似てる人がいたから、名前が名乗れなかった人
この世界にある魔法は、本当に便利な代物である。
それが何なのか、誰もわからない。それでも、魔法を使うことが出来るからだ。
理屈も理論も良くわからない。動力もわからない。それでも、何も考えなくても使うことが出来る。
魔法陣などは、理屈や理論を理解出来ないと使えないが、そんな人ですら、その発生しているエネルギーがどこから来たのかは良くわかっていない。
極論で言えば、何も考えなくてもわずかな閃きだけで魔法は行使出来る。
特に便利なのは、どこから来たのかわからないエネルギーが生まれることだ。
例えば、水を生み出す魔法。無から水を作り出しているのに、疲労はほとんど無い。
本来なら、その水を生み出す為にエネルギーがいるはずなのに、何も消費していない。
未知のエネルギーと、魔法の理論。この二つは、どこかから勝手に、与えられていた。
だからこそ、魔法は便利だ。勉強をしなくても、実用化出来るのだから。
「ということで、魔法が最初に見つかった上に、便利すぎるので、誰にも注目されなかった本当の魔法というものがありました」
黒髪のドロシーは、魔法についてそう説明した。
「本当の魔法ですか?」
三世の質問に頷くドロシー。
「うん。自分の魔力を使い、自分で式を構築し、発動させる魔法。私は自分に流れる魔力を『オド』。そしてオドを使う魔法を『魔術』って呼んでるわ」
それは使い勝手が悪い上に才能に依存した。だからこそ、歴史の闇に埋もれ、名前すらも失われていた。
「ただ、大体の魔術が魔法の劣化になるのよね。それで、何で魔術の説明したかわかる?」
三世は頷いた。
ドロシーに流れる二種類の混ざり合わない魔力。それの片方がオドなのだろう。
本来なら一種類しか体には流れない。普通の人はオドが無いから問題無いし、オドが多い人は交互に流れているのだろう。
だけど、ドロシーの場合は両方が無理やり流れている。
それが体を傷つけ、苦しめている原因だった。
「何とかなりそう?」
不安そうなドロシーの声。三世は難しい顔のまま答えた。
「とりあえず、二つの選択肢があります。一つは純粋な延命。どの位かはわかりませんが、二十年位は寿命を延ばせます」
その言葉に、マリウスは大きく反応した。
「うん。それでもう一つは?」
「延命しつつ、手術で大本を取り除きます。これなら完治しますが……成功率があまり」
「うん。どの位?」
言い淀んだ三世に構わず、ドロシーは言葉の催促をする。
「初めての手術なので大体しかわかりませんが……低く見て六割。最大で八割です。そして、手術をしたら魔法が全く使えなくなります」
どうするか、三世は選択を夫婦に預ける。答えはすぐに返ってきた。
「……手術してくれ。失敗しても恨まない。弟子を辞めろとも言わない。強いて言うなら……失敗しても最後の時話せたら嬉しいが」
納得行かない顔をしながら、マリウスはそう呟いた。
「良いんですか?延命して様子を見ることも出来ますが?」
三世の言葉に、マリウスは首を横に振る。
「俺はそうしたい。だけど、ドロシーは手術を望んでいる。ソレくらいわかる。そして、俺はそれを変えられるとは思わない」
三世をドロシーの方を見た。ドロシーは嬉しそうに頷いていた。
「延命しても寝たきりでしょ?それなら新しい家族を信じて博打打つ方がよほど私らしいと思うの。よろしくお願いします。獣医さん」
これから失敗の可能性のある手術を行うというのに、笑顔で楽しそうに、ドロシーはそう言った。
三世は頷き、ドロシー以外の全員を部屋から出て行ってもらった。
マリウスに、主治医の説得を任せた。
説得に時間がかかると思ったが、あっさりとゴーサインが出た。
『任せた。もし成功したら、その情報を国に広めて欲しい』
主治医からの三世への伝言はそれだけだった。
部屋を簡易ドームで包み、無菌状態にする。
そして麻酔をかけ眠らせて、三世は手術を開始した。
手術の内容はそれほど難しくない。
魔法の力が流れる部位を見つけ、そこを切り取り、修復する前に埋める。
