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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
愛を知りたい少女の共鳴

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十人程度のならずもの3

 

 夜も深くなり、祭りの様な賑やかな雰囲気は霧散し、しっとりとした時間に変わる。

 女性や子供の姿は当然無い。騒ぐ者も減り、静かな静寂の時が流れる。静かではあるが、寂しい訳では無い。

 静寂を楽しむ大人だけの時間である。



 だが、そんな時間も長くは無いだろう。今静かなのは大きな理由があった。

 それは、賑やかな連中が喧嘩の後で静かになってるという、本当に下らない理由だった。

 全力で騒ぎ、喧嘩を楽しんだヴィラン分隊。その喧嘩という名前のスキンシップの名残を楽しむように、一人一本の黄金酒をラッパ飲みし始める。


 大きなテーブルとは言え、十人も座ったら多少窮屈になるテーブルの上で、酒瓶が高くに掲げられるその図は、ラッパ飲みの名前のように、トランペットの演奏会の様になっていた。

 盗賊団の演奏会。行きは無料で帰りは全裸。お代に有り金置いてきな。

 そんな下らない妄想をしながら、三世は彼らの素晴らしい飲みっぷりを見ていた。


 結局静かだった時間は十分ほど。大人だけの時間は元の祭り様な、むしろ他に人のいない分、煩いヴィラン分隊の影響で盗賊団の酒盛りの様になっていた。

 黄金酒が無くなると、即元のエールにシフトし、大ジョッキを片手に歌うように飲みだすヴィラン分隊。

 ゲラゲラ笑い、歌い、偶に怒声が混じる。煩くはあるが、不思議なことに不快感は無い。それはヴィラン分隊が全力で楽しんでいるからだろう。

 そう思うのも三世だけで無く、この場に残って酒を飲んでいる他の住民も、きっと同じことを考えていると三世は思った。


 三世はふと、彼らに懐かしさを覚え、ガニアに行った時の事を思い出した。

 そうか。彼らはマーセル盗賊団に似ているのか。

 何となく、本当に何となくだが、彼らに親近感を持つ理由が、三世は今ようやくわかった。


 むしろマーセル盗賊団という似非盗賊団よりも大分盗賊らしい。

 彼らは目的の為に盗賊団となる覚悟と決意はあったが、とびきりの善人だった。悪さに向いてない。その上酒もあまり強くない。

 一方、国の剣とまで称された軍の一員のヴィラン分隊は、酒癖が悪く手も早い。その上野次に品が無い。

 ヴィラン分隊は、軍人なのに盗賊以上に盗賊らしかった。


 似ているようで似ていないような。ただ、人として嫌いにはなれそうに無かった。



「なあ、兄ちゃん。忘れてたんだけどさ」

 隊長のグラフィが三世をちょいちょいと手で招く。

「はい。何でしょうか?」

「いやな。今更なんだが、兄ちゃんの名前何て言うんだい?」

 グラフィの質問に、そういえば自己紹介していない。というか自己紹介の時間を失念していたことに三世は気づいた。

「申し訳ありません。私の名前はヤツヒサ。一応ここの牧場の管理人です」

 そう自己紹介する三世。牧場主と自分を呼べることが、少し嬉しくて自然と顔が微笑む。

「おお!そうかそうか!若いのに一国一城の主って奴か。やるねぇ」

 嬉しそうにバンバンと背中を叩くグラフィ。叩かれた背中が割と痛い。というか普通に痛い。

 若いとグラフィは言うが、おそらく同年齢だろうと三世は思った。


「そんで、俺の名前はグラフィ。悪名高いヴィラン分隊の隊長。酒飯博打に喧嘩好き。もちろん女もな。見ての通りのロクデナシだ」

 ゲラゲラと笑うグラフィ。

「良くわかってんじゃねーか」「早撃ちも得意だろ」

 などの野次が部下達から飛んでくる。

 早撃ちと言った部下だけ殴られて吹っ飛ばされた。


「そんでこいつらが、ジョー……、いや。別にこいつらの名前を覚える必要ねーな。ちょっと待ってろ」

 部下を紹介しようとしたグラフィ。だが、それを思いなおし、どこからともなくペンを取り出し、部下達の頭に巻いているバンダナ【1】から【9】まで順番に数字を書き込んだ。


