魔術を学ぶ、くろねこさん
今日この日は、シャルトがドロシーに頼んでいた、魔術、魔法の講義の日だった。
昼食を食べて一休みをしてから、三世達はドロシーを迎えに行った。
マリウスの家に向かうと、妙に疲れた顔のマリウスに、台所で食器を片付けているルカ。
そして、やたらツヤツヤして張り切っている、ご機嫌なドロシーがいた。
「じゃあ、行ってくるね」
ドロシーはルカとマリウスの頬にキスをしてから、玄関で待っている三世達の元に来た。
「周囲に何も無い方がやりやすいから、村の外に行きましょうか」
そう、ドロシーからの提案に三世は頷き、村から少し離れた草原に移動した。
三世の足で歩いて五分ほど、村の傍の草原。見渡す限り何も無く、遠目に村が見える。
「さて、それじゃあ色々教えましょうか」
三人を座らせ、笑顔でドロシーは立ったまま、説明を始めた。
三世とルゥは退席しようと考えていたが、ドロシーからは逃げられなかった。
「まずは、三人の魔力の受け入れられる最大量と、オドの最大量を調べるわね」
魔力でもオドでも、最大値は非常に重要になる。
どちらの場合でも、最大値が低いと出来ることが狭くなる。
また、オドの場合は自分の現在値がゼロになると魔術は使えなくなる。
魔力の場合は、無限に供給されるが、供給される度に体力と精神力が磨耗していく。
そんな理由で、ドロシーは三人を見比べる様にじーっと見た。
その後、うんうんと頷きだした。どうやらわかったらしい。
「まず、ヤツヒサさんだけど、魔力の最大量はとても少なくて、オドはまったく無し。普通の人だね」
ドロシーの言葉に、三世は頷いた。
正直、何となくわかっていた。元々多才な方では無い三世。
むしろ革細工という才能にめぐり合えた分、運は良いと思っていた。
「次に、ルゥちゃんは、魔力の最大量はとても少ないね。ヤツヒサさんよりも更に少ない。魔法は諦めた方が良いわ。代わりにオドが少しだけあるね」
「るー。良くわからないけどわかったよ!」
ルゥは授業の雰囲気を楽しんでいた。
「最後に、シャルちゃんは……魔力の最大力もオドの最大力も高いわ。その上特別な力もあるみたい。才能に溢れているわね。その代わり、今までの様子を見る限り行使する才能はあんまり無いから、学ぶなら用途を絞って覚えた方が良いわね」
ドロシーが言うには、才能に溢れすぎて、こんがらがっている状態らしい。
訓練で修正は出来るが、どの位の期間で実戦で使えるほどになるかはわからないそうだ。
「ちなみに、昔は昔の魔法である魔術と今の魔法、両方を使いこなせる人を魔女って呼んだらしいわ。男は知らない」
そうドロシーが言った。
つまり、ドロシーはシャルトよりも更に上の才能の持ち主なのだろう。
「せんせー。それで私はどうしたら良いの?」
ルゥの質問に、ドロシーは嬉しそうに、ルゥの頭を撫でた。
「ちょっと待ってね。順番に行きましょう。まず、最初にヤツヒサさん。素直に魔法を諦めましょう」
「はい」
三世は即答した。
自分が教える立場だったとしても、同じ答えを出すだろう。
魔法を学ぶ時間で、革細工なり、獣医としての腕なりを上げた方がよほど建設的だろう。
「先生。諦めるのは問題無いのですが、その場合一つご相談が」
三世の先生呼びに、少しテンションを上げるドロシー。
「はいはい。先生が何でも答えましょう」
それに対し、三世は自分の目標の一つの話をした。
「実は、庭に自分専用のカエデの木を植えようと思っていまして、その為に魔法を学びたかったのですが」
三世の言葉に、目を丸くしてきょとんとするドロシー。
「え?その為だけに学ぼうと思ったの?」
三世は頷いた。
「はい。その為に魔法士ギルドにも行ったことあります」
「……なかなかクールな生き方してるわね。ちょっと予想外だったわ」
何故か、ドロシーは少し嬉しそうにそう言った。
「ということで、自分で魔法を覚えては諦めますので、ご協力いただけませんか?」
「協力って、カエデの木関連の?」
「はい。温度管理や苗の成長。その他樹液の効率上昇などを」
ドロシーは無言で親指を立てた。
