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リトルプリンセス

 

 カエデの村に珍しく静寂が訪れていた。

 住宅地側はそこまで騒がしく無いが、観光地側、特に牧場付近はいつもは喧騒に包まれている。

 しかし、今日、この日はそれが無い。カエデの村に観光にも、牧場に客が一人もいないからだ。

 良く言えば臨時休業。悪く言えば、ハメられた……。

 三世は、己の政治能力の低さと先見の悪さを心の底から悔やんだ。

 まあ、例え事前に察知できたとしても、この事態を避けることは出来なかったから意味の無い仮定の話だが。

 それでも、悔やまずにはいられなかった。

 

 三桁後半の従業員が勢揃いして、牧場の入り口付近と入り口前で待機している。

 これはユウ、ユラはもちろん。三世やルゥ、シャルトもだ。三世とルゥ、シャルトは出来るだけ隅の目立たない位置にいるが。

 これだけの従業員が一度に構えるのはこれまで一度も無かったし、この現状を見ることは二度と無いだろう。

 過半数の従業員は極度の緊張状態にある。顔が青くなり、脂汗を掻き、誰も倒れてないのが不思議なくらいだった。三世は心の底から申し訳無い気持ちでいっぱいだった。

 この場で嬉しそうなのはルゥくらいだ。ニコニコとして満面の笑みを浮かべている。

 三世もシャルトも嫌では無い。もちろん嬉しい。だけど、出来たらもっと気軽な状況が良かった。そう思わずにはいられなかった。

 