「これで良し。好きに呼んでやってくれや」

 その奇行に部下達は一際大きな笑い声を上げ、断る所か嬉々としてそれを受け入れた。

「良いんですかそれで?」

 呆れたような声を出す三世にグラフィが笑いながら答える。

「いーのいーの。そもそもここにどの位滞在するかわからないが、そんなに長くいるとは思わないし。それなのに九人も名前を覚えるのは大変だろ?」

「うう……。そう言われるとそうですね」

 増加した村人の名前の過半数を覚えていない三世には耳の痛い話でもあった為、納得せざるをえなかった。

 九人全員。同じような格好の人の見た目と名前を一致させるのは意外と大変だ。だが今は明確に分かりやすく差別化されている。頭の数字が違うという差別化だが。

 せめて頭に獣耳でも生えていたら二桁までなら名前を覚えるのだが。三世はそんなことを考えた。


「ということで部下の方はこれで良しとして、もう一つ良いか?」

「はい。何かまだ不手際がありましたか?」

 三世の返しに笑顔で首を横に振る。

「そうじゃねーよ。ただな。すげー美味い飯だっただろ。だから作った奴に会わせてくれないか?礼くらいはしたいからな」

 その言葉に、三世は今日作っていた表情が全て剥がれ、顔が強張った。



 確かにずっと会わせなくて済むと思う程考えが甘かった訳では無い。機嫌の良くなった後日に、様子を見ながら考えようと思っていた。

 その結果、会わせない方が良いなら彼ら全員に隠れてもらい、大丈夫そうなら再度、様子を見ながら会わせる。頭の痛い問題だからこそ、じっくり取り組もうと三世は考えていた。


