集落攻略作戦2
沈黙が流れる。お互いがお互いを凝視し、瞳を外そうとはしない。
会話も無く、夜の世界の中、小さな灯りだけの世界で、男同士の二人は、ただ見つめあう。
ルゥもシャルトも言葉を失っていた。というよりも、何を言えば良いのか適切な言葉が見当たらず、黙ることしか出来ずにいた。
長い沈黙。気まずい空気に耐え切れなかった三世は、見詰め合っていた相手、獣人に話しかけた。
「どうして、そんなことになっているのでしょうか?」
獣人は恥ずかしそうに呟いた。
「俺が聞きたい……」
ルゥの料理をエサに仕掛けた罠は、しかけてわずか五分という時間で獲物が引っ掛った。
それは、昼間に会ったばかりの獣人の男、タタだった。
一体何故五分で捕まることになったのか……。罠を仕掛けた三世ですらも理解が出来なかった。
「とりあえずだ、どういう目的で罠をしかけたのか教えてもらって良いか?」
足にロープが巻き付かれ、逆さで宙に吊るされているタタが真面目な顔で三世に話しかける。
タタの両手両足は動物特有の形状を大きくしたような形をしている。指は五本だが、指自体が相当太い。
だからだろう。ロープを外すことが出来ないらしい。もしロープを外してももう一度罠が作動する様になっているから意味は無いが。
「えっとね。一緒にご飯食べようと思って」
ルゥがもじもじとしながらタタに話しかける。タタは三世の顔を見て、三世は頷いた。答えはそれで合っている。
タタは頭に疑問符を浮かべた顔をしながら、三世に再度尋ねる。
「あん?良く分からん。どういうことだ?」
「とりあえず、逃げないで下さいね?ご飯準備していますから」
そう言いながら、三世は罠をロープを外そうと……、外す前にタタに一つ相談した。
「あの?手とか足のにくきゅう……触っても良いですか?」
妙に期待した瞳で見てくる三世に、タタは何を言っても無駄だと感じ、ため息を吐いた。
「好きにしてくれ……」
呆れた様な、諦めた様な顔のタタを無視し、三世は満足行くまでにくきゅうを堪能した。
ぷにぷにしていた。
三世の非常に大切な用事が終わった後、タタはロープから開放され、約束通り食事が振舞われた。
「それで、どうしてタタさんが来たんですか?防衛の重要な戦力とお見受けしたのですが?」
三世は、猛烈な勢いで食事を食べ進めるタタにそう尋ねた。
手づかみで肉を食らい、シチューもスプーンを使わず直接更に口を付けて飲みこんでいた。
「あん?俺が来た理由は真面目な理由と不真面目な理由の二つがあるけど、どっちから聞きたい?」
正直に教えてくれるらしい。何故かわからないが、タタは最初からかなりフレンドリーだった。
「じゃあ、真面目な理由から教えていただけますか?」
「良いけど、これ食うまで待っててくれ」
それ以降。タタはしゃべる時間も惜しいと言わんばかりに食事に没頭した。
両方の皿が空になり、当たり前の様にお代わりを要求するタタ。
そしてその間に説明してくれるらしい。タタは座ったまま三世に向き合い、質問に答えだした。
「まともな防衛戦力が足りないから俺が来た。俺以外は怪我を負っていたりトラウマで不安定だったりと安定していない。俺が一番使い勝手が良くて替えが利くコマだからだ」
タタの言葉に三世は納得する。おそらくだが、会話が成り立つ人すら少ないだろう。
あれだけの所業を受けたら、その気持ちも良くわかる。
「それで、もう一つの理由は一体何でしょうか?」
その質問に、タタは長く息を吐き、神妙な顔で答える。なんとなく、こちらが本当の理由の様な気がした。
「ふー。それはな……。俺がジャンケンに勝ったからだ」
微妙な沈黙が流れる。三世は何を言えば良いのか一瞬わからなくなった。
「ジャンケン。結構な人数参加したのですか?」
こくんとタタは頷いた。
「ああ。トラウマ持ちだろうと、怪我人だろうと関係無く、よだれを垂らしながらな」
やれやれと呆れ顔のタタ。ジャンケンに参加し、大人気なく勝ち残った挙句、お代わりまで要求している自分を棚上げして、他の獣人にため息を吐いていた。
結局タタは、その後三回お代わりをし、満足な顔をして寝転がった。
「いやー。マトモな飯ってすっげー久しぶりだわ」
嬉しそうに腹を押さえるタタに、三世が尋ねた。
「やっぱり、怪我人や子供が多いから食料事情がよろしくないのでしょうか?」
「いんや。単純に料理できる奴が一人もいないだけだ。選択肢は基本生か焼くかしか無いな」
三世はその言葉になるほどと頷いた。どうも獣人は料理など作業工程の多いものを嫌う傾向にあるらしい。ルゥを除いて。
「俺からも聞きたいんだけど、やっぱりこれって最後の晩餐的な奴か?これだけ豪勢だったし正直それならそれで良いかなって気もしてきたぞ」
