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思い立ったが散歩日和

 

 月も移り変わり、【狼】の月、つまり九月に入った。

 地球にいた時なら、九月と言えば残暑の季節。

 蒸し暑い日々をだらだら過ごしていた記憶があるが、こちらは非常に涼しい。

 こちらの世界というよりも、ラーライル王国、その中でも特に、カエデの村が涼しいのだろう。

 涼しいというか、少し寒いくらいだ。

 九月という時期にもかかわらず、朝起きたら地面の草に霜が張り付いていた。


 なるほど。だからここにメープルの木を植えたのか。

 暑さに弱いメープルの木を育てているのだから、この地方が寒くないわけが無い。

 そう、三世八久(ミツヨヤツヒサ)は今更気づいた。


 三世は、昼食を家で、ルゥ、シャルトと共に食べながら、日常を謳歌していた。

 こんな風に、ゆっくりと食事を取る機会すら最近はあまり無かった。

 忙しい日々も嫌というわけでは無い。

 だけど、せっかく家族がいるのだ。こうしたゆっくりした時間は大切にした。


 食後に三世は、夏場は暑くてあまり着られなかったライダースジャケットを羽織り、ルゥ、シャルトと共に家を出た。

 理由や目的は特に無い。

 ただ、三人でゆっくりと歩きたいと思っただけだ。

 ルゥもシャルトも、特に何も言わず、三世の傍に付いて歩いた。




 九月に入っても、日々の生活は特に変わらなかった。

 強いて言うなら、三つ。

 一つは妙に寒くなったこと。八月の頃はここまで寒くなるとは予想していなかった。

 次に、準優勝の記念にメープルちゃんゴーレムが贈られてきたこと。

 牧場の広場中央に置き、マスコットになってもらっている。

 傍に案内板を置き、待ち合わせ場所としても機能する様になった。

 最後に、マリウスが倒れたことだ。


 倒れたと言っても、大したことは無かった。

 八月中、ドロシーに作るプレゼントの為に無茶な生活をして、その上で、ドロシーがいなくなるというストレス。

 それにより弱った体になった上で、急激な冷え込みに襲われ、敢え無く風邪を引いた。

 といっても、ただの風邪だし、熱も三十八度も無い程度だ。

 正直、ただの軽い風邪だ。ドロシーならその日の内に魔術で治せる。


 しかし、風邪は治せても、ストレスや疲労はすぐには改善出来ない。

 三世を含め、周囲の人間はマリウスに休む様懇願し、ルカとドロシーは、三人の時間が欲しいと願った。

 流石にマリウスも観念し、仕事を休んで今はゆっくり家で休養を取っている。

 親子三人で、ゆったりとした時間を過ごしているらしい。



「さて、何をしましょうか」

 その辺りをぶらぶらと歩きながら、三世は呟いた。

 その言葉に考え込むルゥとシャルト。

「うーん。別にこのまま歩くだけでも良いけど。どーしよーかなー」

 ルゥの呟き、シャルトもうんうんと頷いていた。


「じゃあ、とりあえずもう少し歩きましょうか」

 三世の言葉に二人は頷き、てくてくと歩き出した。

「ご主人様、寒くないですか?」

 シャルトがそう心配して尋ねてきた。

「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます。ですが、もっと冷え込むなら、ファーコートの用意を考えないといけませんね」