 三世はそれほど、軍と獣人の関係を重く見ていた。だがそれは勘違いでは無いだろう。少なくとも戦争相手の民族と考えるなら、軽く考えて良いわけが無い。

 ヴィラン分隊に今まで一人たりとも犠牲者が出ずにいる、そう思うほど三世も頭が花畑では無い。

 いくら人間側が有利な戦争だとしても、高い身体能力を誇る獣人と戦って犠牲者無しということは無いだろう。


 だからこそ、ルゥに食事を用意してもらい、獣人は一人たりとも姿を現さないようにしてもらった。

 まさか作った人に会いたいと言われるなどと思ってもみなかった。


 だが、今が良い機会であるのもまた間違いでは無い。料理は高評価だ。このタイミングで会わせるほうが良いかもしれない。


「ヤツヒサ。どうした?何か問題でもあるのか?」

 どうやら思考に大分時間を費やしていたらしい。硬直する三世にグラフィが訝しげな視線を送っていた。

「すいません。ちょっと考え事をしていまして」


 ここで会わせても会わせなくてもリスクは残る。

 その中でも、三世が一番嫌だと思ったのは獣人を全員軍人から隠し続けることだ。

 隠れている間に会えないのもつらいが、それ以上に娘達に不自由を強いたくない。それは三世にとって我慢出来ないことだった。


「すいませんがちょっとお尋ねします。その料理を作ったのが獣人だと知ったら嫌がりますか?」

 しかし、ここぞという時に決断が出来ない三世。会わせる前に様子見も兼ねて尋ねるという中途半端な妥協案に逃げることにした。


「んー。俺達は正直どうでもいいな。誰が作っても美味けりゃそれで。ただ、獣人の料理ってくっそまずかった記憶があるから驚きはする」

 頭に【3】の文字が入った部下がそう言い、周りの部下も頷く。

「そうだな。俺達に気を使ってるみたいだけどな。戦争だから殺し殺されはある。だからって誰これ構わず恨むことはねーよ」

【4】の番号の部下がそう言い、再度回りの部下は頷いた。

 そして、部下は全員グラフィの方を心配そうに見た。その様子だけで、グラフィが悪感情を持っていると察することが出来た。


「ヤツヒサ。これだけは教えてくれ」

 今までと違い、威嚇するような雰囲気を出しているグラフィ。真顔だが、今にも噛み付いてきそうだった。グラフィは三世が何か反応する前に言葉を続けた。

「そいつは獣人側の軍人と関係ある奴か?」

 グラフィは自分の怒りを必死に抑えながら尋ねた。


「元々奴隷として売られていた子です。奴隷なので軍と無関係とは言えませんが、軍で戦ったことは無いです」

 三世は正直に答えた。嘘を付けるような状況では無かった。


 獣人と人の戦争には特別なルールがあり、負けた陣営が買った陣営に自分達の陣営の一人を渡す。

 なのでそこで渡されて奴隷となったルゥも軍人と言えなくも無いだろう。

 だが、三世が最初に会った時の様子を見ると、体力的にも知能的にも軍で戦っていたとは思えなかった。

 寄生体に体を侵食されていて、考えることもまともに出来ず、体力も普通の人の半分も無かった。そんな状態で軍人として活躍したと考えることは常識的に不可能である。


「ああ。最近の奴隷なら大丈夫だ。あの畜生共はルールを無視して戦力外のガキや病人を渡してくるようになったからな」

 グラフィが吐き捨てる様に言うと、今まで纏っていた圧迫的な雰囲気は消え、打って変わって優しい穏やかな雰囲気になった。


「それなら、尚の事会わせて欲しい。俺達が連れ帰って奴隷になった奴らが、幸せになっているならそれを見たい」

 その言葉を嘘とは思えなかった三世は頷く。そして、自分の娘達を連れてくることにした。



「今日の料理を担当したルゥでーす。美味しかった?好きな料理とか有ったら教えてね?頑張って作るし知らない料理なら覚えるから!」

 にっこりとした笑顔で軍人達に話すルゥ。軍人相手でも一切恐れず、誰とでも同じような距離感のルゥ。今はそれが功を奏した様で、軍人達もルゥにつられて頬が緩んでいた。

「見た目も可愛い!飯の味も最高!その上愛嬌二重丸!これは幸せに生きていると言っても良いんじゃないでしょうかね隊長」

 にやにやしながら【2】番の部下がグラフィを肘で小突いていた。だが、等のグラフィは反応せず、ルゥを見て呆然としていた。


「なあ。あんたに娘とかまたは妹とかその位の年齢の親戚いないか?同じ髪の色で、短髪のガキで男か女かわらないようなちんちくりんな奴」

 グラフの質問にルゥは首を横に振った。

「知らないなぁ。私は子供いないし親戚とか知らないし聞いたこと無いよ。ごめんね?」

 ルゥは良くわからずグラフィに謝罪する。そうか、と小さくグラフィは寂しそうに呟いた。

 三世はグラフィが誰を探しているか、すぐにわかった。グラフィの言っていた姿は、出会った時のルゥそのものだったからだ。

 だが、これを正直に言って信じてもらえる自信が無い。今のルゥを見て三世はそう思った。


「その……グラフィさんは赤色の小さい女の子を探しているのですか?」

 三世がそう尋ねると、悔しそうに頷いた。

「俺が軍に入る以前からだが、あの畜生共は戦争に参加した軍人を引き渡すという条約を逆手に取って、名前だけ軍に入れた弱者をこっちに押し付けるようになった。一年半位前になるかな。戦いが一旦決着をむかえ、条約に基づいた引渡しの時に、あいつらは事もあろうか小さなガキを渡しやがった。年寄りとか病人ならまだ理解出来る。障害を負った軍人でも仕方無いと思う。だがな、未来のあるガキを奴隷に差し出し切り捨てるのだけは、ロクデナシの俺でもわからねぇ!」