それは別世界からの受信機の様な物らしく、それが無くなれば魔法は全く使えなくなる。
問題は、その受信機は人によって違うからそれを探さないといけないことだ。
しかもめんどうなのは、受信機は見た目の違いが無いことだった。
狐の獣人の治療中、偶然その部位は魔力と反応するということを知らなければ、治療すら出来なかっただろう。
三世は丁寧に、指先に魔力を込めて、反応する部分を探した。
三十分後、心臓付近に反応があった。
切開し、正確な位置を三世は探る。心臓の底の方、心尖部付近にそれはあった。
代理のポンプを用意し、三世は心臓にメスを入れようとする。
が、弾かれた。
繰り返し何度メスを入れても、びくともしない。
薄い透明な膜の障壁が張ってあり、傷一つつけることが出来なかった。
何度も繰り返す。他に三世は手段を知らなかった。
狐の獣人の治療の時、その時は逆に受信する部位の修復だったが、メスは普通に入った。
魔術というものの影響なのか、それとも彼女が特別なのか。
原因はわからない。ただ、悠長に原因を探っている時間は無い。
獣人の様な見た目だが、体力までは獣人の様になれていないだろう。
その上長い闘病生活で気力も体力も落ちきっている。
それが尚、三世を焦らせた。
焦りながらも、解決方法を探す。だけど、全く思いつかない。
基本的に魔法とかそういった物は、三世には良くわからない。
メスを動かす。無心に、何度も何度も動かす。
メスが欠けると新しいメスを生成し、また動かす。
ただ繰り返すだけで進展は全く無く、時間だけが過ぎていった。
時間だけが過ぎる。時間だけが過ぎる。時間だけが過ぎる。
三世はこの苦しい時間に既視感があった。
それは昔、こちらに来る前のこと。血まみれの手、冷たい動物達。
三世はふと、零れ落ちて言った命の事を思い出した。
何秒、何分だろうか。自分の意識が落ちていたことに三世は目が覚めて気付いた。
意識が戻った時、最初に確認したのはドロシーの状態。だけど、ドロシーが見当たらない。
そこは、見たことも無い世界だった。
わずか一室分のみの世界。周囲は瓦礫が崩れつつある。
だけど、瓦礫は全て宙に止まって浮いたままになっている。
崩壊しかかっている良くわからない世界。その中央に、見たことも無い女性が優雅に紅茶を飲んでいた。
「初めまして、では無いけど一応初めましてって言っておくわ」
椅子に座ったままの女性は、テーブルに紅茶を置き、そう三世に話しかけた。
そのテーブル付近に二つ、空席の椅子が置かれていた。
「あなたは……?」
その質問に、女性は少し悲しそうに微笑んだ。
「貴方でもあるし、貴方では無い。強いて言うなら、ルゥちゃんとシャルちゃんのお姉さんだった人よ。もう、二人とも忘れたと思うけど」
女性の言う事は、三世には全く理解出来なかった。
「ここは崩壊した世界、そして過去の世界よ。といっても、時間の概念も崩壊したから過去も未来も無いんだけどね。だから、あなたとも繋がったみたいだし」
そう言いながら、女性は三世に近づいた。密着するほどの距離。だけど、三世は何も感じなかった。
不思議だった。とても美しい人なのに、全くときめかない。
傍によっても来てもドキドキしないし、逆にどれだけ傍に来られても不快感が無い。まるで他人では無いみたいだった。
パーソナルスペース内でも問題が無い女性。恐ろしいほど親近感があった。自分の分身の様にすら感じる。
そして一番不思議なのは、彼女の言葉は全て真実だと、なんとなく思っていることだった。
三世が何も言わなくても、彼女は先回りする様に答えを言っていく。
「話が長いのは嫌だし、さっさと用件を伝えましょう。私はあなたのスキルを成長させられるわ。ただし、代償はあるけど」
「代償ですか?」
女性は頷いた。
「そう、スキルをこれ以上成長させるには、容量を空けないと。だから、容量の多いスキルを削り取るわ」
女性の言葉は正しい。三世もそれは理解出来た。
「本来なら他人のスキルをいじるのは誰にも出来ないわ。私だけ特別なのよ。私ほどあなたのスキルに詳しい人はいなんだから」
