絶望の足音と感じない悪意
もう少し暗いのが続きます。辛い人は数話ほどお待ちの上纏めて読んでいただけたら幸いです。
村人達の移動速度は非常に遅かった。
足取りが重いのは、人が多いのも理由だが、それだけでは無い。この空気の重さがそれを物語っていた。
村に留まって救出されるのを待たないか。そういう声を、村人は皆飲み込んだ。
村長や、三世がそれを言わない理由を、村人達も察していた。
たったの四人。今や五百人を越える村人の中でのたったの四人だ。
しかし、掛け替えの無い、村の仲間の四人だった。
新たに三人の行方不明者が出たことをグラフィに伝える為、もう一人追加でヴィラン分隊の部下をグラフィの方に送った。
グラフィ達救出側の負担は相当大きいが、それでも四人を無事に村に届けてくれるのを祈ることしか出来なかった。
珍しくという言い方も失礼だが、ルゥも沈み込んでいた。ルゥにとってフィツは、師匠であり、雇い主であり、そして恩人でもあった。
フィツがいなかったら、ルゥは料理を作ることは無かっただろう。
優しいを通り越して甘い性格で、頼みごとは当たり前のように引き受ける。何かめでたいときは率先して店を貸し出し、無償だったり格安で料理を提供した。
「内緒だぞ」
フィツはそう言いながら、良く売り物の甘味をルゥに分けてくれた。内緒と言うが、当たり前の様に三世にも、それ所か村人全員が知っていた。
子供全員に内緒と言って同じことをするのだから知らない人がいないのは当然だった。
ルゥも本音で言えば助けに行きたい。だが、行きたくても行けなかった。こっちも安全という可能性は低い。
そして、こっちに三世がいるからだ。
ルゥもシャルトも何も言わないが決めていた。三世の傍にいて守ろう。
三世の弱さが、二人の足かせになっていた。
もちろん、三世もそのことに気づいている。もし自分が強ければ、二人を連れて救出側に行けた。
守る力が欲しい。悔しさと、情けなさの中で、三世はそう思い返した。
久しぶりに、夢で見た力の渇望を思い出した。
明け方まで歩き通した。日の出が上がり、世界に光が満ちるとどこからとも無く安堵した声と雰囲気が流れる。
三世は村長と相談し、最初の休みをここで取ることにした。
視界の開けた木の少ない草原。そして、付近に馬車の車輪の跡と道がある。
誰か来てもすぐに目視出来る上、馬車が通ったら救援を申し込める。
大量のテントを貼り、村人達に睡眠を取ってもらう。安心と移動の疲れからか、村人達は皆、泥の様に眠った。
村人達の疲労は体力だけで無く、精神力も削っていた。もちろんそれは、三世達も同じだった。
「るー。ヤツヒサも休んだら?」
ルゥとシャルトは心配そうな声で三世を見ていた。
その心配そうな顔と声から、三世は自分が相当酷い顔をしていると自覚出来た。疲れている自覚は無かった。
「いえ。私は見張りを続けますから二人が休んで下さい。何かあった時は、私だともうどうしようも出来ませんから」
自嘲しながら二人の頭を撫でる三世。二人は無言で何も言えず、テントに入って行った。
撫でられて嬉しくないと思ったのは、初めてだった。
三世はヴィラン分隊と連携し外部の見張りを始めた。
それと同時に内部にも見張りを立てることにした。また同じように村人がいなくなる可能性を恐れてだ。
今は、村長、ルカ、マリウスを中心に内部の見張りチームが形成されている。
それは交代制で、そして体力と気力に余裕のある人が着くようになっていた。
モチベーションが高い人に任せるという考えは正しいだろう。だが、将来的にそれが続くかと言ったらそうでも無い。
何とか余裕のあるうちに、城下町に着くのを祈るだけだった。
残念ながら、移動初日から既に住民に疲れが見え始めた。
体力的な疲労もだが、精神的な作用が大きく、子供や老人など生命力が弱い者から不調を訴えだした。
まだ、微熱や疲労感程度で済んでいるが、無理をさせることは出来ない。病院の無い村では最低限の薬しか無く、医者もいない状態だからだ。
