りにならないことはよくある。
しかし、『自分の知らない相手』が夢に出るというのは良くあるのだろうか。
パシーン!
乾いた音が響いた。
それが、自分の頬が叩かれた音だと三世は叩かれた後になって気が付いた。
夢なのに、頬が熱く痛い。
手を振りぬいた女性は涙目になっていた。
その女性は腰まで伸びた長い銀色の髪に白い肌に白い単調な服。
スラっとした体型の彼女は怒ったような少しキツ目の顔立ちをしていた。
獣耳はなく、大体百七十センチくらいの女性。
何度みてもやはり見覚えはなかった。
「最初から矛盾してるじゃん! 観察が得意なのに、あなたを見守る人達に気づいてないじゃない!」
銀色の髪の女性は声を荒げる。
沢山の人があなたを助けるために見守っていると、そう女性は叫んでいた。
「あなたの得意なのは真面目なとこ! 諦めないとこ! そして優しいとこ」
女性は語る。
獣医になるために必死に勉強した日々。
注射はもちろん手術の時に少しでも痛く苦しくしないように毎日練習していた時期。
そして何より……。
家族にも見捨てられ、末期で余命幾ばくもない動物を泣きながら一晩中、息が絶えるまで抱き続けていたことを。
それは三世が忘れかけていた獣医になる前、なってすぐの記憶である。
「あんたの苦手はもっと簡単よ。助けてって言えないところ。いつも他人を支えようとして、自分の弱みを人に隠しすぎなの! あんたの本音はこうだ! 動物を殺した、見殺しにした自分に救われる権利はないだ! そんなわけあるか!」
銀色の髪の女性は泣きながら絶叫する。
「あんたが助けてって言えないのだったら……」
先ほどまでと変わって、女性は語りかけるようにこちらに話しかけた。
「私達が助けるよ」
後ろから別の女性の声が聞こえた。
優しく、何もかもを許すような雰囲気の女性が自分を後ろから抱きしめていた。
最初からいて、ずっと傍にいてくれたんだと……何となく三世はそう思えた。
「助けてって言えないなら私が助けてあげる」
後ろの女性が耳元で優しく囁いた。
「助けてって言えるようになるまで私が傍にいてあげる」
正面の銀色の女性は優しい笑みを浮かべてそう呟いた。
なんとなく、ほんの僅かだけど……自分は許されて良いような気がした。
そして穏やかで優しい。後ろの女性が長い赤髪なことに気づいた。
自分を支えてくれていたのはルゥだったようだ。
――え? は? あのルゥが? こんな優しい穏やかな声を? ……。
「……そんなわけないじゃないですか!」
三世は自分の叫び声で目を覚ました。
なんだか凄い夢を見たような気がした。
自分のことを思ってくれる人がいた。
自分を叱って励ましてくれた人がいた。
そして最後に理不尽で……とても信じられないものを見た。
そんな夢だったような気がしたが、夢の内容は全く覚えていなかった。
それでも、意味はあったような気がする。
三世は自然と笑顔になっていた。
どうしてかわからないけど、今日は一生懸命生きてみよう、そう思えるくらいには――。
隣の小さなベッドではまだルゥが寝入っていた。
ベッドから足がはみ出している事に気が付いた三世は苦笑いを浮かべ、足に毛布を掛けてあげながら、おかしい事に気がついた。
「あれ? 寝るときはベットに入りきっていたような」
同じ恰好で寝ていたはずなのだが、それでも体がはみ出している。
三世はルゥの顔をそっと見つめた。
良く見ると自分のイメージするルゥより、大人びている。
丸みの残った子供らしい顔つきが穏やかな優しげな女性のものに変わっていた。
背も明らかに高くなっている。
丸まって寝ているためわかりにくいが自分より既に高いだろう。
おきないように優しく髪を撫でながら『診る』
もふもふ……もふもふ……。
どうやら、成長期を終えたらしい。
三世は自分のスキルが安定していることに気が付いた。
まだスキル名は見えていないが、スキルで何が出来るかという事がなんとなく理解出来るようになっている。
だからこそわかる事があった。
自分とルゥはスキルで繋がっていて、そして何かを受け渡している。
それともう一つ、誰かとスキルで繋がっているような気がした。
何も受け渡しをしていない……細い線のようなものをほんの一瞬だけ感じた。
だけど三世はそれを錯覚だと考える事にし、ルゥを起こしていつもの日常に戻ることに決めた。
ありがとうございました。