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寂しがりという手遅れの病気

 

 今朝早くからルゥとシャルトは出かけて行った。昨日と同じように調査に行くらしい。

 ユウとユラとの四人で何かを調べているが三世は詳しくは教えてもらっていない。

「言えないというよりは、もう少し確証を掴めてから話したいと思いまして。ただ、何か起きたのは確実ですね」

 とユウは言っていた。短い付き合いではあるが、ユウのことは信用している。三世は結果が出るまで見守ることにした。


 別に無条件に信頼しているという訳ではない。三世は自分のことを猜疑心の強い人間だと思っている。特に大切な家族が出来たから尚の事で、そしてその家族を預けるのだから疑う気持ちは僅かではあるがどうしても残る。

 だが、それでも信用出来る理由が三世にはあった。悪意を持っていたら三世は必ずわかるからだ。


 スキルの効果でペット扱いになった者の悪意やそれに準ずる強い気持ちは三世側に伝わるようになっていた。

 これに気づいたのはルゥのおかげだ。


 以前にちょっとした事件があった。

 夜中に突然強い感情が三世に流れ込んできた。ふと目を覚ますとルゥがいない。

 シャルトを起こさないようにそっとベッドを立ち上がり、寝室の扉を開けると、ルゥが夜食を食べていた。

 ああ、勝手に一人で美味しい物を食べるなんて、なんて私は悪い事をしているのだろう。

 別に夜にお腹が空いたのなら仕方無いし、ルゥが自分で準備したご飯を食べたって誰も怒らない。

 だが、本人にとっては真剣らしく、ルゥが強い罪悪感を持っていると三世は感じた。

 そして、そんなルゥに三世は笑ってしまいそうになるのを必死に我慢した。

 本人も隠したいと思うだろうし、三世はそのままこっそりベッドに戻って寝た振りをした。ベッドの中で噴出しそうになって大変だった。

 そして翌朝。妙に豪勢な食事に我慢出来ず、三世は吹き出し笑った。結局ルゥに見ていたことを話した。

 しゅーんとしているルゥに、我慢する必要は無いと三世は話した。

 そもそも狼は夜行性の生き物だ。夜に活発になるのはしょうがない。

 今は何とか昼型に合わせているが、時々どうしても眠れない日がある。そういう時ほど、空腹になる。

 だから怒ることは無いと三世はルゥに説明した。

 ただ、どうしても夜中にこそこそして食べるルゥは面白くて笑ってしまうが。


 そういうことで、スキルの影響を受けている相手が裏切った場合は直に分かる。だからユウとユラに家族を任せることに心配は無かった。

 そのうちユウとユラとも無条件で信頼出来る間柄になれるだろう。


 ちなみにスキルの効果は三世に対しての裏切りに等しい感情に反応する。そして、反応したのは今までで二回だけだ。

 ルゥの夜食事件と、もう一つ。

 カエデさんがメープルの木を齧りに行こうとした時だけだった。何とか阻止出来て良かったと心から思った。



 三世は珍しく今一人だった。一人で、しかも自由な時間なのは本当に久しぶりだ。だからだろうか。今無性に人恋しい。

 これは我侭なのはわかっている。仕事が忙しい中で自分だけが休み。せっかくの休みの時間を大切にしないのは勿体無い。

 それでも、やはり寂しかった。


 ルゥとシャルト、ユウとユラの四人は調査に出かけている。


 カエデさんは仕事で牧場をうろついている。

 元々カエデさんは牧場と関係が無かった。ただ、カエデさんクッキーと騎士団の知名度そして優雅な見た目。ただ散歩しただけであっという間に人気者になった。

 その上カエデさんは騎士団有数の名馬だ。人が乗らないと本領を発揮出来ないが、誰も乗っていなくても乱暴な冒険者くらいなら束で来ても返り討ちに出来た。

 ただ散歩するだけで防犯の意味にすらなるカエデさんは、名実共にマスコットとなった。

 ただし、客は誰一人乗せない。カエデさんは気軽に誰かを乗せようとはしなかった。

 三世はしょうがないなと口では言っているが、それが無性に嬉しかった。


 そして三世以外で唯一カエデさんが喜んで背に乗せるコルネだが、ここ一週間ほど姿を見ていない。