 三世のそんな答えに、シャルトは口を尖らせた。

「むぅー」

 ほっぺを膨らませて拗ねるシャルト。

 何かを訴えたいらしいが、三世にはそれが何なのかわからなかった。


 ルゥの方を見ると、にこにことしながら、シャルトの手をこっそり指差していた。

 寒がりで少し厚着をしているシャルトの。なのに、手には何もつけていなかった。

 それで、ようやく三世も理解した。

「ごめん。やっぱり寒いですから、手を繋ぎませんか?」

 そう言いながら三世は、そっと右手を伸ばした。

「……気付くのが遅いです」

 拗ねた口調でシャルトはそう言いながら、そっと差し出された手を握った。

 それ見て、ルゥは嬉しそうにしながら、反対側に行って三世の左手を握った。


 両手に花と言えば花だろう。間違いなく二人とも美人だ。否定する人がいたら小一時間ほど問い詰めたい気分になるだろう。

 だが、女性に囲まれてドキドキというよりは、二人の間にいると穏やかな気持ちにさせられる。

 風は冷たく空気は寒いが、心はほのかに温かかった。


 そっと、大切そうに手を握るシャルトに、嬉しそうに繋いだ手を振り回すルゥ。

 対称的な二人の仕草だが、二人共から、同じ愛情を感じる。

 三世はそれにお返しする様に、ぎゅっと握る手に力を入れると、二人は嬉しそうに微笑んだ。



 そんな日常を謳歌していたら、どこからともなく声が聞こえた。

「やっほー。お邪魔じゃないならまーぜてー」

 そう言いながら三世の目の前に現れた金髪の少女。

 騎士の様な軽鎧を着込み、細い剣を携えた短髪の可愛らしい少女だった。

「あ、コルネだ!」

 ルゥはそう叫ぶと、コルネと呼ばれた女性はルゥに手を振って返した。


 コルネ・ラーライル。

 ラーライル王国王立騎士団の中隊長であり、三世達の友達。

 最近会う機会が減っていたが、それまではずっと一緒と言えるくらい、傍にいた女性だ。


「こんにちは。お邪魔では無いですが、ただ歩いているだけですよ?」

 三世はそう言うと、コルネは手を振って答える。

「いいよいいよ。最近あんまり遊んで無いし、皆で歩こう」

 そう言いながら、コルネは空いていたルゥの手を嬉しそうに握った。

 ルゥもその手を握り返し「えへへー」と声に出して喜んだ。


 このメンバーでいるのも久しぶりだな。三世はそう思った。

 ゴーレム大会など、ちょくちょくとコルネとは会っているが、四人だけで一緒にいるというのはいつ以来だろうか。

 コルネは誘拐事件からその処理に追われ忙しく、三世は各地を移動してカエデの村にあまり滞在していなかった。


 三世は、ルゥと笑顔で話しているコルネの方を見た。

 明るく元気で、自分だけで無く周囲にも元気を分ける。

 その気質はルゥにも良く似ていて、二人が話すと見た目は全く違うのに、姉妹の様にすら見える。


 だが、それは彼女の一面に過ぎないのだろう。

 本人は言いたく無いだろうから、三世も聞かない。

 アルノにトドメを刺した時のコルネを、三世は思い出した。

 普段では想像すら出来ないほどの冷たい表情。

 無表情にも見えるが、強い鋼の意思を感じた。

 見るだけで背筋が凍える様な恐ろしさ。アレが殺意だったのだろう。

 間違いなく、コルネは王国の深い部分にかかわっている。


 だけど、三世にとってソレはどうでも良かった。

 ルゥとシャルトに優しくしてくれるお姉さん。

 それだけで良かった。


「どーしたのヤツヒサ?コルネの方をじーっと見て」

 ルゥの言葉に、三世は足を止めてコルネに注目していた事に気付いた。

 ちょっとだけ、シャルトがむくれていた。


「何何?私に見惚れていた。それならしょうがないねー」

 いやーと手で後頭部を掻きながら、照れる演技をするコルネ。


「ははは。ご冗談を。コルネさんは魅力的ですが、今回はそうではありません。コルネさんとゆっくりした時間を過ごすのは久しぶりだなと思いまして」

「あー。そうだね。お互い忙しかったからねぇ」

 そう言うコルネは、嬉しそうに三世に微笑んだ。


「それで、コルネはまだ忙しいの?」

 そう尋ねるルゥに、コルネは悲しそうな顔で頷いた。

「うん……。仕事の山は重なる一方よ。もう少ししたら冬対策に駆り出されるし」

 コルネの言葉の中に、気になる単語があった三世はそれについて尋ねた。

「冬対策ですか?」

 コルネは頷いた。

「うん。この村は裕福だから大丈夫だけど、そうで無い村だと冬越せないから。だから食料とか毛皮とか毛布とか薪とかを送るの。騎士団が」

「なるほど。大変ですね」

 三世の同意に、コルネは悲しそうな顔で頷いた。


 魔石道具で火を起こすのは容易いが、アレは料理用で暖房用では無い。

 あの程度で寒さはしのげない。

 エアコンの様な暖房はこの世界には無い為、冬篭りの準備は何か考えておいた方が良いだろう。

「私達はどうしましょうか。ストーブでも設置しましょうか」

 三世の言葉にコルネは嬉しそうに同意する。

「良いわねソレ!そうしましょう。薪を買うなら今の方が安いわよ!」

 嬉しそうに三世の方を見ながら同意するコルネ。

