わふ
賑やかな声と歓声の中で、ルゥは目を覚ました。
さっきまで集落の外にいた人達がこっちに戻ってきたらしい。
目を覚まして直に体を確認する。予想していた体の痛みは、全くと言って良いほど無かった。
多少の骨折くらいは覚悟していたルゥは肩透かしを食らった様な気分になる。
と、そこでルゥは一つ思い出した。獣人限定だが、傷を治すことの出来る人物がいることを。
きょろきょろと周囲を見渡す。楽しそうにしている人達。嬉しそうに泣く人達。
そして、その傍らに、二人の家族を見つけた。
一人、自分の妹は座って下を向いていた。
もう一人は、そんな自分の妹に膝枕をしてもらっていて、顔に濡れた布を被せられている。
それで大体何があったかわかった。いつも通り、無茶をしたのだろう。
ルゥはシャルトの横に行き、三世が目覚めるまでの間、その辺の葉っぱで三世を扇いだ。
ルゥが目を覚まして十五分後位に、三世も目を覚ました。体の疲労は全く抜けておらず、気だるさが体を支配している。
長とルゥの戦いが終わった瞬間、三世は慌てて長の治療を始めた。
どう見ても体に異常がある。場合によってはルゥの攻撃で死ぬかもしれない。三世はそう考えていた。そんなことは絶対にさせない。
三世はこれまで培ってきた経験と、スキルの能力を最大限に使い、長の体を治す。それは治すというよりは、創りなおすと呼べるほどの作業だった。
足りない内臓を作り出し、体内に残っている魔力を帯びた残留物資と何かの残り滓の様な異物を取り除く。それ以外にも、明らかに人工の、本人に関係の無い臓器もあった為、取り除いた。
その上で、血液を精製。
異世界に来る前、ここまでの治療はしたことが無い為不安だった。
が、引っ込んだ腹部も戻り、血色も良くなった。治療自体は成功しているからもう大丈夫だろう。
どうやらスキルも成長しているらしい。
ただ、歯の修復だけは直には出来なかった。欠けや罅くらいなら良いが、吹っ飛んだ歯の再生には時間がかかる。
といっても、内服薬を渡しておけば一月程度で生やせるが。
今までは一度でも経験したことのあることしか実現出来なかったが、今は多少無理でも原理さえ正しければ何とかなる様になっていた。
長の目が覚めたら、三世は治療を望む者を全て、ここに集めてもらった。
内臓関係は幹細胞増殖からの臓器生成で賄える。どうしても無理なのは心の問題と手足の極端な欠損位だ。指だけならまだなんとかなるが、それ以上は難しい。
三世に無理な場合は、城下町の信用出来る病院関係に任せることにした。あちらの魔法なら何とかなるだろう。
そうして、三世は傷のある者を片っ端から治してまわった。
長の言葉だからだろう。誰一人、抵抗すること無く治療を受けてくれた。
何かを食べる度に痛む腹、折れたまま繋がりまともに歩けない足。焼かれてくっついた指。焼かれた女性の顔。
三世は治せるだけ治し続けた。
そこで、三世は始めて自分のスキルの欠点に気付いた。
それは、実際に手術した時と同じ位体力と精神力が削られることだ。
スキルで治療五分だとしても、その疲労は実際手術した場合と同じ時間分感じた。
途中から気付いたが、治療を止めるわけには行かず、全ての治療を終えた瞬間、三世はそのままぶっ倒れ意識を失った。
三十時間分の手術を連続でこなしたのと同じ位の疲労だ。随分タフになったな。三世は自分にそう思いながら、眠気に逆らわず休んだ。
そして今になり、ようやく目が覚めた。体の調子はあまり良くないが。
「ということで、私が治療仕切れなかった人で、治療を望む人は城下町の病院に来てください。ほとんどが治療出来ると思います。また、長とそちらの女性の方の名前は、申し訳ありませんが取り戻せませんでした。ただ、新しい名前は付けられる様にはなりました。それに関しては申し訳ありませんが、私にはこれ以上の方法が思いつきません」
