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集落攻略作戦1

 

 日の出頃に三世が目を覚まし、交代でルゥに三時間ほど仮眠を取ってもらってから、三人は今日のこの後について相談を始めた。

 獣人の集落に向かうのは確定として、問題はどう対処してどうするかだ。


 手段としては言わば、何をしても良い。反乱さえ無くなり、獣人達がまた国民にさえ戻れば問題無い。

 税なら十年くらいなら無税にしても良いし、新しい村として元のまま認めても良いし、そこそこ良い立地の村を紹介も出来る。

 だが、問題はその話をすることが難しいことだ。

 下手な事は言えない。相手は間違い無く人族全員を恨んでいる。その上で、何を言えば良いのだろう。


 三世はもう一度出発前に渡された資料を読みあさった。

 資料の中で詳しく書かれているのは三人。ただし誰も名前は判明していない。

 近づくことは出来ず、隠れながら双眼鏡を使っての情報収集での限界だったらしい。


 最初は虎らしき男性の獣人。全身が黄色い毛に黒の模様が書かれており、顔も獣より。丸い耳に大柄な体格。

 なぜ……なぜ資料の絵にはにくきゅうが描かれていないのか。それだけが三世には心残りだった。だから実際に見ることに決めた。

 好戦的な様子だったと書かれている。


 二人目は狐の女性の獣人。黄色い髪に白い肌。シャルトと似た感じで、耳と尻尾くらいしか獣要素が無い。

 ただし、耳は長く尖っていて、尻尾は大きく隠し切れない。その所為で目立ち、実験材料にされた。

 中身をボロボロにされた後、面白そうという理由だけで、町に返された。

 運良く仲間の獣人が助けたから生き延びたが、町民に殺されかけていたらしい。

 怪我と実験の後遺症で歩くことも出来ないらしい。魔法が使える為要注意。

 うん。体を治したら尻尾と耳を触らせてもらえないだろうか。

 三世はもう治した後の事を考えていた。というよりも、現状を考えたくなかった。あまり考えると、人全体を恨んでしまいそうだった。


 三人目。狼らしき獣人。白いもふもふの大きなもふもふ。男性か女性かもわからないほどもふもふ。

 犬なのか狼なのかもわからない。この世界に犬や猫はいない。だが、狼も虎もいる。

 ならば、犬や猫はいないのでは無く、人の側にいないからこの世界だと知られていないだけだと三世は考えた。

 それはそれとして、白いもっふもふ。三メートルを超える巨体。

 昔テレビで見たアニメ映画の狼みたいだ。ただし、凛々しさは欠片も無い。

 絵が忠実なら、丸っこく愛くるしい見た目だった。また声を発した所を見たことが無い為、獣人なのか獣なのか不明らしい。

 何故かこの資料を書いている人はこの獣人?に相当怯えていた。

 一つだけ言えるのは、連れて帰れるなら連れて帰りたかった。


 具体的な人物の情報はこの三名だけで、残りは資料だった。

 獣人達は頑丈な者が多い。人なら死ぬほどの人体実験でも生き残った者も多かった。

 なのでこの集落には、怪我の後遺症に苦しむ人と、実験でボロボロにされまともに生活出来ない人の割合が非常に多い。

 実際集落の防衛をしていると思われるのは、上記三人を加えて五人前後。

 集落の規模はわからないが、少なくとも二十人程度はいると思われる。


「ご主人様。考えても答えが出ない時は一番可能性の高いやり方をしましょう」

「ふむ。シャルト。一番可能性が高いやり方とはどのようなものでしょうか?」

 三世の返しに、シャルトはルゥの方をじっと見た。それを見て、三世も納得した。それなら確かに一番可能性が高い。

「るー?何すれば良いの?出来ることはするけど?」

 ルゥの言葉に、三世は頷いた。つまり、いつも通りだ。

 カエデの村でも、城下町でも、ガニアの国でも、ルゥはいつもまっすぐ向かって人と絆を深めてきた。


「ルゥ。好きにして良いです。獣人の集落の人と仲良くなりに行きましょう」

「うん!それならわかる!がんばってみるよ!」

 いつもと違い、今回は相手からの感情がマイナスに振り切っている。それでも、ルゥは諦めないだろう。

 そして、三世とシャルトはそんなルゥをサポートする。交渉なら小手先の技術よりは効果が高い。

 ルゥの人誑かしが強力なのは、二人とも良く理解していた。何といってもその効果を一番受けているのが自分達二人なのだから。

 逆に言えば、ルゥが駄目なら誰が何をやっても駄目だと、二人とも理解していた。


