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番外編-己を常識人と思い込む、常識人ゼロの集会

 

 世の中には、放っておくと何かをしでかすタイプの人種がいる。


 自分からトラブルに突っ込む三世や、トラブルになることを気にせず好き放題するティール。

 彼らは単体でも面倒ごとを起こすが、数が揃うと面倒くささはその比では無い。

 本来、己の欲望中心な為同じ方向を向くことは無い人種の彼らだが、もし、方向が同じになった場合、最悪の化学反応を引き起こすだろう。


 皆が真面目に研究し、運用方法まで定めたにもかかわらず、何故か生まれてしまった世界一有名な珍兵器『パンジャンドラム』の様に。

 本当に何が起こるかわからない。

 そんな混沌とした状況になったのは、三世八久の、たった一言の所為だった。




 ティールという男の目的は、誰よりもわかりやすい。

『子供の未来』

 ただその一言のみで良い。ここだけ見たら非常に立派な人物に見えるだろう。

 ただし、ティールはその方法として、『おもちゃ』を選択した。

 玩具によって子供は夢を持ち、子供は玩具から世界を学び、玩具によって幸せになる。

『玩具という万能の道具があれば子供の未来は幸せなものになる』

 彼は本気でそう信じていた。


 もっと言えば、ティールは二十六という年になっても、未だに玩具が好きな子供だった。

 だからこそ、自分でも誰でも楽しめる玩具があれば、子供はもっと幸せになれる。そう信じていた。

 一言で言うなら、ただの玩具マニアだった。


 そんな魔法士ギルドの一人、ティールという男が牧場に遊びに来た。

 目的は当然の様に玩具の為。

 動物のリアルな動きを参考に出来ないか。

 どう馬が走ったらもっと面白い玩具が作れるか。

 手触りは、感触は、一体どうしたら子供はもっと玩具を楽しめるか。

 ただそれだけの為に、牧場を歩き回っていた。


 そんな時、一人の男がティールに近づいて来た。

 男の名前は三世八久。


 三世という男の目的もまた、非常にわかりやすい。

『動物大好き』

 ただその一言で、多くの人が納得する。これだけ見ても、ただの変人と言えるだろう。

 ただし、三世はその為だけに、『獣医』となり、更には動物好きが高じて『牧場主』となった。

『動物が幸せになれば、自分も幸せになれる。だから動物と一緒にいれば皆幸せ』

 彼は本気でそう信じていた。

 だからこそ、彼は少しでも多くの動物が幸せになることを願っている。

 自分の為に動物の幸せを本気で願う。それが三世という男だった。

 一言で言うなら、動物オタクだった。


 そんな三世が、ティールに相談を持ちかけた。

「すいません。動物向けのおもちゃって、ありませんか?」

 ティールはその一言で、背中に電流が流れた様な衝撃を覚えた。


 三世からしたら当たり前なことだった。

 だが玩具マイスターのティールから見たら、その発想は全くの想定外だった。


「マイフレンズゥッッ!もう少し、もう少し詳しく説明をしてくれたまえよ!」

 興奮が抑えきれず、詰めかかる様に肩を叩き、三世を見つめるティール。

 その姿はまごう事なき変態であった。

 だが、三世も慌てず、笑顔で返す。

「ええ。では、事務室の方でお話しましょう」


 普段なら退いたり怯える三世だが、この時実は少しだけ、三世は怒っていた。

 何故ならこの世界には動物の玩具が無いからだ。

 それは、三世にとって到底許せることでは無く、打破しないといけない現実だった。


 こうして、頭のおかしい二人が、頭のおかしい状態で話し合うことになった。



「さて、マイフレンドよ。ワタクシに、何を考えているか、一から説明してもらえないだろうか?」

 少し落ち着いて、紙の束を三世から預かり、ペンを持ちながら集中した様子で三世に尋ねた。

 落ち着いた方が、興奮していた時よりも、なお気持ち悪かった。

 三世はそれに動じず、頷いて、じぶんの思いの丈を述べた。


「この世界には何故動物の玩具が無いのでしょうか。動物にも知性があり、それは人と比べて未熟な場合が多いです。その為、動物の子供にも知性を高める玩具は必要です。人の子供に玩具があるのなら、動物の子供にもあるのは自然な考えでしょう。また人と共にする以上人に生活を合わせている動物には、その生活は負担になります。動物は人に合わせる為ストレスが溜まります。この時の一番の理由は野生の本能を押さえるからです。ならば、野生の本能を刺激し、楽しませる玩具が大人子供共に必要なのは自明の理であるはずです。そもそも、獣人は人に寄せられた存在ですが、野生の本能もあります。それなら獣人専用の玩具もあるのは当たり前なことです。ストレス軽減はもちろん、より人と共にいる為に。故に私は世界に尋ねたいのです。何故、動物向けの玩具が無いのですか!」