 そうこうしているうちに、目的の、【今日の主役】の方々が見えたらしい。

 カエデの村に近づく異様な集団。

 妙に豪勢な馬車達。馬の上で奏でられる楽器の演奏。

 数千を優に超える武装集団。騎士団と軍の混合した大軍勢。

 その集団を襲おうと思う人はいないだろう。下手したらこの軍勢が世界最強と呼んでも良い位だ。

 護衛達はわずかな油断も無い。二国の軍勢の中でも、優秀な者だけを集めた本当の選りすぐりの部隊のみしかいない。


 大軍勢にも理由がある。護衛対象が王族。二国の見栄の張り合い。だが一番の理由は、何かあった場合戦争に直結するからだ。

 二国の友好を内部、外部かかわらずアピールする。それがこの軍勢の目的だ。その最中で事故があれば大事に繋がる。


 そう。乗っているのはガニアル王国の王族だった。


 人類最強の王、ベルグ・ラーフェンとその妻レベッカ。そして、唯一の娘のソフィ。

 その人物達は、三世にとって見知った人達だった。


 ちなみに案内役はフィロス・アーク・レセント。

 ラーライル王国、この国の国王だった。

 おまけに複数の妻と子供も連れて来ている。


 ありえない話だが、ここにいる人達が全滅したら、そのまま二国が滅ぶ。

 それくらい、重要人物が密集していた。

 三世はこの場に居合わせたことを思うと、胃が悲鳴をあげた。


 だからこそ、異常なほどの大軍勢。完全防衛の体制を取っていた。

 ここまでしてどうして、王族達がここに来たのかと言うと、友好を示す為の観光だ。

 ベルグがラーライルで楽しい日々を過ごす。それだけでお互いの国民にとっては素晴らしいニュースになるからだ。

 そして、どこに観光に行くかの話になった時、ある場所が注目された。


 そこは、最近出来たばかりで、人気があり、誰でも楽しめる様に考えられていて、首都から近い。

 更に、ガニアの救国の英雄でかつ、ベルグの妻レベッカの友人のいる場所。

 その場所よりも、適切な場所は存在しなかった。



 この事を知らされたのはつい数日前だ。そして、三世はそこで初めて、フィロスが牧場に資金を山ほど出した理由がわかった。

 ベルグが来る前に、牧場を完全な稼動状態にしてほしかったのだろう。


 ちなみに、来た事すら無い国王フィロスが案内役の理由は予想がついていた。

 友好を示す為、という建前の中で、家族を連れて牧場を観光したかったのだろう。

 フィロスは以前から動物や牧場に興味を持っていた。いつか来たいとも言っていたくらいだ。

 こんな機会でも無いと、妻達や子供達と一緒に動物を見て遊ぶという事すら出来ない。それは少々可哀想だなと三世は思った。

 ちょっと妻の数が予想より多いが、それは王族だからだろう。今回には十人程度の妻と、五人の低学年位の小さな子供を連れて来ていた。


 そう。必要な行事ともわかるし、ここが選ばれるのもわかる。

 だけどそれはそれ。これはこれである。

 三世は何とか注目されずにやり過ごせるか。

 それのみに集中していた。

 だからだろう。軍勢の中にいるグラフィの皮肉を浮かべた笑顔に、三世は気付かなかった。



 村の入り口で式典は開かれた。といっても、本格的な式典は既に首都で行われているから簡素なものだ。

 村長を呼んで握手をして、王の挨拶や王同士の友好の握手など、それっぽいことをするだけ。

 王二人の前に呼ばれた村長は、いつも通り平然としていた。三世には出来ないだろう。緊張も恐怖も感じず堂々としていた村長は本当に素晴らしいと感じた。

 その時の三世は、目立たない様に、それでいて式典が見える様な隅に移動していた。


 牧場の事に話が進んだらそっちに行く様に、ダミー代わりにユウとユラを目立つ位置に配置し、三世は隠れる様に他の住民達に紛れ込んでいた。


 だから三世は自分達は目立っていないと、自分に言い聞かせていた。

 レベッカ王妃が、ルゥとシャルトに手を振ったり、ウィンクしたりして合図を送っているのは、自分の気のせいだと思い込んだ。

 そう。このまま何事も無く終われば目立たずにいられる。このまま終われば良いんだ。

 そう思っていた。


 話すべきことは大体終わり、ベルグが締めの挨拶に入るかという時にそれは起こった。

「ラーライルと我が国ガニアは、未来永劫友であるだろう。その証明がここに一つある。それは数ヶ月前、我が国ガニアを救ってくれた英雄の話になる」

 まるで最初から準備していたのでは無いか。そう思うくらい、そこにいる大軍勢が動いた。

 ベルグから、三世までの間にいた人は全て動き、道が生まれ、住民、護衛達、全員が三世達三人に注目していた。

 気分は海を割った聖者だ。

 これは王の所に行かないと話が進まないらしい。

 三世はルゥとシャルトを連れて、人の海の間を進んでいった。胃が痛くなってきた。


 王の側まで移動すると、ベルグは話を進めだした。

「誘拐された我が娘と、それに心を痛めていた妻を救う為に、たった三人で行動し、道中盗賊団を改心させ仲間にし、見事娘を救い出した救国の英雄。それが彼らだ」

 その瞬間に、盛大な拍手と歓声が響き渡る。万に近い軍勢の大歓声は音だけで圧倒されそうなほどだった。

 三世とシャルトは小さくなっている。注目されるのはなれていないし、シャルトは人が苦手だからだ。

 ただ、ルゥだけは別で、歓声に礼をするように、手を大きく振って自分をアピールしていた。


「今手を振っている赤き髪の獣人の英雄ルゥは、我が妻の友にして、我が国の認める料理人でもある。そして、この前生まれた英雄譚【太陽の英雄】その人だ」

 更に歓声は強くなり、視線がと歓声がルゥ一人に集中した。

 え?太陽の英雄?なにそれ聞いてない。三世は訳もわからず、ただ困惑していた。

 既に逃げ場はどこにも無かった。


 話は終わったが、ベルグ達の隣から移動出来なかった三世。話は終わったなら後はお任せします。という訳にはいかないらしい。

 レベッカとルゥは嬉しそうに手を取り合ってじゃれるようにしていた。そのハガネの心臓が、今は羨ましかった。

 話は終わったのなら、この式典も早く終わってくれ。三世は心の底からそう願った。

 ふと、三世はある人物と目があった。国王フィロスの隣にいる人物。グラフィだ。

 三世の方をニヤニヤした目で見ながら、口をぱくぱくと動かして何か伝えていた。何となく、三世はグラフィが何を言ったかわかった気がした。

『ざまあみろ』

 そう言っている様に感じた。英雄扱いをされたことに、未だに根に持っているらしい。

 三世はにっこりと笑顔をグラフィに向けた。

