集落攻略作戦3
獣人の少女は三世を敵視しながら、周囲を見回す。そして、不思議な現状に気付いた。
自分の勘違いに気付き、顔を赤くしながら慌てだす。
「え?あれ?拉致とか?非道な事とかは?」
罠にはめてはいる為、あながち間違いでは無い。だが、大きな勘違いに気付いた獣人は、赤面したまま動かなくなり、三世に怒鳴りつけた。
「か、勘違いさせる方が悪いんだから!」
周囲の獣人達の苦笑いと、微笑ましい視線から、この少女の事が何となく理解出来た様な気する。
「くれちゃん。拉致なんて無かったよ。どうしてそう思ったんだい?」
食事中の一人の獣人が少女に話しかける。未だに赤面し、腰に手を当てたままだった。姿勢を戻すタイミングを見失ったのだろう。
「だって!集落の半数以上の人がいなくなってて、しかも昨日人が来たじゃない。これは何か悪いことがあったなって……」
最初は勢い良いが、後半になるにつれ、声が小さくなる少女。
「昨日の夜の事知らない?」
獣人のその言葉に少女は怒鳴る様に返した。
「夜はいつも早く寝てるから知らないわよ!」
三世は理解した。間違いない。この子はとても良い子だと。
なんとなく、ほっこりとした気分になった。
「あの、誤解も解けたと思いますし、お互い自己紹介しませんか?」
三世がおずおずと少女に尋ねると、獣人の少女は「仕方ないわね」と呟いた。
「私の名前はクレハ。この集落の長の娘。長の補佐にして長の代行よ!私の目の黒いうちはこの集落を潰す様なことはさせないわ!」
びしっと決めポーズの様に、三世に指を向けたまま声高らかに叫んだ。
ぐー。
そしてそのポーズのまま、お腹の虫を鳴らせ、赤面するクレハ。
「あの……串焼きならまだありますけど、食べます?」
ポーズ固定のまま、頭だけ動かしクレハは答えた。
「もぐもぐ……人は……もぐもぐ……信用でもぐもぐもぐもぐ……」
何か不満を言いたいらしいが、何を言いたいかさっぱりわからない。
「食べながら話すのは駄目だよ。話すか食べるかにしないと」
ルゥのお叱りに、クレハは頷き、無言で串焼きをほおばることに集中しだした。話すより食べる方が大切らしい。
串焼きを一本食べきった後、丁寧に手を合わせて「ご馳走様」と言うクレハ。やはりこの子はとても良い子だ。
「もういいの?もっとあるよ?」
ルゥのその言葉に、恥ずかしそうにそっと空の皿をルゥに渡すクレハ。
それにルゥが頷き、串焼きを用意に行った。
「ご主人様、なんだか嬉しそうですね?」
シャルトの言葉に三世は頷いた。
「なんというか、あの子を見てるとほっこりとしません?可愛らしいというか和むと言いますか」
「あー。ちょっとわかりますね」
シャルトにも気持ちは伝わっていたらしい。珍しく、シャルトが他人に興味を持っていた。
串焼きを二本食べた後で、再度手を合わせ「ご馳走様」を言うクレハ。
その後立ち上がり、三世を指で差す。
「私は騙されないわよ!人は信用出来ない。何を企んでいるの!?」
そう言いながら、クレハは三世を睨む様に見ていた。ただ、最初の時の様に敵意を感じないし、周囲の獣人達も生暖かい目でこのやり取りを見ていた。
「とりあえず、私達もご飯食べてからで良い?話長引きそうだし」
ルゥの言葉に「あ、すいません」と一声謝り、少し離れた所に移動してこっちが食べ終わるのを待つ姿勢に付くクレハ。
「今日は閉店でーす。明日お越しくださーい」
日も落ちきり、月明かりの中でルゥがそう叫ぶ。
えーと絶叫が聞こえる。時間で言えば九時位だ。昨日徹夜したことを考えたら早すぎる位だろう。
「一つ!材料の残りが怪しい!二つ!子供皆眠そう!三つ!私達も疲れた!だから明日にしよ?」
ルゥの言葉にしょうがないというニュアンスのまま、残念そうに獣人達の集団がとぼとぼ帰って行った。
子供の獣人は皆おねむの様で、大人達の背に抱かれていた。
「とりあえず、長には言っておくから後頼むわ」