 グラフィはテーブルをドンと強く叩き、歯を食いしばっていた。

「後で知ったがそのガキ何か治らない病気を抱えているという事もわかった。何とかしたかったが、俺がどうにか出来ることでは無かった。今頃は生きていないだろう。もし生きていても、幸せには到底なれていないだろうな」

 グラフィは無理やりエールを腹に流し込み、言葉と一緒に色々な感情を飲み込んだ。

 子供が彼にとって何か重要なワードなのだろう。グラフィの言葉に強い怒りと苦しみを感じた。

 三世と同じ位の年齢に見えるグラフィ。その上こっちの世界なら結婚や出産が早くても不思議では無いだろう。そう考えると、グラフィに何か有ったと考えるのは想像に容易い。

 だけども、グラフィにそれを尋ねる気は無かった。人には言いたくないことの一つや二つあるだろう。


 もう一つ、言うべきだが、言っていいのか悩んでいることがある。

 あなたの探している女の子。目の前のルゥですよ。

 そう三世は言いたい。だが、それをするとグラフィは苦しむだろう。赤っ恥をかくという意味や恥ずかしいという意味でだ。

 かなりシリアスな雰囲気の今をぶち壊すというのは気が引ける。三世は、後日こっそり教えようと決めた。

 そう決めたが、ここに三世の考えを軽くぶち壊す存在がいた。


「ああ。その女の子なら私のことだ。良く見たらおじさんにも見覚えあるよ。森の中みたいな場所で戦争が終わったのに獣人ぶん殴って、止めに入った普通の人もぶん殴って暴れまわっていた人だよね?」

「は?」

 グラフィが突然の言葉に真顔になり、ルゥを指差す。

「は?」

 呆然としたままそれしか言わなくなるグラフィ。

「ん?どうしたの?」

 そう言うルゥの言葉も届いていないらしく、は?を繰り替えすグラフィ。そんな彼を部下達は玩具を見るような目でニヤニヤと見ていた。


「今頃は生きていないか。キリッ」

「生きていても幸せには到底なれない……だろうな。キリッ」

 部下達はグラフィの発言を繰り返し真似、ゲラゲラ隊長を笑い、いじり倒す。これが彼らのコミュニケーションで、そして何時もの姿だった。

「お前ら、おちょくるのもいい加減にしろよな」

 わなわな震えるグラフィに、【1】番の男が真剣な表情でグラフィに告げる。

「俺達別におちょくっているだけではありません。ただ、全力で馬鹿にしているだけです」

 その言葉に他の部下も馬鹿笑いを始め、我慢出来なくなったグラフィが部下全員に鉄拳制裁をかまして黙らせた。


 しかし、グラフィの気持ちも理解出来る。劇的という言葉ですら足りない程、ルゥの姿は変わった。成長というよりは進化と言っても良い位だ。

 背丈は小さく、ボサボサで荒々しい短髪の子供が、身長百八十を超えるモデル真っ青の体型に綺麗で艶のあるロングヘアの明るい美人に変化しているのだから見ただけだとグラフィでもわからないだろう。

「んー。正直信じられん。だが、あの時の事も合ってるし、面影は確かにある。髪の色も一応同じ。だけどなぁ」

 にこにこ微笑んでいるルゥを疑わしそうに見るグラフィ。答えはあるのだが、その答えを信じきれずにいるようだ。


「るー。あの頃は何もわからなかったけど今ならわかるよ。私の為に怒ってくれてたんだよね?ありがとっ」

 にこっと満面の笑みをグラフィに見せるルゥ。それを直視したグラフィは、その瞬間、瞳からつーっと涙が零れ落ちた。

「そうか。良かった。俺達ロクデナシが死ぬのはどうでも良い。金の為にこんな事をしている屑なんだからな。でもよ、俺達大人のせいで子供が犠牲になったと思うとよ。ああ、幸せになってくれて良かった……」

