番外編-望まぬ英雄グラフィ
グラフィは、確かに英雄ではあった。
少人数での救助活動をこなし、その後も無事城下町に付くまで村人を守りきった。
死者が途中で現れなくなっても、油断することなく、最後まで軍人としのて本懐を成し遂げた。
略奪行為も無く、村人にも最後まで優しい態度を取り続けた。
後になって、事件の凄惨さを知った村人達。その中で犠牲者がいない自分たちがどれほどの奇跡をもらったか理解した。
カエデの村にとって、確かに英雄だった。
だが、それは村人にとってだけだ。
軍にとっては相変わらず嫌われ者で、そして厄介者なのは変わらない。
これは本人達、ヴィラン分隊の所業の所為でもある。
昼間から酒を飲み、ウェイトレスにセクハラをして、偶に喧嘩騒ぎを起こす。そういう小悪党な生き物でもあるからだ。
ただし、あくまで小悪党。そこを破ることは無かった。
グラフィは絶対に報告書を偽装しない。
汚い字なりに出来るだけ丁寧に、事実だけを書き記す。
子供を助ける為とは言え、最重要任務を放棄した事も含めて。
最重要任務。与えられた使命は村の護衛。正しくは、村人の護衛だ。だから村の大脱走の防衛任務についたのは間違っていない。
だが、その集団から離れ、救出の可能性の低い者を、上官自らが救出に行く。これは絶対にありえないことで、そして、してはならない事だ。
こんなことがまかり通るなら、軍という組織は機能しなくなる。
その為だろう。グラフィは一人、上官に呼び出しを受けた。
グラフィを嫌っている上官、小隊長のいる小隊長室。
獣人の問題の時にぶん殴って以来、目の仇にされ続けているグラフィは、ここに来る度にため息が出た。
特に今回は絶対的にこちらが悪い証拠がある。何を言われるかわからないが、除隊の可能性も低くは無い。
せめて自分だけに被害を集中させ、部下は現状維持に出来ると良いんだが……。
そんな気持ちでグラフィは呼び出された小隊長室を訪れた。
身なりを軽く整え、ノックを四回。返事を待った上でグラフィは入室した。
「ヴィラン分隊。隊長のグラフィ、入室します」
やる気の無い声にやる気の無い敬礼をして、だるそうな態度を隠そうともせずにグラフィは部屋に入った。
そこにいたのはいつもの鬱陶しい上官では無く、知らない人だった。
身長は高くがっしりとした体型と顔立ち。だが全身に肉はあまり付いてない。鍛えてない様子は見えず軍人にはとても見えない。
典型的な文官という奴だろう。鋭い瞳と角ばった顔の威圧感はグラフィにも理解出来る。
がっしりとした骨に皮しか無いのかというような肉の薄い顔立ちは老けて見えるが、黒々とした髪から年齢はそれほど言っていないのだろう。
「良くきたね。とりあえず座りたまえ」
言われるままに、目の前のソファに腰をかけた。相手は座らず、立ったままだ。
グラフィは周囲を探ると、微妙に内装が変わっている。どうやら上官が変わったらしい。
静かにしているグラフィを、目の前の男は不思議に思ったらしく、グラフィに話しかけた。
「思ったよりも大人しいのだな。ヴィラン分隊などと名乗っているからもっと破天荒で荒々しい人物を想像していたよ」
拍子抜けした様な顔をしながら、目の前の男は呟く。
「はっ。黙ってた方が早く終わると思いまして」
嫌味を混ぜたグラフィの返しは、男にとって何故か好評な様でうんうんと頷いていた。
「さて、事情説明に前に話しておこう。君の新しい直接の上官となるコールだ。場合によっては短い付き合いになるがよろしく頼むよ」
不穏な事を言うコールの話を置いておいて、グラフィは疑問に思っていた事を尋ねる。
「あの、前の上官殿はどこにいかれましたか?」
その質問に、当たり前の様にコールが返す。
「ああ。彼には除隊してもらったよ。君達が命令違反をしたという虚偽の報告をしてきたのでね」
この時点で、グラフィはとんでもなく嫌な予感がした。それは命の危険などでは無く、面倒ごとに巻き込まれる予感だった。
「続けて言おう。君達は命令違反などしていない。これが軍の結論だ。君達にとっても元上官は迷惑な存在だったし問題無いだろう?」