何時から居たのか。どこにいたのかわからないが、タタが小さな声で三世に耳打ちしてから、他の獣人と一緒に去って行った。
残ったのは三世達とクレハだけになった。
「あの、甘い物位なら出しますからご一緒しませんか?」
少し離れた所からじーっと見ているだけのクレハに三世はそう提案した。
クレハは無言のまま、すすすと近寄り、側に座った。表情は真面目だが、口元はもの欲しそうに見える。
「せっかくですし、私が作りましょう」
三世は立ちあがり、料理を始めた。
残り少ない粉に、今日商人から買った残り少ない牛乳。卵は無いがしょうがない。
ぐるぐる混ぜながら味を整え、ホットケーキを三枚作った。
三世はそれを一枚ずつ皿に乗せ、メープルシロップをたっぷりかける。そして、皿の一枚をクレハに渡した。
「どうぞ、召し上がれ」
「い、いただきます」
クレハは口を尖らせたまま、皿を受け取る。
一口食べた瞬間、目から光が出ていると勘違いするほど瞳を輝かせ、一心不乱にフォークを動かした。
その光景に三世はうんうんと頷きながら喜んだ。
自分の分は無かったが、割と満足な気持ちに三世はなった。
三人はクレハの様子を見ながら、遅めの夕食を済ませた。
「とりあえず私達も自己紹介しますね。私がヤツヒサ。ラーライル王国から今回の騒動を任された冒険者で、こっちが娘のルゥとシャルトです」
「です!」
と嬉しそうに手を上げるルゥ。
「今の所娘です。将来的にはわかりませんが……」
ふふふと笑いながらそう言うシャルトに、三世は聞こえないフリをした。
「あの、娘?でも、人と獣人だし、あの……」
「娘です」
何か言いたそうなクレハに、三世は強引に押し込む」
「いや、でも、首輪」
「娘です」
「あの……で」
「娘です」
そう。娘です。誰がなんと言おうと、今は二人とも大切な娘です。
「はい。ワカリマシタ……」
クレハも折れて、それ以上この事には触れなくなった。
「とりあえずどうしましょうか?お互いの要求でも聞きあいますか?」
三世の言葉に、クレハ首を横に振った。
「残念だけど信用出来ないわ。あなたが人というだけで、取引が出来なくなる程度にはね」
その発言は、クレハ本人の発言では無く、集落の代表としての発言だった。
「では、どうしたら信用が得られるのでしょうか?」
「そうね。時間をかけるしか無いと思う。集落としても、あなた達にしてもらった事は大きな恩として受け止めているわ」
「いえ。集落に信用されるのでは無く、あなたに、信用されるにはどうしたら良いでしょうか?」
三世の切り替えしに、クレハは困った様な、悩むような表情を浮かべる。
代表としての立場があるクレハが、安易なことを言えないのは三世にもわかっている。だからこそ、そんなクレハに信用されない様では何も始まらない。
「そうね。なら明日一日……。いえ、今からあなた達と一緒に生活します。その結果次第で、貴方達が信用出来るか判断させてもらうわ。良いかしら?」
クレハの言葉に、三人は頷いた。
「良いけど、クレハも生活とか手伝ってくれる?」
少し心配そうにルゥが尋ねる。
「もちろん。遠慮しないでこき使ってくれて構わないわ。同じように出来る自信は無いけど手は抜かないわ」
「だったらよろしく!クレハ!」
ルゥは嬉しそうにクレハに抱きついた。クレハは困っていたが、振りほどくことはしなかった。
「とりあえず、予備のテントを建てましょう」
三世はそう提案し、テントをもう一つ側に建てた。流石にクレハと一緒に寝るのは三世には難しい話だった。
あっちは気にしないだろう。だが、誰よりも三世が気にした。
テントの中で、わくわくしながら待機しているシャルトとルゥの様子に、クレハは気になった。
「これから何かあるの?」
そう尋ねるクレハを、ルゥは手を引っ張り自分の横に座らせた。
「うん!一緒に聞こうよ!」
そんな三人を見ながら、三世は絵本を取り出した。
今日取り出したのは『一匹のぶたさんのお話』
以前読んだことのある話だ。
