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集落の長

 

 クレハの後を追い、森の中に進む三人。その奥の奥に開拓された集落があった。

 思ったよりはしっかりとした作りになっているが、妙に寂しい。これはほとんどの人が出払っているからでは無く、明らかに資源と呼べる物が少ないからだ。

 それだけで、この生活が過酷だと理解出来た。


 その集落の中心の場所。小さな広間にその人物はいた。

 一目見て理解した。この人こそがこの集落の長だと。

 異常なほどの大きさ。そして、それ以上に感じる圧倒的な威圧感。ただそこにいるだけで、体が竦みそうになる。

 長と呼ぶよりも、王と呼ぶ方が相応しいとすら感じるほどの風格の持ち主だった。


「貴様が人の代表か」

 ギロリと睨みつける様に三世を見る長。値踏みするようなその視線の迫力に、三世は一瞬ではあるが、怯んだ。


 身長二メートルをはるかに超え、座っている状態にもかかわらず、立ったままの三世と目が合うほどの威容な体格。

 縦にだけで無く、筋肉によるその太さも異常だ。腕周りだけで三世の胴くらいの太さがある。

 白い髪に白い髭、老け込んだ顔。だが、その恵まれた体格と恐ろしい瞳は老人にはとても見えない。

 年齢不詳の見た目だからこそ、なお恐ろしさが際立つ。

 そして、一番気になるのは、その腹部分だった。ごっそりと抉れるように凹んでいた。浮き出た肋骨が痛々しい。何があったのか、想像すら出来ない。


「俺はこの集落の長だ。名前は無い。奪われたのだ。貴様ら人間の手によってな」

 憎しみは感じない。ただ、強い決意だけを感じる瞳で、三世を見ていた。


「魔法って本当に不思議で良くわからないのよね。何でも出来る様に見えるけどそうでもないの」

 突然どこからか女性の声が聞こえ、ふと目を離した隙に長の隣に獣の獣人がそこに立っていた。

 その女性は絵で見たことがある。資料に書かれていた集落防衛の一人だ。

「人体実験を受けた者の中で、最も悲惨だったのは私と長よ。同じことをされた人は皆死んだわ。体の一部が無く、体の中に見たことも無い黒い液体を流し込まれ、そして理不尽に名前を奪われた。凄いわよね。魔法って名前を消し去れるのよ」

 狐の獣人は長と反対だ。長は口では恨みを抱えてるような口ぶりだが、怒りや恨みを感じない。

 だが、狐の獣人は口調こそ軽いものの、三世に、人に強い恨みをぶつけていた。

「名前という概念の消滅だってね。私には良くわからないわ。一つ言えることは、誰も私達の名前を覚えていない。私達自身もよ。私は良いわ。でもね、娘に名前を呼ばれない人の気持ち、あなたにはわかる?」

