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番外編-ある日の集落

 

 反乱騒動が一区切りついた獣人の集落に、一人の女性が入って来た。

 未だ、人を集落に迎えるのに抵抗のある獣人達だが、その女性には何も言わなかった。

 耳も尻尾も見当たらないその女性は我が物顔でにこにことしながら、周囲に愛嬌を振りまき集落を歩き回った。


 すらっとした背に長い綺麗な黄色い髪。優しい微笑みと優雅な立ち振る舞いは、出来る女という雰囲気がある。

 また、笑顔になると猫目の様に目が細くなり、今度は可愛らしい印象が生まれ、雰囲気とのギャップが出て、それがまた愛らしい。

 総じて、人に好まれる外見を持った女性は、獣人の集落を歩き、奥の一番大きな家の中に入って行った。


「ただいまかえりました。お土産も色々ありますよ」

 ニコニコと女性が家の中に入ると、家の主であろう、巨体を持つ獣人が待ち構えていた。

「それは良いが、お前はいつまでその姿をしているんだ?」

 巨体の獣人、この集落の長であるトリテレイオスは、そう女性に尋ねた。

 言われて女性は、自分が未だに人の姿に化けたままだという事実に気付き、体を元に戻した。

 ぽん、という軽い音と共に、獣耳と、もふっとした尻尾が現れた。

「忘れてましたわ。正直、どっちの姿でも別に困りませんからねぇ」

 ふふと軽く微笑みながら、狐の獣人はそう呟いた。

 人の住む場所に狐の獣人は何度も行ったが、一度たりとも差別をされたことは無かった。

 どっちの姿でも、売られる値段は一緒だった。そんな常識を、彼女はこの前まで知らなかったのだ。


 反乱騒動を解決してくれた彼らが帰った後、別の役人達が来た。

 その人達とも話し合い、事前の予定通り、獣人は莫大な支援を受け取る代わりに、ラーライル王国にまた帰属することとなった。

 また、支援の一つに新しい集落を作る話も出来ていた。

 ある程度自由に新しい集落を作ることが出来、そこが安定したら村として認められる。獣人だけの村は、ラーライルでも初めてのことである。

 今は、その新しい拠点探しをしているところだった。


 また、役人が来た時に、王と長の間で、密約が結ばれた。

 それは、新しい集落が決まるまでの間、この集落の者が人に化けて国内の事情を探っても罪にならない。と言う内容だった。

 人がいまいち信じきることが出来ないからこその、密約だった。

 この密約が結べたのも、狐の獣人が人に化ける魔法を使えたからだ。


 狐の獣人は魔法に長けていた。しかし、人に化ける魔法などという不思議な魔法は、今まで使えたことが無かったし使おうと思ったことも無かった。

 ヤツヒサと名乗る男に治療を受けてから、体調が急激に回復、それだけで無く、妙に調子が良いのだ。

 これは狐の獣人だけではない。

 長も身体能力がありえないほど上がっていた。

 大小あれど、治療を受けた者は皆何らかの成長が起こっていた。


 ありえない想像ではあるが、『もし迫害を受けていなかったらこうなっていた』とちらっと思った。

 狐の獣人はそう思ったが、考えすぎだと決め、深く考えないことにした。過去を変えるスキルなど、この世界には無いのだから。


 そんな理由で、狐の獣人は、城下町等、人の住む場所を回り、情報を集めるというスパイ活動の真似事をしていた。

 最も、本当の理由は別にあったが。


「それで、今回はどうだった?」

 長の言葉に、狐の獣人は嬉しそうに話しだした。

「今回はパンが美味しい村に行きました。農村だからこそ出来る拘りの小麦に、その村特産のバターをたっぷり使ったさっくさくのクロワッサンが最高でした」

 それを聞いて長はため息を吐く。

「いや。何か新しい情報の事を尋ねたんだが……」

 狐の獣人は、食べ物の魅力に取り付かれ、スパイ活動という名目で食べ歩きの旅に出ていた。それでも仕事はきちんとする為文句は言えないが。

 元はドロドロした怨念を抱えていた狐の獣人だったのが、今は食べ物の事ばかり考える珍妙な存在に成り果てていた。

 だけど、それはとても素晴らしいことだ。長はそう思っている。

 誰も恨まず、したい様に生きる。

 それが獣人達にとって最も欲しかった物だ。


「とりあえず、タタを呼んで本格的に話し合おうか」

 長の言葉に狐の獣人は頷き、タタという獣人を呼に行った。


 集落の今後の相談はこの三人でしてきていた。

 長であるトリテレイオス。

 それの補佐である狐の獣人。

 それと、人の怒りや恨みの感情が見えるタタ。

 今まではこれに、長の娘のクレハも参加していたが、もうその必要は無い。


 クレハを参加させていたのは、自分の後を継がせる為だ。

 獣人の多くは、寿命が残り少ない、人に強い恨みがある、体が不自由。といった状態で、長となれる者はいなかった。