 最近は忙しくなって事務仕事が増えたんだと最後に会った時愚痴を零していた。

 元々事務仕事をサボっているコルネに、三世は苦笑することしか出来なかった。

 一週間姿を見せられないということは、以前会った副隊長に捕まったのだろう。ご愁傷様である。


 思いつく限りの知り合いは皆忙しい。それでも誰かと話したいと三世は考えた。

 今日の三世の休みは午前中。まだ忙しい日が多い中半日休みが取れるのは珍しい。


 ここ最近は不快な違和感が拭いきれない。だからこそリフレッシュしたいのだが、妙に寂しい。

 カエデの村は色々と変わった。三世主体での拡張とは言え、三世自身忙しくて実際に確認はしていなかった。

 三世は村を徘徊しつつ、暇そうな人を探すことに決めた。



「これを着るのは久しぶりですね」

 自分の着ているライダースジャケットを三世はまじまじと見つめた。

 昔は何時でも着ていたが、最近は着る機会が減っていた。

 戦闘関連の時はしっかしとした鎧を着るようになったし、仕事中は悪目立ちするから質素で清潔感のある服を着るようにしている。


 そういえば牧場の制服を作っていないことに三世は気づいた。

 今従業員達は適当な服に首から名札をぶら下げているだけだ。

 三世は近いうちに周囲と相談して制服を作ることに決めた。

 ただし、胸にカエデさんをデフォルメしたワンポイントを入れるのだけはオーナー権限で押し切るつもりだが。


 村をぶらぶらと散策して、初めてわかることもあった。

 妙に案内板が多いなと三世は思っていた。大体三百メートルに一つ程度置かれている。観光地側なら理由もわかるが、住宅地区でここまで案内板がいる理由がわからなかった。

 実際に歩いてみてそりゃ案内板いると理解した。

 余りに急激な発展だった為、記憶の村と実際の村が違いすぎて、自分がどこにいるのわからなくなるのだ。

 つい最近まで草原しか無かった場所に無数の建築物が並んでいる。そりゃあ迷う。これは仕方無い。建築に関わっていた三世ですらも案内板が無いと間違いなく迷うと確信できるほどだ。

 住宅地区と言っても、観光地とエリアを分けただけで、大体の施設は揃っている。無いのは土産屋など観光客向けの施設位だ。


 気づいたらとんでもなく発展していた。

 つい最近まではメープルしか無い小さな農村だった。

 今その小さな農村の規模は住宅地区だけで三倍強。観光地と牧場を入れたら十倍を超える広さになっている。

 村長もそろそろ町になるよう変更届けを出そうかと楽しそうに話していた。


 何とも言えない感慨深い気持ちを三世は味わっていた。


 ついこの前まではゆっくり歩いて一時間はかからない村だったが、今三世は二時間歩いても歩ききれていなかった。

 散策を楽しみつつ周囲を探した。結局暇そうな人は見つからなかったが。

 というよりも人自体少ない。今まで暇だった人は老若男女問わず、全て牧場が雇っているからだ。

 分別付く年なら子供すら手伝いに来てもらっている。そりゃあ住宅地区に人が少ないのは当然だった。


 二、三時間ほど歩いただけでも三世はそれなりに楽しめた。人は居なかった。それでも村と会話しているような。村が生きているような気持ちになった。

 今まで行き止まりだった場所に道が繋がり、その先に新しい建物が出来ている様子を見るだけで何とも言えない充実感があった。

 三世が作ったわけでも無い。ただ、周囲の声を聞いて企画しただけだ。それでも得も知れぬ充実感があった。

 ちょっと生き急ぎすぎていたな。

 三世は最近を振り返り、そう思えた。

 このゆっくりとした時間もそれはそれで楽しい。忙しそうな人と子供を連れた主婦しか見なかった。それでも寂しさは無くなった。

 ただ、それでもルゥとシャルトに今も傍にいて欲しいと思うのはただのわがままだろうか。自問自答するが、答えは見つからなかった。


 昼前位の時間だが、三世は空腹を感じ始めた。朝食が早く、軽めにしていたということもあるが、久しぶりにゆっくり歩いたからだろう。腹が心地よいくらいの空腹感を訴えている。