 三世は狐の獣人の体調も悪いことに気付いた。白い綺麗な肌だと思っていたが良く見ると白すぎるくらいで、顔はむしろ青白い。黄色い髪も微妙に色が抜けかけていた。

 集落の人で何人か、実験の生き残りを見てきた。ほとんど治療出来る範囲内だった。

 だが、この二人は悪い意味で別格だと感じる。今、生きていることが奇跡。何故生きているのかわからない。

 足りない内臓。弱った四肢。明らかに末期を通り越している。


「名乗れ」

 ドスの効いた声で、長は三世に問いかける。

「王の代行として来た、ヤツヒサです」

「違う!そんなことでは無い。俺が聞きたいのは国では無い。貴様自身だ」

 即座に否定し、そのまま立ち上がる。座った状態でも大きく感じたが、立った時の威圧感はその比ではない。まるで山を見てる様だ。

「俺は長だ。この集落を、獣人達を守る。ただその為だけにここにいる。貴様自身は、何を求め何をしにここに来た」

 そう言われ、三世は言葉を返すことが出来なかった。


 発端は王の断りきれない頼みごとにある。自分が来ないと獣人が皆殺しになる。それはほとんど脅迫に近い。

 だが、それをどう話す。そもそも、それが本当に自分のやりたかったことなのか。

 命令されて、嫌々ここに来たのか。それとも、本当に何も考えず、動物が好きだからーなんて頭の悪い理由なのか。

 自分にとってこの集落の獣人達は赤の他人だ。優先順位はそれほど高く無い。


 それでも、何故か自分はここに来ている。いった何故。

 三世は、答えも、自分も心もわからなくなってきた。


「答えられぬか。その程度か」

 ほんの僅かだが、長から殺気を感じた三世。それは気のせいでは無いだろう。

 ルゥとシャルトも同時に動き、三世を庇う様に立ちふさがった。


「ヤツヒサさん。短い付き合いだけど、わかることはあるわ。きっと貴方は答えられる。あんなに苦労して、皆の料理を作って、それでも、貴方笑っていたじゃない」

 クレハは三世にそう話しかけた。それを言われ、三世が最初に思い出したのは異世界に来る前の事だった。


 手の中で冷たくなる動物達。それが当たり前の世界。助けようとしてもしなくても、何も変わらない救われない世界。救われないのは動物だけじゃない。自分もだった。

 今でも時々夢に見る。さっきまで命が残っていた動物が、手の中で冷たくなる瞬間は今でも覚えている。

 一番辛いのは、動物達が自分に文句を言わない、言えないことだ。誰一人三世を責めなかった。つまり、それが当たり前ということだ。

 人の力で命がどうにかなる。そんなことはおこがましく、醜い考えだ。だが、それでも三世には我慢の出来ないことだった。

 もう、それだけは嫌だった。例え自分が壊れても、命が消え続けるのを放置することは、絶対に出来ない。


 なんてことは無い。元を返せば簡単な理由だった。三世は、自分の単純な考えに今更気付き、自分自身を笑った。

「じゃあ、改めて自己紹介させてください。私の名前はヤツヒサ、人も、獣人も出来る限り救うと決めた、チンケで、愚かで、強欲なただの人です」

 口に出すことで改めて理解出来た。自分はなんと強欲な存在だろうか。本当は失った命を取り戻したい。あの動物達、あの子達を生き返らせたい。

 でも、それだけは出来ない。だからこそ、今ある命を守りたいんだ。

 三世は獣人達を、昔のあの子達と重ねて見ていた。