『任せろ。だけど偶には分けて』
ドロシーは確かに無言ではあるが、まるでそう言っている様な、男らしい顔をしていた。
二人は、そのまま固く握手を交わした。
「苗の入手はよろしくね?」
ドロシーの言葉に、三世は頷いた。
こうして、三世は魔法を諦めた。
そこに悔いは一つも無かった。というか、自分で向いてないとずっと思っていたから丁度良かった。
何よりも、カエデの木が何とかなるなら、正直どうでも良かった。
「次はお待たせ。ルゥちゃんだけど、正直私が何か言わなくても何となくわかってると思うんだよねルゥちゃん」
ドロシーのその言葉に、首を傾け、その後首を横に振った。
「うーん。妙に偏りがある極少量のオド。こういう場合って本能と直結してるのよね」
「るー。良くわからない」
困った表情のルゥに、三世が提案した。
「今度戦う時、全力で吼えてみたら良いですよ。手加減抜きで」
「うーん。良くわからないけどわかった!」
ルゥはそう元気良く言った。
今までルゥを何度もスキルで診てきた。
その度に、一つ疑問に思っていることがあった。
三世のスキルでは、身体的特徴は判断出来るが、特技や技能などはわからない。
にもかかわらず、ルゥを診ると毎回、吼える能力があるとスキルが告げていた。
恐らく、オドの使い道はこれだろう。
「これで、二人は終わって、本命のシャルちゃんねー」
ドロシーはシャルトの方を見た。シャルトは真面目な表情で、ぺこっと一礼し、ドロシーの方を真剣に見つめた。
「すいません。その前に、シャルトの特別な力って何ですか?」
三世の質問に、良くぞ聞いてくれたと言わんばかりの態度で、指を三つ立てた。
「この世界に、人の身が秘める強力な力と呼ばれるものは三つあります」
ドロシーは、指を一本折りながら、話を続けた。
「一つ目はスキル。これは皆も知ってるわね。才能ある技術を磨くと覚えられるスキル。ものにもよるけど、強いスキルは本当に強力よ」
ドロシーは三世の方を見ながらそう言った。
三世はそれに頷く。間違いなく、三世はスキルの恩恵を一番受けているからだ。
動物と獣人限定の治療の技術なのに、いくつも複合で強力な効果が付属されている。
運動不足気味だった三世でも、今はフルマラソンを軽く走れるだけの体力が身に付いていた。
これは鍛えてるからでは無い。
牧場の動物全てが、三世の強化に繋がっているからだ。
代わりに、牧場の動物を相当増やしても、他の能力はそれほど上がっているとは体感出来ない。
馬は体力の強化に繋がったのだろう。
理解はしきれないが、それでも自分のスキルは普通では無いと三世は理解していた。
「二つ目は単純な力よ。スキルがあっても無くても強い人だね。強い人は強い。シンプルな答えが一番恐ろしいわ」
そう言いながら、ドロシーはルゥの方を見た。
ルゥは良くわからず、首を傾げていた。
シャルトは何度も頷いている。
ルゥが強すぎて、シャルトはずっと悩んでいたからだ。
自分では役に立てない。出来ることを増やさないと、何時までも横に並べないと。
「最後三つ目は、どちらでも無い上に、とても稀有な力。そのほとんどが生まれついた才能。例えば、羽も無いのに空を歩く人。または、鋼の様に硬い体を持った人。そんな特別で、オンリーワンな力の持ち主よ」
そう言いながら、ドロシーはシャルトの方を見た。
「私がそんな特別な力を持っているのですか?」
シャルトは自分を指差しながらドロシーに訪ねる。
ドロシーは笑顔で頷いた。
「特別な力は千差万別だけど、共通点が一つあるの。それは、オンリーワンであること。ちょっと見ててね」
そう言いながらドロシーは、シャルトに触れてぶつぶつと何かを呟いた。
次の瞬間、ドロシーはシャルトの姿と瓜二つの姿に化けた。
「ぜーんぶコピーしたけど、どう?違いわかる?」
シャルトに化けたドロシーがそう尋ね、三人は頷いた。
確かに、体型から服装、声まで見分けがつかない。だけど、瞳の色と形だけは違った。
ドロシーの方は、元の白に近いグレーの普通の瞳で、シャルトの瞳は、猫の様な瞳でかつ、美しい黄金色に輝いてる。