 集落に後を託すに値する者として、クレハが選ばれていた。


 しかし、寿命も恨みもほとんど解決し、国の保護も得られる様になった。次の長の候補も別で決まっている。

 それならば、年若いクレハには自由に生きるという子供の義務を果たして欲しかった。

 好きに生き、己のやりたいことをする。それが、最も子供が成長する方法だと、長は信じている。

 そうして、次の次の長として相応しく育って欲しい。

 そんな風に考える自分を、長は笑った。

 明日のことすら考えられなかった自分が、今は次の次の事を考えている。

 こんな未来が来るなんて、想像すらしていなかった。


 だからこそ、この三人の相談は、集落にとってとても重要なものとなる。

 未来の為に、一つどうしてもしないといけないことがあるからだ。

「移住について、集落の不満、僅かですが残っている人への恨み。色々と課題はありますが、やはりあの話の方が重要ですね」

 狐の獣人の言葉に、二人は真剣な表情で頷く。

 課題は多く、すべきことは沢山ある。移住したら長を変えるというのに、まだその話すらしていない。

 それは、彼らにとって最優先で話し合い、為さねばならぬことがあったからだ。


「うむ。恩人、ヤツヒサ殿をどうやって、我らの集落に迎えるか」

 長の言葉に、二人が頷いた。




 獣人の集落にとって、恩という意味でも、利という意味でも、ヤツヒサという存在はとても大きかった。

 だったらさっさと集落に呼べば良い。ヤツヒサという人物なら、長となっても誰も文句は無いだろう。

 ただし、その人物が普通なら、の話だが。


 狐の獣人は、買って来た本を二人に見せる。

『英雄譚【太陽の英雄】』

『基礎獣医学』

『カエデの村観光案内』


「英雄譚はそのままあの三人のこと。医学書は著者があの人。カエデの村については……何故か村の開発事業に関わっていて牧場を開いているわ」

 なんとも言えない沈黙が流れる。全部が同じ人がかかわっていると普通なら考えられない。

 だけど、全員その内容が真実だと確信していた。

 獣人や動物が関わるならあの人はソレくらいするだろう。そんな説得力が、あの人からは出ていた。


「強欲と言っていたが、ここまで極めたら確かに強欲と言っても良いだろうな」

 助けられた時は物語の英雄みたいだと思ったが、本当に英雄と称されているとは思いもしなかった。

 だが、これだけ名を挙げられると、集落としては困る。

「さて、どうやって集落に引っ張ろうか」

 そう、英雄に捧げられる物など、この集落には何一つ無かった。


「動物好きそうだから、俺達全員好きなだけ触れる権利とかは?」

 タタの意見に、二人は首を横に振る。

「流石に動物好きと言ってもその程度でこの村に来てくれることは無いだろう。もっと即物的な物を用意せねば」

 長の言葉に「そうかー」と呟くタタ。残念ながら、それがとても効果的ではあると知っている人は、ここにはいなかった。


「私達が兵士になるとかは?村も持ってるみたいだし、兵士とか必要じゃないかな?」

 狐の獣人の意見に、首を横に振る長。

「王と繋がりがあって、その上ルゥ殿がいるのに兵士も何も無いだろう」

「そうね。噂では救国の英雄と称される軍人と親友で、騎士団ともコネがあるらしいし」

 彼には既に完成されたコミュニティを持っていた。それを裂くことはしたくない。


 そもそも、恩人の幸せが最優先だ。その上で、来てもらって幸せになって欲しい。

 恩人を不幸にする位なら、迷わず滅亡する。誇りを捨ててまで生きたいと思う者は、獣人にはいない。


「んー。どうしたもんかねぇ……」

 意見を出しても却下された二人は長を見た。

「長。何か案があるんじゃないですか?」

 タタの質問に、長は困った顔をした。それは何か考えていると言っている様なものだった。

「何かあるなら言いましょうよ。ほら。集落の未来の為だし」

 楽しそうに狐の獣人が尋ねる。それに諦めたのか、長はぼそぼそと話しだした。


「確証があるわけでは無い。無いが……」

 言いづらそうにする長。それを二人が茶化しながら急かしている。それに耐え切れず、長は続きを話した。

「ヤツヒサ殿は神の涙の影響を受けていない可能性がある」

 長の言葉に狐の獣人は驚き、タタは首を傾げた。


「ああ。タタは知らないのね。簡単に言えば、獣人と人では子供が残せないってルールのことよ」

 狐の獣人の説明にタタは納得し、そして驚いた。

「はぁ!?俺達別に人に欲情しないだろ?なんでだ?」

 人は獣人に欲情しないし、獣人も人に欲情しない。

 その上、絶対に子孫が残せない様になっている。それが神の涙と言われる法だ。


「理由はわからんし、意味も無く辱める気も無いからこれ以上詳しくは言わん。だけど、その可能性がある、いや、高いと思っている」

