託したい願い
その翌日、そっさくマリウスと三世、ルゥとシャルトは目的の村までの馬車に乗った。
ルカは着いて来なかった。怖くて、会いにいけない。その言葉に、誰も何も言えなかった。
マリウスの妻に会いに行くまでの間に、マリウスは事情を説明した。
妻の名前はドロシー。三十八歳。白い髪にグレーの瞳。異常なほど見た目が若い。
見た目が若いのには理由がある。
ドロシーには、生まれつき魔法の才能があった。
常に体の中に魔力が溢れている状態で、その所為だからか、普通では考えられないほど多才だった。
見た目の若さもその魔法の効果の一つらしい。
ただし、それは良いことばかりではない。
むしろ、誰もがドロシーに魔法の才能が無ければ、そう思っていた。
蓄積し、溢れた魔力は体を蝕み、ドロシーを弱らせた。
治療法は無い。むしろ同じ症状の人は三十にならずに大体死ぬことを考えたら、相当運が良いと言える。
少しでも安静で、安らかな時間を過ごして欲しいということから、ドロシーはある村で療養していた。
マリウスとルカが偶に会いに行き、それ以外は常に手紙のやり取りだけ。
そんな時に、普段はわがままを言わないドロシーが珍しく、手紙に希望を書いていた。
あなたの弟子が見てみたい。もう私は長く無いから、あなたの新しい家族のことが知りたい。
三世達にそう説明した後、マリウスは黙り込んだ。
三世も、ルゥも、シャルトも、何も言えず、沈黙することしか出来なかった。
馬車での移動時間は合計三日。その間はずっと沈黙が続いた。
余りにも長く感じる三日間だった。体感では十日以上移動した様な気分だ。
そして目的地に到着し、馬車を降りたら小さな村についた。
村と呼んで良いのかすらわからないほど、周囲に何も無かった。
そこから見えるのは、村を囲う柵と、家が三つだけ。
年齢が原因で辞めた医者と、女性介護士、それとドロシーが住むだけの、村と呼ぶよりは病院に近い環境だった。
マリウスはその中の一つの家の前に行き、扉をノックした。
こんこんこん。
優しく三回ノックするマリウス。
とんとんとん。
その後家の中から、何かを叩く音が三回聞こえた。
二人だけの合図の様だ。それを確認し、マリウスは扉を開けた。
「久しぶりだな」
マリウスは短く、そう言った。
元気だったか?そう言いたかった様に、三世には聞こえた。
「久しぶりです。今日は大勢見えて嬉しいわ」
ベットに寝たまま、真っ白な女性がそう囁いた。
腰まである真っ白な綺麗な髪。白い肌、瞳の色も白に近いグレー。
白い肌ではあるが、病人の様な肌では無く、若々しい綺麗な白い肌だ。
顔色も非常に良く、健康にすら見える。
妙に細いことを除けば、病人の要素は一つも見当たらない。
それが、魔力の効果なのだろう。
また、見た目も想像以上に若い。
若々しいと聞いてはいたが、まさか二十代前半。場合によっては十代に見えるほど若いとは思わなかった。
白い雪の様な、優しく儚げな人。それが三世の持つドロシーの印象だった。
ドロシーは体を起こし、三世達を歓迎した。
「ごめんなさい。あいにく体が動かないので、何のおもてなしも出来ません」
ぺこりと体を小さく折り、謝罪するドロシーに三世は手を横に振った。
「いえいえ。お構いなく」
三世達はそう言って、家の中に入って行った。
マリウスがベットの傍に座り、三世達が椅子に座ってから、改めてドロシーが話し出した。
「さて、自己紹介ね。私の名前はドロシー。あの人の妻です。よろしくね?」
その言葉にあわせ、三人はぺこっと頭を下げる。
「遅れました。私の名前はヤツヒサ。稀人で、マリウス師匠の弟子です」
三世は言葉を返し、小さく頭を下げる。それを見てドロシーがくすくすと笑った。