内容は、一匹のぶたが美味しく食べられたいと願うが、その願いは叶わず、諦めて旅に出るという話だ。
三世にもシャルトにも良くわからない。不思議な世界観。シュールな内容。だけど、不思議な魅力があり、その上これはこの世界の本当の話である。
もしかしたらその『ぶたさん』に会えるかもしれないと思い、ちょくちょくその絵本を持ち歩いていた。
始まるまでは「絵本なんて子供みたい……」と愚痴っていたクレハ。
だが、いざ始まると興味深そうに真剣に聞き、終わると「なんだこれ」と頭に疑問符を浮かべた様な顔になっていた。
三世もその気持ちは良くわかった。
「なんでしょうね。このお話」
三世はクレハの気持ちに同意しそう返す。面白くないことは無いが、不思議で他に言いようが無かった。
「ちなみにこれ、実話らしいです」
「え?嘘!?」
クレハは口を手で隠しながら盛大に驚いた。
日課も粗方終わり、後は寝るだけとなった。ルゥはクレハのテントの方に行った。
一人は寂しいだろうし、せっかくだから仲良くなりたいという事らしい。
なので新しく建てたテントにルゥとクレハが。
今までのテントに三世とシャルトが寝ることになった。シャルトの目はらんらんと輝いていた。
ちなみに見張りは立てない。というよりも必要無い。側に獣人が何人も待機している。
クレハの護衛兼用だろう。念のため装備は側に置いて、今日は見張りを立てずに眠ることにした。
二人で寝ている時に、三世の背中からシャルトが囁く様に話しかけてきた。
「二人っきりですね……」
艶のある声でそう囁き、三世の背中にのの字を書くシャルト。
「そうですね」
三世はそれだけ答える。
「声抑えましょうか?」
「結構です」
「何でもしますよ?」
「寝てください」
「でも……せっかくの二人っきりですよ?」
三世の膝に足を絡ませてくるシャルト。三世はいい加減諦めて、シャルトの方を向いた。
「シャルト。本音を教えて下さい。そういう様なことをする気は無いでしょう?」
その言葉にシャルトは俯いて黙り込んだ。
何となくだが、三世はわかっていた。シャルトは隙を見たらちょくちょく性的にちょっかいをかけてくる。
だが、そういう事をしたいわけでは無いと。もし本気なら、もう少し三世も悩む。
だが、シャルトのはただの冗談だ。もし三世が本気でそれを望むなら喜ぶだろう。だが、少なくとも自分からそういうことをするつもりは無さそうだ。
にもかかわらず、冗談を言い続ける理由が、三世にはわからなかった。
「怒ってるわけでは無いです。ですが、どうしてそういうちょっかいをかけてくるのか教えてもらえませんか?」
発情期の可能性も考えた。だが、獣人に明確な発情期と呼べる時は無い。
そもそも、発情期ならこの程度では済まないし、対処方法もあるにはある。
「ご主人様にされることなら嫌なことは無いですよ?もし望むなら何でもするのは本気ですし。でも、本音を言うならですね……。時々意味も無く寂しい気持ちになるんです。贅沢なのはわかっているんですけどね」
何となく、シャルトの言いたいことはわかった。
理解出来たとは口が裂けても言えない。ただ、寂しいから構ってほしくて、色々なちょっかいをかけてきたというのは、三世にも伝わった。
冗談でもそういう事を言うと、今まで叱ってきたし、酷い時は叩いてきた。それがシャルトには何よりも嬉かったらしい。
シャルトは、ただ父親に甘えたいだけだった。
三世は両手を広げてシャルトを誘う。
「おいで」
その腕の中に迷わず入り、目を閉じるシャルト。安心した様な穏やかな顔になり、三世の胸の辺りに顔をこすりつける。
「でもご主人様。もし私が、本気でそういう関係を望んだら、ご主人様はどうするんですか?」
その言葉に三世は沈黙する。そして出た答えは、シャルトの頭を撫でて誤魔化すことだった。
でも、シャルトはそれで良かったらしい。三世の腕の中で、シャルトは安らかな顔のまま眠りについた。