 涙を隠そうともせず、グラフィはただただ、優しい瞳でルゥを見守るように見続けていた。今度だけは、部下達もおちょくることは無かった。


「うん。おかげさまで、幸せになれたよ!ずっと一緒に居たい人も出来た」

 三世を指差して三世に微笑みかけるルゥ。見慣れたはずの何時もの笑顔だが、三世は少しどきっとした。

「妹も出来たんだよ。ほら」

 ルゥはそう言ってその辺りに隠れていたシャルトを引っ張り出した。逃げようとするシャルトを後ろから抱きしめて皆に挨拶させる。

「こんばんわ。ルゥ姉の妹のシャルトです。料理はそこまで得意では無いです……」

 そうぶっきらぼうに挨拶をするシャルト。普段はもう少し愛想が良いのだが、元々対人恐怖症のケがあり、特にヴィラン分隊の様なガラの悪い連中が苦手な為、どうしても対応が荒い。


 だがそれはそれとして拗ねた子猫みたいで可愛い。三世は満足そうに頷いた。軍人達もシャルトの反応に悪い気はしていない様だった。

「私は幸せだから、次はあなたが幸せになってね?」

 ルゥはグラフィにまっすぐ瞳を向けてまっすぐな言葉をぶつける。それに対してグラフィは頷きもせず、タバコの箱を取り出し、中から一本抜いて咥えだした。

「急に吸いたい気分になってきちまったな。ほら。獣人なら去った去った。これはきついから臭いぞー」

 えーと不満そうな顔でルゥが退散していった。それに後に続くようにシャルトも去っていく。去り際にシャルトはスカートを軽く持ち上げ礼儀正しく挨拶をしていった。


 いなくなるのを確認してから、グラフィは指でパチンと弾いてタバコに火を付け、ゆっくりと吸い、煙を吐き出した。

「俺の幸せねぇ。子供が幸せなのが俺の幸せだな」

 タバコの吸うのは照れ隠しでもあるのだろう。こうしたら獣人が逃げ出すのを知っているからそうした様に見えた。

 グラフィの呟きを聞いたのは三世だけだった。だが、その三世もそれを追及する気は無い。

 その距離感が、中年のおっさん同士らしい距離感だった。


 十分ほど経つと、残りが短くなり、グラフィはタバコを灰皿に入れて消した。備え付けに灰皿を置いていたが、部下達の分も含めて使われたのはこの時だけだった。

「吸い終わったからもういいぞ」

 苦笑しながら、グラフィは三世に話しかけた。

「わかりました」

 そう言って三世はグラフィの方に戻っていった。タバコを吸っている間、三世はグラフィから全力で離れていた。

 何故なら匂いが付くと嫌がれるからだ、そして一緒に寝られないからだ。一緒に寝られないだけならとにかく、ルゥとシャルトが悲しそうな顔でこちらを見るのは三世にはとてもつらいことだった。