 一息で言い切る三世に、それを全て、一言一句間違えず書き写すティール。

 頭の悪い二人が、頭の悪いことを始めた瞬間だった。


 ティールはこの時、背中に電流が流れっぱなしだった。

 インスピレーションが働きすぎて、涎が出そうなほど興奮していた。

 動物に玩具という発想は無かったのだ。

 確かに、動物にも玩具があれば良いし、何より、『子供が動物に玩具を使って遊んであげる』そんな素晴らしい可能性を秘めているからだ。

 いつもは自分で遊ぶか遊んでもらう方の子供が、動物の面倒を見る為に玩具を使う。

 それは、子供にとって大人になる一歩となるだろう。

 ティールは改めて思った。目の前の男は、やはり我が友に相応しい存在である。


「マイフレンドよ。ワタクシは思うのです。もし、この世が間違っていて、動物向けの玩具が無いのであれば……」

 ティールの鋭い眼光は三世を見据えていた。

 三世も、ティールの思いは伝わっている。

「無いのであれば、作れば良いのです」

 三世の言葉に、ティールは頷き、二人はかたい握手を交わした。

 こうして二人は、動物向けの玩具の研究を始めた。


 三世が知っている既存の玩具を説明する。

 野生の本能を刺激する為の擬似的な餌。

 運動不足を解消するフリスビー。

 噛み癖を満足させる噛む為のボールや、ダンボールの様な爪とぎの道具。


 実在する玩具を話し合い、それでも二人は満足しなかった。

 せっかくここには、素晴らしい研究者がいるのだ。

 出来ることをしていかないとならない。

 二人はその思いで、更なる研究を進める。


 しかし、既存の玩具を言うだけならともかく、新しい玩具などそう簡単に作れる物では無い。

 三世の言っていった玩具は現代の知識が使われた物。長い歴史の上にある玩具達だ。

 そうそう簡単にアイディアは浮かばなかった。


「くっ。ここまでですか。何か、何か他に手は無いでしょうか」

 ティールの嘆きに、三世は首を横に振る。

「せめて、せめてもう一人、参考になる方が居れば……」

 そのティールの言葉に、三世は何かを閃いた。

「すぐに戻ります!」

 三世はそう言い残し、事務室を走って出ていった。


 数分後、三世は一人の獣人を連れて戻ってきた。

「獣人向けの玩具と聞いて」

 そこにいたのはユラだった。


 ユラという女性は非常にわかりやすい女性だった。

『三世に匹敵する馬好き』

 これだけでどういう人物かわかるだろう。

 馬以外の動物も好きで、この二人の頭の悪い言動にも付いていける稀有な人材。

 なかなかに頭の悪い人物だった。

 それに加え、彼女には一つ、大きな野望があった。

 安定した環境、健康な体。居心地の良い村。で、あるならば、願うのは当然かもしれない。

『そろそろ子供が欲しい』

 そんな考えのユラは、子供が遊べる。子供と遊べる玩具と聞いて、立ち上がった。

 頭の悪い二人が、三人になった瞬間だった。


 受け手の発想が加わり、更に議題は加速した。

 玩具のコンセプトは決まった。

 獣人も動物も遊ぶ為、頑丈性に長けた玩具。

 そして技術が必要な段階で、三人は躓いた。

 そう、作るための技術が無いのだ。


 革製作の技術がある三世だが、それは既存の物を作るか、良くて改良まで。

 ゼロから新しい物を作れる段階までは、三世はまだ行っていなかった。


「くっ。こんな時に革細工に長けていて、出来たら金属の加工も出来る人がいたら……」

 ティールの悔しそうな呟きに、三世は何かを閃いた。

「すぐに戻ります!」

 三世はそう言い残し、事務室を走って出た。


 数分後、三世は一人の男性を連れて戻ってきた。

「弟子の頼みと聞いて」

