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少女は女性になり、そして望みを叶える

更新頻度が多い理由は、まったく成分が足りなくなって来たからです。

まったり欠乏症にかかってしまいそうです。

 

『いっその事、敵とか考えず、ただの子供として扱ったら?』

 そんなカエデの言葉に、三世は疲れた顔で頷いた。

 正直に言うと、勝てる気がしなかったというのもある。


 楓との連携なら、アルノを殺す程の威力がある攻撃も出来るだろう。

 だが、その一撃を当てる自信は無い。

 ただでさえ理解出来ないアルノ。今は手を抜いているが、本気になった場合は何をしてくるか想像も付かない。

 そして決定的なのは、三世もカエデも、アルノと戦う気力が残されていなかった。


 自分で成人していると言っていたアルノだが、見た目も言動も子供そのものだ。

 アルノが何かを行う度にその思いは強くなり、これ以上敵対すると心が折れそうになる。


「遊びは止めてまたお話しませんか?」

 そんな三世の言葉に、アルノは笑顔で頷いた。

「ええ。喜んで。もしかしたら愛を知れるかもしれないから。私お話大好きよ」

 首を傾け微笑むアルノ。そんな少女を、三世は未だに敵と思いたく無かった。




 話し合いと言っても、アルノは自分の事を話すことは無かった。

 なぜなら、既に自分のことは全て話したとアルノ自身で思い込んでいるからだ。

 愛を知りたい。少女の中で、少女足りえる要素はそれだけだった。


 その上で、愛を知りたいから他人を助けるという彼女の考え方は本当に尊いものだった。

 だからこそ、三世は彼女を怒ることも恨むことも、そして許すことも出来ずにいた。


『ねぇ。出来るだけ刺激しない様にお話出来る?』

 カエデの声が三世の頭の中に響く。何か良い思いつきが見つかったらしい。三世はそれに了承し、アルノとたわいないお話をすることにした。

 むしろ、そっちの方が三世は気楽だった。


「では、逆にアルノさんは、私に尋ねたいことはありませんか?」

 三世は笑顔を作り、アルノに尋ねる。アルノは迷わず答えた。

「愛を教えて。あなたにとっての愛を!」

 大きな声でそう言葉にするアルノに、三世は頷き、動物に対する愛を語ることにした。


「愛と言っても色々あります。が、私は動物に対して少しだけ愛情が深い方だと思います。まず語るなら毛皮のことを話さない訳にはいかないでしょう。ふわっふわなだけでなく、少し硬い毛はなで心地の良いこと良いこと」

 アルノはふんふんと興味深そうに聞いていた。カエデは若干引いていた。だが、そんなことは関係無いとばかりに三世は話を続ける。

「続いて耳。特に、こちらに来てから耳の魅力を再確認しましたね。ぴょこぴょこ動いてチャーミング。しかも耳は嘘が付けません!欲しい物を我慢してじっとしているのに、耳だけはぴこぴこ動いて我慢できず、本当は欲しいのだということが丸分かり。愛しいことこの上無いです!」

 そろそろ止めた方が良いのでは無いか。というよりそんなこと話せとは言ってません。カエデはそう思うが、三世はまだ止まりそうになかった。


「動物に貴賎無し。どの動物も良い所があります。どれも愛らしく、素晴らしい。例えばこの美しい白馬。私の馬でカエデと言うのですが、走る姿は人を魅了し、佇む姿でさえ神々しさを感じるほど、気品溢れる。にもかかわらず、私が撫でると甘えながら顔をこすり付けてくる。美しさと可愛さの究極形の一つですよこれは」