片っ端から治療した時の影響で、狐の獣人と長は新しい名前をつけることが可能になっていた。
ただし、過去の名前はもうどうしようもない、この世界からその名前の概念が破壊されている為、いかなる手段でも復活させることは出来ない。少なくとも、それは治療の範囲では無かった。
「うむ。十分すぎる。俺もこいつも後数年生きられるかという状態だったんだ。名前が無い程度そんなに困らん」
長の言葉に、狐の獣人も嬉しそうにニコニコと頷いた。笑った時の顔は目が細くなり、本当の狐みたいで愛嬌があった。可愛い。
長も狐の獣人も、十年ほど若返って見えた。それは人体実験の影響だろう。むしろ、若々しいこっちの方が、本当の彼らだ。
長は白い髪と髭に若干の赤みが加わり、腹部にはしっかり割れた腹筋が付き、血色がとても良くなっている。
狐の獣人は、肌に艶が生まれていて、髪は今まで以上に鮮やかな黄色になっていた。「美人になったわー」と喜んでいるのが、三世にはとても嬉しかった。
「というよりも、名前を忘れられなくなっただけでも十分にありがたい。このままだと、長を辞めた時に名無しになる所だったからな。そうだ。ルゥ殿。俺に名前をくれないか?俺に勝った戦士だ。俺の新しい名付ける存在としてこれ以上ないほど相応しい」
まるで人が変わったみたいに、長は明るい声でルゥに話しかける。そんなルゥは、手首を横にぶんぶんと振っていた。
「無理無理!私名前とか付けられないよ」
それを見て、長はとても楽しそうにしていた。
「いやいや。ルゥ殿、是非とも」
「無理だって!」
「いやいや」
「出来ないよ!」
「いやいや」
本音七割、からかい三割という所だろう。長は一歩も引かず、ニヤニヤとルゥをからかっていた。
「うー!じゃあ、文句言わない?」
「もちろん。言わぬとも」
「笑わない?」
「自分の名前を笑う者は天に唾を吐く者だけだ」
「センス無いよ?」
「構わない。ルゥ殿の武に文句を言う者はここには誰一人としておらんよ」
畳み掛ける長の言葉に、ルゥは根負けしたらしく、ため息を吐いた。
きょろきょろと周囲を見回し何かを探しすルゥ。目的の物を見つけたらしく、その側まで駆け寄った。
「長って、これが一番好きなんだよね?」
そう言いながら、ルゥは花を指差した。
「うむ。良く知っているな。誰かから聞いたのか?」
「うん。昨日クレハが言ってた。実は花が好きで、特にこの紫の花が好きだって」
だからだろう。資源は少ないのに、この集落の周りには花が多い。きっと集落の為に長が植えたか、長の為に獣人達が植えたらしい。
ルゥが指を差した花は、トリテレイアの花だった。
「この花に因んで、その上で強かった戦士らしい名前として、『トリテレイオス』でどうかな?」
ルゥは、不安そうに長にそう尋ねた。
「うむ。トリテレイオス。確かにその名を頂いた。名に恥じぬ様、これからも守護者として生きていこう」
トリテレイオスは、ルゥに静かに深く、頭を下げた。
三世は、集落の中でも運営に関わる人達を集めて、今後について相談した。
ここにいるのは三世達に、トリテレイオス、タタ、クレハだった。
トリテレイオスは今の長だ。そしてクレハは長候補。そして、知らなかったがタタはこの集落の中でも重要な役割を務めているらしい。
タタは、ルゥやシャルトと同じく、人の心が少しだけ読めるらしい。
ルゥは嘘や全体的な機嫌。
シャルトは敵意や悪意。特に侮蔑的な感情。
タタは人の怒りや恨みを見ることが出来るそうだ。