 そこにいたのはマリウスだった。


 マリウスという男は非常にわかりにくい男性だった。

 印象は腕の良い無口な仕事人。

 だが実際は『異常なほどの恥ずかしがりやな善人』

 そんな彼は、誰かに頼られるのが実は好きだった。

 自分から何かをするのが恥ずかしいマリウスにとって、頼られるということは、認められるということでもあった。

 それが、自分の妻の命の恩人で、自分の弟子になってくれた人物なら、マリウスはそりゃあもう張り切る。

 これでもかと張り切り、やりすぎるほどだった。



 ユラの発想、着眼点の元、三世の知識と愛情、それにティールの玩具と魔法士ギルドの経験を全て、マリウスにぶつけた。

 マリウスもそれに応え、出来る限りで全ての案を実現可能まで持っていった。

 魔導金属まで想定した最高の状態の玩具。それが後一歩まで来た。

 ただし、その一歩は非常に遠い一歩だった。


「くっ。私の魔法の技術ではここまでですか……」

 ティールの悔しそうな声が響く。

 ティールはそこまで魔法士ギルドとしての活動に熱心では無い。

 魔法も『玩具作りに役に立てばいいな』位しか考えていないからだ。


「こんな時に、魔法に本職の魔法士ギルドの私より詳しい人がいれば……。流石に居ませんよね?」

 今まで望んだ人材がぽんぽんと出てきたから、不安になりティールはそう尋ねた。


 三世は、マリウスの方をちらっと見た。マリウスは眉間に皺を寄せて信じられない物を見る目で三世を見た。

『お前、本気でここにアレを連れてくるのか?』

 マリウスの顔はそう言いたそうだった。

 三世はそのままじーっと、マリウスをにこにこした顔で見つめた。


「……。ちょっと待ってろ」

 マリウスはそう言って、事務室を出た。


 数分後、マリウスは美しい雪の様な女性を連れて戻ってきた。

「面白いことが出来ると聞いて」

 そこにいたのはドロシーだった。

 それは、この頭のおかしい集団の中ですら、最高位に位置する危険物だった。


 ドロシーという女性は一言ではとても表せない。

 強いて言うなら『面白いことがしたい』これを中心に生きている。

 人生の殆どを病室で過ごした彼女は、失った物を取り戻す勢いで人生を謳歌したかった。

 紛うことなき天才のドロシーは、常人にとっては劇物に近い。

 何をするのかわからず、突飛な行動は当たり前。文字通り普通では無い。

 だからこそ、この集団には馴染みすぎるほど良く馴染んだ。


 そして、ドロシーは全力を出してしまった。


 本来ならありえない、存在しない魔術の知識と、人並外れた魔法の知識を組み合わせる。

 更には、ティールより魔導ゴーレムの知識をドロシーは習った。

 本来なら機密クラスの情報な為、一部しかティールは教えなかったが、その一部で、ドロシーは全貌を理解した。

 そして、もてる全ての技術、知識を結集し、設計図が完成した。


「くっ。ここまで来たのに、貴様はまた我らを阻むのか!」

 机を叩きながらティールは悔しそうに叫んだ。


 それは製作者最大の敵、幾つもの偉大な研究を失わせた、最悪の悪魔。

 予算不足という名前の天敵だった。

 考えうる全ての技術を流用したのだから、そりゃあ予算が足りなくなるのは当然だった。


「その一押し、私がしましょう」

 そう三世は部屋をそっと出ていった。


 戻ってきた時三世の手元には、何かの書類の束を持っていた。

 その書類は三世の牧場オーナーとしての収入だった。

「これで、足りますか?」

 その書類をティールに渡した。

 書かれている金額は、金貨約八百枚。

 日本円にして大体八千万。

 玩具にかける値段では無かった。


「マイフレンド、流石にこれは受け取れません!」