コールの言い分は、ヴィラン分隊に迷惑な存在だから消えてもらったという事だ。
面倒ごとが始まっているのは理解した。そして、もう逃げることが出来ないということも、グラフィは理解した。
「さて、我々ラーライル王国軍は、非常に残念なこと、長い間ラーライル王国騎士団と仲違いをしていた。共に国を守る立場にもかかわらずだ。お互いに争うことはあっても、褒め称えあうなどありえなかった」
そう言いながら、コールは一枚の丁寧に装飾された紙を取り出した。
「ここの文章を読ませてもらう。ちなみにこれは、騎士団より正式な手続きで送られた軍に対する感謝と謝罪の書かれた文書だ」
我々ラーライル王国騎士団は軍に対しての今までの非礼を詫びたい。
民を助けられず、争いを起こす軍と決め付け、我々は軍を軽視していた。
だが、今回カエデの村騒動にて、ヴィラン分隊と名乗る軍が、我々騎士団の手の届かない村人の防衛を一身に勤め上げ、不可能としか思えない、全員無事城下町に送り届けるという奇跡を成し遂げた。
村人を庇い、戦い続ける高潔な精神。
諦めかけた村人を励まし続ける優しさ。
そして、不可能を成し遂げる勇気。
軍に対する評価を変えるに値する事件だと確信した。
特に、村の防衛を為し、行方不明者を救助し、首謀者との戦いの際はこちらの騎士団員を補助したヴィラン分隊長グラフィに
我々は最大級の感謝を送りたい。
共に王国の守り手となり、手をとりあえると信じて。
コールは、嬉しそうにその文章を読み上げた。
グラフィは、関係改善のネタにされたと理解した。
その上で、関わってそうな人物に心当たりがあった。
詳しい内情が書かれていて、その上で関わっていない首謀者騒動まで手柄に加わっている。
この段階で、三世が何かしら裏で関わってるとグラフィにも理解出来た。
だが、わかったからと言って何かが変わるということでも無い。
それはもう終わった話で、今更ひっくり返すことは出来なかった。
騎士団からの感謝状など、絶対にありえないことがおきてしまった今、グラフィはどうあっても英雄をしないといけなくなった。
「というわけで、英雄が分隊長のままというのはちょっとねぇ。グラフィ。今日より大隊を率いてもらおうと思うが、良いかな?」
ラーライル王国軍は佐官が無い。隊長がそのまま階級となる。
最初が分隊長。続いて、小隊長、中隊長、大隊長。そして連隊長、師団長に繋がる。
つまり、三階級昇進の辞令である。
だが、これはグラフィにとって望むことでは無かった。
まず第一に、ヴィラン分隊の部下の事である。
長短はっきりした癖のある部下を使えるのは、自分くらいだという自負があった。
事実、グラフィ以外で彼らをうまく使えた隊長はいなかった。
次に、報酬の問題だ。
どれだけ階級があがったとしても、危険報酬の高いヴィラン分隊の報酬の方が高い。それはギリギリまで任務を詰め込むからでもあるが。
大した仕事をしなくても金が入るのはありがたいが、少しでも金が欲しい部下達は、間違いなく元の生活を選ぶ。
階級が上がっても付いてきてくれないし、付いて来れないだろう。
そして最後に、どう考えても面倒だ。お上の仕事は、グラフィにとって魅力を感じるものでは無かった。
「えー。それ。拒否すること出来ますかね?」
グラフィのその言葉に、待ってましたと言わんばかりに詰め寄り肩を掴んだ上官。
「もちろんだよ!君のように分隊員を大切にするならそう言ってくれると信じていたよ。でも、断るならさ、せめてこっちは受けてくれないかね?」
グラフィにも理解した。最初から階級を上げるつもりなど無かったということに。
そもそも、汚れ仕事で大変なヴィラン分隊の仕事を代わりに出来る人材などそうそう見つからない。
その上、あの字が汚くて学の無いグラフィを大隊長に上げてうまくいくと上層部が思ってるわけが無い。
つまり、最初から本題を断りにくくする為の前振りに過ぎなかったのだ。
「実はね。軍と騎士団の仲を取り持つ為、国王陛下が直々に勲章授与式を行うことになったんだ。騎士団と軍から、一人ずつ、勲章を受け取る代表を決めることになった。ちなみに、軍の中で一番位の高い勲章を与えられるのは君だよ」
