愛を知りたい少女
夜空の下に蠢く亡者達、そしてその中央にいるアルノ。
アルノとの距離は二十メートル位だろう。
非常に近くいるにもかかわらず、歩く死者もアルノも三世を襲ってこない。
アルノに戦う気は無いらしく、にこにこと三世を見ていた。
三世は、楓に周辺警戒を頼み、アルノと話をしてみることにした。
「どうしてこんなことをしたのでしょうか?」
遠まわしでは無く本題で尋ねる三世。住民達の事も考え焦りが出ていた。
「こんなことって何のことかしら?ごめんなさい。わからないわ?」
飄々とした態度のアルノ。それは知らない振りでは無く、質問の意図を理解していないように見えた。
「村人を拉致したり、死体に村を襲わせたりです!」
アルノの平然とする態度と焦りから、三世は当たる様に怒鳴った。
だが、そんな状態でも、アルノは平然し、首を傾げた。
「うーん。それは私がしたことじゃないからわからないわ。ごめんなさい」
関係無いみたいな態度を取っているが、今現在もこの中は魔力の円の範囲内。そして、今アルノがいる場所が中心点。
ここで何かをしたことはわかっていた。
だが、アルノの様子は惚けている訳でも無いらしい。
隠し事の無い態度、にもかかわらず会話がなりたたない。
三世は何となくわかった。常人と話が合わないタイプの人間。目の前にいるのは、常識から異なる相手ということだろう。
三世は聞き方を変えることにした。
「あなたは何がしたいのですか?」
その質問は正解だったのか。アルノは目を輝かせて三世を見つめた。日傘だけで無く、自分もくるくると楽しそうに回る。
それは本当に幼い子供の様に見えた。
瞳には淀みが見え、服装は黒一色。にもかかわらず、無垢な彼女の姿は永遠の少女を連想される。
「私はね。愛を知りたいの。もっと言えば、誰かを心の底から愛したいの。誰かたった一人、特別な人を」
少女は王子様に憧れるお姫様の様に、そう言った。
アルノは更に自分のことを話しだす。願いを聞いたことが、よほどアルノを喜ばせることだったらしい。
「私は誰かを愛したい。でも、愛するって私にはわからないの。誰に聞いても答えを教えてくれなかったわ。言葉にするのがとても難しいみたいなの。だからね、私は決めたの。愛を知る為に、誰かの愛を叶えてあげようって!そうしたら、いつか私も愛を理解出来ると思うの!」
嬉しそうに話すアルノから、一切の邪気を感じることは出来なかった。
カエデは人の悪感情に敏感だ。
騎士団としての経験。
かすかだが前世を覚えている為、複数種族を経験した故の視野の広さ。
そして、馬という種族は単純に人の気持ちに敏感なこと。
これらが合わさった結果。カエデは悪意を見逃すことは無くなった。悪意だけならルゥ以上に鋭いだろう。
当然、カエデにリンクしている三世にもそれは伝わる。
だが、目の前の彼女からは悪感情は全く感じない。アルノは無邪気な気持ちで、三世と話をしていた。
「誰かの愛を叶えるって、どうやってでしょうか?」
三世の質問に、待ってましたと言わんばかりに笑顔を浮かべ、アルノが答える。
「私だって知ってることはあるわ。愛って自分で叶えないといけないものなんでしょ?だけど、絶対に叶わない人っているでしょ?相手がいなくなってしまった場合の人。私はそういう人に愛をあげているの!」
そう言いながら、アルノは周囲の死者を愛しそうに眺めていた。
これが彼女の本心なのだろう。言いたいことは理解出来るが、行動はさっぱりわからないが。
彼女の愛とは、恋愛だけに限定せず、内容無くとにかく最上級の愛。そして、死に別れた人に幻覚を見せるのが彼女の言う助けらしい。
「ですが、それは本人とは言えないのでは無いでしょうか?幻覚か何かですよね?」
三世の質問に、アルノは笑顔で答えた。