「さて真面目な話とか雰囲気とか俺には似合わないから空気を変える為に一つ、面白い物を見せよう。と思ったが、その前に一つ聞きたいんだけど」

「はい。何かありましたか?」

「俺の部下。どこに行った?」

 グラフィの呟きに、三世はため息を一つ吐いて答える。

「隊長が真面目でいじりにくいから遠くの方で飲んできます。と言っていました」

 二人は情けない顔をしながら向かい合ってため息を吐いた。


「ま、まあとにかく、俺の秘密の一つなんだがな、実は俺は魔道具を持っている。まがい物や安物でなく、正真正銘本物の超貴重な奴だ」

 そう言いながら、グラフィは懐から手紙くらいの大きさの白い塊を見せた。

 形状は昔はやったポケベルのような形。横に広く薄い。手紙五十枚の束くらいの大きさと形、厚みで、上下に横長い枠が付いていて、突起物が一つだけ付いている。


「金貨にしたら実に三千枚は下らないといわれる超貴重品だ。同じ物が一つたりとも見つかっていない」

「それは凄いですね。それで、どんな道具なんですか?」

 素直に感心した三世。多少大げさではあるだろうが、それでも貴重なのは間違い無いだろう。

「まず、誰かの方向に向ける。そうすると二つの枠の中にその人の特徴が表示されるという機械だ」

「ふむふむ」

 グラフィと三世は、自然と近寄りその道具を見た。

「それでな、上の枠にその人の長所が表示される。面白いのは下の枠だ。俺はこの機能が気に入ったからこれを売らずに持っていると言っても良い」

「ほほー。それで下の枠は一体何を表示するのですか?」

 にやりと笑うグラフィに、釣られて三世も悪そうな顔で笑う。いたずらをする子供のような気分に三世は陥った。

「実際に見せてやるよ。これを持って、俺の方に向けて右下の突起物を押してみろ」

 グラフィの言葉に頷き、三世はその道具を受け取る。見た目は白いプラスチックに見えたが、思った以上に重たい。そこまで冷たく無いから金属で出来ているわけでは無いだろうが、材質は良くわからない。

 言われた様に、その道具をグラフィに向けて、三世は唯一ついているボタンのような突起物を押し込んだ。


 キュインという甲高い音の後、枠の中に言葉が浮かび上がってきた。

 上の枠に。

【手段を選ばないゲリラ戦等に優れた性能をし、軍事指揮能力も優れている】

 そう書かれていた。そして、下の枠には。

【三歩歩くと忘れる鳥と比べるのも、おこがましい程度の知能】

 そう書かれていた。


「ということで、下の枠はそいつに適切な悪口が書かれる。こいつの凄い部分は悪口は毎回変わり、その上本人に言ったらいけない欠点は絶対に表示されない。つまりだ。この道具は人をからかう為だけに生まれた道具ということだ。お偉いさんはそう言っていたぜ」

 ゲラゲラと笑うグラフィに三世も我慢出来ずに噴出した。

「三歩忘れる鳥以下だってさ。良いセンスだろ」

「そうですね。悪口なのに許される範囲というのが面白いですね。私にもしてもらえませんか?」

 三世の申し出に、またいたずらっ子のように笑うグラフィ。

「お。良いのかい。真面目な奴だからこういうのされたら嫌がると思ったが」

「面白そうなので是非とも」

 そう言う三世の方を向き、道具を向けてボタンを押すグラフィ。


 キュインと言う音と共に、三世とグラフィは道具の画面を見た。

 良い年の二人で顔を近づけ、ゲーム機のような物を見るその光景は、少々不気味だった。


「えっと、長所が【獣医者、特に鶏治療なら世界最高峰レベル】ですね」

 三世はそう言いながら、評価に納得した。日本にいた時、犬や猫が患者に一番多かった。そして、犬猫以外で一番治療した経験が多いのは家畜だった。特に鶏は数も多く一度に見る為経験値も多いのだろう。

 逆に言うなら、鶏以外なら三世より上が世界にいるということなのだろう。そう思うと、三世はその人達に会ってみたかった。


 続いて、グラフィが楽しそうに下の枠を読み出す。

「それで、【とんでもない程のワーカーホリック。そして臆病な小心者。自分がチキンだから鶏治療が得意なんですね】ということらしい。……なんで軍人の俺らを差し置いて働きすぎって出るんだ」

 人員の足りない軍は、常にブラック状態だ。いくらいても人が足りず、国内外どこであろうと、何かあればそこに行かないとならない。3Kを超えるであろう酷い職場環境だった。

