ゴーレム作成-前編
おどおどとした態度のクレア王女に、絶妙なドヤ顔を維持するティール。
その顔は「王女様連れてきたぞ、驚けよ。どや?」と言っている様にしか聞こえない。
三世は少々イラつきを覚えた。ソフィも少し怯えている。身長の高い男が突然入ってきてドヤ顔しているのだから驚いても仕方無いと思うが。
せっかくだから、三世の方も少々仕返しすることにした。幸い、ティールはソフィを見てもピンと来ていないからうまく行くだろう。
「クレア王女様初めまして。せっかくだからこちらも自己紹介しますね?私の名前はヤツヒサ、稀人でただの冒険者です。よろしくおねがいします」
三世が笑顔でそういうと、おどおどとしながらも、クレアは小さい声で「よろしく」と呟いた。
人と話すのが苦手なのだろう。ソフィもそうだったから王族というのはそうなりやすい環境なのかもしれない。
次に、三世はソフィの肩をぽんと叩いた。
「せっかくなので自己紹介してもらえますか?袖振り合うも多生の縁ということで」
そう言われ、ソフィは小さい頷いた。三世の意図を読んだのだろう、ソフィは三世ににこっと微笑んだ。
「私の名前は、ソフィ。ソフィ・ラーフェン。ガニアル王国王位第一後継者です。クレア様、どうかソフィを呼んでください」
同性で年下だからか、ソフィはすらすらと話せていた。それに対し、クレアはソフィに尊敬の眼差しを向けた。
ティールは驚愕の表情を浮かべたまま、固まっていた。三世はとりあえず無視することにした。
「わぁ!ソフィ様!お会いできて光栄です!私は王位継承権が低いのであまり行事に参加することが無いので、お会いできるとは思いませんでした」
ガニアの国では血が途切れても国が残る様なシステムになっているのに対し、ラーライルでは血統による王政なので一夫多妻で子沢山である。
だから今まで会うことが無かった。
だからだろうか。他国の第一継承権の王女で、自分に年が近いお姉さんのソフィに、クレアはキラキラとした瞳を向け続けていた。
ソフィもそれには気付き、嬉しそうに照れていた。
「ということは、ソフィ様もゴーレムの大会に出るんですか?」
その言葉に、ソフィは首を傾げた。
三世はソフィにゴーレムと大会について目の前のティールという男のことを交えながら話した。
ソフィは、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
「ゴーレムという発明をして、それが玩具……。大変高潔で素晴らしいとさえ思うけど…。うーん。紙一重というか神一重というか……」
とソフィはとても言葉に困っていた。
「それで、ソフィ様も参加しますの?」
期待の眼差しを向けるクレア。それに対しソフィは寂しそうに首を横に振った。
「ううん。私……今知ったから。準備とかしてないの。ごめんね?」
悲しそうなソフィの顔に、それ以上に悲しそうなクレアの顔。クレアの瞳には涙が溜まっている状態だった。
「ソフィ王女は参加出来るなら参加したいですか?」
三世の質問に、ソフィはそっと頷いた。
その瞬間、さっきまで固まっていたティールが覚醒した。
「ならば!余った四枠目を使いましょう!マイベストフレンドも文句無いですよね?無いと言うまでしつこく聞きましょう!子供の笑顔!それ以上に優先することなどあるわけが無い!で、あるならばここで枠を決定するのも問題は無いはずです。子供なのに余り遊べない王族!まさに今回の大会の為にいるような少女では無いですか!さあソフィ王女様、クレア様と一緒に楽しいゴーレムアクターの道に……」
早口で叫ぶティールを、三世はぱしんと叩いて黙らせ、ソフィに尋ねた。
「明後日にゴーレム作成をカエデの村でして、十六日に大会があります。この二日空いてますか?」
ティールに引きながら、ソフィは頷く。
「う、うん。どっちも大丈夫。十六日ならまだこっちにいるし、予定も後は観光のみだから……参加出来ると思う。というか……遊んでみたい……」
こうして、出場メンバーが決定した。
三世、ルゥ、シャルト、ソフィ、クレア。
一般人一、獣人二、王族二という個性的という言葉では足りないトンでもないパーティーが誕生した。
誕生したのだが、三世は強い違和感を覚えた。何と言えば良いのか、それはとても居づらい様な、そんな雰囲気だ。
それが何なのか考えたらすぐにわかった。
「男性が自分一人というのは、どうもつらいですね」
