重たい空気
切り替えて欲しいから短く切りました。
三世達が村に戻った翌日、マリウスの言っていた魔力炉の設置の手伝いを始めた。
既にマリウスの仕事場の隣の空き地に、専用の小屋が用意されていた。
後はその小屋の中に部品を運び、くみ上げるだけだ。
大小様々な部品があり、完成形は非常に巨大になる。
高さ二メートル。全長五メートルの炉が二種類。それに液体金属の受け皿などのパーツで完成となる。
二種類ある炉のうち、片方は普通の精錬炉だ。銅と鉄くらいならそのままで精錬出来るし、工程を増やせば鉄鋼にも出来る。
もう一つの方は魔力を練りこむ炉だ。精錬直前の鉱石を入れることで、鉱石に魔力を混ぜ込むことが出来る。
それを、一つ目の精錬炉に入れることで、魔導金属となる。
魔導金属になると、金属の性質が強化される。
どの金属でも共通の強化として、材質の耐久面の上昇。エンチャント化したときの効果の上昇。それに、瘴気内で素材が変質しなくなる。
瘴気は、よほど高濃度の所に行かない限り、人体には無害だ。
だが、動物、特に小さな動物や、道具。特に金属には大きく影響する。
動物の場合はシンプルだ。大型化し、凶暴化する。ただし、肉としてのグレードもあがり、魔石も生まれやすくなる為、悪いことばかりでは無い。
道具の場合はシンプルだ。耐久度が変化し、全てが壊れやすくなる。
金属の場合は、通常の倍の速度で磨耗していく。すぐに壊れるわけでは無いから、それほど危なくは無いが、金銭的にはとても痛い。
しかも一度瘴気で変質したら、二度と直せない。
だから、瘴気内を想定した冒険者は全員魔導金属の武器防具を利用する。
多少高くなるが、消耗が二倍になるよりは全然マシだからだ。
三世とシャルトとルカは、軽い部品を運び、ルゥとマリウスは重たい部品を運んだ。
マリウスが指示を出し、室内に運んだらマリウスが自分で組み立てる。
普段の三世なら、期待に胸が膨らむ場面だ。
未知の設備。鉱石を炉に精錬するというわくわく。そして魔導金属という名前だけでわかる浪漫。
普段なら間違い無くテンションが上がっている状況。
だが、今はそんな雰囲気では無かった。
作業中、皆が無言になって笑いもしなかった。
マリウスは基本無口だ。驚異的な照れ屋だから、あまり話したがらない。それは弟子になってそれなりに経つ三世にすらも未だに恥ずかしがるくらいだ。
ただ、今日の無言はそんないつもの無言は何か違った。
必要なことしか言わず、指示だけ出す。何時もと変わりないはずなのに、何かおかしい。
何が変なのかはわからないが、一つだけわかることはあった。マリウスが何か辛そうにしているこということだ。
弟子だからソレくらいはわかった。
一時間程度で、全ての工程が終わった。余計な会話が無い為、本当に早い時間で魔力炉は完成した。
完成した喜びよりも、沈黙の続いた苦痛の時間が終わったことの方が、三世にはありがたかった。
「これで終わりだ。助かった。次はこの炉で作った金属の加工をしていくから、依頼にキリがついたら、また来てくれ。俺はこれからテストしてみる」
それだけ言ってマリウスは小屋を出て行った。
「ごめんなさい、父は忙しくて。悪気は無いんです」
そう言いながら、ルカもマリウスを追って小屋を出て行った。
残された三世達も、静かにその場を後にした。何とも言えない沈痛な空気が流れる。
「ルゥ。二人の感情で何かわかることありましたか?」
マナー違反の為、あまりしたくは無かった。だが、聞かずにはいられなかった。
マリウスもだが、ルカも様子がおかしい。普段はもっと愛想が良いはずだ。
「るー。マリウスはね。何だか真剣だった。命を削るくらい……。ルカはわかりやすい。凄く悲しんでいた」
ルゥは悲しそうにそう呟いた。
「何とか……出来たら良いのですが、相談すらされてないなら難しいでしょうね」
マリウスは、割と自分で抱えるタイプの人間だ。だけど、ルカはそうでは無い。
ルカは人に頼るのも、頼られるのも村の中で誰より上手かった。
そんなルカが何も言わないという事は、誰にもどうにも出来ないということだろう。
「たぶん。近いうちに何か言ってくれるよ」
ルゥの根拠の無い言葉に、三世は頷いた。三世もそんな気がしていたからだ。
おそらく、次に会った時あたりに……。
「ご主人様。予想以上に早く終わってしまったので時間が大きく余ってますが、どうしましょうか?」
帰り道の途中、シャルトが心配そうに尋ねてきた。三世はシャルトの頭を撫でながら考える。
「急げば冒険者ギルドと魔法士ギルドの依頼に間に合いますね……」
ただ、その場合はルゥとシャルトはお留守番になる。カエデさん用の馬車が無いのだ。定期馬車なら全員で行けるが、時間がかかりすぎる。
馬車の購入は面倒な上に免許がいる。
この免許は運転免許証みたいなもので、手続きが面倒な上に、値段も相当する。とにかく面倒だし、時間が無かった。
正直、お金に関しては困っていない。牧場のオーナーとしての収益の取り分がある。
だが、三世は基本的にそれは使うつもりは無い。というか、幾ら溜まっているのか確認する気も無かった。
あまりに金額が大きすぎて怖いからだ。その内必要になったらという言い訳をしながら、今日も自分を誤魔化す。
マリウスの仕事の手伝いに半ばボランティアの獣医活動。冒険者としての収入にルゥとシャルトの給料。普通に暮らす分なら既に、十分な状態だった。
ルゥとシャルトと、カエデさんと、新しく来てくれたシロがいる。それに、時々友人達と会って話して。村の人達と笑いあって。
三世にとっての日常は、これだけあれば十分だった。
そんなことを考えたら、三世は家の前についた。
「わふ!」
横の、家並に大きな犬小屋から白い塊が飛び出してきた。
そのまま三世の目の前で止まり、三世を見つめた。
スキルとか、経験とか、そんな物一切関係無く、シロの言いたいことはわかりやすかった。
村人すら理解出来る位だ。
空腹の時は、よだれを垂らしながら瞳に涙が溜まる。
遊びたい時は、尻尾をびたんびたんと地面に叩くくらい大きく振って、瞳がキラキラと光る。
悲しい時は、尻尾と頭が下がり、口角が下がる。
だから、今シロが言いたいことはとても良くわかった。
僕役に立つよ!僕がんばるよ!
そんな、親の仕事を手伝う子供の様な瞳で三世を見ていた。
三世がカエデさんに乗り、ルゥとシャルトがシロにしがみつく。
そんな強引な移動方法を試した。
ルゥとシャルトの疲労を気にしなければ問題無さそうだった。疲労自体もそれほど大きく無いし、これなら大丈夫そうだ。
シロはびっくりするほど嬉しそうに走っていた。役に立つのが嬉しいのもあるが。どうも散歩がしたかったらしい。
「これからは毎日散歩につれていってあげないといけませんね」
三世はカエデさんに乗ったまま、並走するシロの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ワン!」
シロはいつもの気の抜けた声で無く、犬らしい鳴き方で嬉しそうに一鳴きした。
ありがとうございました。