はじまりはじまり
翌日より、ヴィラン分隊は村の周囲に散開し、防衛任務に入った。
前日までの印象から、悪い人では無いとは分かっていたが、仕事がどうなのかわからず、三世は不安だった。だがその不安は無用な心配だったらしい。
少人数でもうまく交代して、昼夜問わず常に防衛状態。業者の馬車以外誰も中に入れないし業者すらも身分がわかる人以外は通さなかった。
同時に、村の中の避難訓練にも、グラフィは手を貸してくれた。
理由はわからないが、グラフィも今回の騒動で思い当たる何かがあるらしい。
現場での指揮経験の差か、グラフィが入ったらスムーズに集合と散開、そして集団での移動が可能になった。
その上グラフィはかなりのスパルタで、気づいたら村長やルカがいなくても何とかなりそうな錬度に達していた。
グラフィに、三世はどこまで話すべきか悩んだ。三世とユウは今回で危機を確信している。だが、その根拠は無い。
気のせいかもしれませんし証拠も根拠も無いですがこの村は狙われています。
軍という立場の人間じゃなくても、そう言われたら頭を疑う以外の選択肢が無いだろう。
「村の皆も不安に感じているので、皆でもしもの事を想定して動いています」
三世はグラフィに、適度にぼやかして説明することしか出来なかった。
ヴィラン分隊の働きに村人は誰一人文句を言わない。言う権利すらない。
酒が好きなのは知っているが、初日以外誰も飲んでいない。
いつも怒鳴るような声で連絡をし、疲れを見せずに警戒を続ける。
そんな日が数日続き、【村に危害を加える軍】という元々の軍の評価は無くなり、【軍は村を守る為に身を削ってくれている】という印象に変化した。
だからこそ、誰一人、ヴィラン分隊を責めることはしなかった。
「くそがっ!」
拳をテーブルに叩き付け、怒りを顕わにするグラフィ。他の誰でも無い。自分自身に怒り狂っていた。
ヴィラン分隊が入ってまだ一週間も経っていない。
そんなある日の朝に事態は発覚した。
少年が一人行方不明になった。朝から姿が見えず、母親がパニックになりながら村長に訴えた。
その後、ヴィラン分隊と身体能力の高い獣人で周囲を探したが、結局見つからなかった。
椅子に座ったグラフィは俯いたままだ。そんなグラフィに三世は何も言う事が出来なかった。
今この場いるのは、ユウと三世、ルゥとシャルト、そしてグラフィだ。
村長の自宅を借りさせてもらい、ここで今後の対策を考えることになっている。
家の持ち主の村長は、ルカと共に村人を緊急で集めている。他に被害があったかを調べる為と、この後の行動の為だ。幸か不幸か、被害者はまだ一人しか出ていなかった。
ユラは動物達の世話と監視をしてもらっている。こと動物の世話という分類なら、彼女より優れた人は村にはいない。
今この場で話し合う点は二点。子供をどうするか。それと、いつ村を脱走するかだ。
「グラフィさん。辛いなら私達が話しを聞いておきますから……」
これから来る人のことを考えて、三世はグラフィに部屋の退出を勧める。ある程度落ち着いてはいるが、それでもグラフィにとって辛いことだろう。
だが、グラフィはそれを拒否した。
「俺がいなくて誰がいる必要があるんだよ。責められるのなら俺だ。責任は俺にある。むしろお前らこそ、嫌な気分になるだろう。引いてても良いぞ」
グラフィが睨むように三世にそう言い、ここから逃げることを拒絶した。
「はあ。僕達がいなくなったら誰が調書を書くのでしょうね」
ユウが笑いながらグラフィに話しかける。あっ。と何かを感じたような顔をするグラフィ。そのまま顔をユウから背けてしらんぷりをした。
グラフィの字はあまり上手くない。控えめな表現ですら、そう言うしか無かった。
緊張が軽く解れた辺りで、人の気配がし、ノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
グラフィの一声に、一組の夫婦が入って来た。
この村に昔からいる、三世にとっても顔見知りの若い夫婦だ。そして、今回いなくなった子供の親でもあった。
グラフィの方からギリッと何かが擦れる音がした。三世がそちらを見る。グラフィは無表情だったが、おそらく歯が割れるほど噛み締めているのだろう。
「お願いします。どうか息子を、私達の息子を助けて下さい」
女性は、隣の男性に寄りかかりながら、何とかそれだけ言って泣き崩れた。
子供の名前はケル。十歳で、同世代の子達と比べたら大人しい子だ。それ以外に特に変わった特徴は無い、どこにでもいる普通の少年だった。
「他に事前に変わったこととか、またはケル君の特徴とかありませんでしたか?」
三世は落ち着いて丁寧な口調を意識し、男性に尋ねた。
男性は考え込む様な仕草をし、しばらく動かなくなった。
実際にヴィラン軍は軍としてだけで無く、調査という意味でも非常に優秀だった。
この段階で、いつ、どの方角に行ったか。そこまでは大体突き止めている。だからこそ、不思議なことがあった。
どれだけ調べても少年は、一人で移動していた。
もちろん、家出を疑ってはいない。
深夜という時間。いくら外に注意が向いていたとは言え、警備の目を盗んで少年が一人で家出が出来るのか。どう考えても不可能だろう。
つまり、誘拐を行う何者かは、手を使わず近寄ることすらせずに、誘拐が可能ということだ。だが、どういう能力か、どういう原理なのかはわからない。