三世は、今からそうなった時の為に必死に言い訳を考えながら眠る。結局、便利な言い訳は結局思いつかなかった。
今までは三人は、見張りを立てながらの為長時間纏めての睡眠を取ることが難しかった。
なので今日は、久しぶりにゆっくり睡眠がとれ、体をリフレッシュすることが出来た。
最近は朝方の寒さも感じず、むしろ夜に寝苦しいと思う回数が増えてきた。嫌な意味で夏の訪れを感じる。
三世は色々な所に行って、カエデの村の素晴らしい特長に気付かされた。
大規模なカエデの木の為に、周囲の温度は冷蔵庫なみに固定されている。
つまり、カエデの村周囲は避暑地として最適であると言えるだろう。
というよりも、この当たりの地形は昼間が暑く、夜が蒸し暑いので、三世はカエデの村に戻りたくなっていた。
「おはようヤツヒサ。それでこれからの予定は?」
きりっと真面目な顔で朝を挨拶に来たクレハ。ただし右側だけ寝癖が付いている。
「おはようございます。良く眠れたようですね」
にこにこしながら三世も挨拶を返す。そんな三世の視線の先に気付き、自分の髪を手で触り、寝癖に気付いたら赤くなって元のテントに戻った。
何と言えば良いかわからないが、とても新鮮な気持ちになる子だと思う。
ルゥもシャルトも娘だが、手のかからない良い子だ。反抗することなど滅多に無い。
だからだろうか、ちょっと反抗的だけど、こっちをちゃんと見ているクレハはとても新鮮で可愛らしく思う。
あともふもふしてるのがとても良い。
慌てて戻ってきたクレハ。今度は寝癖も無くなっている。
その後ろから眠そうに出てきたルゥは、左側の髪がぴょんと跳ねていた。
クレハが必死にルゥの寝癖を直している間に、シャルトと協力して朝食を用意する三世。
残った最後のパンにベーコンと火をしっかりとおした目玉焼きを挟む。
飲み物は余った果実を適当に絞ったなんちゃってミックスジュース。
三世達にとっていつもの朝食。
だけどクレハにとっては非日常な朝食だった。クレハは感動し目をキラキラさせ、宝物を大切にする様に、朝食を食べた。
「それで、これからの予定ですが、恐らく今回は最大規模になると思います。なので、クレハさん。協力お願いします。私達だけではきっと処理できない問題でしょう」
至極真面目に言う三世に、クレハは息を飲み、頷く。
「何かわからないけど、私に出来るなら言って。出来ることを手伝うわ」
決意をこめたクレハの言葉に三人は頷く。
「ではクレハさん。何が出来るか教えていただいていいですか?」
三世の言葉に、クレハは指を折りながら自分の特徴を伝える。
「そうね。小さな村くらいなら管理出来るし、五十人以下なら戦闘でも指揮できるわ。他にも集落を守る知識ならそれなりと自負してるわね」
「なるほど。長の跡継ぎだからですね。では狩猟などはどうでしょうか?」
その質問にクレハ自信満々に答えた。
「投石ありなら鳥でも落とせるし四足の獣なら大体の獣の足を折れるわ。流石に射程で弓には負けるけど、中距離以下の狩猟なら大得意よ」
思った以上の即戦力だ。三世はもちろん。ルゥもシャルトも嬉しそうにしている。
「それで、一体何が起きてるの。説明して」
至極真面目なクレハの顔は、今日の獣人達の夕食調達についてと知った瞬間、気の抜けた間抜け顔に成り下がった。
更に、今日は五十人来ると想定していると話した瞬間。手をついて謝罪しだした。
「うちの者が申し訳ありません」
俯いているが間違いない。その顔は羞恥に溢れトマトの様になっていると三人は見なくてもわかっていた。
言うだけあって、クレハは確かに有能と言えるだけの成果を残していく。
身体能力と戦闘関係はルゥと比べたら大きな差があるが、狩猟という意味で言えばルゥよりも優れてる。
飛んでいる鳥をただ石を投げるだけで落とすのは予想以上に凄い。
ルゥとクレハに狩猟を任せ、三世は商人を探して買出し、シャルトは野菜や果物、キノコ類を探した。
僅かでも齧ればその食べ物が食用かどうかわかるシャルトが、片っ端から調べながら、採取していった。