「それで、冒険者で、どうぶつのお医者さんで、牧場持ちで、村の村長代行でしたっけ?」
いたずらっ子の様に笑うドロシーに、三世は困りながら答える。
「村長代行はもう返しました。後は、まあ大体そんな感じです」
「ふふ。楽しい話が沢山聞けそうな人ですね。よろしくお願いしますね」
次に、ルゥが話し出した。
「私がルゥだよ。ヤツヒサの娘で、獣人で、あと何かあったっけ?」
挨拶しながら、自分のことを忘れるルゥ。それにドロシーは微笑む。
「ガニアル王国で料理人の資格を持っているとっても凄い人なんですよね?よろしくお願いします」
ドロシーが答えて、ルゥがそれに頷き、大きな声で「よろしく」と言った。
「最後に、私がシャルトです。ご主人様の娘で、ルゥ姉の妹。私は二人ほど凄くは無いので、安心してください」
そういうシャルトに、ドロシーがちょいちょいとシャルトを招く。
傍によると、ドロシーはシャルトの両手を握った。
「そんなこと無いわよ。あなたの歌は素晴らしいって聞いているわ。あなたがよければ、私のレクイエムをうたって欲しい位よ」
まっすぐ目を見て話すドロシーに、シャルトは何も言えなかった。
「あら?他にもあなた凄い才能あるわね。具体的に言えば私と同じ」
そうドロシーが言うと、マリウスは急に立ち上がった。
「それは大丈夫なのか!?」
マリウスの怒声に驚くドロシー。それに微笑みながら答える。
「大丈夫よ。私と違って八割側。何の心配もいらないわ」
その言葉を聞き、安堵のため息を吐いてマリウスはベットに座りなおした。
残された三人は、話についていけず呆然としていた。
「ふふ。あなたに本当に新しい家族が出来たのね。良かったわ」
心の底からそういっているのだろう、穏やかな顔でそういうドロシーに、マリウスは曇った表情を浮かべる。
「俺にとって、お前は掛け替えの無い存在だ」
「知ってるわ。だから、ごめんなさい」
二人の語り合いはとても幸せそうで、そして切なそうだった。
「遅くなったけど、これを受け取ってくれ」
そう言いながら、マリウスは聖銀のネックレスをドロシーに渡した。
心底驚いた表情を浮かべ、その後微笑した。
「そんな昔のわがまま、まだ覚えていたのね」
優しい笑いを浮かべたまま、ドロシーはそのネックレスを嬉しそうに見つめた。
「いらないなら捨ててくれ」
マリウスのその言葉に、ドロシーは軽くマリウスの頭を叩く。
ぺしっ。
「そんなこと言ったら嫌です」
そう言いながら、ドロシーはネックレスを首につけた。
白い肌と髪に、銀のネックレスはとても映えて見えた。
少々無骨で男らしいデザインだが、儚げなドロシーの印象とかみ合っている。
今まではどこかに言ってしまいそうな雪の様な印象だったが、今は確かにそこいる。そんな印象に変わっていた。
「これだけは、私が持っていくわ。あなたも、ルカも何も持って行けないから、これだけは誰が何と言っても、私が持っていく」
そう言いながらドロシーは、大切にネックレスを握り締めた。
そして、三世達はドロシーに色々な話をした。
魔導ゴーレムの話。獣人の集落の話。
料理の話に牧場。ドロシーは何にでも興味を持った。
特に興味を持ったのは、獣医学についてだった。
三世の話す内容を、恐ろしいことにドロシーはほとんど理解していた。
初歩とは言え、見たこと聞いたことも無い知識をそのまま取り入れ、理解する様子は、天才としか言い様が無かった。
「本当に凄い人なんですねヤツヒサさんって。不器用なあの人の弟子らしくないです」
小さくいたずらっ子の様に笑いながら、ドロシーはマリウスを見た。マリウスは顔を逸らして誤魔化した。
三世は、同じ言葉を返したかった。
「ねえヤツヒサさん。あなたから見て師匠。マリウスはどんな人に見える?」