「いいえ。本人と言っても良いわ。少なくても見ている人にとってはね。だって、見ている人にとって最も理想の姿ですもの。愛する人の理想ってことは、本人って言って良いでしょ?」
無邪気に言うアルノ。私に間違いは無い。おかしいのは世界だと言っているようにすら聞こえた。
堂々とした態度は、彼女が普通だと錯覚するほどだった。
三世は自分の怒りが落ち着いていくのを感じた。
相手は非常識の存在であるが、子供だ。悪意も無い。最終的に罰することになったとしても、今何も知らないまま殺すことは三世には出来なかった。
カエデも同じ気持ちだった。だから、リンクはまだ切れていない。二回目だからか、何となくこのリンク状態の理屈と理由が三世には見えてきていた。
三世は予想と違う展開で困り果てた。予定なら悪人を殺す覚悟を持って終わり。そうなるはずだった。
まさかここまでおぞましいことを無邪気な少女が行ったとは思ってなかったからだ。
事実だけを見たら確かに悪だ。それも最悪と呼べるほどの。
だが、それを彼女に自覚させる手段が思いつかない。
人が死んだから悪いこと。それだけだと通じそうになる。それほど、アルノの思考は常人とかけ離れていると三世は感じていた。
「さて……どうしましょうかねぇ」
困り果てた三世の呟きに楓が反す。
『もう殴って上下関係わからせた上で説教するしか無いんじゃないですかね?』
諦めたような声のカエデ。だが、他に何も思いつきはしなかった。
三世はため息を吐きながら、いつもの長槍を構える。暗闇でも見える視界のお蔭で両手が使えるからだ。
「良くわからないけど、遊びたいなら喜んでお相手するわ。あんまり得意では無いですが」
アルノはにこっと微笑んで、手でゾンビを遠ざける様な仕草をする。それだけで、ゾンビはアルノから五十メートルほど距離を取った。
「もう一つ尋ねます。あなたはこの歩く死者達をどう思いますか?」
「そうね。夢を叶え終わった二人が眠っている場所。強いて言うなら宝箱ですね」
予想外の答えに三世は頭が痛くなる様な気がした。説得はかなり難しそうだ。今のやり取りでそれだけは理解できた。
「それでは、お相手お願いしますね」
アルノがそう言いながら日傘を閉じて構える。次の瞬間、アルノは三世の目の前に居た。移動する瞬間すら三世には見ることが出来なかった。
畳んだ日傘を持ち上げ振り下ろそうとするアルノ。その速度に全く追いつけず、防御どころか構えることすら三世には出来ていなかった。
三世は死の気配を感じた。だが、次の瞬間に目に入ったのは、左側に吹っ飛んでいくアルノだった。
カエデが横からのタックルでアルノの傘を止めていた。流石にカエデのタックルは予想外だったのか、アルノは避けることがかなわなかったらしい。
その隙にカエデが三世に能力向上の魔法をかけて行く。
『反射神経と速度は強化したけどこれ以上は無理です。後は頑張って下さい』
カエデの強化魔法は優秀だが、三世の体では耐えられない。故に速度関係に絞った。
それでも大分不利だ。動きを見ても格上とわかる。
カエデに乗って戦うのも考えたが、相手に本気になられたらまずい。その先に待っているのはどちらかの死だけだ。
油断して手を抜いているアルノに、全力で挑まないといけなかった。
カエデの全力のタックルでも大した傷がついて無く、受身をとってそのまま三世の方を向いて頭を下げた。
「開始の合図が無かったから馬さんに怒られたかな?ごめんなさい……」
勘違いをしたらしくアルノは三世に謝る。だが三世はそれに反応せず、無言で槍を構える。話す余裕がとうに無くなっていた。
「あっ。もう行って良いかな?……うん。良さそうだね。それじゃあ今度こそ、お相手お願いしますね」
アルノはそう呟き、再度こちらに襲い掛かってきた。
カエデのおかげで目では追える。だが、対応するのはまだ難しそうだった。
