愛する乙女の最後の仕事
やっと間違いに気づけて、叱られて、私を見てもらえて、そしてそんな人を愛することが出来た私。
あの人は優しくて、こんなに愚かで醜い私もちゃんとまっすぐ見てくれた。
もうそれだけで私は満足で、死ぬのがとても嬉しかった。
目が覚めた時、私はあらゆる意味で絶望した。
待ち望んでいた、最高の、幸福の瞬間を、無かったことにされた。
あの人に貰った大切な物を、私は失った。
確かに私は殺された。あの最愛の人に見守られながら、私は死んだはずなのに!
なのに!何で目が覚めた!
視界が赤く見えるほど怒りに狂う。だが、顔や体には出せない。といよりも、体がうまく動かない。まだ半分以上寝ぼけているらしい。
完全に覚醒した時、私はこの激情をどこにぶつければいいのだろうか。
「リンカーネーション成功っと。目覚めの気分はどう、アルノ?悪くない?何かあったら僕が何とかするから何か言ってね?」
へらへらと笑いながら、私を呼ぶ声が聞こえる。だるい気持ちを抑えて、頭を声の方向に動かすと、そこには見知った顔がいた。
男の名前はシェイ。背が高く、すらっとして、軽薄そうな男。美形らしいが、正直興味が無い。
彼がいるということは、ここがどこか分かった。
ここは『魔法同盟』の本拠地。彼と私は魔法同盟の幹部の一人だった。
魔法同盟。名前だけならどこにでもある団体だが、実態はただの犯罪者組織だ。
国から禁止された魔法を調べ、人体実験を繰り返し、その情報や実験体を売り払って金を稼ぐ。
そんな、最低最悪の掃き溜めの様な場所。
頭首が一人に、その下に三人の幹部。そして組織参加者が、研究者を含めて百人を超える。
私はそんな掃き溜めに、愛を知る為自らこの組織に入った。
幹部は三人。まずは私。愛を求めて間違いを繰り返した、愚かな私。間違いをあの人のおかげで知ることが出来た私。
次にシェイ。目の前にいる自称愛を求める男。昨日までの私は彼が嫌いでは無かった。愛を求めていると口で言っているからだ。
今になって理解した。私は、これが私と同じだと考えると虫唾が走る程度には嫌いになっていると。
こいつの愛は愛では無い。ただの肉欲だ。性的接触のことしか考えていない。「僕は無理やりはしたことが無い」というのがこいつの自慢だが、正直大差ない。
魔法の力で魅了して、自分の虜にして一夜を共にしたら後は放置する。一度手を出したら、こいつの愛は終わるらしい。
一応相手が望んだら、相手を『してやる』優しさはあると自称もしていた。つまり、ただの屑だ。
最後の幹部、ハザル。頭首の弟子にして三幹部のまとめ役。
私やシェイが幹部に選ばれたのは、単純に魔法の才能のみで、幹部として仕事はほとんどこなしていない。
私もシェイも、人をまとめるのが苦手だから、幹部の主な仕事は彼がしている。
ハザルは頭首に陶酔していて、頭首を世界の支配者にするのが夢という狂信者だ。
ただ、愛という意味なら彼の愛は最も私の愛に似ている。弟子として、師を思う愛としてみたら、確かに彼は正しい。犠牲と言う言葉を見なければだが。
最後に、頭首のレッド。本名は知らない。恐らく、指名手配犯か何かだろうとは思っている。
五十過ぎに見える壮年の男で、銀色の髪と髭。白髪に間違われるのが最近の悩みらしい。いつもニコニコと優しく笑っていて、悪人にはとても見えない。だからこそ、胡散臭い男だった。
この四人を筆頭に、魔法同盟と言う名の元に好き放題してきた。
当たり前の様に毎日人体実験。データを取りつつ人を道具にしか見ない研究者達。
人体実験が終わったら、出来るだけ廃棄せずに人に売る。どんな見た目でも、それなりに使い道はあるらしい。
そんな掃き溜めの中で私は、死体を研究していた。人の死体、どこから死体と呼ぶのか。死体で何が出来るのか。尊厳という言葉を忘れた私は、一体何という化物になっているのか、今でもわからない。
魔法同盟にとって正義はたった一つ。魔法の研究だけだった。
本来なら、本を読む。人から習う。突然思いつく位でしか習得出来ない魔法を、私達は己の手で編み出せた。
魔法とは、与えられる物だ。自分の力との関連性はかなり薄い。
遠い場所と繋がってそこから送られてくるのが魔法であり魔力だと、研究の結果では判明した。