こう見比べると、ルゥのスペックの高さがわかる。獣人の中でも、ルゥは際立っている様に三世は感じた。
タタは、換えが利くからと罠にはまりに来ていたが、全部嘘っぱちだった。
ただし、ジャンケンの話は本当らしい。動体視力と反射神経をフルに使って、子供や他の獣人を差し置いてジャンケンに勝ったそうだ。
理由は食い意地というのだから、タタという存在が良くわからない。
三世は獣人の反乱を止め、ラーライル王国に帰属することを要請した。
その代わりの条件として、様々な補償を提案する。
まず、どんな条件で決まっても、獣人達の終わっていない治療の続行は約束した。
次に、住む場所の提供。人里近くても、逆に遠くても、またこの集落を村に発展させてここに住むことも可能だ。
もし、このままここに住むなら、五十年ほど無税で構わないし、生活出来るだけの支援も惜しまない。
最後に、全員に見舞金という名前の口止め料が入ることを説明した。
誰でも気付くだろう。これ以上の条件は絶対にありえない。それほど獣人側に有利な条件だった。
「長、もちろんこのまま、ここに住みますよね?我々の新しい故郷ですから」
クレハの言葉に、トリテレイオスはにっこりと笑った。
「え?移住するぞ。森の中って住みずらいし」
名誉や誇りは二の次で、得をするならとりあえず貰っておこう。その姿勢は正しく集落の長だった。
「ええ!?だって皆でがんばってきたじゃないですか?それにここなら食料は困りませんよ?肉も果物も沢山あります」
クレハは納得がいかないらしく、何とかトリテレイオスを説得しようとしていた。
「もう一つ理由がある。俺らへの支援は明らかに過分だ。それを全部うけると間違い無く俺達の村は発展し楽になるだろう。それでだ、俺達が豊かになった時、元の町に住んでいる奴らが、俺達を放置すると思うか?」
そう言われ、クレハは何も言えなかった。物を取られるというのは当たり前のことだった。あっちの町にいた時は、殴られて食べ物を取られても、誰も助けてくれなかったことを、クレハは覚えていた。
「良くて、今までのことは許してやるから物資わけろ。最悪だと、俺達が貰うはずだった物資をケダモノが盗んだ。あいつらはそういう反応をするぞ」
クレハはその言葉を聞き、移住することを受け入れた。どんな理由があろうと、あそことは係わり合いになりたくなかった。
「誰もが戦いたいわけでは無い。戦わなくて済むならそうしたい。だけど、俺達は守る為に立ち上がり戦った。だから俺達はここを離れるべきなんだ。お互いの為にな」
同じ人として悪く言いたいわけでは無い。だけど、三世はトリテレイオスの言葉を否定出来なかった。むしろ、そうなるという予想は正しいとさえ思う。
「そしてだ、ヤツヒサ殿。俺達は負けた。ルゥ殿に負けたということは、国に負けた。反乱は失敗したということになる。それなのに、これだけの支援が来る。それは少々受けるのが恐ろしい」
「ですね。……もう少し考えるべきでした」
「当たり前だが、人柄としては信用している。ヤツヒサ殿の好意はこれでもかと受け取った。ルゥ殿は間違い無く戦士だった。存分に語り合えたのは、我が誇りだ。その上で、ある程度の保証が欲しい」
三世は頷く。確かに大きな組織との取引だ。長として何かを求めるのは間違っていない。
「では、どうしましょうか?誓約書くらいならいくらでも準備出来ますが」
トリテレイオスは首を横に振り、はっきりと言った。
「うちの者を誰か、人質としてヤツヒサ殿に預かってもらいたい」
三世は即座にげんなりした顔をする。そういう煩わしいことが、三世は避けたくて出世とか名誉とかを嫌っていた。
「お断りしていいですか。そういうやり方はあまり好みではなくて……」