女性専用車両に間違えて乗り込んだ様な気まずさが、そこにあった。
その言葉にティールの目が輝いた。
「そう。せっかく女性四人になったのなら!あと一人も女性にしましょう。女性でも子供でも楽しめる!良いイメージ戦略になります!そうでしょう!?ということで誰か出てくれそうな女性知りません?私は知りません」
一息で一気にまくし立てるティールに、王族二人は若干怯えている。ただ、その気持ちは少しわかる。
それでも、内容自体は間違っていないと思った。
「そうですね。一人、獣人ですが女性の知り合いがいるので頼んでみましょう」
三世のその言葉に、ティールは親指を立てて、「グッド」とだけ呟いた。
そうこうした話をしていると、三世は一つ疑問に思ったことが出たのでティールに尋ねたみた。
「ティールさん。クレア王女は連れ出して問題なかったのですか?王とか知らないと非常にまずいのでは?」
その言葉にティールが答えた。
「心配無用!というか王様とワタクシが話し合った結果、クレア様の為にワタクシ製作者チームが生まれたのです」
その横で、クレアが小さく何度も頷いていた。
クレアは、昔から人とあまり接点を持とうとしない子だった。常に身の危険がある為、人と触れ合うことに恐怖を持っていたからだ。
そんなクレアは、初めてゴーレムを見た時、言葉にしようも無いほど感動した。
自分の作った物が思い通りに動く。それは、子供誰もが持つ当たり前の憧れだ。
今まで何にも興味を示さなかったクレアの為に、フィロスとティールは、無理やりクレアが参加出来る様な環境を整えていた。
「ということで、クレア様については問題無いです。王様お墨付きですからね。むしろ、他国のそちらの姫君は大丈夫でしょうか?」
ティールの言葉に、ソフィは頷いた。
「大丈夫。大会の日と作る日は、信用出来る護衛を呼ぶ……。外国で迷惑になることはしない……」
その言葉に、三世はかつての盗賊団仲間のグランという青年を思い出した。
非常に真面目な人物で、確か今は近衛軍でソフィの護衛の一人だったはずだ。確かに彼なら信用出来る人材と言えるだろう。
「それじゃあ、とりあえず明後日の朝に、この村の入り口集合で。大丈夫ですか?」
三世の言葉に、三人とも頷いた。
話が終わったら、クレアとソフィは牧場の家族の元に行き、ティールはその足で城下町に帰って行った。
それからしばらくして、見送りの時間になった。
王族達は牧場を思った以上に満喫したらしく、日が暮れるギリギリまで遊んだ。
暗くなるまで遊んでおきながら、まだ遊び足りない様子だった。特にフィロスその人が。
帰りの準備の最中、ベルグが近づき三世に尋ねてきた。
「暗くなっても遊べる様には出来ぬのか?」
ああ、ベルグ王、あなたもでしたか……。三世は何とも言えない気分になった。
「それは良い考えだ。必要な物は用意しよう。何とかならぬか?」
それに便乗し、もう一人の王が来た。
動物園などで、娘や妻以上に旦那が楽しむということがよくあると、聞いたことがある。確かに、そう三世は思った。
「残念ですが何ともなりません。動物達の疲労が残りますから夜は休ませないと」
二人の王はその言葉に納得した。だけど、それでもとても残念そうな顔をしていた。
「それと、もう一つ尋ねたいのだが、ソフィに手を出したか?」
三世は噴出すと同時に喉を痛め、激しく咽た。
涙目のまま、三世はベルグを怒鳴る様に言葉を投げる。
「手を出すわけ無いでしょう!何を言うんですか!?」
その返しに、ベルグはつまらささそうな顔をした。
「そうか。だが、貴殿がこちらに来ても、ソフィをそちらに差し出しても、俺はどっちでも認めるぞ。もちろん、ソフィの幸せがそこにあるならだがな」
ソフィは父と色々話したと言っていたが、一体何を話したのだろうか、三世は冷や汗を掻きながら、愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。
その直後、ベルグとフィロスは何か口論をする様に話しながら、城下町に帰還していった。
色々と疲れた三世は、もう何も考えたく無いと思い、今日は早めに寝ることにした。
そして約束の明後日が来た。既にゴーレムの素体も届いている。
牧場の方は以前の盛況に戻り、今日も山ほどの人が客として牧場に入っていた。
ゴーレムの素体は、一つがかなりの大きさと重さだった。