 このまま子供達の黄昏亭に行っても良いし、牧場の中に入ってまかないを食べても良い。

 だが、せっかく村の中を歩いているのだから新しい店を味わってみたくなった。



 十五分ほど歩き、心地よい空腹から不快な空腹に変わりだした頃にその店を見つけた。

 人の生活音からそれなりに繁盛しているらしい。三世は腹の不快感を解消する為に店の中に入った。

 狭い店に二十ものカウンター席。そしてそれ以外の席は無い。昼食には早すぎる時間だが半分ほど席が埋まっていた。

 三世もカウンター席の一つに座る。仕切り板が付いていて隣の客の様子は見えなかった。

「いらっしゃい」

 冷たい口調でカウンターの向かい側から声が聞こえた。調理服を着た男がこちらを無表情に見つめていた。そして、店はその男以外誰もいなかった。

「すいません。メニューとかありますか?」

 三世の言葉に男はカウンター側の自分の背後を指差した。

 そこには小さな木の看板が二枚並べられていた。それがメニュー代わりらしい。

『昼食銀貨一枚』と『子供用昼食銀貨一枚』だ

 以上だ。男らしい斬新なメニューに三世は冷や汗を流す。今になって店の名前を見ていないことに気づいた。

「ではそちらを」

 三世は指で『昼食』を差した。一人だけしかいない店の男は、頷きもせずに店の奥に引っ込んだ。

 大丈夫だろうか。何が来るかもわからない状況で、三世は困惑しつつ料理を待った。心配からか空腹を感じる事を忘れていたことだけが幸いだった。


 五分ほど待ったらカウンター席に料理が置かれた。

 半透明で薄い茶色のスープに大きめのパンが二つ。パンの大きさは一つが小さなコッペパン位の大きさだ。パンだけでも結構な量がある。

 そして時間差で山が届いた。


 大皿に山盛りのキャベツ。そしてそこの上にから揚げのような揚げた肉が乗っている。それは非常にから揚げに似ている。だがどこか違う。色と衣が非常に薄い。

 油で揚げるのでは無く煮たのだろうか。コンフィに近いようだが、衣がしっかりあるからやはりから揚げなのだろう。

 問題は量だ。何人前あるのかすらわからないキャベツ。これはまだ良い。野菜なら割と入る。問題は肉の量だ。キャベツの山の大半を隠しているからあげの山。目分量でも一キロは超えている。