肩を掴んだまま、にこにこしながら言葉を綴る上官それだけだが、妙な威圧感が上官から湧き出ていた。
「というわけで、軍の代表として、勲章授与式に、出てもらえるかな?」
ここまで来たら、グラフィには上官の言いたいことが伝わってきた。
『良いから、黙って軍の為の礎となれ。貴様が恥をかくだけで、こっちは幸せになるんだぞ』
そう聞こえたグラフィだったが、既にどうすることも出来ない状況になっていた。
グラフィは、ただ「はい」ということしか出来なかった。
そして、勲章授与式当日になった。
事件が解決してまだ二週間も経っていない。
カエデの村人はまだ城下町にいるし事件の傷跡も調査中。
にもかかわらずの急いでの授与式。
何かあるなとは思ったが、それ以上に授与式が苦痛と感じるグラフィは、早く終わることを願って授与式の行われる場所に向かった。
城の中に入ると、とても良い笑顔をした男がグラフィに話しかけてきた。
「失礼します。軍の英雄グラフィ殿とお見受けしますが、どのような御用でしょうか?」
グラフィは、鎧と剣から騎士団員だと理解した。
つい最近まではにらみ合いと無視する間柄だったのだが。本当に関係が、がらりと変わったらしい。
「いや。勲章授与式に参加したいんだが、場所違ったか?」
きょろきょろ見回すグラフィ。人が勲章授与の場所の割には人が少ない。
「なんと!それは大変です。場所は私が知っています。案内させていただいて良いでしょうか?」
「お。おう。頼むわ」
「はっ。名誉な役!光栄に思います」
背筋を伸ばし敬礼する騎士団員に、グラフィは寒気を感じた。
本当に変わったな。正直住みにくくなりそうだ。だけど、これで変ないがみ合いするよりは健全か。
そう考えながら、騎士団員の男について行った場所は、予想外で、思った以上の地獄だった。
場所は城下町の広場。そこに不釣合いに豪華な舞台が用意されていて、中には王と護衛が待機していた。
周囲は見渡す限り人の波が出来ている。
広場と言っても、イベント用の広場だ。一万人は軽く入れる。
にもかかわらず、隙間も無く、広場の外にまで人が溢れていた。
そして、明らかに見覚えある人達が、花束を持って舞台脇で待機しているのをグラフィは見た。
最悪極まる状態。一瞬の判断の末、逃げ出すことも視野に入れたグラフィの肩を、誰かが掴んだ。
「待っていたよ英雄殿。さあ、一緒に行こうか」
振り向くと、幼い少女がにこにこ顔でグラフィを見ていた。その見た目では信じられない位強い力で肩をつかまれ、動けないグラフィ。
グラフィは少女を知っていた。騎士団中隊長。そして国王の特殊部隊の一人。通称『処刑人』と呼ばれている女性。
コルネ・ラーライル。そして、騎士団側の勲章授与者でもあった。
「お前も裏で糸を引いてたのかよ」
諦めるように呟くグラフィ。三世が裏で糸を引いていると思ったが、騎士団も関わっていたらしい。
「糸を引くってわかんなーい。もし裏で糸を引いてる人がいたとすれば、たぶん誰も逆らえない人じゃないかにゃー」
そう言いながら、コルネは国王フィロスの方を見た。
全部裏で繋がっていると理解したグラフィ。逃げ出そうにも、肩をつかまれただけなのにグラフィはコルネから離れることが出来なくなっていた。
「さささ。楽しい勲章授与式が始まるよー」
コルネはグラフィをずるずると引きずりながら歩いた。
「騎士団代表コルネ・ラーライル。前に」
授与式が始まり、場は緊張に支配された。静かな中、王の声だけが響く。
コルネは言われるまま、舞台の上に上がり、王の前に進んだ。
「首謀者の殺害。大義であった。これに対し、銀十字剣の勲章を授ける」
王は銀色に輝く剣の書かれた勲章をコルネに差し出す。コルネはそれを両手で受け取り。一礼する。
「同時に、殉職者を含め、今回の事件に対し功績を残した騎士団員にも勲章を用意した。以上。コルネ・ラーライル。戻れ」
敬礼をし、グラフィの隣にコルネは戻った。
良かった。短い上に略式だ。
グラフィは安堵した。長い格式ばった式も、妙に持ち上げられる式も御免だったからだ。
受け取って、一礼して、終わったら敬礼して戻る。
