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血に染まった両手だからこそ、許せない事。


絶望は加速する。

死者を火に焼き、弔った後その場を離れ、一息ついた時に事件は起きた。

最悪の事態にならなかったのは、ただ運が良かっただけだろう。

「誰か!軍人さんが!」

村人の声に反応し、三世と他の付近のヴィラン軍人が声の位置に走った。

そこにいたのは空ろな目であらぬ方向に歩いて行こうとするヴィラン分隊の一人だった。

【4】と頭に書かれた彼も、同じように何かに取り付かれ、まっすぐ歩くだけの存在となった。

二つほど良かったことがある。

一つはいなくなる前に見つけられたことだ。この状態でも何か戻す手段はあるだろう。

もう一つは、歩くだけの存在となった場合、死者と違い戦闘を行おうとしないことだ。

ただ、歩くだけなので相手が鍛えた軍人だとしても、あっさりと捕縛でき、そのまま他の人と一緒に荷台に縛り付けることが出来た。


ただ、軍人の数も減り、安全でない可能性が増え、村人の心はより一層悪い方向に傾いていく。

声には出さず、気丈に振舞っているが、ほとんどの村人の心は折れているだろう。

それでも、誰も八つ当たりも怒鳴りもしないことに三世は驚いた。それは、思いやりなのか諦めなのかはわからないが。


当の三世も、ルゥもシャルトも、笑顔を浮かべる余裕など既に無い。歩くときも基本的に下を向くようになった。

この後の予定も考える余裕も無く、ただその場を呆然と佇んで居るだけ。誰かの前進の合図があるまでただ待機しているだけだった。


そんな中で、ヴィラン分隊はルカと村長を呼び何か話し合いをしていた。

今の自分は話し合いに呼ぶ価値さえ無いのか。三世は一人で自嘲するように笑う。ただの思い込みだが、今の三世にそこまで何かを考える余裕は無かった。


そして十五分ほど話し合い、頭に【3】と書かれた部下の一人が、周囲に声を響かせる。

「攫われた人の共通点がわかった。思いあたる奴は集団の中の方に入って誰かの傍を離れるな!」

絶望の中、わずかだが希望が見えた瞬間だった。


ヴィラン分隊が集い、ルカと村長を呼んだのは村人の個人情報を聞く為だった。

良く知っている仲間と、村人が十人以上。これだけいたら、原因を絞る位そう難しいことでは無いと考えたからだ。

そして、その考えは正しかった。


今何かに取り付かれたようになっている人は、大切な人を亡くして苦しんでいる人達だった。


「詳しく教えていただけませんか?」

三世の問いに【3】の部下が頷く。

「ああ。簡単に言えば誰かの死を受け入れたくない奴だな。誰かに殺されたとか、突然の別れとかな」


今それに引っ掛っている部下の一人は、母親が殺され復讐の為に軍に入った。

復讐と言っても、何かをする様子は見えない。ただ、母親の死が忘れることが出来ないで苦しみ続けてるのは、分隊全員が知っていた。


また、最初の犠牲者のケルは、両親共に突然の死で、詳しくは聞けないが、ケル自身その時の事を覚えているらしい。


三世は自分の目が何やら熱暴走したような熱さを持っていることに気づいた。そこの付近を触ると濡れている。気づいたら大量の涙を流していた。

その様子にルゥもシャルトも、何より三世自身驚いていた。


悲しい訳では無い。苦しい訳でも無い。

ただただ、単純に脳が焼けそうなほど怒りに満ちているだけだった。

大切な人との思い出を利用し、汚す。命の大切さを理解していないということに、三世は心の底から怒り狂っていた。


三世自身、大切な亡き人に会いたいということは無かった。

大切な人が亡くなっていても、それは受け入れられた死で、後を託された。苦しく寂しかったが、納得の出来る別れだったからだ。

だが、もしシャルトやルゥが三世より先に亡くなり、それを利用されたら自分は間違いなく引っ掛るだろう。

そして、それをしているのが今の敵だ。


目が痛い。頭が痛い。そして何よりも、胸が痛かった。


そうして怒りに燃えているのは三世だけでは無いらしい。

不思議な事に、三世はもう一人同じ理由で怒っていることに気づいた。

この感覚は、以前ガニアでルゥとシャルトと繋がったような気になれた。それと同じだ。その相手の考えは何でもわかるし、自分の考えも大体理解される。


ただし、今回はシャルトとも、ルゥとも繋がっていない。二人の気持ちは今回は強く伝わってこない。

伝わってくるのは、死を利用した相手への怒り。自分と同じ強い怒に身が焼かれそうな存在。


三世はカエデさんと気持ちがリンクしていた。


死を見てきた経験はカエデさんは非常に多い。

騎士団という職場は、軍ほど悲惨では無い。それでも、領主の反乱、盗賊団の対処と命の奪い合いは事欠かなかった。