 ああ。そういう店かぁ。

 三世はようやく類似の店を思い出した。某客側のルールの多いラーメン屋とかそういう系列なのだろう。だったら時間制限があるのか。そうだったらちょっと困る。

 考え事をしている三世にジューと揚げた肉独特の音と油の匂いが襲ってくる。三世の体は忘れていた空腹を思い出したように腹が自己主張をしだした。

 食べ物を前にしたらわかるが相当腹が空いてるらしい。痛みに近い空腹とイライラを感じた三世は、とりあえず食べようと手を合わせて食べ始めることにした。


 スープをスプーンですくい、口に運んだ。たまねぎベースの優しい甘さが口に広がる。中の具に豆が入っていて、ほのかな塩の味がスープと抜群に相性が良い。

 普段なら喜ぶところだが、ただでさえ量の多い中に腹に溜まる豆が今は恐ろしかった。


 次に本命の肉に入る。フォークで山の上から肉を一つ取る。取った肉の下にはキャベツでなく更に肉だった。思ったよりも長い勝負になる予感がした。

 一口では食べ切れない大きさの揚げた肉を、三世は半分ほど齧った。火傷しそうな熱さに少々後悔する。もう少し口に入れる量を減らしたらよかった。

 ハフハフと熱を冷ますように何とか咀嚼する。味はシンプルな塩ベースにかすかな香辛料。ハーブより癖は少ないが確かに何か独特の味を感じる。

 薄めの味付けだが飽き難い味。値段で考えたら悪くない味といえるだろう。質より量の店でこれなら十分な味だ。


 そしてこの味こそ非常に恐ろしい。フィツやルゥの作る完成された味ではない。良くも悪くも大衆食堂らしい味わいのからあげ。三世の忘れていた本能を呼び覚ます。


 ああ、米が欲しい。


 基本的にパン食が中心だった三世。だから普段から米に対して執着は無い。そんな三世ですら米を求めるような味だった。

 薄めではあるがしっかりとした塩の味の揚げた肉。間違いなく米を食べる箸が進むだろう。

 しかし、残念ながらラーライル王国では米を作っていない。免許がいるのかそれともガニアの特産だからか。

 米を欲しがる気持ちがいまいちピンと来なかったが、今日始めて気づいた。他の転移した人はこれをずっと味わっていたのだろう。

 ルゥとシャルトも納豆が好きだったしカエデの村に米を用意出来ないか三世は調べることにした。無理だったら時間が出来たらまたガニアに遊びに行こう。

 そう考えながら、肉を一つ、また一つと口に運んでいく三世。肉は見える範囲だけで無く、山の大半が肉で構成されていた。キャベツは言うほど入っていなかった。


 何とか三十分肉と格闘をした三世。勝敗であらわすなら完全な敗北だ。それでもがんばった、一キロ近くは食べただろう。

 だが肉はまだ半分残っていた。満腹感ある状態で若干冷め始めた肉はきつい。三十年以上支えてきてくれた胃も油で若干悲鳴を上げていた。

 どうしようも無い状況下で、三世は逆転の一手を指した。

「すいません。持ち帰りできますか?」

「出来るぞ」

 店の男はすっと袋と安っぽい皿を三世に手渡した。

 これで食材を無駄にすることも無いし休憩時間の食事も用意できた。軽食というには重過ぎる食事だが。

 三世は残しておいたパンを横に切り込み、キャベツと肉を挟んで軽く潰し馴染ませた。

 二つのパンにぎっちりの肉。それでもまだ肉は余っていた。店の男は三世を感心するように見ていた。

「それでパンを食べなかったのか」

「いえ。残すならせめて持ちやすいパンにしようかと思ってまして。結局肉も残してしまいましたが」

「そうかい。揚げ肉を挟むなら足りないだろ。やる」

 店の男はそういって、同じパンを三つほど三世の更に転がした。

「すいません。頂きます」

 持って帰る為に挟んで肉が余ったからパンを貰って、結局五個、肉を挟んだパンが生まれた。三人分と見ても相当多い量だろう。

「ご馳走様でした。本当にこれだけで良いんですか?」

 三世は銀貨を一枚カウンターに置いて尋ねた。

「ああ。安い肉と残り物のパンだからな。これでも十分儲かる」

 男は銀貨を受け取り仕舞った。

「あんたには世話になったからな。腹が空いたらまた来い。金が無いならタダでもいいぞ」

「あれ?初対面ですよね?何かありました?」

 急に言われて三世は男を見る。だが、幾ら見返しても見覚えは無かった。今までも村にいた人でも無い。

「遠目からだが見てたんだよ。お前がこの村を大きくしてくれたおかげで住む場所が無かった俺がここにいることが出来る。恩を感じるには十分な理由だろ」

 無表情で一切笑っていない。だがその顔は真剣だった。だが、確かに何か温かい気持ちも伝わってくるような爽やかな表情にも見えた。

「私は皆さんのお手伝いをしただけですよ。それにお礼を言うのはこっちの方もです。いらっしゃってありがとうございます。困ったら何時でも声をかけてください」

「今困ってるのはお前さんの胃くらいだろ」

 男の言葉に三世は噴出し、男もそれにつられて微笑んだ。


 三世は店の外に出た。中年の胃が油により悲鳴をあげている。ついでに食べ過ぎて胃に血が集中し、眠気とだるさも襲ってきた。それでも心地よい満腹感と満足した口により幸せを感じるのだから人という生き物は現金なものだ。三世は胃を撫でながら笑う。

「そういえば」

 三世は忘れていたことを思い出し、後ろを振り向いて見上げた。店の名前を確認していなかったことを思い出したのだ。

『男の飯』

 亭も屋もついていない。ただそれだけの字が大きくデカデカと書かれていた。是非とも筆と墨で書いて飾りたい。それほどダイナミックで男気に溢れていた。端的に言えば大雑把なだけともとれるが。


 少し休憩をした後、牧場の仕事に取り組んだ。胃はしんどかったがなんとかなった。仕事中小腹が空くことは無かった。


 家に帰り夕食をこのなんちゃってからあげバーガーに変更してもらうようにルゥに頼んだ。ルゥは頷いてスープとサラダだけを用意し準備してくれた。

 シャルトもその見た目と大きさに驚いた。一つでも満腹になりそうなのにそれが五つもあるからだ。更に三世はこれでも肉は半分くらいだったと話し、二人とも更に驚い

た。

 良い土産話にもなったし、今日はそれなりに充実した日だったと終わってからそう思えた。


 ただし、翌朝には後悔した。胃が悲鳴をあげている。油の大量摂取は中年には危険な行為だった。三世は自分の足で初めて薬を買いに行った。


ありがとうございました。


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