誰が為の装身具
魔導金属とは、金属に魔力が込められた物の事を言う。例えば鉄なら、魔導金属化した鉄、または魔導鉄という。
ただ魔力を練りこむだけなので、実はそれほど珍しくも無い。
一番オーソドックスな精製方法は魔力炉に魔石の欠片か粉を入れるだけ、その後に普通に精錬するだけで良い。
魔石は大きさや質によって値段が変わる。欠片なら銀貨一枚程度だし、粉なら銅貨で十分なだけ買える。
その上、欠片や粉程度なら代用素材が山ほどある。
もっと言えば、魔力さえ練りこめば、大体の金属は魔導金属化する。
金属のインゴットに、回復魔法や支援魔法でも延々と使い続ければそれだけで良い。
ただその場合は、魔導金属化するのに半年程度は覚悟をしないといけないが。
また、剣など、既存の道具を魔導金属化するのは好ましく無い。魔導金属化する際に、形や重さが微妙に変化する為、バランスがおかしくなったり、場合によってはそのままその武具や道具が破損するからだ。
だから鉱石やインゴットなどを変化させて作るのが一般的だ。
そして、魔導金属化したらいくつかの性質が強化される。
まず、単純な高性能化。もっと言えば耐久が上昇する。
次に、魔導金属はエンチャント化とも相性が良く、エンチャントによる付与効果が上昇する。
最後に、金属本来の性質が強化される。鉄ならより硬く、銅ならより柔軟性を帯びる。
ただ、魔導金属は全てにおいて優れているということでは無い。
幾つかの欠点も持つが、その中で最も一つ、大きな欠点がある。
全ての魔導金属共有の欠点、それは値段だ。
同じ物を作るなら、大体二倍程度。物によっては十倍以上にもなる。
魔導金属自体は簡単に作れる。ただし、加工となると話は別である。
魔導金属は元の金属より頑丈で、加工に手間がかかる。
更に素材によって変に柔らかかったり、妙に硬かったりと不便で、しかも毎回部分によってムラが出来る為。
まるで金属が暴れているようで、思い通りの加工にはかなりの手間がかかってしまう。
その為、時間も苦労も倍以上かかり、どうしても値段はその分上がってしまう。
特に、金属が高価になればなるほど、その手間もよりかかる様になる。
それでも、有用な事に変わりは無い。
三世にも、それは大きく関係がある。
例えば、魔導鉄をレザー装備の止め具や隙間に使うなら、本来の鉄よりも少ない量で十分な耐久性が得られる。
その為、更に軽く出来る。
当たり前の話だが、防具としてレザー装備は、金属製の防具に防御力では絶対に叶わない。
軽さや拡張性、汎用性や利便性など、レザー装備の有用な部分をうまく理解し、その辺りを意識していく必要がある。
魔導金属だけで無く、通常の金属もレザー装備に無関係では無い。
三世がこれ以上、職人として上を目指すなら、金属から学ぶべきことが沢山あった。
きっと師匠はそれを教えたくて、魔力炉を用意したのだろう。
魔力炉の操作を、師匠に教わりながら三世はそう思った。
だけど、きっとそれだけでは無い。師匠の最近の様子から、三世はそう確信していた。
その日は非常に暑い一日だったらしい。
【鳥】の月、つまり八月で、今は後半。日差しは強く、残暑なのか猛暑なのかわからない日々。地獄の様な暑さ、なのだろう。
だけど、それはカエデの村には何の影響も無かった。
カエデの木を保護する為に、山全体にかけらえた温度一定の魔法。山の区画内を温度一桁前半に維持するその魔法の影響はカエデの村にまで届く。
その為、カエデの村全体は常にひんやりとした心地よい風が流れている。じりじりと輝かんばかりの太陽の中、自然のクーラーが快適な環境を生み、避暑地も真っ青の理想空間と化していた。冬のことを考えると、少々恐ろしいが。
それも理由の一つだろう。今カエデの村の観光地、ならびに牧場は、前代未聞の爆発的大ブームが起こっていた。
このブームの理由は三つある。
一つは、友好の為に二国の王がここで遊んだということを、大々的に告知されたからだ。
次に、英雄グラフィが、ラーライルの孤児院の子供達を連れてこの牧場に来たという美談が、民衆の間で語り継がれたからだ。
多くの孤児院が、その話を聞き、希望を持った。
うちには何時来てくれるんだろう。英雄に会えるんだろうか。それ故、間接的に牧場の知名度を跳ね上げていく。
最後に、意外な人物のやらかしが影響をした。
ガニアの国で、王と王妃は、今回の牧場視察を満足の行く場所だったと宣伝した。
それだけなら、予定内の盛り上がりで済んだのだが、最後にソフィがやらかした。
「本当に楽しかった。また行きたい。ううん。絶対また行く」
普段口ベタな上、あまり公の場に出ないソフィ王女。だから国民はソフィ王女をあまり見ていないし、見ているのはジト目で不機嫌そうな顔だけだ。
そんなソフィ王女が、満面の笑みを浮かべながら、まったく噛まず、嬉しそうにそんなことを言ったもんだから、大事になってしまった。
ガニアの国で、ラーライルの牧場に行くのがブームと化した瞬間だった。
幸いな事に、人員はがっつり補充されていて、ローテーションも完璧。ブラックまっしぐらな悲しい環境には戻らせないという、ユウの強い意思により、牧場は完全にクリーンな状態で管理されていた。
しいて過酷な現場と言えば、ブルース達が牧場を更に拡張し、施設を増やし続けているというウルトラCを行っている所くらいだ。
ブルース達建築組にも、部下が出来、それ故に張り切っていた。
部下達は翌日から、ブルース達を同じ人間と思ったらいけないと理解した。