 そうしてティールは返そうとするが、三世は受け取らない。

「これで、獣人の未来が良くなるなら、安い物です」

 実際は小市民マインドの所為で死蔵されていたものだ。

 ここで使って貰えるなら、三世にとっても悪い使い道では無かった。

 ティールは涙ぐみながら、頷きそれを受け取った。

「わかりました。マイフレンドの望み未来。ワタクシ達で作り上げましょう!」

 全員は頷き、全力を出して制作に当たった。


 何故か設計図を無視して。



 城下町で書類を金に買え、材料を揃え、魔法陣を山ほど作り出し、魔導銀と魔導鉛を作り、制作に着手した。

 設計図をその辺に放り捨てたままで。

 ドロシーとティールの頭の中に、何があったのかわからないが、ソレは完成した。




「何を、間違えたのでしょうか?」

 ティールの呟きに、答えられる者はいなかった。設計図のことを覚えている人は、誰もいなかった。

 魔導ゴーレムすら玩具と呼んだティールすら、玩具と呼ぶのに抵抗のある何かが出来てしまった。


 事務室の天井付近に、一匹の小さな小鳥がチチチと囀りながら空をくるくると飛び回っていた。


 テンションが上がりすぎて、全員が暴走した為、作り方すら覚えていない。

 もう二度と作れない奇跡の代物。

 それがこの小鳥だった。



 元々の発想はシンプルだ。

 小さな鳥の玩具なら、獣人の狩りの本能を刺激するだろうという発想。

 それから耐久性を考えていたあたりで、想定と大きくズレだした。

『頑丈にしても壊れるなら、壊れない様にしたら良いじゃないか』

 そうして小鳥の材料は『魔導複合液体金属』という、存在すらしていない物を使った。

 偶然出来てしまったのだから仕方無い。


 小鳥の想定スペックは予想の三歩先位の物になった。

 重量は小さな体なのに二十キロ。最高速度はマッハに限りなく近く、その気になれば光を屈折させ不可視化出来る。

 魔力を通せば視覚を共有出来る。

 物理耐久はほぼ無限。真っ二つになっても細切れになっても、元は液体だからすぐに復元できる。


 そして最大の問題点は、この小鳥には、知性と感情が宿っていることだった。

 つまり、玩具を作ろうとして人造の生命を作ってしまったのだ。

 小鳥は、飛べるのが嬉しいのかチチチと鳴きながら、ぐるぐるぐるぐる、飛びまわっている。


「やりすぎた……わね……」

 ユラの呟きに、ドロシー以外が頷く。

 ドロシーだけは普通に受け入れ小鳥を見続けていた。


「それで、この戦略兵器をどうするつもりだ?」

 マリウスの呟きに、ティールと三世が悩む。

 既存の兵器の最上位より更に上に位置するだろうこの小鳥。

 もし、生き物で無いなら迷わず無かったことにするほどの危険な代物だ。

 魔導ゴーレムの数倍は危険度が高いだろう。


 で、あるならば、答えは一つしかなかった。

「速度とか重量とかのスペックを出来る限り下げて、フィロス国王陛下に献上致しましょう」

 三世の言葉に、全員が頷いた。



 後日、フィロスの元によくわからない人造の小鳥と、見たことも無い杖の魔道具が同時に贈られてきた。

 フィロスは頭を抱え苦悶の表情を浮かべながら、その対処に迫られることになった。


 忙しさと苦しいの中で、フィロスは僅かな仕返しとして、ティールと三世に勲章を贈ることを決めた。

 嫌がらせの為だけに勲章が贈られるのは、長い王国の歴史の中でも初めての出来事だった。




ありがとうございました。


『魔導液体金属』の設計図も後日国王に送りました。

半泣きになりながら、機密に認定しました。


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