しかし、例外を作り出すことにも成功した。既存の魔法を研究し、改良し、そこから発展させ、新種の魔法が誕生した。魔法を与えてくれた場所に、こちらからアプローチをかけた結果だった。
ただし、使用できる人は生み出した人のみという欠点も生まれたが。
私が生み出した『レゾナンス』も、私を生き返らせた『リンカーネーション』もそのうちの一つだ。
レゾナンスは私だけしか使えないという条件の魔法だが、リンカーネーションは更に条件が厳しい。
頭首レッドと幹部ハザルの二人揃って唱えるのが条件だ。その上成功率五割程度。私は、運悪く五割を引いてしまったらしい。非常に残念だ。
リンカーネーションは単純な死者蘇生の魔法とは違う。
純粋に死者を戻す魔法はこの世には存在しないだろう。方法としては二つの魔法が組み合わさり、成り立っている。
一つは肉体生成。『材料』を使い、生前とほぼ同じ肉体を用意する。今私の肉体は何が材料なのか、考えただけでも、申し訳なく思う。
もう一つが、魂をその肉体に入れることだ。魂だけは、加工することもコピーすることも出来ない。
だから私の魂をこいつらはどこからか見つけて補完していたのだろう。
実験を繰り返した結果。わかったことがある。それは魂という未知なる存在があるということだ。
魂と肉体はセットで、人となる。魂を抜けば人は死者になり、魂があれば、多少肉体は変質していても人と呼べる存在と判断されるらしい。
そして魂は、肉体から離れて数時間するとどこかに消えてしまう。
つまり、リンカーネーションの魔法とは、新しい肉体と既存の魂を用意し、転生させる魔法のことだった。
レッドとハザルの二人揃わないと使えず、一度使うと体力と魔力の全てを消費する為一日一度しか出来ない。
それ位しか代償の無い。正しく禁忌の呪文だった。
「うん。大丈夫そうだね。二人に必死にお願いした甲斐があったよ」
シェイは嬉しそうな顔で私の顔を見ていた。虫唾が走る。
私は即時に理解した。こいつは口だけで何もしていない。魔法を使って疲れた二人の代わりに、私の様子を見に来たに過ぎないと。
嬉しそうなシェイの顔は、私にはただの獣にしか見えなかった。
「大変だったよ。二人を説得するの。それでも僕は、仲間が死ぬのを黙ってみていられないからね」
シェイの言葉は、私には別の言葉に聞こえた。恩着せがましい言葉から聞こえるその副音声はこうだ。
『苦労してやったからヤらせろ』
思い返すと、彼の私に対する発言はそれしか言っていない様な気がした。加工し、色々な言葉を使ってはいたが、私に求める物はその一つだけだった。
もし、これがあの人だったなら、私は喜んで体を差し出すだろう。全てをむさぼられ、そのまま吸い殺される。
それはなんと甘美な時間になるだろうか。だが、私にはその資格は無い。彼に会う資格さえ、私は既に捨ててしまっている。
一つだけ疑問に思うことがある。シェイは今の私が、生き返って喜んでいる様に見えるのだろうか。
今、私の心は、全てを燃やし尽くすことしか考えていない。憎悪の炎しか宿っていないのに。
私はあの時、確かに殺された。
最愛の人に見守られ、心配され、同情され、心を通わせてもらい、確かに死んだ。
それは最高の時間だった。悪いことを理解するまで教えてもらい、叱られた。ただ、それだけで彼を知ることが出来た。
私は、あの一瞬の為に生まれたと理解した。台無しにされるまでは。
最後に一つだけ心配だったのは、私という醜い存在を彼に殺させたく無かった事位だ。
あの人に殺されたら最高だろう。だが、あの人を私という穢れた存在で汚したくも無かった。
だから知らない人に殺してもらった時は心から感謝した。
あの人に私を殺させないでくれてありがとう。少しだけ残念だったけどね。
そう、あの時に私は終わっているのだ。
彼から貰った、闇夜という静寂と、永劫に反省する機会。それを、こいつらは台無しにしたのだ。
あのまま終わりたかった。彼の顔を最後に私は消えたかった。だが、目覚めてしまった。
たった一度しかない、私の最高の時間を、こいつらは無にしたのだ。
この時私は、二つのことを実行することに決めていた。
一つは、出来るだけ速やかに自殺すること。
私という存在は、生きているだけで、彼の邪魔になるからだ。
もう一つは、私の怒りの矛先であり、彼にとって有害な存在。この組織を皆殺しにすることだ。
「ふふ。ふふふふふ」