 これからも、彼を英雄扱いしよう。機会があればもっと立場を上げてあげよう。

 三世はそう心に誓った。


 話も終わり、全員が牧場に移動することになった。

 三世はこのタイミングで、ルゥとシャルトに質問する。

「二人とも、レベッカ王妃様と遊びたいなら行っても良いですよ?」

 二人は頷き、レベッカに尋ねに行った。そしてレベッカは、二人をそのままぎゅーっと抱きしめた。答えは言うまでも無いということだろう。


 確かに親心でもある。でも、それは三世の策略でもあった。

 こうすることで三世への注目は極度にまで減る。その間に事務室にでも逃げ込めば、後は静かに時を待つだけで良い。

 そう考える三世だが、大きなミスがあった。レベッカが二人を見ているということは、レベッカの娘は自由になるということ。

 そして、自由になったレベッカの娘はどう動くのかと言うと……。


「あの……こんにちは……」

 おどおどしながら、ソフィは三世の裾を掴んで話しかけてきた。

 ソフィ・ラーフェン。

 紫髪でジト目、自分に自信が無く、人と話すのが苦手な、王位第一継承権を持つ王女である。

「はい。こんにちは。また会えて嬉しいです」

 つい無意識の内に、にっこりと言葉を返す三世。

 そんな二人の様子を見て、周囲の一部。ガニアの兵達が騒ぎ出した

「あのソフィ様が自分から話しかけただと?」

「しかも男の人に?」

「あの英雄、まさか……」

 周囲がざわめき、それが感染して行く様に広がった。

 嫉妬や妬みでは無く、純粋な尊敬の眼差しに、三世は頭が真っ白になっていた。


「この前は、あまり話せなかったから……。ゆっくり話したいんだけど、駄目?」

 もじもじとした口調のソフィに、それを応援する瞳で見ている周囲の人達。そして笑いを堪えるのに必死なグラフィ。

 三世は冷や汗をかきながら、レベッカの方を見た。


 助けて下さい。その一心でレベッカを見るが、レベッカの反応は親指を立てて笑顔を向けるだけだった。むしろ状況は悪化していた。

 最後の手段として、三世はベルグに視線を向けた。

 娘の事を思う父親なら、きっとここで何かアクションがあるはずだ。きっと父親は娘と遊びたいだろう。だから何とかして下さい。その気持ちで三世はベルグを見つめた。


 ベルグは三世の瞳に気付き、何かを考え込む仕草をしたあと、何かを理解した顔になった。

「ソフィ。先に行っているから好きにすると良い。別にこっちに来なくても良いぞ。牧場にはまた来れば良いのだから、したいことをするといい」

 大きな声でそう行った後、ベルグはレベッカとルゥ、シャルトを連れて牧場に向かった。


 これはまずいのでは無いか。既成事実に近い物が構築されていないか?周囲の見る目と心配そうなソフィの目。三世は何も言えなくなった。

 ベルグが最後に、三世を見た後、ソフィとアイコンタクトを送りあったことに、三世は気付かなかった。



 三世は誰もいない事務室に、ソフィを案内した。

 あまりに注目を浴びすぎて、ゆっくり話しが出来ないからだ、三世は自分が泥沼にハマっているのでは無いかという錯覚を覚えていた。

 ただ、色々ありすぎて既に三世は処理出来る限界を超えていた。


 二人っきりの個室で、ソフィは少し恥ずかしそうに、ジト目のまま三世を見ていた。その姿は、どことなく嬉しそうにしている様にも見えた。

「元気にしていましたか?元親分」

 三世の言葉に、ソフィはふふっと小さく笑った。


 ソフィは、三世達が行ってからの事を色々と話した。

 父親ともしっかり話が出来たこと。思っていたよりも世界は優しかったって知ったこと。

 友達も出来た、兵士の人達とも多少は話せる様になった。そして、自分は王の娘なんだということ。


「王の娘ですか?一体どういう意味でしょうか?」

 三世の質問に、ソフィは困った顔をした。

「……ちょっと動かないでね?」

 その言葉に三世は頷いた。


 ソフィは三世の足元にしゃがみ、小指を三世の足に当てる。そのまま、三世を小指だけで持ち上げた。

 器用に三世を小指だけで運び、そっと椅子に座らせる。

「特に修行とかしてないのにこれだけ力があるの。……あと剣とかもどう振れば良いかわかる。まるで化物だよね?」

 自嘲気味に呟くソフィの頭を、三世は優しく撫でた。

「力は関係ありませんよ。ソフィ王女はソフィ王女です。安心して下さい」

 ソフィは「ん」と小さく呟き、そのまま嬉しそうに撫でられていた。


「あとね……もう一つ大切なことを……」

 今までと違い、何かを決意するような表情に、少し潤んだ瞳で三世を見て、何かを言おうとした瞬間。

 ゴンゴンゴンゴン!

 強いノックの音が響き、ソフィはびくっと震えた。

「失礼する!友がここにいると聞いて急いで駆けつけて来ました!」

 全く空気を読まず、むしろぶち壊しながら入ってきたのはティールだった。ティールは後ろに小さな女の子を連れて事務室に入った。


「むむむ。お客様がいたのか。申し訳ありません。こっちも少々事情がこざいまして。まあその辺りはやんごとなき理由と思ってお許し下さい」

 やんごとない人の前でそんなことを言うティール。ソフィは珍しく、不機嫌そうな顔をしていた。

「まあとりあえず話をさせていただきましょう。ワタクシ達のチームの五人目。ワタクシが是非とも入れて遊んで欲しいと思ったのはこの子です!」

 そうティールが言うと、後ろの女の子がティールの前に出て、小さくぺこっとお辞儀をした。

 十歳か、もう少し上か、その位だろう。青いドレスに黒いローブを羽織った、非常に大人しそうな少女。

「ささ、自己紹介をしてあげてください」

 そう言うティールの顔は、鬱陶しいほど楽しそうで、人にいたずらを仕掛ける前の様な顔だった。

 少女は小さく「はい」と言って、三世の方を見た。そして、はっきりとした声で名乗り上げた。


「クレア・アーク・レセントです。出来るだけがんばります。だから……よろしくおねがい……しま……」

 名前だけははっきりしていたが、後になると小さくなり、最後には何を言っているかわからなくなった。少女はそのまま下を向いていた。

 それでも、名乗りはしっかり聞こえた。そのミドルネームとラストネームはとても聞き覚えがあった。


 三世は、半ば睨む様にティールの顔を見た。それは、いたずらに成功したことを誇る様な、とても腹立たしいドヤ顔になっていた。


ありがとうございました。

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