日常への回帰
あの後、三世はコルネと共にカエデさんに乗り、城下町の騎士団本部に連れて行かれた。
コルネと交わした言葉は最小限のみだった。王命を受けたコルネの様子はいつもと違い、三世はコルネに何も言えずにいた。
慌しく走り回る騎士団を見ながら、三世は本部の待合室でぼーっとしていた。
カエデさんも別の場所に連れて行かれ、ようやく全部終わったという実感が湧き出した。
三世はそのまま待合室のソファで泥の様に眠った。疲労の限界点を既に超えていた様だ。
ああ。結局助けられなかったか。
心に、小さな棘が刺さったような気がした。
次の日から、三世は騎士団本部の中で部屋を借り、暫く事情聴取を受けることとなった。
色々機密の問題で拒否できないが、代わりに何かお詫び代わりに恩賞が出るそうだ。
村周辺は色々な事情でしばらく戻れないことがわかっていたので、三世は村人全員を城下町に苦労無く過ごせるように頼んだ。
騎士団側も気になっていたことらしく、了承し、三世から何が起きたのかを調べた。
事情聴取を受けた数日後、村人も無事に城下町に着いたという知らせを受けた三世。
行方不明になっていた四人も帰ってきた上に、魔法に囚われていた村人も軍人も戻ったそうだ。
三世がアルノと対峙しに行った後も、色々とあったらしい。
騎士団からの又聞きだから詳しくはわからないが、黒い獣人が凄い魔法を使ったとかそういう話が出ていた。
シャルトのことだろうか。
三世はルゥとシャルトに会いたくなった。だが、当分会えそうにない。
事情聴取は、まだまだかかりそうだった。
今回の騒動で行方不明者は千人を超えていたそうだ。その中には軍人も騎士団員も入っていた。そして、その中で明確に生き残りが確認出来たのは四人だけ。
カエデの村の被害者四人だけだった。それは、フィツのしたことが奇跡だったということの証明にしかならなかった。
今回、三世の相棒として、最も頼れるパートナーとして助力してくれたカエデさんだが、無理がたたりダウンした。
疲労蓄積に加えて死者の血液等の体液を浴びたカエデさんは、高熱に苦しめられているという。
特に疲労が酷いらしく、リンクの影響に加え、未熟な三世を助け続けた為の疲労と思われる。
それなりに動けた気はしたが、三世とカエデさんでは埋め切れない実力差があり、その差はカエデさんの負担という形でのしかかっていたらしい。
無理を言って三世も治療に加わった。化膿など傷関係は簡単に治療できたが、疲労だけはどうしようも無いらしく、高熱はもう数日続きそうだった。
最後に栄養剤をスキルで用意した。
三世が何かしたわけでも無いのに、栄養剤はメープル風味になっていた。これが一番回復が早くなるとスキルが判定したということだろう。
カエデさんらしい。
カエデさんを治療した後、三世はまた騎士団本部に戻った。
しばらく会えないと言った時のカエデさんの顔は、とても寂しそうで三世の胸を痛める。
同時に、寂しそうな顔が少し可愛く見えたことに、三世は罪悪感を覚えた。それは三世だけの秘密になった。
事情聴取は一週間続いた。最後の日。三世のいる部屋に人が尋ねてきた。
コンコン。
少し強いノックの音、いつものコルネだった。
「おっはよー。今日は特別ゲストも連れてきちゃったぞー」
返事を聞かずにドアを開けて部屋に飛び込むコルネ。
最初の方は仏頂面で怖い雰囲気だったコルネも、数日立てばいつものコルネに戻っていた。
コルネも大変だったんだろうな。三世はそう思うことにした。
「おはようございます。特別ゲストってどなたでしょうか?」
笑顔で挨拶を返し、コルネに尋ねる三世。
「ふふふのふ。それはね、この人でーす」
そう言ってコルネは、フードで身を包み顔を隠した人を慌てて部屋に入れ、外をきょろきょろと探った後急いでドアを閉めた。
ああ。そういうことか。三世は直に理解出来た。
「さあ。この人は誰でしょー。当たったら豪華商品がもらいたいな」