サイズの大小は出来ないからこれがそのままゴーレムのサイズになる。
普通に人型を作ったら一メートル五、六十センチくらい。
細く作ったら三メートルくらいには出来そうだ。その場合は細すぎて自重に耐えられず折れそうだが。
また、色を塗ることも出来ないらしい。色を塗るだけで不安定になるそうだ。
そこはティールも納得がいってないらしく、とても悔しそうにしていた。
今この場にいるのは三世とルゥ、シャルト。ユウとユラ。それと何故かわくわくしているフィツだ。
ついでにティールも既に待機している。
ルカとマリウスも呼びたかったが、あの様子だとちょっと厳しい。
出来るだけ毎日様子を見ているが、何かに取り付かれた様に魔導金属を精製している。
三世は心に棘が刺さったように感じる。だけど、時間を空ける以外の選択が見つからない。
いつか話してくれる。そう三世は信じて、マリウスの様子を見るだけにとどめておいた。
後は二人が到着するのを待つだけだ。
そうこうして十分ほどしたら、誰かが来たらしい。
「おまたせしました!」
十歳くらいの女の子が、元気良く挨拶にきた。それはクレアだった。
「護衛のコルネでーす。あと外に百人ばかり待機しているから間違い無く安全だから安心して良いよ」
コルネはニコニコしたままみんなに挨拶した。
そしてそのすぐ後にソフィも到着した。
「みんな、お待たせ……」
ソフィは護衛を一人だけ連れていた。
顔を隠し、大きなマントで体も隠し、背中に大きな剣を背負った大柄の剣士。
歴戦の戦士でも後ずさる様な強者の雰囲気。
顔と体を隠してもわかるその恵まれた体格。
確かに護衛としてみたら、最上級より更に上と言っても良いだろう。
というか、思いっきり見覚えがある。
人が持てる限界の大きさを超えた剣を振り回す、ソフィの知り合いといったら一人しか該当しない。
「あの、ベルグ王。何やっているのでしょうか?」
三世の質問に、変装していると思われるベルグが驚きの声をあげた。
「もうばれたか。だが安心しろ。今日の俺はただの護衛だ。路上の石程度に思っておいてくれ」
路上のダビデ像くらいのインパクトある護衛が、何か良くわからないことを言いだした。
「じゃあ、もうそれで良いです……」
三世は諦めて、本題に入ることにした。
最初に、全員でゴーレムを体感することにした。
ゴーレムの素体を適当に触ったりこねたりする。
それは見事に、ただの粘土の感覚だった。ただし手に張り付かず、その上で紙粘土に近い感触だが。
引っ張ってもちぎれず伸びるだけで、棘とか固い物をイメージして作ると何故か先端が丸くなる。
勝手に戻るのに、細い毛の様な形状なら勝手に変化しない。
とても不思議な感触なので、全員がこねこねと興味深そうに遊んでいた。
クレアはソフィの側にずっといて、二人は嬉しそうに遊んでいる。
王族というしがらみを考えずに遊べる友人というのは、二人にとってとても貴重な存在となるだろう。
いい加減ちゃんと作ろうと考えた三世。
誰がどう作るか相談していたら、どうせならチームを組んで作りたい人同士で一緒に作ろうという話になった。
更にその話が進み、気付いたら誰が一番良いゴーレムが作れるか勝負することになった。
その勝負には、大人しいはずのクレアも何故か妙に乗り気だった。
そして各自、望んだチーム分けが決まった。
まず三世一人。ちょっとしたことを考えていた為、三世は自分から一人を選択した。
本気で勝つ為と、他の人同士で仲を深めてほしいからという二つの理由からだ。
最初に三世は言っていた。「私一人ですので、ちょっとイカサマじみたことをします」と。
次にクレアとソフィ。ただし、あまり遊びの経験の経験が無い王族二人だから、製作者のティールが手助けすることになった。
次に、ルゥ、シャルト、フィツ。それに面白そうな空気に釣られて来たシロ。ベルグはシロを興味深そうに見ていた。
最後に、ユラとユウ。それと手伝いのコルネ。
ベルグは護衛に集中するということで参加を見送った。ゴーレムを興味深そうにみたり、シロを興味深そうに見ていた。
ゴーレムが五体作らないといけないから一つ余ったが、それは最後に全員で作るということになった。
時間は三時間。一番人気の出たデザインのチームが勝ち。
そういうシンプルなルールに決定し、各自、自分の考えた最強のゴーレムを造り始めた。
ありがとうございました。