三世はその質問に、非常に困った。
何と答えても、失礼に当たりそうだ。だが、ここで適当におべっかを言うのも嫌だった。
「……思ったままに言ってくれ。その程度どうも気にしない」
そこにマリウスの助け舟が来て、三世は頷き、思ったままに言葉にした。
「前提として、とても凄く、尊敬する職人であり、冒険者の先輩です。その上で……死ぬほど不器用で、子供っぽい人だと思っています」
その言葉に、ドロシーは目を丸くして、思いっきり笑い出した。
「……子供っぽいのは弟子も同じだ」
マリウスはそう、口を尖らせて言い返した。それにドロシーは更に笑いをした。
「なんだ。もう私がいなくても全然大丈夫じゃない。ああ、安心した……」
そのままぽふっと音を立て、ベットに寝転ぶドロシー。
長時間話して、笑って、疲れたのだろう。顔が少し青白くなっていた。
「そうだな。それじゃあ俺達はこの辺りで失礼しようか」
マリウスがそう言って立ち上がる。
それを酷く寂しそうな顔で、ドロシーは見ていた。
それはマリウスにも伝わる。だけど、マリウスは何も言わず、立ち去ろうとした。
辛くてもどうしようも無い、その二人の状態を、三世達はただ、見るしか出来なかった。
「るー。……せめて、ドロシーが獣人だったら……ヤツヒサが何とかするのに……」
ルゥの小さな呟きに、ドロシーはがばっと体を起き上がらせた。
「ヤツヒサさんて、そんなに凄いの?」
ドロシーの言葉に、ルゥは頷いた。
「うん。私含め死にかけていた獣人を何人も手術で治しているよ」
ドロシーは考え込む仕草をした後、ルゥとシャルトを見比べ、シャルトに話しかけた。
「シャルトちゃん、ちょっとこっち来てくれない?」
言われるままにドロシーの傍に行くシャルト。
ドロシーはそのまま、シャルトを抱き抱え、何か不思議な言葉を口にしだした。
「黒い夜。月の煌きを身に宿し、完全な黄金に憧れる尊き者……」
ぶつぶつと何かを呟くドロシー。次の瞬間。ドロシーの髪が変化した。
白いな髪は真っ黒に変わり、更にシャルトとお揃いの猫耳が生えていた。ベットの下がうごうごしていることから、おそらく尻尾も生えただろう。
「これでどうかな?」
ドロシーの言葉に、三世もマリウスも呆然としたまま固まっていた
我に返った三世は、ドロシーに尋ねる。
「それは、何をしたのですか?」
「んー。シャルトちゃんの真似してみたんだけど、これで私獣人ってことにならないかな?」
そんな無茶苦茶な、三世はそう思いながらも、ドロシーの背中に触れて診る。
「あ、なってますね」
三世はぽろっと口から言葉が零れた。
確かに今のドロシーは、三世のスキルでは獣人として扱われている。
詳しく診ると、内臓がボロボロで、外側の見た目と反して呼吸器や心臓の動きがおかしくなっている。
それは最近見た、トリテレイオスの体内の状態に近い。
「二つの魔力が詰まって体調が悪くなる感じですか?」
その言葉にドロシーはにっこりと笑い頷いた。
「うん、もう少し詳しく話すから、治療出来そうかな?」
今の段階では、何も言えなかった。魔法関係はどうしても経験が無い為わからない部分が多い。
それでも、切り込むだけの知識はこの前、偶然手に入れていた。
それは人体実験された獣人を二人治療したことによる知識。
思い出すのも嫌な残酷な仕打ち。内臓を抉り取って、そこに黒い謎の液体。魔力の篭った泥のような水を体内に埋め込まれた患者。
その治療の時に、魔力の流れを計測出来ていた。
感謝はしたくないが、その人体実験が無ければ、今のドロシーの状態も理解出来なかっただろう。
「出来るとは残念ながら言えません。ですが、全力を尽くします」
三世のその言葉に、ドロシーは笑顔で頷いた。
ありがとうございました。