 入り浸るつもりなのが見てとれた。

 ついでに、シャルトも期待する様に三世を見ていた。


 口ではそう言う三世だが、内心は別の暖房器具のことを考えていた。

 シャルトの方を見る三世。

 シャルト、黒い耳と尻尾、猫……丸くなる……。

 そしておみかん様。


 今、三世の周囲には物作りのスペシャリストが揃っている。

 つまり、コタツくらいなら協力して作れないだろうか。

 そんなことを考えていたら、コルネがちょいちょいと肘を三世に当ててきた。

「何か、楽しそうな事を思いついたなら私も混ぜてよね」

 ぱちっとウィンクをしながら、コルネは三世にそう言った。

 自覚は無いが、顔に出ていたらしい。

 三世は苦笑しつつコルネに頷いてみせた。




 ぐるっと村を適当に周回した四人。

 見慣れた景色だが、それでも楽しかった。

 色々な人がいた。

 賑やかな牧場、楽しそうな家族、満足そうな冒険者。そして、こちらを呪う様に見つめている騎士団員らしき男性達。


 ……。うん……。

 三世も気持ちはわかる為、何も言えなかった。

 恨みよりも熱く、怒りよりも暗い感情。それは嫉妬。

 そんな感情が、三世を見る彼らの視線に込められていた。


「あー。コルネさんって人気あるんですね、やっぱり……」

 コルネが団員達に手を振ると、三世を睨みつける視線が更に鋭くなった。

 それを見てコルネは、何か思いついたらしく、ルゥにひそひそと内緒話をした。

 ルゥは頷き、三世と握っていた手を離した。

「はい。交代!」

 ルゥがそう言うと、コルネは三世と手を繋ぎ、反対の手でルゥと手を繋いだ。


 そしてそのまま、コルネは三世と繋いでいる方の手で団員達に手を振った。

 今にも飛びかかって来そうな雰囲気になってきた。

「とりあえず、逃げましょう」

 三世の言葉に、シャルトが苦笑しながら頷いた。

「なんとかの逃避行って奴かな?」

 コルネはそんな冗談を言い出した。

 そろそろ団員達の堪忍袋の緒に、限界が来たらしい。

 三世達は手を繋いだまま、足早にそこを立ち去った。



「にゃはは。まあ、彼らも本気じゃないから問題は無いよ」

 逃げ去り、家の前でそんなことを言うコルネ。

 実際、騎士団の中で、そんな下らないことで人を害する様な人はいない。

 ただ、あの嫉妬は割と本気だった様に、三世は感じた。


 その後コルネは夕食だけ食べて帰っていった。

 ルゥの食事が目当てだと、後で気付き、三世は苦笑いをした。


「敵わないですね」

 苦笑しながら、三世はそう呟いた。

 日々を楽しく生きる。

 そんな当たり前は、とても難しいことだと大人になって気付いた。

 だけど、コルネも、娘の二人も、その日々を楽しく、精一杯生きている。

 そんな彼女達を見ていると、難しく考えすぎて生きてきた自分が、酷くちっぽけに思えた。


「次来た時は、コルネさんの好物でも作りましょうか」

 三世がそう言うと、ルゥは嬉しそうに頷いた。

 それなりに一緒にいるのに、コルネの好物すら三世は知らなかった。

 今度会ったら聞いてみよう。

 まだまだ、友人として知るべきことは沢山あるな。

 三世は一人、そう思った。








 夜中と呼ばれる時間帯、ベットで一人寝ているマリウスの元に、忍び寄る影があった。

「誰だ?」

 一日ずっとベットにいた為、眠りが浅くなっていたマリウスはすぐに気付き、小さく呟いた。

「はぁい」

 そう、女性の声がした。

 声には非常に聞き覚えがあった。

 自分の妻、ドロシーだ。


「こんな時間にどうした?何かあったのか?」

 マリウスの心配そうな声に、ドロシーは小さく、妖艶な声で囁いた。

「ルカがいるから、夜しか二人っきりになれないじゃない。だから、来ちゃった」

 その声に、マリウスは少しドロシーから距離を取ろうとした。が、逃げられない。


 そのまま、ドロシーはベットの中に入り込んだ。

「い、一緒に寝るのか?風邪が移るぞ?」

 マリウスの震える声に、ドロシーは小さく微笑んだ。

「わかってるくせにぃ」

 妖艶で、その上何故か恐ろしい。そんな声だった。

 まるで捕食者だ。


「ルカがいるし、な?」

 だから止めようというマリウスの訴え。

「大丈夫よ。しっかり寝かしつけて来たし、それにぃ。ルカ、弟か妹が欲しいんだって?」

 薮蛇だったらしい。暗くて見えないはずなのに、ニヤリと笑ったドロシーが見えた気がした。

「いや。ほら。俺、まだ風邪だから?」

 そういうマリウスを、ドロシーは上から見下ろした。

「そうね。だから、何もしなくてもいいわよ?」

 ドロシーは、それだけを、言った。


 次の日、三世はマリウスの家に向かったが、会うことは出来なかった。

「あの人今寝込んでいるの。風邪が悪化したのかしらね」

 そう、嬉しそうに呟くドロシー。

 妙に肌が艶めいて見えたのを、三世は見ないフリをして、「お大事に」とだけ伝えて、その場を去った。




ありがとうございました。

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