困った顔の三世に、彼は嬉しそうに笑う。
「いや。そういう建前なだけだ。実際はヤツヒサ殿とのパイプを繋いでおきたいんだ。もちろん、ヤツヒサ殿の所に行くのは望んだ者だけだ。何なら契約なりで縛って奴隷にしてくれても構わんぞ」
「なるほど。そういうことなら受けましょう。従業員が幾らいても困りません。ただし奴隷は拒否しますが」
トリテレイオスは嬉しそうに頷いた。
「うむ。だからヤツヒサ殿は信用が出来る。とりあえず希望者を先に言っておこう。それ以外の者が欲しかったら相談してくれ。俺とタタ以外なら誰でも良いぞ」
ちなみにタタは真っ先に、希望を出して、速攻で却下された。集落に換えの無い人材だからだ。
タタを除いて、最初に希望を出したのは牛の獣人だった。以前ルゥの料理を手伝っていた人だ。料理をする楽しさに目覚めたらしく、もっと料理を覚えたいからついていきたいらしい。
次に狐の獣人。魔法が得意だから教えるも出来るし、戦力として計算してくれても構わないと自信に溢れていた。五人程度でずっとこの集落を防衛していたんだから、間違い無く強いだろう。理由はわからないが、三世達に着いてくることにかなり乗り気だった。
最後にクレハだ。人の村に行って、今後長になる為に色々学びたいから。特に他意は無いから。と頬を赤く染めながらクレハは言っていた。
トリテレイオスは誰にするかある程度予想していた。
そして、三世も迷わず、トリテレイオスに尋ねた。
「白いもっふもふの子は駄目ですか?」
トリテレイオスは目が点になっていた。クレハも同じ様な表情を浮かべていた。
「四足でもっふもふに包まれた白い子です。一度も会っていませんが事前に資料で見ました。もしかして、人に恨みがあって会えなかったとかですか?」
トリテレイオスは困った顔をしていた。クレハはまだ目が点のまま固まっていた。
「いや、人に恨みは無いが、というか、……うーん。まあ、会ってから決めてくれ」
そう言いながら、トリテレイオスはどこかに行った。
戻ってきた時には、大きな白い固まりと一緒だった。
近くで見ると、その毛玉に近い物体は予想以上に大きかった。高さだけで二メートルを超える。近くにいるトリテレイオスが迫力負けするほどの体格だった。
某映画の親代わりの狼を彷彿とさせる。ただ、あんなに凛々しくは無い。どちらかというと、ぽやーんとしている。
これだけの体格と迫力にもかかわらず、円らな瞳はキラキラと楽しそうにしていて、まるで何も考えていない様な表情。怖いという印象は無く、可愛いという印象しか持てなかった。
「そのな……言葉はわかるらしいんだが、話せないからどうしたら良いかわからず、緊急時以外は集落の中に隠れてもらっているんだ」
主な仕事は子供の遊び相手。それでも緊急時は戦力として十分頼りになるらしい。
うん。思った以上に可愛い。三世は嬉しそうに頷いた。
「名前はあるのですか?」
「幾つかあったんだが、五文字以上の名前を覚えられず本人が忘れてな、今はシロと呼んでいる」
トリテレイオスはさっきから反応に困っていた。シロの事は、どうしたら良いか長としても仲間としても悩みの種だったらしい。
当の本人のシロは、三世の方を見て尻尾をぶんぶんと振って期待した眼差しを向けていた。一応歓迎はしているのだろう。
「シロ。ちょっと撫でても良いですか?」
三世のその言葉に、「わふ!」と大きく吼えて、頭を地面につくまで下げた。撫でろということらしい。
言われるままに、三世はシロの頭を撫でた。ものっすごいごわごわしてる。見事に動物特有のソレで、三世の心が歓喜の渦に飲まれる。
「ああ、凄く良いです」
恍惚の表情のまま、頭をなでくり回す三世に、トリテレイオスが若干引いていた。クレハは、未だに呆然としていた。