これくらいなら間違えないし気楽だわ。
そう、グラフィは油断した。地獄の始まりの足音に気づかずに。
かっかっかっ。
足音が止まり、静まり返る場にグラフィは気づき、舞台の方を見る。
そこにいたのは、花束を持ったケルと、その両親だった。さーっと顔色が悪くなるのを自覚するグラフィ。
横を見るとコルネがグラフィを見て笑っていた。その目は、確かに嘲笑う目だった。
「今回の授与式にて、何故の説明をしない為にも、彼の者の功績を知る者を招いた。すまないが、話を聞いてくれ」
王の謝罪に周囲は驚いた。基本的に王は公式の場で謝らない。
にもかかわらず、確かに「すまない」と言った。
つまり、この後の話は、絶対に聞き逃さないでくれという意味で、とても重たい言葉ということでもあった。
ざわめきは一瞬で静寂に戻り、周囲の視線は夫婦と子供に注がれた。
そんな中で、妻は告白を始めた。
子供が居なくなった時、絶望し周囲に縋った。だが、正直半分諦めていた。
村人全員の大移動。その上に追加の行方不明者。
救助に行く命令など出ていない。軍の命令は村人を守ること。
それなのに、危険を顧みずにの救援活動。己の全てを捧げて、わが子を守った人に、私達夫婦はお礼を言いたかった。
「ですが、今回私達はもう何も言いません。私達よりも、伝えるべき存在がいるからです」
そう妻が言うと、ケルと呼ばれた少年は、舞台の真ん中に立ち、グラフィが来るのを待った。
そうくるかぁ……。グラフィは苦悩した。正直逃げたい。どう考えてもこの後の展開は想像が容易い。
それでも、逃げることは出来ない。
コンコンと鎧を叩く音が聞こえた。コルネがグラフィの鎧を軽く叩いていた。
目が合うと、パチッとウィンクをするコルネ。どう考えても楽しんでいるコルネに何か言いたかったが、止めた。
正直に言うと殴りたかった。だけど、既に無数の視線を感じる。グラフィは殴るどころかちょっかい一つかけられなかった。
そもそも、処刑人を殴る様な度胸はグラフィは持っていなかった。
のったのったとしょうがない感じを匂わせて舞台に上がるグラフィに、更に視線が刺さる。今この場にいる全ての人が、グラフィの一挙手一投足に注目していた。
グラフィはケルと向き合い、姿勢をかがめる。ケルはそれに対し、恥ずかしそうに花束を渡した。
「おじさん。村と僕を助けてくれてありがとうございました」
たったそれだけの言葉、だが、瞳をぬらしながらのケルの言葉。心からの感謝の言葉だった。
グラフィはひょいとケルを抱きしめて答える。
「当たり前のことだ。何度だって助けてやるさ」
それを見て、涙を流すケルの両親。
両親は後になって知った。ほとんどの行方不明者が帰らなかったという事実を。
それを助けたのは、フィツという村人と、グラフィだった。二人のうち、どっちかがいなかったらケルはこの場にいなかった。
花を持ちながら、泣いている子供を抱きしめるグラフィは、この場で国民の認める英雄となった。
民衆からの拍手の雨と歓声。今までの軍人の評判など皆忘れ、新たな英雄の誕生にこの場は歓声という祝福の音色を響かせた。
やっちまったー。
ケルと両親が舞台を降りて、我に返ったグラフィは徹底的に後悔した。
もう少し無難にすればもう少し対応は静かだったはずなのに。
グラフィは無数の尊敬の眼差しを感じていた。ただ、一部例外はあった。
いつの間にか現れたヴィラン分隊の部下達が、グラフィを嘲笑う笑顔を浮かべていた。
腹が立つが、尊敬の眼差しよりははるかにマシだと感じた。あいつらにそんな感情もたれたら蕁麻疹が出る。
慣れない立場と環境は、グラフィの精神を不安にさせ困らせていた。
ケル達が降りて、少し立つとまた一人、舞台の上に上がってきた。
それはグラフィも良く知っている男で、今回の原因と思われる男。
今回の黒幕最有力候補の三世八久だった。
「皆様はじめまして。今回グラフィ様に救っていただいたカエデの村、村長代理のヤツヒサと申します。今回は、一体何が起こったかを話したいと思いまして、この場をお借りしました」
この場にいる住民も、大分雰囲気に飲まれたようで、賛成に野次が飛ぶ。