拡張、施設建築、日々の整備と、過労死待った無しの環境だが、ブルース達が嬉しそうだから、三世は何も言えなかった。
ただ念のため、ブルースの部下達にブルース達を強制的に休ませても良いという権利を渡しておいた。
今回の事はユウに任せ従業員に任せだから三世には大した影響は出ない。
一つだけ、不安なことは、オーナーとしての収入である。
あまりに高額な収入が入ると、恐ろしくなる小市民スピリッツの持ち主の三世は、オーナー収入を極限まで削る様にユウに頼んでおいた。
施設の拡張や従業員の休憩中の食事代、更に従業員の臨時ボーナスなどに、三世のオーナー収入は使われることになっていた。
「一応、オーナーの言われた通り、最低限の収入にしましたよ。ですが、これだけの人が来るので、最低限でもけっこうな額になっていると思うので、覚悟しておいてくださいね」
それだけした上で、ユウからのこの告知。三世は恐ろしく、未だにオーナー収入が幾ら入っているのか見れずにいた。
仕事絡みは全て順調。天気は快適、少し暑めの太陽の光に、天然のクーラーが流れる理想の天気。
だけど、とても背中が寒い。それは天気の所為では無いだろう。
マリウスの家に入ってから、マリウスとルカの様子を見ると、肌寒く、心が凍えそうになる。
笑顔の耐えなかったルカ。無口だが、誰よりも優しかった師匠、マリウス。
だけど、最近はどちらも失われ、悲しいという気持ちしか伝わってこなかった。
普段は温かく、三世にとっては、この世界で最初に三世を家族扱いしてくれた、大切な二人。
それが何故こんなに寒いのか、三世にはわからなかった。
マリウスは三世が来てから、師匠として、魔導金属の重要性。魔力炉の使い方それを新しい知識として、三世に覚えさせた。
「暇があったら魔力炉は好きに使うと良い。色々試しても良いし、わからないことがあったら俺かルカに聞けば大抵は何とかなる」
そう師匠は言って、そこで師匠としての時間は終わり、マリウスとして魔力炉に向き合いだした。
三世は悟った。今からが、マリウスが魔力炉を導入した、本当の理由だと。
そう考える理由は簡単だ。今まで冷たい氷の様な態度だったマリウスが、今は鬼気迫る鬼の様な表情を浮かべている。
「この金属については何も言わない。自分で調べて、自分で解き明かせ」
マリウスはそれだけ言って、事前に用意してあった型の中に、融解した魔導金属を流し込んだ。
何かを鋳造するらしい。
流れる溶けた金属は、この世の物とは思えないほど美しかった。
銀色だが、銀には見えず、白銀に限りなく近いが、白銀よりなお強い輝きを持っている。
その光は銀に光っている様にも見え、金に光っている様にも見えた。
三世は【ソレ】を見るのは初めてだが、【ソレ】の名前は聞いたことがあった。
【聖銀】
この世界で最も尊く、神の金属とすら呼ばれるほどの物だ。
「これが聖銀……」
三世の小さい呟きに、マリウスは頷いた。
流し込んだ金属は本当に僅かだった。ペットボトルのキャップ程度の量。
それを型に流し込み、冷やして固める。
その後に型を破壊して、中の金属を取り出した。その金属は一本の棒と二本の紐の様な形をしている。
そしてマリウスは、大きな両手持ちのハンマーと、大きな目打ちの様な道具。おろし金より鋭いヤスリで形を整えていった。
その作業に鬼気迫るものを感じる三世。
命を削って打ち込んでいる様にも見えるが、同時に泣いている子供の様にも見えた。
作業工程を見ているだけで、その金属の異常さが理解出来た。
両手持ちの大きなハンマーを、全力で叩きつけても僅かしか削れないその頑丈さ。微調整に大型のハンマーが必要な金属とは思ってもみなかった。
それも全力でただ叩けばいいわけでは無い。やりすぎたら全てが台無しになる。
全力が必要なほどの硬さのある素材に、繊細な力加減も求められる。
三世は、マリウスが一体何をしているのかほとんどわからない。
それでも、それが普通の技量では出来ないことだということはわかる。
そんな厳しい作業を、マリウスは十時間、続けた。
三世は途中で離れることが出来なかった。動いて邪魔をしたらいけないという気持ちと、マリウスの命をかけた作品を見ないといけない。
そんな理由で、三世も十時間、全く動かずマリウスを待ち続けた。
「出来た。見てみろ」
そう言いながら、マリウスが見せたのは異様なほどの輝きを放つ、ペンダントトップだった。
紐を通す為と思われる輪がついた杖に、蛇が二匹、絡み合っている。
小さいサイズながらも、杖の細かい造形から、蛇の模様まで非常に細かく描かれていた。
「これに、どんな能力があるかわかるか?」
マリウスの質問に、三世はペンダントトップを穴が開くほど見つめた。
異様な美しさで人を魅了しそうだが、それ以外には何も感じない。というより、何一つわからなかった。
三世は首を横に振った。
「魔導金属化した聖銀を使い、何時間もかけて作り上げたこれはな、何一つ特別な能力を持っていない」
マリウスはそう言った。
本当の意味で、飾りでしか無いペンダントに、マリウスは自分の全てを注いでいた。
三世はそれに何も言えなかった。
ペンダントトップに紐を通し、袋に丁寧に仕舞いこんで、マリウスは三世に尋ねた。
「今度、暇な時に付いてきてくれないか?」
「構いませんが、どこに行くのですか?」
マリウスは苦笑しながら呟いた。
「俺の弟子をな、妻に紹介したいんだ。もう、長くないからな」
三世は、最近のマリウスとルカの変化の理由が、やっとわかった。
ありがとうございました。