そのことを考慮すると、休憩の回数を増やすしか無かった。
三世は過去の経験から一つ。不安なことがあった。ストレス環境下に集団で集る。
以前同じ経験の時は、外部の男性不信として、排除されかけた。その時三世は、残念ながら被害者として関わっていた。
三世は村が好きだった。だからこそ、村人達に排除の目で見られた時耐えられる自信が無かった。
ただでさえ、悲鳴をあげている心が、軋むような感覚がした。
逃走中のストレスは非常に大きい。それなら、せめて食事は良い物を用意しようと豪勢にした。
保存食の水分の少ないクッキーに干し肉。これらは三世が新しく作り出した保存食計画の物だ。
クッキーはメープルの風味に優しい味わい。干し肉は干した割に柔らかい。それに加えて、日持ちしない果物や野菜を多目に出した。
三世も食べてみる。保存食計画の予想通り味はそれなり以上に良い。惜しむらくは、食感が悪いことだ。
まだまだ改良の余地はあるなと、三世は考えながら保存食を齧った。
ちなみに、その保存食をヴィラン分隊に出すと泣き出した。特別この保存食が美味しいというわけでは無い。
既存の保存食が特別不味いのだ。
技術や娯楽など、分かりやすいものは異世界転移者が昔から多くいた為かなり発展してきた。しかし土台は魔法中心の文明発展段階の世界だ。
どうしてもこういう細かい所まで手が足りていない。
また、軍事関係者の中には、保存食の質を良くすると軍が堕落するという考えも少なからずあった。
余計なことはしてはいけないという悪しき風習として根深く残っているらしい。
三世は、軍に保存食を売り込む計画を考えた。ただし、それらは全て村に帰ってからだが。だから、早く帰りたかった。
ゆったりとした昼食の後に移動を始める。体調の怪しい者はカエデさん等馬達が背に乗せて運んだ。
さすがのカエデさんも乗せることを拒否しなかった。ただし、男は優先的にバロンやエイアールに乗せ、自分は出来るだけ女性しか乗せない。
三世は、それがカエデさんからの一種のアピールに見えて、くすっと笑った。
笑える程度の余裕をカエデさんから分けてもらった三世。ほんの少しだけ、心が楽になるのを感じた。
四時間程の移動で、また休憩に入る。日中の休憩を早めに取り、夜通し歩く為だ。
夜に立ち止まるのが一番危険だと感じたからそういう計画になった。
二度目の夜を迎える前。時間で言えば七時位だ。日は落ちたが、まだ視界は確認出来る程度には明るい。
あまり時間は経っていないが、夕食を食べてもらっている時に事件は起こった。
食事中の村人数人の動きが止まり、しばらくすると突然立ち上がって一斉に歩き出した。
無表情で空ろな瞳のまま、ゆっくり歩く。あまりに自然な動きで住民達も反応が遅れた。
最初に反応したのは、女性。ケルの母親だった。ずっと警戒をしていたのだろう。
「誰か!村の人が連れて行かれる!」
ヒステリックな金切り声を上げる女性。それを聞きつけ、ヴィラン軍人とマリウスが村人の動きを阻むように立ちふさがる。
それでも歩くのを止めない。避けもせず、攻撃もせず、ただ壁になっている人に体を押し付けるように前に行こうとしていた。
結局対処が思いつかず、意識を失った村人は全員縄で縛り、荷台に積むことになった。
意識を失い歩き出したのは全部で十二人。全員を動けない様に荷台にくくり付け、移動を再開した。
三世だけでは無いだろう。ヴィラン分隊、村人、今この場にいる全員が、絶望に片足が浸かった様な感覚がした。
暗闇の中を松明と懐中電灯の明かりで進む一同。
今この夜の闇に負けないほど、この場の空気は重く、暗かった。
荷台で蠢く村人達が、次はお前の番だぞと言っている様に聞こえる。
そうか。これが俺達の未来か。村人達もそう思い、心に闇を灯す。
何とか明るくならないかと頑張るユラとルゥ。だがうまくいかない。
誰かが元気付けようとして元気になるような状態では既に無くなっていた。既に笑顔でいる者は一人もいなくなっていた。