 獣人の集落はあの村から二時間ほど歩いた場所にあった。

 大きな森に住み着き、実際の集落の位置を隠して生活している。

 町からの追っ手は、少数の獣人によるゲリラで追い返してきたそうだ。

 確かに警戒は達者な様で、三世達が近づいた瞬間、威嚇の為に一人の獣人の男性が森林から現れた。

 大柄で二メートルはある体格。その上で筋肉質でボディビルの様なごっつい体型。

 上半身は裸で下半身に布で作られたズボンを履いている。

 耳は狼の様だったが、上にあるルゥと違い、横にピンと張っていた。

 体自体は人と遜色無い。ただし、肘と膝より先は髪と同じ茶色い体毛に覆われていて、手足は妙に大きく動物特有のものになっていた。


「んー。ヤツヒサどうする?」

 明らかにこちらを警戒しているが、窓口代わりに交渉位は出来るだろう。どの程度会話になるかわからないが。

 王より今回の騒動に関しては、相手に有利な条件でも構わないと言われている。

 王も相手に同情しつつ、出来るだけ穏便に終わらせることを望んでいるのだろう。

 例えば、この集落を村として支援しつつ、十年ほど無税とすることも可能だ。もちろん、現場判断である程度の裁量も認められている。

 今回の騒動の解決自体はそう難しいものでは無い。ただし、そこまで会話が進む状況に持っていければの話だが。


 とりあえず、三世は会話の前にしなければならないことを始めた。

「今から絵を描くので少々お待ち下さい」

 三世はシャルトとルゥにそう言い残し、見張りの相手を模写し始めた。

 三世が預かった資料の様に、今後の参考の為に新しい資料は必要だろう。

 何かあった時の為に残さないと。そう、これは仕事の一環である。

 そう自分に言い聞かせ、三世は座り込み、見張りを睨む様に見ながら座り込み、手以外動かなくなった。


「るー。これ、仕事だと思う?」

 しょんぼりした顔でルゥはシャルトに相談した。

「いいえ。間違い無くただの趣味です」

 それに対し、シャルトはっきりと言い切った。

 三世は今、必死に大きな獣人のにくきゅうを描き写していた。

 じっと見られながら、ただ絵を描いている三世に、相手の獣人は呆れつつ、若干恥ずかしそうだった。


「まあ、敵意が無いと見せるには良い方法かもしれませんね」

 シャルトは呆れた様に、三世を見ながら呟いた。


「……良しできた」

 三世は描き上げた自分の絵と獣人を見比べる。それなりにそっくりのできばえだった。これなら資料としても十分だろう。特ににくきゅう部分。

 元の世界だと、手術や怪我の説明の時に絵を描いて説明することもあった為、元から多少は出来たが、ここまでうまく描けはしなかった。

 器用の数値分だけ補正でもかかっているのだろう。おかげで中々良いモノが出来た。

 三世はそれを大切にカバンに仕舞い、ルゥに後の事を託した。

「それではルゥ。交渉お願いします。難しいことはしなくても大丈夫です。ただ、仲良くなりたいといつもみたいにしてください」

 満足したのか、とても良い笑顔でルゥの肩を叩く三世に、ルゥは難しい顔のまま頷いた。


「おーい。そっちのおにいさーん。お話しましょー」

 ルゥの大きな声に、遠くにいる獣人が反応する。

「その前に一つ教えろー。お前ら一体何しに来たんだよ」

 見張りの獣人が、三世を怪訝な顔つきで見ていた。間違いなく、さっきの絵のことだろう。

「ごめんなさい!この人獣人とか動物のことになると頭がおかしくなるんです」

 シャルトが間に入り、フォローにならないフォローをする。三世はそれに否定出来なかった。

「良くわからないが、この先に入らないで、そこからなら、用件を聞くぞ」

 ぐだぐだしたおかげか、空気が軽かった。呆れ顔ではあるが、態度も柔らかくなっている。言われた通り、先に行こうとしない限り会話は出来そうだ。

「だったら、まずはあなたのことを教えて!私の名前はルゥ。好きな事は料理を誰かに食べてもらうこと!大切な人は二人の家族!」

 元気いっぱいに言葉を投げてくるルゥに、相手の獣人は少し戸惑っていた。

「一体お前ら何なんだ……」

 ため息を吐きながら、それでもしっかりと自己紹介を返してくれた。


「俺の名前はタタ。防衛の一人だな。知ってると思うがこの集落には戦えない者が多い。だから被害が少ない俺達が出来るだけ戦う様にしている。ある程度の話は知っている。あの町も変わったんだろう。だが、それでも俺達はあそこに戻る気は無いし人を許すことは出来ない。俺は被害が少ないから人を恨んではいないんだけどな」