「そうか。強欲か、貴様のことは理解した。認めよう。それで、どうやって、この集落の者達を納得させる。どうやって俺を納得させる?」

 心なしか、長は少し嬉しそうだった。気付いたら狐の獣人もクレハもいなくなり、ここには三世達と長のみになっていた。

「極限まで獣人達の幸せを保証します。五十年程度は無税でも良いし、良い立地の場所に移動することも検討出来ます。安心して下さい。我らが王は約束を破らない」

 三世は、持っているカードを全て相手に見せた。だが、長はそれに興味無さそうに対応した。

「つまらん。そんな答えだと、集落の者も俺も納得できんわ」

 どうやら、望んだ答えとは一ミリも重なっていなかったらしい。

 だが、興味無さそうに答えたということは、何かこちらの手札に興味の引くものがあるということだろう。


「すいません。そちらは何を望みますか?」

 その言葉に、長は牙を見せ攻撃的に笑う。

「俺はこの長だ。貴様らは王の代行だ。そして、獣人全員を納得させないといけない。俺達は人から反乱した。で、あるならば」

 長は地面に足を叩き付けながら拳を構えた。叩き付けられた地面に円状に罅が入り、大きく地響きを起こした。

これ以外に、語るべきものがあるか?」

 この広場、誰もいない状況。長は最初からそのつもりなのだと、三世はようやく理解した。


「それなら、私が相手でも良いよね?」

 ルゥは一歩前に出て、長の前に対峙した。ルゥはかなり身長が高い。だが、長はそれよりはるかに高く、なにより横幅の差が大きすぎる。大人と子供の対峙にすら見えた。

「奴隷は認めん。頂点を決める人の戦いだ。獣人だろうと人だろうと構わないが、奴隷は物だ。相応しくない」

 ルゥは自分の首輪を見せ付ける様にして言葉を返す。

「これは大切な人からのプレゼント。私は奴隷じゃない」

 そんなルゥを見て、長は攻撃的な笑みを浮かべていた。

「構えろ」

 戦う相手として認めたらしい。長はルゥが拳を構えるのを待った。

 ルゥは盾を捨て、拳を握り、長と同じ格好をした。ただの見よう見まねだ。ルゥは拳闘は得意では無い。それでも、この場では拳闘で戦うべきと感じ取ったらしい。


「獣人の集落の長。身命を賭して全てを守る為に戦う。戦士の戦いだ。貴様も名乗れ」

「こういうの、ちょっと憧れてたんだよね」

 嬉しそうにルゥは頷き、拳を握り締め、長を見据えた。

「ヤツヒサの娘、ルゥ。大切な人の夢を守る為、あなたと戦う。私も、ヤツヒサも、あなたを救いたいの」

 その言葉を皮切りに、戦士の名誉ある戦いが始まった。


 何度も止めようと考えた。三世も、シャルトも、ルゥに戦わせることを望んでいなかった。

 元々ルゥは戦いが得意では無い。才能という意味では三世よりも高い、身体能力なら身内で一番優秀だ。

 だが、人を傷つけることに向いていない。だから止めたかった。でも、止められなかった。

 向いていなくても、一番強いのは間違い無い。三世もシャルトも、長の攻撃が一打でも入れば即死する。そう確信していた。

 二人に出来ることは、ただ、堪えて応援することしか残っていなかった。


 長の拳は、ルゥの細い胴くらいの大きさがあった。ルゥが細いというのもあるが、それ以上に桁外れの長の体格。

 そんな拳が、容赦無くルゥに襲い掛かる。それでも、ルゥにとってその速度は脅威では無かった。

 大きくサイドステップで拳を交わすルゥ。しかし、長もそれは見せ札だったのだろう。回避した先に、鋭い蹴りが飛んできた。

 ドガッ!