この世界の馬は非常に賢い。カエデさん位賢い馬だと、人と同じか、それ以上の知性を持っている。

だが、どれだけ賢くても、馬と人では人が優先される。馬の数がある程度多いのは、そういう使い捨てを計算しての話だ。

だからこそ、騎士団は馬を大切にし、馬が死なずに除隊すると喜ぶ。

カエデさん自身それを受け入れていて、その上で仲間の犠牲の上に立っている誇りがあった。

誇り高き白馬にとって、このような惨状はとても我慢出来る物では無かった。



知り合いの死という経験自体、三世は非常に少ない。精々四、五人程度だ。だが、心の傷という意味では三世は異常だった。

村人やコルネ。ルゥとシャルト。それ所か心の傷でトラウマが生まれているエイアールですら三世の心の傷の数と深さには勝てない。

異常なほど強力なスキル。それは多くの死を受け入れず苦しみ続けた故に生まれた物だった。

確かに人との別れは少ない。だが、動物全体で考えると三世の別れの数と質は特別酷い。

何故なら三世は己の手で動物を殺し続けている。それが助ける為でも、苦しみから解放する為でも。殺したことには変わりは無かった。

三桁を超える数の命を奪い、三世はその末に生きている。動物は人より下だから気にしなくて良い。そう考える人だったら、まだ良かっただろう。


三世はそう考えることが出来ない人間だった。その上、この世界に来てルゥとシャルトと出会った。三世の中から人と動物の境界線はもう無くなっていた。

己の手で命を奪い続けた三世。

命の重みを知る獣医だからこそ、このような現状を許すことが出来なかった。


「カエデさん。君も怒っているんだね?」

三世の言葉にブルルと一鳴きして答える。

「大切な人との思い出を利用する。そんなこと、許してはいけません」

カエデさんの強い思いが伝わる。何も言わなくても、何もしなくても、今この時だけは二人は確かに繋がっていた。


三世の視界がおかしなことになっていた。

夜なのに昼と同じように見え、当たり前の様に普段なら絶対見えない距離まで見通せ、その上魔力の流れが見えていた。

それはカエデさんがしたこと。三世の体を利用し、人の魔法を使い、自分の視界を強化し、三世と共有していた。


半球のドーム状の様な魔力が周囲のいたる所に生まれていた。半径一キロ以上のドームの形をした魔力。これが誘拐の範囲なのだろう。

三世はマップを照らし合わせ、自分が見えている魔力の円をマップに詳細に書き込んでいった。

さっきまでの別の意味で瞳が痛い。無理やりな魔法にリンクは負担が大きいらしい。


「ルゥ。シャルト。お願いがあります」

記したマップをシャルトに渡しながら、二人に話しかけた。

今までと違う三世の強い話し方に、びくっと体を震わせ三世の方を見る二人。

「死者達がもうすぐ来ます。だから。ここで皆を守ってください」

自分の事は良いから後を頼む。それは三世がずっと言いたくて、それでも言えなかった言葉だった。


「ご主人様。一体何をするつもりですか?」

すがるような声でシャルトが囁く。置いていかれるのはわかっている。それでも出来たら連れて行って欲しい。

だけど、今の三世を見ると、それは叶いそうに無かった。それがわかるからこそ、シャルトの声は小さかった。

「ちょっと。元凶を終わらせに」

三世はそれだけをはっきりと言い切った。


「マップの円を避けたら誘拐は無いと思うので、後はお願いします」

三世はそれだけ言うとカエデさんに跨った。

「待って!私も行く!」

ルゥが慌てて叫ぶ。だが、三世はルゥを見てしっかりと首を横に振った。

「すいません。着いてきて欲しいのですが、村人達も守らないと。ルゥ。あなたならもうわかりますよね?」

ルゥは言葉に詰まった。最低でもさっきの三倍。百以上の死者がこっちにきている事実にルゥは聴覚と嗅覚で確認出来ていた。

「でも。ヤツヒサ一人じゃ危ないよ!」

そんなルゥの叫びに、カエデさんは地面を踏みつける。ドンと強い衝撃と共に大地が揺れた。

「さっきのは私に任せてってカエデさんからのアピールです」

ふんむと自分は強いとアピールするカエデさん。その後、優しく一鳴きし、ルゥとシャルトに顔を擦りつけた。

「大丈夫ですよ。一人じゃなくて二人ですから」

三世はそれだけ言って、カエデさんと共にあらぬ方向に去って行った。


心配で後を追いかけたいルゥとシャルト。だが、死者が迫っているこことと、地図のこと。そして三世が出て行ったことを話さないといけないこと。

そして何より、三世に後を託されたこと。二人はヴィラン分隊に事情を説明しに行った。



「カエデさん。無茶してすいませんね。でも、行かないと行けないので」

決意に満ちた瞳で、三世は正面を見据える。

『あなたの最高のパートナーは私だと知らしめる良い機会ですね』