寝転がったまま、気の抜けた声でタタが呟く。それは全てを諦めている様にも思えた。軽口ではあるが、命を大切にしている様にも見えない。
それほど、集落の生活は過酷なのだろう。三世はタタの精神も限界に近かったのだと理解した。
「いえ。別にそんなつもりは無いですよ。歩ける様になったらお戻り下さい」
三世に言葉にあわせ、三人でにっこりとタタに笑いかけた。
警戒されないようにだが、逆に不気味でタタは若干引いていた。
「むしろお土産もあるよ!はいこれ!」
そう言いながら、ルゥはタタにメープルシロップの小瓶を渡した。
お土産に困ったらメープル。それがカエデの村出身者の常識だった。
小瓶を抱えたまま、タタは首を傾げながら集落に歩いて戻った。
最後まで頭に疑問符を浮かべた様な表情をしていた。
「こんな感じで良いかな?」
ルゥは三世にそう尋ね、三世は頷いた。
「はい。完璧です。なので次の準備をしましょう。タタさんが話しをしたらきっと次の人も来ると思いますので」
そういう三世の袖を引っ張り、虚空を指差すシャルト。
その何も無い方向を三世が見ていると、その方角から全速力で獣人が走ってきて、そのまま罠にかかってぶら下がり、大声で何かを喚いていた。
「るー。このペースで来ると食器の在庫が不安かも……」
三世は葉っぱで食器を作ることを検討しながら、次の客をもてなした。
別に難しい計画というわけでは無い。敵意が無いと示す為に料理を振舞う。極論で言えばこの程度の陳腐な考えだ。
陳腐で薄っぺらい、計画性の欠片も無い考え。だが、三世には自信があった。
食事をすること以上に重要なことは少なく、それが足りていないとわかっているのだから、その上料理人はルゥシェフ。失敗の可能性は考えていなかった。
罠で捕まえ、その過程で三世が診る。気付かれない様に出来る限り治療し、必要なら食後に薬を渡す。こればかりは飲んでくれるかわからないが。
そういう生活を数日続けて信用を勝ち取り、集落の長と相談するのが三世の計画だった。
一つだけ、予想外なことが起きた。思った以上に人が訪れたことだった。
信用が無いとか、人は敵とか、消えない恨みとか、そんなこと以上に美味しい物を食べたいという欲求が強かったらしい。
初日から大盛況で、朝になるまでに合計三十人の客が来た。
結局夜通し訪れ、朝になるまで一睡も出来なかった。
もう少し余裕のある計画のはずだったが、そうでもない。いつも通りの激務だった。なんというか、最近そんな想定外ばかりである。
三人は交代で見張りをし、睡眠を取る。そして日の出ているうちに今日の分の食材調達と準備を始めた。
肉は豊富でそれなりに取れたが、野菜はやはり見つからなかった。代わりに、例の町に行く商人の馬車を見つけ、三世が直接交渉した。
その結果。野菜と果物等この辺りで見つけにくい物を購入することが出来た。
そして日の出ているうちにルゥは料理を始めた。簡単な物だが、人数が多いからある程度作り置きしておきたいのだろう。
ニコニコ顔のまま、鼻歌を歌いながら料理をするルゥに、その横で頭を抱えて困り顔のシャルト。理由は何となく予想出来た。
獣人が既にスタンバイしているのだろう。三世の目には映らないが、二人の反応を見て間違いないと確信した。
「シャルト。何人位ですか?」
三世は準備の為に人数を聞いた。
「三十人位だと思います」
三世も、シャルトと一緒に頭を抱えた。横ではルゥが気合を入れて仕込作業をしていた。
五人位は一度に来ることも想定していた。だから罠の最大人数は五人だ。ただ、その六倍は想定外で、どうしようもない。
三世は罠を使うという計画を変更することにした。どうせ罠が無くても暴れないだろう。
罠を解除し、木の棒を地面に数本突き刺し、その間にロープを張り、一列に誘導できる道を作った。
「ルゥ。料理の準備が終わったらこう叫んで下さい」
三世がひそひそとルゥに言うべき言葉を説明し、ルゥは頷いて料理の仕上げに取り掛かった。
時刻は夕暮れ時、まだ日が落ちる気配は無いが、どうも待ちきれないらしく三世も何度か獣人を発見した。
小さな刺激から子供の獣人が何度かぴょこぴょこ出たり入ったりしている。隠れているつもりだろうが、丸い耳が茂みからはみ出していた。
それと同時に、肉食獣の様な気配が当たりに漂う。自分が狙われている様で、三世は悪寒を感じる。子供以上に大人が待ちきれないらしい。
料理の最終段階が終わり、香りが広がりだしたら、獣人達の動きは更に活発になった。
子供の獣人はひょこひょこと何度も出たり入ったりしている。何度も目があった位だ。
それ以外も、ぐるると言った威嚇音とどこからともなく腹の音が鳴り響き、良く分からないプレッシャーを感じる。