にやにやしながら尋ねるコルネ。というか豪華商品が当たるんじゃなくて貰う側なのか。
そもそも、この場所でフードが必要で、コルネが護衛する人など一人しかいない。
「お久しぶりです。国王陛下」
三世がそう言うと、フィロスはフードを取ってその顔を見せた。
フィロス・アーク・レセント。この国の国王陛下だ。
「うむ。久しいな。ヤツヒサよ」
威圧的な態度を取るフィロス。
三世は、二度ほどフィロスと会っている為、多少は王の事を知っている。
この人は無駄に威張る人では無い。むしろ、敬語やマナーよりも、時間の効率を優先するような人だ。
王というよりは経営者の様な思想をしている。
その人が高圧的な態度を取っているということは、王としての仕事なのだろう。
「事情は聞いた。事件解決の支え、大義であった」
その言葉に反応し、三世は椅子から降りて、片膝立ちで敬意を表する。
「ありがたきお言葉。感謝の極みです」
「……う、うむ。貴殿は名誉を欲しないであろう。故に今回の騒動に、……貴殿はかかわっていないということにするが、構わないな」
「はっ。ご配慮……感謝致します」
フィロスも三世も、必死に真顔を作る。口元がピクピクする。コルネは後ろにあははははと笑うのを隠しもしていなかった。
「うむ。故に……故に……貴殿、くっ。すまん。もう無理だ」
フィロスは笑うのを我慢出来ずに噴出した。それを見て、三世も我慢出来ず、釣られて噴出す。
せめてコルネが笑っていなかったらもう少し持ったのに……。
三世は後ろで大笑いをするコルネを恨むような目で見つめつつ、笑い続けた。
「すまんな獣医殿。どうも獣医殿と真面目な話をすると、違和感を酷く覚えてしまう」
フィロスは涙目で笑いながら三世そう伝えた。わかるわーと後ろで呟くコルネ。
「気持ちはわかります。私もかなりつらかったので」
全員が同じ気持ちだった。全員が、自分は相手が可笑しいから笑ったと思っている所も、同じだった。
「とりあえず、二人共お掛け下さい。私の部屋という訳では無いですが」
フィロスは頷き、椅子に腰をかける。コルネはお茶の用意をし、全員に配った上で着席した。
「とりあえず、ぶっちゃけると獣医殿のした功績が欲しいから国で貰っていい?」
本当にぶっちゃけるフィロス。だが、三世にとってもそれは望んだことだった。
「いいですよ。こっちも要求とか伝えた方が良いですか?」
三世の返しに、フィロスは笑顔で答えた。
「もちろん。むしろお願いだよ。獣医殿は好きな物はわかるけど欲しい物わかりにくいからね」
そうかなぁ。三世は良くわからず自分の頭を掻く。
「とりあえず私の要求は村人関係ですね。しばらく仕事が出来ないので村に戻って数日生活出来る補填が頂けたら」
フィロスと三世はお互いの妥協点をうまく探っていく。
今回、両者の求める物が違うからあっさりと話は付いた。
フィロスは三世の行った黒幕アルノの発見と時間稼ぎ、殺害の協力をしたという功績を貰う。
代わりに、村の住民が三ヶ月間遊んで暮らせる予算を村の予算として入れる。ついでに、小さな診療所をカエデの村に建てる。
最後に、今回の事は身内以外には話さないという約束をして、三世の、国に対してすべきことは全て終わったことになった。
「それで、私のしたことって誰がしたことになるのです?」
興味本位で尋ねる三世。それで出てきた名前に三世は噴出した。
「え?グラフィ君。がんばってるけど上司の通り悪いし、コルネがトドメ刺しちゃったから軍にも功績無いとバランスが悪くてね」
三世も、フィロスのしたいことがようやく理解出来た。
軍と騎士団の関係悪化を防ぐ為に、三世の功績を求めたらしい。
グラフィ。ヴィラン分隊の隊長で、子供に対して何か深い思いを持っている人物。
決して善人では無い。むしろ悪人だろう。だが、三世にも恩義があるのは確かだ。
三世は、ふと酷い事を思いついた。三世自身は恩返しのつもりだが、それは明らかにやりすぎで、どう考えても三世の感覚が麻痺しているとしか思えない考えだ。