 長はそれだけ言って黙り込んだ。それ以上詳しくは語る気が無いという合図らしい。

「はぁ。そういうことでしたら、つまりそういうことですよね?」

 タタの言葉に、長は頷いた。


「うむ。どうあっても失敗しない作戦が取れる」

 長の言葉に、二人は頷いた。

 古来より続く、由緒ある必殺の手段。『ハニートラップ』だ。


 縁を築くにも最適であるし、失敗しても子供さえ残せれば深い繋がりが出来る。

 向こうにとっても都合の良い話になる様考えるし、誰も損しない。

 最高の作戦だった。ただし、大きな障害があるが。


「それで、あの子達はどうするの?」

 狐の獣人の言葉に、男二人は黙り込む。

 そう。そうすると、あの人と共にいる二人の獣人が問題になってくる。

 あの二人も恩人である。不幸にするわけにはいかない。

 むしろ、もし神の涙が無いならあの二人こそ、その最有力の相手候補だろう。


「……三番目以降でも良い人を見繕おうか」

 長の言葉に、二人は黙って頷いた。


 誰も言わないが、全員獣人のハーレム形態が取れたら良いのにと考えていた。

 獣人のハーレムは人とは違う。

 人は、男が複数の女性の上に立つが、獣人のハーレムは男が、複数の女性の下に付く形になる。

 早い話が、重たく愛される所有物に成り下がることだ。


 これのメリットは、子供が残しやすく、ハーレムが壊れる可能性がほとんど無い。

 デメリットは、死ぬほど男が情けないことだ。

 だからプライドの高い獣人の男達は、これが事実と本能的に知っていても、絶対に口には出さない。

 女もそんな男達のプライドを守る為に口には出さない。

 あまりに情けないからだ。

 ちなみに、無理して女性の上に立つ形のハーレムを築いた獣人の男は、確実に破綻し悲惨な末路を辿っている。


 もしあの三人が獣人式のハーレムを築いていた場合、あの三人の仲を壊さずに、うまく中に入ることが出来る。

 獣人にとってそれが当たり前だからだ。

 それが出来たら、集落としては最高の結果だろう。集落の者があの人に嫁ぎ、幸せに出来るのだから集落としても最高の恩返しだ。


「なあ、あんたはどうだい?あの人の所に行って、そういう関係になるのは?」

 タタは冗談交じりで狐の獣人にそう提案した。

 狐の獣人は真面目な顔で考えだし、少ししたら目を細めてにやけ、そして急に顔が真っ赤になり顔を手で隠した。

「私には無理です。そんなはしたない……」

 その反応は無理の反応には、二人の獣人はとても見えなかった。照れるという時点で、恋愛対象に意識しているということだ。

 意図しない所で、神の涙が働いていないことの証明を、二人の獣人は見てしまった。


 そうだとは思っていたが、実際に狐の獣人の反応で、長は確信した。

 あの人ならあらゆる意味で、人と獣人の架け橋になると。


「タタよ。クレハは、あの人から見て許容範囲だろうか?」

 淡い望みを持ち、長はタタにそう尋ねた。

 人よりも獣よりの娘は、人から見て異形に見えるらしい。

 その気持ちは否定しない。だけど、彼は娘に普通に接していた。そのもしかしたらという気持ちを捨てられなかった。

「ああ。余裕だと思いますよ。むしろ他よりワンチャンあると思います」

 タタの反応は軽く、その内容は斜め上だった。


 タタは、一緒に生活した一日の時、寝る場所を分けたことを説明した。

 それは一緒に寝るのが嫌では無く、年頃の娘と意識した証左であると。

 長の口角がにやっと上がった。


「つまり、集落の未来が見えてきたな」

 長の言葉にタタは頷き、狐の獣人はちょっと不機嫌な顔をした。


 こうして、話し合いの方向性が決まった。

 恩を売る。嫁を出す。子供を残してもらう。里と友好を結ぶ。

 その目標を目指し、三人は更に深く相談した。


 後に、クレハにも長からその話が伝えられた。

「もちろん嫌なら拒否しても良いし、その場合は別の人で作戦を考え直すだけだ」

 だから自由にしても良い。そうクレハは言われ、考え込む仕草をした。

 そして、嬉しそうに笑った後、少ししてから顔を真っ赤にして俯いた。


 全く同じ反応をさっき見たなぁ。

 長はそう思った。


 恋愛とかそういった事は良くわからないが、別に嫌とは思わなかったので、クレハは恥ずかしそうに、その作戦を了承した。


ありがとうございました。


クレハに恋愛感情はありません。

そこにあるのは楽しそうに生きていることの羨望と、救ってくれた憧れです。

ただ、だから恋しないということは無いです。

まあ次の出番はいつになるかわかりませんが(´・ω・`)


ちなみに狐の獣人さんは単純に三世が好みなだけです。

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