楽しそうなカエデさんの声が頭に響く。思ったよりも自己主張が強いらしい。


カエデさんの声は、とても優しく、そして穏やかで聞いているだけで落ち着く声だった。それと同時に、三世はどこかで聞いたことのあるような気がした。


「何か、希望とかリクエストありますか?」

三世の質問に、カエデさんは一言だけ答えた。

『せっかくの逢瀬です。さん付けは無粋では無いでしょうか?』

ちょっと拗ねた言い方に三世はくすりと笑い。カエデさんに答える。

「そうですね。それじゃあ、二人で悲劇を終わらせましょう。楓」

楓は頷き、更に早く駆け抜ける。

この瞬間二人は、誰にも負ける気がしなかった。


人の体は馬と比べて魔法の使用に長けている。そもそも馬が魔法を使えるという事実を知っている人はそれほど多くない。騎士団や軍ですら、半数以上の人はそうとしらない。

知っていて、尚それを調べているのは魔法関係の研究者くらいだろう。

言葉を使わずに使える部分は人よりも優れているが、使える範囲が非常に狭い。一部の自己強化と風関係くらいだ。


だから楓は三世との繋がりを利用し、三世の魔法関係の能力を全て借りうけ使っていた。

『もう少し視力強化するから我慢してね』

楓の声に頷き、三世は軽い頭痛と目の痛みを耐え目的地を探る。


楓は今複数の魔法を同時に制御している。

加速と姿勢制御。二重に重ねた視界強化に魔力可視化。そして純粋な力を強化している。

楓も魔法はそこまで得意では無い。三世の信頼と魔力関係の能力、その全てを委ねられたから、それが出来ていた。


逆に、乗馬関係は全くサポートしていなかった。いつもは三世に気を使いながら走る楓。だが、今はそんな余裕が無かった。

だからこそ、三世がそこを補った。

馬術が苦手な三世だが、己の白馬の扱いだけは別だといわんばかりに楓を操る。

今までと違い、三世は自分の力だけで乗りこなしていた。


目の痛みに耐え、三世と楓は周囲を散策しながら、目的の場所を探す。

「見つけた。九時の方向!」

三世の言葉と同時にその方向に走る楓。同時に視界強化と魔力可視化を解除し、暗視をかけただけの状態にする。

そして、後はまっすぐにそちらに向かうだけだった。


目的の位置に走り抜けるまでの間、歩く死者が何度も現れた。

今の二人なら間を抜けて放置しても良いが、残してきた人達の事も考えて、死者達を何とかしていくことにした。

『つらいでしょ?私がしようか?』

楓の気を使う声。三世は争いに向いておらず、同時に人を傷つけることを畏怖している。それでも、しないといけないことだった。

「ありがとう。だったらサポートお願いします。私切るの苦手なんで」

三世は己の手で行うことを譲る気は無かった。


立ち止まらず、通り抜ける間に死者達を切りつける三世。

両足を切り落とせば歩けなくなことを、三世は既に学んでいた。

三世は突き以外技量が低い。馬術に乗った状態で槍で切り落とすなど普段なら不可能だ。

だからその部分を楓がサポートする。切る位置の誘導。振りかざす方向。そして、切断出来なかったら、自分の体を強引に動かして両足を切り落とす。

全く立ち止まらず、通りがかる全ての死者の両足だけを正確に切断する。

今、この瞬間だけはルゥにも、マリウスに負けないだろう。

二人共同じ気持ち。死者に苦しむ、残された者達を冒涜する者への怒りが、二人の繋がりを深め、人馬一体の境地に引き上げていた。


切断した死者の数が百を超えた辺りで、三世は目的の場所に着いた。


ある人物の周囲には死者がうじゃうじゃと集っている。にもかかわらずその人物は死者に襲われていない。

腐りかけた死者を、愛しそうに見つめる彼女。こちらの視線に気づいたのか、彼女がこちらを向き目があった。

彼女は全く悪びれもせずに、まるで久しぶりの旧友に会うかのような仕草で三世に挨拶をした。


「こんばんは。素敵な夜ね。こんな素敵な夜での再会なんてドラマチックね」

そう言いながら、アルノは楽しそうに笑った。

夜という時間帯に似合わない、黒い日傘を持った黒い服に黒い髪の少女。

確かに三世は彼女を一度見たことがある。

以前牧場に来て一人で馬と家族を楽しそうに見つめていた女性。

そして、三世がそうであって欲しくないと願い続けた女性だった。


あの牧場は悪意を持って入った者には反応する仕掛けがある。にもかかわらず彼女は入って来た。

だから彼女を悪人だと、三世は認めたくなかった。だが、現実にアルノは目の前にいた。


アルノ自身は、そんな三世の感情など知らないとばかりに、楽しそうに日傘をくるくると回して微笑んでいた。


ありがとうございます。












暗い話はここまでだ。さあ、解決編に入っていこう。

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