怪しいと思う気持ちが沸かない。それが逆に恐ろしいが、どっちにしても選択肢は無い。
なぜ、ここに繋がって、何故、目の前の女性はスキルの事を話しているか。
それは、手術に成功させる為だ。何となくだが、三世にも理解出来た。
知らないことが理解出来るという気持ち悪い空間。
誰の思惑なのかはわからない。だけど、三世はその思惑に乗る以外道は無かった。
「了解しました。どの様なスキルを削るのですか?」
「獣医スキルの複合の中に入っているスキルを削るわ。あなたがリンクと考えているアレよ」
一度目はルゥ、シャルトと。二度目はカエデさんと繋がった能力だ。
圧倒的な連携能力に加え、他人の知識を引き出せるという三世の中で唯一、戦闘に使えそうな技能だった。
「それを削るしか無いのですか?」
「いいえ。だけど、あなたの戦う力って、命よりも大切なの?」
女性はそう言い切った。
全て見透かされている。三世はそんな気がした。
その言葉はしっくりきた。戦う力を求めていたけど、それは命より優先させる物では無い。
命を守る為に、戦う力が必要だった。
「そうですね。手放しましょう」
そう三世が思うと、体が緑に光り、何かが出て行った感覚がした。
そして、それは目の前の女性に入って行った。
「そもそも、アレが使えたということは、強い絆で結ばれてるってことよ。アレが無くても、戦うこと出来るでしょ」
言われたらその通りだ。さっきからの小言が耳に痛い。三世は苦笑することしか出来なかった。
「他にスキルを削除する必要は無いのですか?」
その言葉に、女性は困った顔をした。
「削った分、埋めたら特化して強くなるわよ。だけど、遊びや余分を全部消して、一つに特化しても良いこと無いよ。一つだけ残して、全ての感情を切り取ったことを忘れたの?」
女性の言葉に、三世は自分の手が血まみれになっていた日々を思い出した。
救いたいという気持ちだけを残し、動物達を殺し続けていた日々。間違いとは思わない。だけど、アレが正しかったとは、絶対に思いたくなかった。
三世は女性の質問に、首を横に振った。
「最後に、その記憶、ここに置いていかない?殺し続けた記憶。あなたを蝕み続ける恐怖の記憶」
女性は、なんと答えるかわかった上で、そう訪ねた。
三世はまた、首を横に振った。
「いいえ。これは私の記憶です。これだけは誰にも譲れません」
自分の罪。命の重さ。それが三世の原風景だった。
女性は、あからさまなため息を吐いた。
「そう。じゃあこれで用事は終わりね。送ってあげるわっ!」
そう叫びながら、女性は三世を蹴飛ばして奈落の底に落とした。
ドップラー効果の様な叫び声を上げながら、三世は元の世界に戻っていった。
「あーあ。その記憶が渡せたら、貴方はそんなに苦しまなくても済むのに」
女性は一人になった世界で、そう愚痴った。
ふと、意識を取り戻した三世。何があったかわからないが、意識を失っていたらしい。
時間にして数秒、分も経ってないだろう。
三世は、急いでドロシーの心臓を触り、心臓の時間を停止させた。
何故こんなことが出来るのか考えない。出来そうだから出来ただけだ。
即座に受信部位を切除し、幹細胞から変化させ心臓を修復させ時間を戻す。
手間取っていたはずだか、何故かあっさりと終わってしまった。
三世はドロシーの体を閉じて、その様子を診る。
一種類の魔力、オドが循環していて、弱っていること以外、問題は無さそうだった。
最後に、疲労した血管や内臓を軽く補強した。
あと必要な治療は、栄養不足と運動不足の治療。
だけど、それは三世の仕事では無い。
三世は、ドロシーの面倒を見る義務のある人に、後は任せることにした。
手術に使った道具を全て消し、元の部屋に戻して、家の外に出る。
家のドアの前には、立ったまま、マリウスがずっと待っていた。
「終わりました。もう大丈夫です」
そのまま一歩も動かず、音も無く、マリウスは泣き出した。
ありがとうございました。
この後しばらく、山の無い展開が続くと思いますがご了承ください(´・ω・`)