だからこそ、ヴィラン分隊が警備していても止められなかった。
「関係無いかもしれませんが……。あの子が他の子と一つだけ、違う点があります」
男性はそう言って、確認するように抱きしめている女性を見た。女性の方は男性を見て、悩む表情を浮かべた後、静かに頷いた。
「あの子と私達は実の親子ではありません。あの子は、嫁の兄の子供でした。ただ、兄と兄嫁はもう……」
男性は俯いたまま、黙り込んだ。その先は言わなくてもわかる。よくあることだった。
「わかりました。出来ることはしますので、他の村人と一緒に居て下さい」
三世の言葉に夫婦は何か言おうとするが、黙って頷き、一言お願いしますとだけ言って退出した。
三世の態度は悪くは無い。だが、今までと比べたら明らかに悪い。
言うこと言ったら早く去れ。
つまりこういうことだ。普段なら何か一言付け足すなり慰めを入れる。だが、それを指摘する人はここにはいない。
三世だけで無く、この場にいる皆、焦りが限界に来ているからだ。
既にこの村を脱出することは決定していた。問題は今から準備したら脱走の開始時間が夜になることだった。
急いで夜から脱出を始めるべきか。朝まで待って脱出するべきか。
どっちにしても、子供を捜す時間はほとんど残されていなかった。
最後の手段はある。だが、それは一人に負担を押し付ける行為で、しかもその一人の安全だけで無く今後も苦しめる可能性のある方法だった。
「グラフィさん。少人数で、少年の救出、ならびに村の逃走ルートを暗記して合流。お願い出来ますか?」
危険な行為。その上軍の命令違反。グラフィにとって一つも利が無いどころか損しか無い条件だ。
そして、三世もわかっている。きっとグラフィは断らないと。子供という弱みを利用するお願い。三世にとって取りたくない手段ではあったが、他に手段が思いつかなかった。
三世、ルゥ、シャルトの三人がもう少し戦力として成長していたら、代わりに行くという方法も取れたが、今三人で行っても間違いなく被害者が増えるだけで終わる。
カエデさんという軍馬を入れたら何とかなる可能性は増える。だが、そうしたら今度は村人の防衛が不安になる。
ベストの選択肢はヴィラン分隊を分けることだけだった。
「俺達を使うなら報酬は出すよな?高いぞ」
グラフィのニヤリとした不敵な笑みに三世は頷いた。笑えない時でも笑えるグラフィに、三世は素直に尊敬出来た。
「構いません。私が出来ることなら何でも」
三世の言葉に頷き、そして報酬を要求した。
「だったら!一週間牧場俺達に貸切な!競馬以外全機能開放した上でだ。そして基本無料にしろ。いけるな?」
なにやら考えのあるらしいグラフィの要求。三世はそれを聞いて、我慢出来ずに噴出してしまった。
何も言っていないのに、グラフィが何をしたいのかすぐにわかってしまった。
「わかりました。子供の好きそうなお菓子を山ほど用意しておきましょう」
三世のその答えに、グラフィはバツの悪そうな顔をし、手で顔を隠した。
短い付き合いだが、グラフィの考えは分かりやすかった。養護施設か何かはわからないが、多くの子供達をここに招待したいのだろう。
三世としてもそれは望むところだ。情操教育にも動物は有効だし気に入ってく動物好きが増えても嬉しい。
グラフィは未だに顔を隠したまま、三世と契約完了の握手を交わした。
「当たり前ですが、子供が無事なことが報酬の条件ですよ」
三世も余裕が出来たようで、ニヤリと笑ってグラフィを挑発する。
「はっ。そのガキも纏めて、アホみたいな数を牧場に招待するからな。覚悟しておけよ」
三世とグラフィは、握手をした手を離し、お互いに拳をコンとぶつけた。それに二人は頷き、グラフィはそのまま村長の家から去っていった。
子供の事はグラフィに任せ、三世は村の逃走準備を進めた。
結論は、準備が出来次第村から脱出することとなった。
夜という危険はあるが、大量の松明用の燃料もあり、また少数だが魔石製の懐中電灯もある。
夜道の危険も獣人の視力以外の能力と軍の指揮があれば何とかなるだろう。
それより朝になって犠牲者が増えることの方が心配だった。
グラフィと【2】の番号を頭に付けた部下だけが、子供の救出に向かい、残りは村人の誘拐対策の護衛に回った。
村人達の脱走先は無難にラーライル城下町に決まった。一応城下町が襲われてる可能性も考えていくつか脱走先を考えてはいたが、それは必要無いようで良かった。
ラーライルならそれほど距離も無く、少人数で普通に歩いても三日ほど。この人数でも一週間かからないだろう。
それ位なら、食料から水、体を拭く布とそれ用の水すら余りが出る位は余裕があった。
ポニー集団の積載能力は思った以上に高かった。
村の皆で協力しあい、何とか夕暮れまでに全ての準備が整った。
後はこの村から逃げるだけだ。この村が狙われたかのか、それとも偶然なのかわからない。だがこの村に残るメリットは全く無い。
夜も暗くなりだし、急いで脱出しようかという時に、ルカがこちらに近寄ってきた。汗をかきながら相当慌ててこちらに来たらしい。
「ヤツヒサさん。住民の数が合いません」
ルカは、冷静を装いそう言葉にした。
村長の方も同じように三世に報告に来た。
詳しく話を聞く三世。
いなくなったのは三人。今度はいずれも大人だった。
そして、残念ながらそのうちの一人は三世も良く知っている人だった。
新たな行方不明者三名。その中にはフィツが入っていた。
ありがとうございました。