元の姿に戻ったドロシーは、解説を続けた。
「そういうわけで、全くコピー出来ない、本来人が持つにはあまりにも大きな力、それがシャルちゃんの黄金の瞳です。それとは関係無く綺麗だよね」
三世は千切れる様な勢いで、首を縦に振った。
シャルトは自分の瞼を触りながら呆然としていた。
「それで、その黄金の瞳は何が出来るのですか?」
三世は真面目な表情に戻り、ドロシーに尋ねる。
ドロシーは一呼吸置き、三世の方をまっすぐ見て呟いた。
「ごめん。わかんにゃい」
一瞬だけ生まれた真面目な空気は、一瞬で霧散していつもの気が抜ける様な空気に戻った。
「わかりませんか」
三世が苦笑しながら呟くと、ドロシーは申し訳無さそうに頷いた。
「うん。魔力やオドを吸収しているらしいから、たぶん増幅系かな。だけどどう機能しているのかはちょっとわからないなぁ」
後頭部を掻きながら、ドロシーはシャルトの方を困った表情で見ていた。
「ご主人様。夢の事を話して良いですか?」
シャルトが三世の袖を掴み、そう尋ねてきた。
出来るだけ他の人に言わない様にしていた、あの夢の世界。
今まで話すのを控えていて理由は、未来予知に近いからだ。
そのままが起きる訳では無かったが、それでも可能性の一つが見えるというのは、危険な能力と呼ぶに相応しいだろう。
その上で、シャルトが話すべきと思ったのなら、三世に異論は無かった。
三世はシャルトに頷いた。
「ドロシーさん。おそらくこの瞳の能力だと思う事が一つあります」
シャルトはドロシーにそう話し、自分の事情を説明した。
自分は思い通りになる夢の世界に入れること。
夢の世界は未来のもしもと思われる世界の様子が見えること。
そして、そこには他人を呼べること。ただし、他人がその世界に入っても、ほとんど覚えていられないこと。
それだけ話すと、ドロシーはシャルトをぎゅっと抱きしめた。
「つらかったわね。不幸な未来も多かったでしょ。でも、見ないわけにはいかない。だからどんな未来も見続けていたのよね」
ドロシーはシャルトを抱きしめたまま、丁寧に頭を撫でた。
まるで母親の様で、シャルトの心は感じたことの無い安らぎで一杯になった。
それは三世で得られる安心感ともまた違い、シャルトは抵抗すら出来なかった。
ただ、最近は甘い恋愛の話とか、昼ドラみたいな未来しか見ていないので、真面目に心配されたことに対し、強い罪悪感に襲われた。
この事は皆には黙っておこう。耳年増なシャルトはそう決めた。
「詳細は私にもわからないわね。そんな力聞いたこともないわ。だから、今度機会があったら私をその世界に呼べるか試してみてくれる?」
「わかりました。わかりましたから、そろそろ離してくれません?」
ドロシーはずっと、シャルトを抱きしめたままだった。
最後に、シャルトをぎゅーっと抱きしめ、ドロシーはシャルトを離した。
「話を戻しましょう。シャルちゃんの魔法、魔術の修行だけど、まずは体内にある魔力とオドの違いを感じ取るところからね」
ドロシーはそう言いながら、マンツーマンでシャルトの訓練を始めた。
余った三世とルゥは、手を繋ぎながらシャルトを応援する様にじーっと見ていた。
見ていたが、外から見ただけだと、ぼーっと立っている様にしか見えず、ルゥがすぐに飽きた。
三世はあぐらを掻いて座り、ルゥは膝の上で寝だした。
三世は丁寧にルゥの頭を撫でながら、うつらうつらと幸せな時間を過ごしだした。
シャルトは、体内の魔力を感じる為に、精神を整える。
心が落ち着けば落ち着くほど、自分の体が理解出来る様になる。
確かに、自分の体に二つの奇妙な感覚が混ざり合っている。
複雑に絡んだ魔力とオド。これをどうにかすることを考えると、面倒で気が滅入りそうになる。
そして、そんな真面目に特訓している人の傍で、膝枕でうたた寝している羨ましい二人が見えた。
羨ましいやら悔しいやら。あまりに悔しいので、今夜は何かわがままを言ってやろう。シャルトはそう、心に誓った。
ありがとうございました。
遅くなり申し訳ありません。