そして数時間後、四人はテント前に集った。
買出しはかなりうまくいった。というよりも買いすぎた位だ。どうしても、『アレ』を見たら買うのを我慢出来なかった。
獣人三人も十分な成果があったらしい。肉も野菜も揃った。皿も事前に百皿用意した。
今日が料理を用意する最後の日になる。三世はそんな予感を感じていた。クレハが来た事も考えて間違い無いだろう。
だから最後は盛大に行きたかった。
「というわけで、今回はちょっと変わった物を作りましょう」
商人により大量の根菜と小麦を買い込んだ三世はルゥにそう提案する。
そのレシピを聞き、ルゥはとても興味深そうにに耳をぴこぴこ動かし喜んだ。
この世界ではカレーは特別で、ある意味禁忌の料理とされている。
大昔、過去の稀人のやらかしの所為でとんでもないことになっていた。
昔の稀人は、カレーを作り、それを高級品として貴族に売りつけた。
見たことも無い食べ物。魅惑的な香りに濃厚な旨みで、それは中毒と呼べる位に流行った。
これは特別な食べ物。これは希少な素材をふんだんに使った。そういう歌い文句で騙し続けた。
別にそんなことは無い。ほとんどが安い素材で作れる位だ。
にもかかわらず、稀人は貴族に法螺を吹きまわり、莫大な財産を築きあげることに成功してしまった。
流石に露骨な上、悪質だった為に、その稀人は逮捕され財産没収になった。
だが、時既に遅し。
カレーは高級品といったイメージがつき、払拭することが出来ない状態になっていた。
そして更に不幸だったのは、その稀人のいた国はラーライル王国だった。
これを否定すると騙された貴族たちの名誉を破壊するし、肯定すると詐欺行為に加担することになる。
国という立場を守る為に、どっちの選択肢も選ぶことが出来なかった。
結局出来たことは、『カレーを作って良いのは宮廷料理人のみ』という高級ブランドを確立することだけだった。
「ということで、今日作るのはオニオンとトマトのスパイス入りシチューです」
三世の説明に、ルゥとシャルトが拍手をして盛り上げる。クレハもマネする様に小さく拍手をした。
そう、これはカレーではありません。シチューの亜種です。ご飯に合う味で、小麦の平たいパンも一緒に作るがこれはシチューです。
そういうことにして、三世達は夜に間に合わせる様に仕込みに入った。
鶏肉は一口大に切り、発酵させたなんちゃってヨーグルトに混ぜる。ちゃんとした物が無い為、間に合わせのそれっぽい物だ。
獣肉はミンチ状にし、『アレ』を少し混ぜる。
そう。三世が買った『アレ』、つまりスパイス各種だ。
スパイスを見かけたら、やはりこれをしないといけない気になるのは、しょうがない事だと三世は思っていた。
スパイスの余りを獣肉のミンチに混ぜ臭みを取る。
次に玉葱を出来る限り細かく微塵切りにし、残りのトマト等の野菜は全て一口大にする。
ニンニクは微塵切りにしたものと、一口大の物二種類を用意する。
玉葱を薄い敷いた油の上であめ色になるまで炒め、あめ色になったら微塵切りにしたニンニクを加えて更に炒める。
その後トマトを加え炒め、スパイスを全種類ぶち込む。
その後、野菜、鶏肉、水を適当に加え、焦がさない様に炒めたら完成。
そう『オニオンとトマトのスパイス入りシチュー』の完成である。決してカタカナ三文字のアレでは無い。
二日間見た結果。食べられる物は獣依存では無く、人依存。
つまり人の食べられる物なら何でも大丈夫と判断した為、三世は動物には出せない特別なメニューにした。
残った時間で薄いパン、流石にナンはこの場では作れそうにないからなんちゃってナンを準備しながら、獣人達が来るのを待つことにした。
今までも香りに負けて、寄って来ていた。だが今回の香りはそれまでの比では無い。
暴力的な香りだ。わずかな匂いでも空腹が刺激され、他の香りが全て消える様な、殺人的な香りとさえ言えるだろう。
だからだろうか、料理完成前に既に獣人達が綺麗に一列になって待機している。