もちろん、三世もただ撫でたいだけでは無い。そう、撫でたいだけでは無いのだ。たぶん。
この間に、三世はシロの体調や状態を診る。そこで三世が知った情報は、予想外のものだった。
まず一つは健康体ということ。
この集落にいる獣人は皆、多かれ少なかれ不調が出ていた。小さい物だと睡眠不足や栄養不足。大きいと臓器欠損だった。
だが、このシロは全くもってそれが無い。完全な健康体だ。
次に、診た結果がとても曖昧にしかわからない。今までは、三世が触れたらかなりはっきりとしたデータが見れたのにだ。
たぶん獣人、そしてたぶん犬。一応雄。大きい理由は不明。
とこれだけしかわからなかった。その上半分はスキルのデータなのにたぶんが付いている。
知らない獣人でも、三世が診たら多少は情報が入るのに、ほとんど情報が入らない。
びっくりするほど、曖昧な存在だ。だが、そんなことは可愛さの前にはどうでもいいことだった。
「シロ、うちの子にならないか?」
そんな三世の言葉に、シロは尻尾を振って「わふ」と吼える。
お辞儀する様に座っているのは、良い子にするよの合図だろう。
「ということで、この子を貰っていきますが、長、構いませんね?」
「え、お、おう……。いや良いなら良いんだが」
三世はシロを抱きしめた。どっちかと言うと、体格差でしがみついている様にしか見えないが、それでも両者共に嬉しそうだった。
「一体何であんなに嬉しそうなんだろうか。ヤツヒサ殿はともかく、シロの方も……」
トリテレイオスの呟きに、ルゥが答えた。
「たぶん。寂しかったんじゃないかな?獣人じゃなくて、人に会いたかったんだと思うよ」
ルゥは三世に甘えるシロを見た。それはとても嬉しそうで、純粋に甘えている様にしか見えない。子供や赤ん坊が親にじゃれている風にも見える。
ただ、シロは体格差を時々忘れるらしく、三世が時々凄い無茶な格好になったりしていた。
三世は、たっぷりもふもふ分を補給した後、集落を後にすることにした。
「うん。選ばれるとちょっとは期待したけど、事前に色々聞いてたし何も言わないわ!ちょっと悔しいけど」
クレハが、拗ねた様な口調で三世にぼやいた。
「すいません。で、事前に聞いていたとは一体誰から?」
三世の言葉に、ルゥが「はーい」と手を上げた。どうやら二人で寝た時に色々とお話をしていたらしい。
「ルゥからですか。それで一体何を聞いたのでしょうか?」
クレハは、ふふっと思い出し笑いをした後、ルゥの口マネをしだした。
「ヤツヒサはね!普段は普通なのに時々凄く頭が悪いことするの!そして、それは毎回動物が関わる時なの!」
ちょっと怒った様な声真似に、三世とシャルト、ルゥは我慢出来ずに噴出した。
ソレを見て、クレハも笑い出した。
「残念だけど仕方ないわ。今度また会いましょう。次に会う時は……友人としてで良いかしら?」
クレハは三世に手を伸ばしてきた。三世はその手を掴み握手をする。
「はい。友人として、また会いましょう」
三世はその後、トリテレイオスと向き合う。
「王に今回の事は説明しておきます。後に誰かが王の代行として来るので、その時移住などの詳しい話をして下さい」
トリテレイオスは頷いた。その横で、ルゥが一歩前に出て、トリテレイオスに話しかける。
「色々教えてくれてありがとうございました。あんな話し方があるなんて知らなかったよ」
ルゥの言葉に、頷くトリテレイオス。
「うむ。お互いを理解するのにはコレが一番だからな。俺はルゥ殿の信念の強さと、温かい優しさを受け取った。ルゥ殿は俺から何を受け取った?」
ルゥは頷いた後、地面に足を叩き付けながら拳を虚空に振った。