 三世はカエデの鬣を撫でながらそう力説する。

『うんうん。それでそれで。もっと言って良いんですよ?』

 カエデはそう考え、三世を止めることをやめた。


 そのままたっぷり十五分。三世はずっと動物の魅力について話し続けた。

 途中から内容がぶれ、ルゥとシャルト、カエデの自慢話になっていたが、それでもアルノは楽しそうに最後まで聞ききった。


 キリが付き、三世の話が終わると、アルノは三世にまた質問を出した。

「それで、ヤツヒサさんは三匹。いえ、三人の中で誰が一番好きなのかしら?」

 固まる三世。耳を強く動かすカエデ。答えを待つアルノ。それは質問では無く、爆弾だった。


「えっと、さあ。どうなんでしょうねぇ」

 何とか曖昧な言葉で濁そうとするが、アルノは全く引かなかった。

「それで、一体誰が一番なの?」

『じーーーーーーーー』

 口でじーっと言って何かをアピールするカエデ。三世は冷や汗を掻きながら何とか逃げ道を探ろうとする。


 七割本気、三割冗談のカエデと違い、アルノは真剣な表情でその質問をしていた。そこに遊び心は無く、本心からの疑問な様だ。

 だから、三世も真剣に答える。

「全員同じ位大切ですよ。誰一人欠けて欲しくないです」

 三世にとって当たり前のこと。そして心からの気持ちだった。さすがにカエデも茶々を入れず、黙った。

 だが、アルノはその答えに不満そうな顔をした。


 カエデはそんなアルノの表情を見逃さなかった。

 出会って初めて見せる不満の表情。マイナスの感情。納得出来ないこと。

 それは、非常識で固められた思考を解きほぐす鍵だと、三世は気づいた。


『どっちがします?』

 死刑宣告に近い内容をアルノに伝える役を尋ねるカエデ。三世は一瞬考え、自分の手でそれを行うことに決めた。

 どうなるにしても、自分のわがままでここに来たのだから、自分で決着を付けるべきだと考えた。


 三世はカエデに言うべき言葉を教わった。

 それは永遠の少女アリスを大人にする魔法の言葉だった。


「アルノさん。死者、いえ、あそこにいる人をご覧下さい」

 三世は一人の死者に向かっててを向けた。

「うん?あの人がどうかしましたか?」

「はい。そこにいる人は愛する人と一緒に居られて幸せなのですね?」

 アルノはその言葉に笑顔で頷く。

「もちろんです。最後まで必ず幸せになるようにしましたから。幸せになりすぎて、未練が無くなる程ですからね」

 三世は頷き、もう一つアルノに尋ねる。


「では、あの方を愛する方は幸せですか?」

 要領を得ない質問にアルノが首を傾げる。

「それは……一体どういう意味でしょうか?」

「あの人を愛していて、あの人に会えなくなった人もいます。その、愛を失った人は幸せですか?」

 アルノはその質問に答えられず、ぴたっと止まった。

 一人で完結した考えのアルノは、一人ずつしか考えていなかった。相手という発想すら無かったのだ。

「なんで?一番愛している人とずっと一緒だから良いんじゃないの!?」

「愛は一人に一つというわけではありませんよ」

 淡々と事実を話す三世。それはただの常識だが、アルノにとっては未知な内容だった。


「じゃ、じゃあその辛い人にもレゾナンスをかけてあげたら、ほら!皆愛が得られて幸せになるわ!」

 破綻した考えのアルノ。淀んだ瞳がより深く淀み、無邪気な子供は既にいなくなり、事実に怯える子供になっていた。


 そして、三世は決定的な一言を告げる。

「失った愛は、たとえ本人が帰ってきたとしても、絶対に戻ってきません。あなたのしたことは、ただ多くの愛を失わせただけです」


 アルノは無言になった。そのまま数秒時が止まった様に静寂に包まれ、そして、アルノが言葉を発する。

 蚊の無く様な小さな声から、徐々に音量があがっていく。

「ああああああああああああああああ!」

 それは言葉では無く、咆哮だった。アルノの悲鳴の様な叫び声に反応し、死者達が一斉にこちらに向かってきた。

『一旦下がって!距離を取りながら迎え撃ちましょう』

 カエデの意見に同意し、三世はアルノから距離を取り死者に囲まれないようにした。


 死者達は何体かはアルノの周囲に残り、残りはこっちに襲い掛かってきた。


 三世と楓は後ろにじりじりと下がりながら、この後の展開を考える。

 選択肢は三つだ。

 一つはこのまま逃げる。絶対成功するし情報も入手できた。無駄にはならない。

 もう一つは死者を倒しきる。アルノを逮捕するなら、この選択肢からで無いと無理だろう。

 そして三つ目。今の内に隙を見つけてアルノを殺す。死者は邪魔だが、アルノ自身は未だに現実を受け入れられなかったのか発狂しているから狙い時ではあった。


 選択肢ではあるが、それに何の意味も無かった。どうせ三世は一つ目も三つ目も選ばない。カエデは知っていた。三世はそういう男だと。ギリギリまで助けようとする人だと、ずっと昔から知っていた。