私は、少しでも怒りを抑える為にあの人の顔を思い浮かべる。そうでもしないと、怒りに我を忘れてしまいそう。
「おや?生き返れて嬉しいのかな?それなら、僕が苦労した甲斐があったかな?」
何か勘違いしている目の前の塵を、私は無視して起き上がる。時間が経ち、体も動く様になっていた。
体調を確認してみるが、生前と全く同じ感じだった。力だけで無く、魔法も問題無く使えそうだ。
そして、服も同じ。目の前の塵の考えることだから、裸の可能性も考えたが、違ったらしい。
それで少しだけ、この塵の考えをわかってしまった。コイツは、女性の心を屈服させるのが好きなんだと。
きょろきょろと周囲を見回し、私は何か道具が無いか探す。ちょうど良い所に、持ちやすそうな鉄の棒があった。剣の様な形状のまっすぐで長いただの棒。資材の余りか工事の忘れ物か。何か分からないが貰っておこう。
一応鉄製だから、力の強い私が持てば武器になる。
「そうそう。君を殺した二人のこと調べておいたよ。今度復讐しに行こうか?不安なら僕が手伝ってもいいよ?君の事を僕は愛してるからね」
素晴らしい。同時にいくつもの地雷を踏み抜く、その精神に、私は感動した。感動しすぎて血管が切れそうだ。
私は、笑顔で塵に近づき、足に鉄の棒を叩き付けた。肉の削れる音と骨の砕ける音と共に、屑の両足首から先が無くなり、地面に倒れた。
耳障りな塵の悲鳴を耳に入れない様に、私はレゾナンスの魔法を発動させる。
幸か不幸か、この組織内には大量の死体が存在し、保存されている。実験のなれの果てから追っ手まで。様々な理由で死体になった人がいるからだ。
私は、人に愛を知ってもらう為にこの魔法を使っていたが、この魔法の本来の用途は違う。
本来の用途は、魂の入っていない人の体を自分の支配下に置くこと。
大量の死体を操り、戦地に投入する。それがこの魔法の正体だ。
今までは命令していなかったから、弱い本能による行動と術者の私を守ること位しか動かなかった。
だが、私は始めて死者達に命令を下した。
『今、建物内で生きている存在を皆殺せ』
次の瞬間。騒音と悲鳴が建物内で繰り広げられた。
何かが割れる音と壊れる音。悲鳴と叫び声。ドドドと言う地響きにも似た感覚は、大量の死者の駆け回る足音だろう。
こちらの方にも、死者が走ってきて現れた。死者は、地面に倒れこんで悲鳴をあげている塵に目をつけた。
塵は何か命乞いの様なことを呟いているが、私は耳に入れたくないからそのまま立ち去った。
後は、歩くだけで良い。時間が解決してくれる。大半は死者だけで処理出来るからだ。
この組織にいる存在など、害悪でしか無いから良心すら痛まない。私に良心があるのかわからないが。
一応、実験体として生きている人もいた。だが、既に人と呼べないほど壊されたそれらは、元に戻ることは無い。レゾナンスの魔法で安らかにあの世に行ってもらった。
初めて、この魔法の正しい使い方をした気がした。
てくてくと、叫び声の中を気楽に散歩する私。白い内装は赤と黒に染まり、元気に走るのは死者のみ。まさに地獄と呼べるに相応しい世界で、私にお似合いの場所だった。
「だから、私はあの人と一緒に居られないのよね」
命を奪い続け、血を浴びて穢れた私は、あの綺麗な魂の人の傍にいる権利は無い。
本当は一緒にいたい。だけど、それだけは許されない。彼が穢れてしまう。
だから、私は早く死にたい。彼が私を想ってくれたことを繰り返し感じながら、冷たい闇に溶けたかった。
でも、その願いはもう少しお預けだ。死者が何人か破壊されたらしい。
支配下に置かれた死者は、レーダーとしての役割も担っている。
死者がどこにいて、何があったかこちらから把握出来た。死者が壊れたということは、死者で対処出来ない存在がそこにいると言う事だ。
私がそこに行くと、ハザルとレッドが二人で協力しながら戦っていた。リンカーネーションの弊害だろう。魔法を使わず、物理のみで、それでも死者相手に善戦していた。
ハザルは剣を使い、レッドに攻撃が行かない様、庇いながら戦っている。レッドはその後ろで、棍棒を使って地面に倒れている死者を潰していた。
動く死者の数は十を超え、しかも増え続けている。よほど慌てているのだろう。二人共私に気づいていない。
私は、手に持っていた鉄の棒を、槍投げの要領で二人に投げつけた。
ガッ。