縦に振り上げた傘を見て、三世はサイドステップで軸をずらす。
その直後に地面が揺れた。
縦に振り下ろした傘は、地面を抉りながら大地を揺らしていた。三世にも振り下ろされた際の風圧が届いて髪が靡く。
その細い腕でどうしてそんな力が出るのか三世には理解出来なかった。
それでも軸をずらすことに成功した三世。驚いて反応が遅れたが、その僅かな隙を狙い、槍でアルノを突く。
出来るだけ死なない位置を考え、肩を狙う三世。
油断はしない。今ある全力で肩を貫こうと、両足に重心を落とし、両手を振りぬいた。
槍は肩に貫通することも無く、皮膚一枚の位置で止まった。
確かに焦った分、踏み込みは足りなかったが、刃物が服一枚を抉らないのは流石に三世も予想外だ。
ただの黒いドレスに見えるがよほどの技巧とエンチャントを凝らした装備なのだろう。
相手が一歩引いてこちらに対峙する。なぜかくすくすと笑っていた。
「わかった。これが駆け引きなんですよね。一回ぶつかり合って有利か不利を決めて、それを繰り返す。なるほどなるほど。うん。楽しいわ」
戦いの経験が浅いのはわかったが、それ以上に子供らしい事を話すアルノに三世の戦う気持ちが奪われる。
それと同時に、一撃でも当たると死を迎える恐怖が、更に三世の戦う気持ちを奪っていく。
それでも、戦わないといけなかった。
「じゃあ次いくね!どういった方法で攻撃しようかなー」
そう言いながら傘を振り回すアルノ。実力では完全に負けているのに動きが読みやすいアルノと戦っていると、野生動物を相手にしている様な気になった。
どうするか決めたらしいアルノは、傘の先をこちらに向けて突っ込む構えを取った。
「ちゃんと防いでね?ふふ。信じてますね」
ただ遊んでいるという認識しかないアルノ。幸い三世にとって最も戦いやすい方法で来てくれるらしい。
罪悪感に響くが、次から勝てる保証も無い為三世はアルノを傷つける決意をする。
こちらに突っ込みながら傘の先を向けるアルノ。予想通り突き攻撃をするつもりらしい。
こっちが槍だからそうした方が楽しいとか思ったのだろう。
三世は相手の突いてくる点を自分の槍に重ねる。
そして、刃の部分で相手の傘をそらしそのまま進み、アルノの手を狙った。
突き以外苦手な三世でも、相手の力を利用して攻撃するくらいは出来た。それは相手が突きをしてくれたからだが。
そのまま相手の突きの勢いを利用し、三世はアルノの手首を全力で切り落としに行った。
ガギン。
予想した音と違う音に三世は驚く、手が痺れ、槍の先が欠けていた。
切り込んだ位置を見る。そこは確かに手首で、何も突いてない位置だ。
障壁が発動した様子も無い。つまり、服が凄いのでは無く、素の耐久力が異常なだけだった。
「あはははは!凄い凄い!がたって傘が動いて、ずらされたと思ったら、すーっと槍がこっちに来た!そんなことも出来るのね。ヤツヒサさんは本当に凄いわ」
笑いながら喜ぶアルノ。そんなアルノと対称的に三世は追い込まれていた。
三世は自分の槍で相手を傷付けることが出来る自信が無かった。
ただでさえ火力不足に加えて槍の破損。近いうちに刃は無くなりただの棒になるだろう。
一応手段はある。カエデに乗ったら、ただの棒ですら必殺の武器に出来る。
カエデの戦闘力と筋力。それにコンビネーションを加えた三世自体が、一種の兵器と化す。
だが、それはどっちかが確実に死ぬ最終決戦に他ならない。出来ればこれは避けたい手段だった。
「あなたは本当に人間ですか?」
三世はつい、思ったことを口にしてしまった。アルノは悲しそうに呟く。
「そうね。人は良く私をアンデッドと呼ぶわ。残念だけどね」
騎士団の考えは正しかったのか。三世はアルノを見つめながら、次の手段を考える。
ありがとうございました。