『戦える?』

 カエデの挑発に近い激励に、三世は頷き槍を持つ。そのまま槍の刃の部分を取っ払い、槍を棒にダウングレードさせて構える。

 刺すという攻撃は死者に効きが悪い。これなら打撃となるからダメージの通りが悪くても衝撃にもなるし押しのけられる。上手く狙えば骨も折れるだろう。


 そんな三世を見てカエデは安心し、三世に後ろを任せて死者の群れに突っ込んだ。

 前足、後ろ足、首、突進。あらゆる方法で死者をなぎ倒すカエデ。

 常に体に風を纏わせ攻撃力を高めていた

 反対に防御のことをほとんど考えていない。三世が後ろにいるから防御は全て委ねていた。

 危ない時は必ず助けてくれる。その信頼に応える様、三世もサポートに集中する。

 カエデの攻撃した後、接近してくる死者を押しのける様に棒で突き飛ばす三世。

 練習と経験の成果は無駄では無い。地味ながらでも、三世も戦えるだけの強さを得られていた。


 この段階で、三世とカエデのリンクは切れ掛かっていた。気持ちが同じでは無くなったからか、それとも時間切れか。

 理由はわからないが、カエデの思考を三世はほとんど読めなくなっていた。

 だが、それは大した問題は無い。思考が読めようと読めなかろうと、その絆と信頼は変わらない。

 お互いが次にどう動くか程度なら十分把握出来ていた。


 三世は、ふと気になってアルノの様子を確かめようと考えた。

 死者達に守られる様に囲われているアルノの方を見る三世。そこには想像出来ないような表情を浮かべた女性がいた。


 淀んだ瞳が酷く目立ち、隈が浮き出て困惑した顔。それと同時に頬を赤く染め、高揚させている。

 性的興奮をおこしている様にも見えるし、苦しんでいるようにも、泣いているようにも見える。

 おろおろとしている様にも見える。既に彼女は三世の理解の外の存在になっていた。


 何にするにしても死者を何とかしないと何も出来ない。

 カエデのサポートをしつつ、数を減らしていく。

 十……二十と数を減らしていく二人だが、楽になることは無かった。

 その原因がわかり、三世とカエデに焦りが現れ始めた。

 死者が増えていたのだ。どこからともなく減った数と同じ位の死者がこちらに歩いてきて補充されていく。


 ジリ貧になっていく三世とカエデ。既にリンクは完全に切れていた。


 カエデの疲れが溜まり、死者を処理出来る数が減っていく。その上、増加する数は変わらず、最初よりも数が増えている位だった。

 死者の処理だけならそれほど難しくない。ただ、流石のカエデも二百を超える数に囲まれながらの戦いは長くは持ちそうになかった。


 後はもう最後の手段しかない。リンクできていない二人だが、その気持ちは一緒だった。

 最後の手段、それはアルノを殺すことだ。


 リンク無しで三世がカエデに乗り、速度を乗せて全力で突く。

 リンク中では無いから成功率はそこまで高くないだろう。

 それでも、この状況下でアルノを殺すだけの一撃はソレしか無かった。


 死者を蹴散らし、アルノに近づくカエデと三世。

 アルノはそんな二人を見て、更に興奮したような顔をし、同時に絶望に染まった顔をした。

 二つ以上の感情が見える。しかも、そのどちらも三世は理由がわからない。


 これがアルノの本当の姿なのか、三世は一ミリたりともアルノが理解出来なくなっていた。


 三世が近づくにつれて泣き出し、同時に激しい興奮を見せる。泣きながら、頬が赤く染まり汗が流れ艶っぽい表情になっていた。

 何となく、彼女は愛の答えを見つけたのでは無いか。三世はそう思えた。


 アルノとカエデの間に死者の壁が無くなり、三世もその隙を逃さない様にカエデに乗りアルノを殺す為に構える。

 突進に入ると、彼女はおろおろとしながら、同時に殺されるのを嬉しそうにしていた。


 未だに人、亜人を手にかけたことの無い三世。しかし、もうそんなことを言っている場合では無くなっていた。


 殺害の決意をし、カエデに突進の命令を出す直前。アルノの様子が変わった。

 今までも変だったが、急に無表情になる。三世は最初原因が気づかなかった。

 カエデはすぐに気づいた。胸元と、そして馴染みのある臭い。


 アルノの足元に赤い液体が滴り、その胸には銀色の何かが突き出ていた。それは剣だった。

 後ろから誰かがアルノを刺したらしい。銀に光る刃は血が滴っていても美しく輝いていた。


 三世はアルノの背後を見る。


 そこにいたのは、両手で剣を背中に突き立てるコルネだった。


ありがとうございました。


そろそろ六部も終わりが見えてきました。

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