 大きく鈍い音と共に、長の蹴りがルゥに当たる。だが、ルゥは吹っ飛びもせず、その場に留まっていた。

 ルゥはカウンター気味に、長の蹴りに合わせ、拳を足に叩き込んでいた。

 しかし、体躯差に手と足の違い。相殺とまではいかず、ルゥは顔に苦痛の表情を浮かべた。


 蹴りを止められても、長は攻撃の手を緩めなかった。内臓が一部欠損し、腹が凹んでいる。そんなことは、ハンデにすらなっていなかった。

 長は両手を組み、ルゥに上から両手を叩き付けた。俗にダブルスレッジハンマーという攻撃だ。

 これは当たったら駄目な攻撃だ。ルゥは迫ってくる死の感覚に怯え、思いっきり後ろに飛んで距離を取った。

 その判断は正しかった。爆音と共に地面い大穴が開き、周囲に泥が激しく飛び散る。流石にルゥでもひとたまりも無い。ルゥの顔に怯えが走る。

「貴様の信念は、その程度か」

 長が、回避したルゥにそう問いかける。挑発と言うよりは、純粋な心配に聞こえる。

「ううん。まだ大丈夫だよ」

 そう言いながら、ルゥは長に突っ込んて行った。その速度に反応しきれなかったのか、ルゥの拳が、長の顔面に直撃する。

 だが、一瞬ぐらつくだけだった。岩くらいなら素手でも砕けるルゥのガントレット装備の拳の直撃でも、長はなんとも無さそうだった。

 長は攻めて来たルゥを歓迎する様に、拳で応酬する。ルゥはそれを避け、また同じ様に顔をぶん殴った。腹を殴るのが怖いのだろう。

 確かに、その気持ちはわかる。長の唯一の弱点に見えるからだ。当たると死んでしまいそうな為、どうしても殴るのを躊躇ってしまう。


 最初こそ、複雑な攻防で不安だったが、戦いは特に問題無くルゥが勝ちそうだった。

 そもそも、相手は病人の様な体調で、その上森林に閉じこもって生活していた。

 ルゥは暇さえあればマリウスに訓練をつけてもらっている、現役の冒険者だ。

 その上、三世のスキルによる強化も受けている。破壊力は体格から負けているが、それ以外はほぼルゥの方が上だ。

 顔への打撃も十発を超え、ルゥの被弾は無し。このまま勝負が付くだろう。

 三世もシャルトも、当の本人のルゥでさえ、そう思っていた。


 そのまま十分が経ち、十五分が経ち、二十分経った。

 その間はほとんど同じ動きだ。ルゥが攻撃を避け、顔面に攻撃を叩き込む。間違い無く、一方的な戦いになっている。

 にもかかわらず、長は倒れない。動きを止めない。どれだけ殴られようとも、同じ様に全力で拳を振るい続けた。

 防御力が凄まじいとか、エンチャント防具をこっそり装備していたとか、そういうことでも無い。

 殴られた後、折れた歯は吐き出し、切れた頬は放置し、真っ赤に染まっている。耳すら切れ目が入っている。頭はどこもボロボロになっている。

 長はただ、根性で耐えているだけだった。


 ルゥはこの時点に二つの大きな失敗をしていた。

 一つは油断。勝てるだろうと思ってしまったことだ。その所為で、長引く戦いに慌てが生じた。

 もう一つは同情。戦いなれてはいても、相手を壊しなれていない。ボロボロになった相手に、罪悪感と同情を覚えてしまった。

 その上で、二十分以上殴り続けたルゥは、疲労が現れだした。

 当たり前の様に、その隙を長は見逃すことは無かった。長はルゥの腹に、全力で蹴りを放った。


 ボールの様に吹っ飛び、木の根元に背中を叩きつけられるルゥ。二十メートルは軽く飛んでいた。よほど痛いのだろう。蹲ったまま、言葉も出せずにいた。

「立て。これは戦士の戦いだ。この程度で心を折るな」

 相手を認めているからこその長の発言。だからだろう。長は追撃をかけずに、中央で堂々とルゥが戻るのを待っていた。


 三世は何も言えなかった。自分が、家族が言葉をかけるべきで無いと理解出来たからだ。ただ見ていることしか出来ない。だから、クレハはここを去ったのだろう。


 ルゥはふらふらのまま立ち上がった。背中の激痛の為か、ぴくぴくと痙攣し、肩で息をしながらも、長の元に歩いていった。

 ぺっと口にたまった唾を吐き出すルゥ。唾と思ったら、血だった。内臓も傷めたらしい。

 それでも、ルゥは戦うことを止めない。三世の為だけで無い。相手の為だけでも無い。

 これが、大切なものを守ると誓った戦士同士の戦いだからだ。殴り合いながら、お互いに信頼が生まれていた。

 大切なものを守る為なら、戦い抜ける。それが戦士のあり方だと、ルゥは目の前の男から習っていた。


 そこからは最悪の殴り合いになった。ボロボロで回避出来ないルゥ。相手も同じだろう。だから出来ることは一つしか無かった。

 ただただ、お互いが殴りあうだけ。別にルールを決めたりしたわけでは無いが、お互いが交互に殴りあった。

 血が飛び、肉が抉れ、ボロボロになり続けても、構わず拳を動かす。一種の会話であり、意地の張り合いだった。

 ルゥもお腹を殴らないとか、弱って可哀想とか、そんな事は考えない。どこでも殴れるところはとにかく殴り続けた。

 長も相手が若いとか、女とか、そんなことは一切考えない。顔だろうと腹だろうと、容赦なく殴り続ける。

 お互いノーガードの、見ている方の心が軋む戦い。

 だが、不思議と止めようとは思わなかった。

 ルゥが今までの苦しそうな戦い方と違い、まっすぐに立ち向かっている、何故かわからないが、その姿は輝いて見えた。

 お互い余力はとうにない。決着はすぐ近くまで迫ってきていた。


 それは何の差なのかわからない。体力の差か、身体能力の差か、信念の差か。それとも、後を託すに相応しいと思ってしまったことか。

 体力も無く、怪我でボロボロのルゥだが、拳は鋭く、力強くなっていく。相手の体に当たるたびに、相手の体が震えていた。

 一方、長の拳は力弱くなっていく。最初の頃はあれだけ大きく見えたのに、今長の体は何故か小さく見える。だが、長はそれでも、全力で戦い続けた。

 長が一回殴るまでに、ルゥの攻撃する数が二回、三回、四回と増えていく。それだけ、ルゥの攻撃が早くなっていた。


 ルゥは最後に、地面を踏みつけ、そのまま勢いを殺さず、全力で拳を長に叩き込んだ。

 ドン!と地面を踏みしめる強い音と地響きが聞こえ、長が吹っ飛び、地面に伏した。起き上がる気配は無い。

「ありがとう……ございました」

 頭から血を流しながらルゥは、それだけ言って前のめりに倒れこんだ。


ありがとうございました。

誰も死なない戦いだからスローライフと言い張る勇気。

……ごめんなさい。

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