「踏み込みの大切さ、拳は腕でなく腹で振る。そして、信念の重みを受け取ったよ」
トリテレイオスは満足そうに頷いた。二人にしか通じない何かがあったらしい。
三世は少しだけ悔しかった。ただ、人には出来ないことがある。どれだけ強くなっても、ああはなれないだろう。
純粋な二人が、少しだけ羨ましかった。
元の拠点に戻り、三人と一匹は帰りの準備に入っていた。
「わふ!」
一声吼えては三世の側をうろちょろするシロ。
三人が元の場所でテントを片付けている為、暇でしょうがないらしい。
「ごめんね。ちょっと待っててね」
ルゥの言葉に「わふ」とだけ答え座って大人しく待つシロ。ただし、五分も持たない。
また三世の周りをうろちょろとした。
うんうん。こういうので良いんだよ。
自分のしたいことの為に言う事をあまり聞かない。そういう動物が三世はとても懐かしかった。
そもそも、動物は人の所有物では無い。自我がある。だから我侭なのは当然である。
だけど、この世界の獣人は皆良い子だし、カエデさんもメープルが関わらないときは冷静そのものだ。
本来動物とは、こういった遊んで欲しい時に言うわがままが一番可愛いのだ。
三世は急いでテントを片し、シロの遊び相手になった。
シャルトとルゥもテントを仕舞い終え、帰り支度も終わった。後は帰るだけになった。
ここに来て、三人は嫌なことを思い出す。
この周囲の馬車は揺れに揺れる。しかも遅い。出来たらギリギリまで馬車に乗りたくなかった。
そう考えるうちに、一つ、あることに気付いた。
「ご主人様。シロ。馬車に乗れますか?」
シャルトの一言に、三世は答えられなかった。
というか、三世は引く方で考えていた。訓練していないのだから引ける訳が無いが。
悩んだ結果。三世は一つの答えを見出した。
「……。シロ。私を背に乗せること出来ますか?」
「わおーん!」
ものすごくご機嫌な声で、シロは遠吠えをした。乗せるのはとても嬉しいことらしい。
「じゃあ、ちょっと試してみましょうか。私乗馬あんまり得意じゃないですが」
三世は、シロの背に乗り込み、しがみついた。
「じゃあシロ。ゆっくり走ってください」
「わふ」
音符マークが見えそうなほど、ご機嫌な声で、シロは言われた通りゆっくりと走り出した。
しがみついている状態の為、体はしんどいが、思ったよりも揺れは無い。いつもと違う景色の為少々怖いが。
「ご主人様。大丈夫ですか?」
横を並走するシャルトに、三世は頷こうとしたが、体を動かせなかった。
「大丈夫です。シロ、もう少し速く走って良いですよ」
「ワオーン!」
今までと違い、本当の遠吠えをするシロ。その遠吠えに優しそうな雰囲気は無かった。
力強い声と共に加速する。
その遠吠えに影響されたのか。ルゥも遠吠えを行い、シロと並走する。
カエデさんほどでは無いが、かなり速度が出ている。落ちない様にするのがやっとだった。
この速度なら馬車に乗るよりも早く帰れそうだ。三世はそう思った。
三日後、全身が筋肉痛になり、結局途中からは馬車で移動することになった。
丁度良いことに、首都行きの大型貨物馬車があったので、シロはそこの荷台に乗ることになった。
物凄く寂しそうだった。ただ、三世の腕やら足やらは限界だった。
「すいません……村についたら沢山構うので許して下さい」
「わふ……」
寂しそうに呟き、貨物馬車が出ていった。三世達も直後を追う為、別れでは無いが、シロはとてもつらそうだった。
三世はこの光景を見て、ドナドナという歌を思い出した。
ありがとうございました。
集落編は終わりますが、七部はまだ終わりません。
こんな中くらいのイベントがあと二つあります(長くならないとは言っていない)