いいぞー。聞かせろー。カッコ良く頼むぞー。
そういった、好意的な野次の中、三世は語り部の様に話しだした。
子供が誘拐され、一人で机を叩き怒りを顕わにするグラフィ。
そして、誰もが救援を諦めた中、一人立ち上がった男。それがグラフィ。
単身で敵地に侵入し、亡者達をなぎ払い、子供を捜す。
そんな時、更に村には危機が迫っていた。更に追加で行方不明者が出たのだ。
だが、何も言わなくても敵地にいるグラフィは全てを理解していた。村のいなくなった全員を見事に発見し、救出した。
その時の村人は、村を捨てて避難中。だが、死者達に囲まれ絶体絶命に陥る。
そんな中、村人四人を救出したグラフィが颯爽と登場。亡者達を倒し、村の危険を更に救った。
この辺りで、住民の興奮度はマックスに達し、わいやわいやの大騒ぎになっていた。
それでも、三世が話し出すと、一同にぴたっと黙り込む。
更に更に、部隊と合流せず単独で首謀者の撃退に向かったグラフィ。
そこにいたのは首謀者と、それに苦しめられるコルネ。
凶悪な首謀者と千を超える亡者の群れ。
グラフィは迷わず、千を超える亡者の群れに飛び込み、ちぎっては投げちぎっては投げの大健闘。
その上で、トドメよりも騎士団との協力を優先したグラフィは、トドメを騎士団に譲った。
「その、子供を救い、村を救い、国を救った英雄こそが、この場にいるこのお方。英雄グラフィ様です!」
三世がグラフィの方に手をむけ、観客を扇動する。
それにつられて歓声をグラフィに浴びせる観客達。思った以上に最低の気持ちだった。
まず、知らない事実、した覚えの無いことが加算されている。その上で、微妙に事実が混ざって口が挟みにくい。
更に言えば。三世の演説が妙に上手くて腹が立つ。
だが、グラフィに出来ることは、時が進むのを祈ることと、後日三世に仕返しをすることだけだった。
「そんな、英雄グラフィ殿に、勲章を用意した。前に来てくれ」
王のコルネと微妙に違う言い方を気にしない様にし、王の前に一歩進むグラフィ。
「英雄殿。この国をありがとう。この勲章を受け取って欲しい」
王が頭を下げながら、勲章を差し出す。王が頭を下げるという行為が、英雄であるという証明を更に重ねた。
勲章を受け取る時に、小さな声で王が「すまんな」と呟いたのをグラフィは確かに耳にした。
ある種、生贄ではあるということを、王も理解しているらしい。
しかし、グラフィも一つだけ楽しみなことがあった。
銀階級の勲章である。
勲章にも位があり、銀と言えば上から三番目。普段の行いを考えてグラフィが手に出来る物では無い。
別に功績が欲しいわけでは無い。だが、勲章には少し憧れがあった。
ただ集めたい程度の小さな憧れだが、それはそれで嬉しかった。
そんな気持ちで、グラフィは手元の銀色勲章を見た。美しい銀色の大きな勲章。それは妙に大きく、銀は銀だが、妙に輝いて見える。
明らかにコルネが受け取った物と違う物だった。
「英雄殿の功績に応じ、五十年ぶりに、聖銀級の勲章を用意した。聖銀大十字ラーライル勲章。今回の功績に報える物と思う。それと同時に、殉職者含む、軍の功績を挙げた者にも勲章を用意した。騎士団共々、後日送り届けよう」
聖銀。聖なるという言葉は神を信仰するこの世界では最も重い言葉。当たり前だが一番上の位の勲章だ。
その上でラーライルの文字。国の名前が入る勲章。つまり国を代表する勲章だ。
小さい声でざわめく民衆。待っている明日は吟遊詩人の飯の種。
グラフィは復讐を決意した。
「英雄グラフィ。何かこの場で言いたいことはあるかね?」
王の言葉に、グラフィは頷いた。
「この場を作ってくれた人達に、恩返しですね」
その謙虚な言葉に、民衆はグラフィコールの大合唱を唱え、三世とコルネは顔を逸らした。
「すまんな。何か希望があるから聞こう」
小さい声で呟く王に、グラフィは答える。
「城下町、いや、この国全ての孤児院を、カエデの村の牧場に順番に招待してください。もちろん村が復興してからで、しかもあいつの自腹で」
グラフィは薄らぐらい顔で、さくっと復讐を遂げた。
ありがとうございました。