先頭にはタタが立っていた。昨日と一昨日見た獣人は全員いる。もしかしてこれは、集落の獣人が全員来たのでは無いだろうか。それだけの人数が並んでいた。
「クレハさん。後いない人ってどの位いますか?言えないなら言わなくても良いですが」
「十三人。怪我人が八、防衛に三、人嫌いが一、そして長が一ね」
秘密かと思ったが、案外あっさり答えてくれた。
「あなた達を疑ってごめんなさい。今日一日、一緒にいてよくわかったわ。あなた達なら信用出来る。長にあなた達のこと、私から説明しておくわ」
どうやら自分達は信用に値すると認めてもらえたらしい。
「それと、最初に会った時怒鳴ってごめんなさい……」
クレハはしゅんとしながら呟いた。謝れなかったことをずっと後悔していたらしい。
「いえ、気にしてませんよ。それより、今日この後大変なので手伝って下さい……」
三世の言葉に申し訳無さそうにクレハは頷いた。
「むしろ貴方達にさせて申し訳ない気持ちでいっぱいよ……」
獣人達は綺麗に列を並んではいるが、雰囲気は暴徒そのものだ。
急いで準備しないと奪い合いが発生しそうでもある。
「なんというか、ごめんなさいうちの馬鹿共が……」
クレハは恥ずかしそうにしながらそう答えるしか出来なかった。そんなクレハの頭を、三世はぽんぽんと撫でた。
そして、カーニバルの時間が始まった。
予想通り、戦場の様な忙しさになる。途中から昨日手伝ってくれた人が自主的に手伝ってくれたが、それ以上に人が多く、手が足りない。
そしてお代わりの頻度も早い。途中から時間が足りず、なんちゃってナンの代わりに蒸かした芋を代用したがそれでもまだ手が足りない。
カレ……シチューの魅力は世界を越えても伝わり続けるものらしい。
「ヤツヒサさん。お願いがあるんだけど」
慌しい中で、クレハが三世に話しかけた。
「なんでしょうか?」
「十三人分。その料理をわけてもらえない?」
クレハの言いたいこと、したいことは察した。どうしてもこれない人の分のことを考えていたのだろう。
「三十人分準備しています。こっちでは食べられないでしょうし、クレハさんもあっちで食べてきて下さい」
三世はテントの側を指さした。横に広い岡持ちの様な棚に、皿が三十枚積み重ねられている。
その横に清潔にした布の袋に入れられたなんちゃってナンと果物も準備してあった。
クレハ頭を下げて、急いでその二つを持とうとして、持ちきれず、タタを顎でこき使って集落に戻っていった。
クレハが抜けた後は戦場が更に酷くなった。時間にして三時間程度。ただし、体感では十時間以上。それほど疲労が溜まる戦場だった。
平気なのはいつもこの位軽く処理しているルゥだけだった。
今日は昼過ぎから始まったから、全部終わっても日が落ちていない。
満足したのか、数十人の獣人達は牛の様にごろごろしていた。
唯一片付けを手伝ってくれている女性の獣人が牛型と言うのは一種の皮肉にも感じた。
戦場が終わり、片付けの最中にクレハが、最初来た時と同じ様に怒りを顕わにしながら歩いて来た。
ただし、今回怒りの対象は三世では無い。
「こらー!作ってもらって何横になってるの!せめて出来ること手伝いなさい!施してもらって当たり前なんて思っているの!?」
腰に手をあて、怒鳴りちらすクレハを見て、寝転んでいた獣人が一斉に立ち上がり、もたもたと手伝いだした。
「ここは任せて行きましょう。一応念のため大切な物は持ってきてね?」
クレハは三世に手を伸ばしこっちに来るように誘った。
「どこに行くのですか?」
三世の返しに、クレハは悩み、その後真面目な顔をして対応を変えた。
「申し訳ありません。長の代行をしているクレハです。長があなた方を人の代表として会うとお決めになられました。よろしければ集落にどうぞ」
丁寧に一礼し、そう三世に話す。
三世達は、冒険者としての装備と貴重品を持ち、テントをそのままにしてクレハの後に続いた。
ありがとうございました。