硬い音の後、ハザルの胸に鉄の棒が突き刺さる。本当は二人を串刺しにするつもりだったが、レッドはうまく避けていた。私に最初から気づいていたらしい。
ちらっとこちらを見るハザル。だが、もう言葉を話す余裕も、表情を変える余裕も無いらしい。何を伝えたかったのかわからないまま、ハザルはこちらを見ながら、地面に倒れていった。
レッドは、一人になった瞬間、足元のハザルの手から剣を剥ぎ取り、棍棒と剣の二刀流で周囲の死者をなぎ倒していく。
どうやらまだ実力を隠していたらしい。一人でも十分以上に、死者十人と戦えていた。
それでも、私よりは下だからそれほど怖くは無いが。
魔法ならともかく、身体能力なら私に勝てる存在は組織にはいない。
「アルノ君。君の望みを聞こうじゃないか。老い先短い私だが、それなりに役に立つと思うぞ?」
死者達と踊る様に戦いながら、私に話しかけるレッド。顔にも声にも余裕が見える。
「私の望みを叶えてくれるのですか?」
「もちろんだとも!私の目的は魔法を生み出すこと。それさえ出来るなら、君の手助けをしようじゃないか。もちろん契約も交わそう。裏切る心配など無いさ」
ずっと昔からだが、レッドは自分達の願いを叶えることに喜んで協力していた。
レゾナンスの魔法を作る時も、シェイが女をくどく魔法の時も。だからこそ、ハザルはレッドに陶酔していた。
今回のこれも嘘では無いだろう。契約の魔法を使えば、お互いの合意の条件を絶対に破れなくなるからだ。それは奴隷契約よりも重い。
レッドの降伏宣言にも聞こえるほどだ。
「ならばレッド様。一つだけ質問をしますので、正直にお答え下さい」
「何かな?何でも答えるよ。でも出来たら死者達の動きを止めてくれたら嬉しいかな?」
余裕そうな声のレッドだが、それでも戦い続けるのは疲れるらしい。
私は死者達の動きを止め、レッドに一つだけの質問をした。
愛を知ったからか、私はレッドの目的を理解していた。
「あなたの目的は、この世界を壊すことですよね?」
レッドは少しだけ驚いた表情を浮かべ、押し黙った。それは答えを言っているに等しかった。
理由はわからないが、この世界。人の世界を壊すのがレッドの望みらしい。
だから、私達みたいな邪悪な存在に、喜んで手を貸して力を授けていたのだ。
レッドの目的はこの世界の破壊。それはつまり、あの人の世界を壊すということだ。
「ごめんなさいね。あの人のいる世界を壊されるのは許せないからあなたの協力はいらないわ」
私は指をパチンと弾いて、死者達に新しい命令を出した。
『ここにいる男を全員で殺せ』
その瞬間、地面が揺れるほどの地響きを起こり、百を超える死者達が走ってこの場に集まりだした。
十を超える死者と対等に叩かれた彼は、百を超える死者にどう戦うのだろう。まあ見るまでも無いか。
私はその場を離れ、最後の準備を始めることにした。
建物内をうろつき、組織の今までの所業と証拠。それとこの組織と関わりがある組織や貴族の情報を纏め、厳重そうな箱に入れる。
次に、何か自殺に使えそうな物を探した。何に使うつもりだったのか、丁度良い事に爆弾が四つも用意されていた。これなら跡形も無く、綺麗に消えることが出来そうだ。
私はご機嫌な気分のまま外に出て、資料の入った箱を安全そうな位置に置く。
時間は昼時らしい。太陽が妙に眩しくて目が焼けそうだ。私は手を動かして日傘を探すが、持っていないことを思い出した。
「そう言えば、私の日傘どうなってるのかしら。あれ重たいから動かすの大変だろうなあ」
出来たらあの人に持っていて欲しいけど、それは贅沢だろう。私は太陽から逃げる様に建物の中に入った。
あの人が、私の傘を持ち上げようとして困っている姿を想像して、私は少しだけ笑った。
最後に、レッドの死体を確認する。ゾンビに圧殺されて原型が辛うじて残っている程度の肉片になっていた。やはり、この魔法を使える自分は死んだ方が良いと、改めて再確認出来る。
後は、この建物と一緒に自爆すれば、私は終われる。
一体何を壊すつもりだったのか知らないが、一つでこの建物全てを壊せる爆弾がここに四つもある。一度に起爆すれば盛大に爆発し、誰か人が来てあの資料を見てくれるだろう。
「もし、生まれ変われて、綺麗な魂になれたら、もう一度会えるかしら?」
私は、最後のあの瞬間を思い浮かべながら、爆弾を起動した。
ありがとうございました。