「いっそのこと、グラフィさんを英雄にするのはどうでしょうか?」
確かに、カエデの村としたらグラフィは英雄だ。それなら褒賞沢山増える方が良いだろう。そう思っての発言だ。
問題があるとしたら目の前の二人だ。
フィロスは、騎士団と軍の関係悪化防止どころか、関係改善まで見えそうな為興味を持った。
コルネは、単純に面白そうと思い興味を持った。
三世はグラフィが子供が好きで、子供の為に軍の命令を違反したことを話した。
そのあたりを盛り、更に三世の功績を足す。そんな悪巧みを三人で始めた。
そうして、英雄グラフィが誕生した。本人が知るのは、そう遠い未来では無かった。
事情聴取が終わり、その足でカエデさんのいる馬小屋に向かった。
ルゥとシャルトに会いたい気持ちはある。だが、その前にどうしても行かないといけない場所があった。
数日振りに見たカエデさんは、少しふてくされた顔をしていた。が、三世に気づくと嬉しそうに三世の傍に跳びより頭をこすり付けてきた。
「久しぶりです。体調はもう良いですか?」
ぶるると強めに鳴くカエデさん。それは元気というアピールのつもりだった。
念のため、三世もカエデさんの体調を診てみた。熱も下がっているし疲労も粗方抜けている。それでも少し残っている所を見ると、かなり無茶をさせたと理解した。
しばらくはお休みをあげないとなぁ。三世は申し訳無さそうに、カエデさんの鬣を撫でた。
久しぶりだからか、カエデさんはいつも以上に甘えてきた。首を擦りつけながら、抱きしめるように要求してきた。
三世は、カエデさんの首に手を回し、そのまま撫でた。応えてくれた三世に、カエデさんは嬉しそうに頬をこすりつけて優しく鳴いた。
そのまま、三世はカエデさんを馬小屋から出して、歩かせる。
賑やかな城下町から少し外れて、静かな雰囲気のある地区。その奥に教会があり、そこのわき道を更にまっすぐ。
そこは墓地だった。更にそこから歩いて、三世とカエデさんは目的の場所に着いた。
身寄りのわからない、名前の分からない人を一箇所にまとめた集団墓地だった。
ここに、アルノは眠っていた。
コルネは三世を送った後直に元の場所に戻り、アルノの遺体を運んだ。
それは事件の首謀者として晒し首にするという、騎士団の方針の為だった。
三世は、何とかそれを止めてもらえないかと騎士団に交渉する。
だが、それはかなり無茶な要求だった。
最低千人は殺した虐殺人だ。晒し首にしないと納得しない人も出る。
それでも、三世は騎士団に頼み込んだ。首を縦に振ってもらえないと知っていても、アルノを死後まで汚したくなかったからだ。
三世の後ろにカエデさんが立ち、一緒に頼むような形になった瞬間。騎士団は全員胸に手を当て、軽い敬礼を取って全面的に了承してくれた。
それでいいのか騎士団よ……。三世はそう思ったが、思い通りに行くなら文句は無いから何も言わないでおいた。
ただし、墓に名前は記せない。そもそも身元すらわからない為、集団墓地に入った。だが、それでも十分だった。
三世はこの世界での作法を知らない。
だから元の世界で馴染みのあるやり方を取った。
墓地に近づき、手を合わせて目を閉じる。
三世は数分間、アルノに黙祷を捧げる。同情なのか、後悔なのか。自分のことながら、三世にはわからなかった。
そして黙祷を止め、墓地に一礼してからその場を去る。
「もし、私が会えない人に会えるなら、私が殺してしまった動物に会いたいですね。助けてあげられなくてごめん。守ってあげられなくてごめん。そう伝えたいです。ただの自己満足ですけどね」
自嘲する様に呟く三世。そんな三世の胸に、顔をこすりつけるカエデさん。
それは慰めや同情にしか見えない行為だが、三世はそうは感じず、何故かカエデさんが三世に感謝をしている様に感じることが出来た。
三世は、少しだけ、ほんの少しだけ棘が、小さくなったような気がした。
ありがとうございました。
あと番外編を二つか三つほどでこの話は終わりです。