 だが、そのブラックな軍を差し置いてのワーカーホリックという文章に、グラフィは笑う前に三世に引いていた。

「お前。少し休んで娘達に孝行しとけ」

 グラフィが無表情のまま道具をしまう。三世は顔を逸らして、自分の欠点を見ないフリをした。




 そんな時間を過ごしていると、突然どこからか怒鳴り声が聞こえた。

 三世は慌ててそちらの方に行こうとする。だが、そんな三世の対応に反してグラフィは落ち着いていた。ただし、申し訳無さそうな顔をしていた。

「あー。すまん。俺の部下がやらかしたっぽいな」

 その理由は、聞こえてきた複数の声のうち半数以上はグラフィの部下達だったからだ。


 現場に行くと、ヴィラン分隊の部下が二人、三番と六番の数字の人と、ブルースと一緒にいる建築組の二人が殴り合っていた。

 二対二で怒鳴り声を上げならが殴り蹴りの酷い争いが行われている。


 残りのブルース陣営とヴィラン陣営。どっちの人員も、呆れた顔で殴りあう四人を放置して見ていた。

「あの。これは一体何があったのですか?」

 三世の声にブルースが気づき、申し訳無さそうな顔で三世に話し出した。

「アニキ。いえ。非常に申し訳ないのですが、軍人方とウチのロクデナシが喧嘩を始めてしまって」

 ブルースの言葉にグラフィも申し訳無さそうな顔をしながら脇から話に入り込む。

「いや。こっちもロクデナシだから気にしないでくれ。それにこっちが原因だろうしな」

 うちが悪い。いやうちが悪い。

 ブルースとグラフィがお互い謝罪合戦に入った。

 情けない気持ちであろう二人の心情がわかり、三世も何とも言えない悲しい気持ちになった。



「それで、原因は何ですか?」

 疲れた声で三世がブルースに尋ねた。そろそろ三世も疲れてきたから、原因が酒とか飯とか大した事の無い理由なら、準備して戻って寝ようと思っていた。

 それにブルースは非常に良い難そうに喧嘩の原因を話し出した。

「いえ。うちの二人がシャルトちゃんが可愛いと意地になり、あっちの軍人さんがルゥちゃんの方が可愛いと意地になった結果でして」

 三世はそれを聞いた瞬間に頭を抱えた。情けない気持ちと何とも言えない気持ちが合わせ混ざっていく。


「ヤツヒサよ。どうする?原因はある意味お前だぞ?」

 ニヤニヤした顔でグラフィが三世に尋ねた。それに対し、三世はグラフィに質問に質問で返した。

「さっきのグラフィさんの喧嘩を見る限り、実力はグラフィさんが一歩以上抜けていると思います。介入して誰も怪我無く終わらせることは出来ますか?」

 部下達との喧嘩の時も、誰一人大きな怪我をしてなかった。グラフィならそれが出来るだろうと思い三世は尋ねる。

「ああ。もちろん出来るとも。だがする気は無いぞ。親が子供の喧嘩に出るようなもんだからな。俺に得が何も無いしな」

 グラフィの言葉に三世は考え、そして面倒になってきたからさっさと終わらせることにした。


「報酬を出すから介入してもらうことは可能ですか?」

「おお。もちろん良いとも。何を払う?」

「明日の朝食。うちで一緒に食べる権利でどうですか?もちろんルゥの手作りですよ」

「乗った」

 即座に反応し、二人は契約完了の握手をする。グラフィは普通に嬉しそうにしていた。


「それで雇い主の旦那。どういう感じで介入する?とりあえずぶん殴るのでは華が無いぜ」

 その言葉に、三世は考えて、疲れた声で答えた。

「じゃあ、うちはルゥもシャルトもどっちも可愛い派ということで」

「良いなそれ。じゃあうちはどっちも可愛い派ということで」

 ゲラゲラ笑いながら、グラフィは喧嘩している四人の方に歩いていった。

 そして、三陣営の大乱闘が始まり、最初の予定通り、二人ともどっちも可愛い派が勝利をもぎ取った。


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