ほとんどの獣人は隠れることすら忘れていた。
「出来たよ!欲しい人はきちんとロープの間で一列に並んでね!約束破った子には上げないから!」
ルゥの大きな一声と同時に、獣人達が飛び出してきた。
それはそれは綺麗な整列が出来ていた。きっちり一列。縦のズレはほとんど無く、直立不動。まるで軍隊の様ですらあった。
三世はルゥの用意した料理を更に入れて配り始めた。
今回用意した料理はキノコと獣肉の香草焼き。数は五十人分。そして配ったのは三十五人前だった。
はい。どう考えても足りません。何しろこの人達間違いなくお代わりするので。
「んー。急いで何か作っても良いけど、それでも時間足りないよねぇ。待たせるのも悪いし、どうしよ?」
ルゥが困った顔をしながら呟く。調理器具も食材も不足している外という空間だと、流石のルゥでもどうにかする手段が無かった。
「ヤツヒサ。何か良い方法無い?今すぐに作れる美味しい料理とか」
ルゥの質問に三世は考え込んだ。そんな名案あったら料理人が世界にいなくなるだろう。
調理器具がもう少しあれば、同時に料理が出来る為何とかなるだろう。
串があれば火だけで調理が可能だから何とかなるが、手元にある串は三本しかない。
パンなど加工が少なくても良いものがあれば良いのだが、今は手元に数が無い。
普通に考えたら、すぐに料理を用意するのは難しいだろう。
「じゃあ、足りない物を食べる人に用意してもらいましょうか」
三世はにっこりとした顔で、料理を楽しんでいる獣人達に話しかけた。
「すいません!調理の人手が足りません。この中で手先が器用な方と料理が出来る方。お手伝いしていただけませんか?」
獣人達は、呆然とした顔で三世の方を見た。
作業班は獣人三人と三世が担当した。ナイフを持ち、木を細く長く削る。それが出来たら、次は調理班に渡す。
調理班はルゥと女性の獣人一人が担当した。料理経験は無いが、学んでみたいらしいので、ルゥが丁寧に指導をしていた。
といっても、今回は串焼き。下味もつけているので肉と野菜を交互に串に刺すだけだ。
そしてそれをルゥが火の側に立てかける。火の管理はその時暇な獣人が適当にしていた。
そして出来上がった串焼きは、子供を中心に新しく来た人達に振舞われた。
それは奇跡の光景だった。人と絶対に馴染めない不遇な獣人達が、人の言う通りに動き共に作業をする。
当たり前だが、恨みが無くなった訳でも人を許せる様になったわけでもない。
ただ、食べ物の前には誰もが平等だっただけだ。
そう。獣人達は、長く重なった十数年の恨みよりも、今の食欲の方が大切だった。
子供達は笑いあい、大人はそれを嬉しそうに眺める。
そしてその間に三世は獣人達を治療して回った。
消えない火傷、動かない手足、欠けた指。その位なら今の三世は瞬時に治せる。
顔に負った火傷が消えた瞬間、周囲はあまりの驚きに黙り込んだ。
指が生えたのをみた時には、三世の治療技術を疑う者は一人もいなくなった。
獣人相手であるなら、三世の治療はもう魔法の領域と言っても良いほどだった。
だがそれでも、治療出来ない人もいた。腕がまるまる無かったり、人が触れるだけで怯える人だったり。この当たりは三世でも手の出しようが無かった。
それでも、獣人達は奇跡を感じていた。腹が美味しい物で満ち、怪我人のほとんどが治り、子供達が皆笑っている。
人の事は相変わらず憎い。だけど、三世に対して憎しみを感じている者は、ここには一人もいなかった。
ただし、何事も例外はある。
人をどうしても許せない者、許してはならないと思う者がいる。
それは身内を殺された者。人にトラウマを強く植え付けられ歪んだ者。あるいは、その苦しみを受けた獣人達の代表者……。
突然、三世に対して強い敵意が飛んできた。
シャルトがすぐに反応し、三世の側に付く。
少し遅れてルゥが盾を持って三世の前にたった。
その方角を三人は見つめた。三人だけで無く、その場にいる獣人達も、息を飲んだままその方角を見つめていた。
ゆっくりと、その方角から獣人の少女が歩いて来た。
十四、五くらいに見える猫耳の獣人。もしかしたらもう少し若いかもしれない。
ショートカットの赤い髪。ルゥと比べたら、少々茶色が混じって見える赤茶色の髪の色。
そして同じ色で、腕や足にも短い体毛が覆われていた。背は低く、手足は細くしなやで、顔も体も人と獣のちょうど中間位だ。
耳はシャルトと同じ猫型ではあるが、シャルトより少し丸い。ネズミの耳に近い形状をしていた。
「あんた!一体何が目当て!?うちの者を拉致なんてして!ただじゃおかないんだから!」
腰に手を当て、ぷんぷんと怒りながら、少女は三世を睨みつけていた。
ありがとうございました。