暗い夜道に空気の重い状況。だからだろうか。それとも普段と違う環境で心労が祟ったからだろうか。
本来気づくべきはずの獣人の反応が大分遅れた。
それでも最初に気づいたのはルゥだった。顔をしかめながら、
「何か来るよ!凄い臭い奴!」
ルゥの耳が悲鳴をあげるほどの大声はヴィラン分隊全員にも聞こえ、全員武器を構える。
剣だったり、杖だったり、棍棒だったりを右手に構え、左手に懐中電灯を持ち、彼らは敵を待ち受けた。
闇の奥からのっそのっそと現れたのは、予想通り歩く死者。そして、これで村人も歩く死者の存在を認知してしまった。
悲鳴が内部から聞こえ、パニックに近い状態になる。ユウとユラが必死に村人をなだめ、外には出させないように気を配る。
姿が見える頃になると、獣人は全員顔をしかめていた。ただ腐っただけの臭いだけならここまで露骨な顔をしない。よほど酷い腐臭なのだろう。
歩く死者が出たことで困るのは村人のパニック化位で、強さで言ったらそこまで問題では無い。ただ、問題もあった。
その問題とは、数が多いことだ。
闇夜から現れ出でる死者達の数、ざっとみても二十以上。未だ闇夜に紛れている数もいるはずだからどのくらいの数か予想も出来ない。
「手が足りん!戦える奴は前に出ろ!」
分隊の一人の叫び声に呼応し数人の村人が武器を持ち立ち上がる。
その中にはマリウスの姿もあった。
三世も普段使わない短く小さい片手槍と松明を持ち、ルゥとシャルトと共に歩く死者の撃退に向かった。
三世は右手だけで、他の人の隙を消す様に槍を突き出す。
ぐちゅ。
肉を抉る感触が手に伝わり凄まじい嫌悪感に陥る。そして、槍が刺さっても死者は身じろぎ一つしなかった。ほんの一瞬衝撃で止まる。それだけだ。
ただでさえ才能が無い中で片手のみの槍。三世の攻撃だと一瞬止まる程度しか役に立たなかった。
弓を持っていたシャルトも効果が薄いことに気づき、弓を捨てて松明で殴り始めた。
ルゥに至っては、盾で殴るという最適な行動を取っている為、軍人以上の活躍を見せている。ただし、顔は嫌悪感むき出しだ。臭いのきつい中で暴れるから相当つらいだろう。
それでもルゥは動きを止めない。シャルトも同じ様に戦い続ける。
数で言ったら三十ほど。過剰戦力のおかげで被害はほとんど無く片付いた。
被害らしい被害と言えば、体を拭く布と、水の消費が激しかった事位だろう。
死者達は、多少四肢が欠損しても動き続けた。それ以上の破損の場合は動けなくなるし、一度転ぶと立ち上がるのに時間がかかる。また、足を切断すると立てなくなりその場で呻くことしか行わなくなった。
村人の恐怖は加速していく。ゾンビを知っているならとにかく、知らない人にとってそれだけでどれほどおぞましく、恐ろしいか想像すら出来ない。
その場でもがく死者や、全く動かなくなった死者を、ヴィラン分隊は一箇所に纏めていく。
妙に手馴れた仕草で剣や槍を器用に使い、触ることなく死者の山を築き、そして盛大に着火した。
「教会が無いから神父様もいないもんなぁ。悪いが適当にすませるぞ」
ヴィラン分隊の一人が、そう言いながら呪文を詠唱する。恐らく火を強める呪文だろう。火の勢いは異様な速度で燃え広がっていた。
中の死者が微妙に蠢いている。既に歩くことも出来ない様にされているから、蠢くことしか出来ない。
ふと、三世は中の一人と目が合った様な気がした。その瞬間、槍で突いた感触が手に蘇る。
三世は初めて人型を突いた。もしかしたらまだ人だったのかもしれないし、または元に戻せたかもしれない。
中の死者はまるで三世に語りかけている様だった。
お前の番はいつだ。頭に響くように声が響き、心に小さな闇を宿したような気がした。
日に日に心の悲鳴が大きくなる。三世は、自分の精神はそれほど強くないと言う事に気づき、能力も当てにならないなと自嘲した。
ありがとうございました。
水の中で足掻くように書いております。もう少しだけ、暗いのが続きますがお待ち下さい。