 困った顔のまま、タタは後ろを振り向いた。相当数人を恨んでいるのだろう。気配に鈍感な三世ですら、タタの向いた方向から三世に恨みの気持ちが届いてきた。

「こっちも一つ質問だ。何で俺の絵を描いていたんだ」

 タタの質問に三世は真顔で返した。

「趣味です」

「は?」

「ただの趣味です。欲を言えば色を付けて描きたかったです」

 会話が成り立たないとタタは理解し、三世にこの話題を振るのを止めた。

 タタはすっかり三人のぐだぐだな空気に呑まれていた。


「俺個人としては、あんたらを信用しても良いと思っている。優しい心音しているし、目の前で絵を描きだす阿呆だし」

 タタはそう言いながら、何故か三世達に目を合わせず自分の右側をじっと見ていた。

 三世達はそれに釣られる様にそのタタの見ている方向を見た。

 次の瞬間、タタの見ている方向の木の茂みから、小さな石が三世めがけて飛んできた。

 ただの小石だが、思った以上に早く、もし気付くのが遅れたら大怪我をしていただろう。

「ルゥ」

 三世は一言だけ呟き、ルゥは頷いき三世の前に立った。そして、その石をルゥは盾で叩き落とした。


「なるほど。これ以上ここにいても良いことが起きなさそうなので、今回は帰りますね」

 三世の発言に、タタが「もう来るなよ」と一言だけ返して手を振った。


「それで、ヤツヒサ。どうするの?」

 テントに戻って三人で相談を始めた。

「正直中から凄い悔しいって感情伝わってきたから難しいと思うの」

 ルゥの言葉に、シャルトも頷いた。

「はい。ご主人様に飛んできた悪意は相当な数でした。数で言えば、たぶん三十くらいですかね」

 ただ、三世は別に気にしていなかった。

「まあ正面から行っても無理でしょうね。でも、ルゥのおかげで道しるべが見えました」

 三世のその態度には、しっかりとした自信が見て取れた。

「ご主人様。一体何をするおつもりですか?」

 心配そうなシャルトに、三世は逆に尋ねた。


「人数が多く、働けない人が多い中で、他の村と交流が取れない。つまり食料は常に不足しているということです」

 三世の言葉に二人は頷く。そして、三世は決定的な一言を告げる。

「つまり、空腹状態の人が多いということだ。そういう人達の前に、拘った料理を用意したらどうなるでしょうか」

 三世とシャルトは二人でルゥの方を見た。ルゥは首をかしげている。


「とりあえず、夜になったら料理を作りましょう。その為に、今から食材調達をします」

 三世の言葉に二人は頷き、集落に近づかない様に食材を集める。


 三世の仕掛けた罠には鴨が入っていた。鳥が来るのは少し想定外だった。

 ルゥとシャルトは幾ばくかの獣に果物を発見した。

 立地の問題か、野菜は何も見つからなかった。

 なので今回は肉料理を中心に作ってもらうことにした。

 玉葱などの根菜はあるが、もしかしたら相手の獣人が食べられないかもしれない為、今回は入れない。


 ルゥに頼んだ料理の内容は二つ。いつも通り作って欲しい。代わりに沢山用意して欲しい。

 ルゥは軽く味を調え焼いただけの肉料理と、肉たっぷりのシチューを用意した。

 焼いた肉はそれだけに人を寄せ付ける香りを出すし、シチューも負けじと優しい香りを出していた。

 推測通り食糧不足が続いているなら、集落にいる獣人には酷な匂いだ。集落から離れてはいるが、獣人の鼻なら問題無くこの香りは届くだろう。


 これで準備は完了した。三世は計画を二人に小声で話す。非常に無駄の多い計画だが、二人は笑いながら頷き作戦に了承した。

 そして三人で罠を張る。以前の様に落とし穴に頼らず、今回はロープを利用して、複数人数に対応でき繰り返し使える罠にした。


 シャルトは懐かしい気持ちになった。以前の自分は引っ掛った側だが、そのおかげで今は仕掛ける側にいる。

 そう思うと、妙にノスタルジックな気持ちになり、同時に、今幸せになったなと確認出来て、頬がにやけそうになる。

 でも、少し恥ずかしいから二人に見つからない様に頬を引き締め真面目な顔をする。

 準備が完了し、ここに計画が開始された。

 ルゥの料理による文化爆弾というある意味恐ろしい計画が。



 準備が終わり、罠をしかけて五分もしないうちに、獣人が一人ひっかかった。


ありがとうございました。


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