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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
外国で英雄。自国で獣医。村の中では何でも屋。
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離れた時間の過ごし方-三世

 

 三世は自分の人生が充実しているという奇跡をかみ締めていた。

 飛行機の中で死んだはずの自分。そもそもその時点で既に抜け殻のような生活をしていた。虚無感を抱えたままの生活だったのが、今は非常に健康的で、そして幸せな毎日を送ることになるのだから、人生何が起こるのかわからないと実感する。

 特に、やりがいのある仕事というものを持てたことに感謝をしていた。沢山の人との縁を結べ、そのおかげでいくつも仕事と呼べるべき業務を行えている。

 普段は牧場関係、残りは革の加工。余った時間は獣医関係と少し手を出しすぎていると実感していたが、それはそれで幸せだった。

 少なくとも、元の世界ほど苦しくも辛くも無ければ、忙しさもマシだった。


 元の世界で一番辛かった時の思い出はやはり大きな総合の動物病院にいた時だろう。

 仕事は死にかけた動物を延々と治療して効果が出るのを祈るだけ。さっきまで命を宿していた愛らしい生き物達が冷たくなるのをただ見続けるだけの作業と化していた。

 治療に成功しても失敗しても関係なく、次の治療に入る。それは悲しむ暇すら無く、自分の心が磨耗していくのを感じるだけの日々。繰り返される日常により悲しみが薄れていく。そのことがとても辛かった。

 二日以上徹夜が続いたこともあった。そしてそれだけの苦労をしても、その功績は別の人に取られていた。三世もそれを知っても何もしなかった。治療さえ出来たらそれで良かったからだ。

褒められることは無く怒鳴られ、侮蔑される。それが当たり前の日々だった。


 辛い時は終わり、恩人と呼べる人に会えた。幸せに近い生活をしていたと思う。それでも後遺症のように残る虚無感に支配され続けていた。

 虚無感と苦痛を忘れることが出来たのはあの時だった。ルゥと出会い、そして救えた時。その時ようやく、自分の人生が無駄では無かったと思うことが出来た。


 続くようにシャルトに出会った。二人と触れ合う時間が増えて、忙しくなり、気づいたら虚無感も辛かった過去もどうでもいいと思えるようになっていた。

 ああ。そんなこともあったな。

 三世にとって耐え切れなかった苦い時代の記憶は、今はその程度のものとなっていた。


 もちろん楽な生活では無い。シャワーやコンロなど思ったよりも近代的な生活が出来ているが、それでも地球にいた時ほど便利ではなく、簡単な日々では無い。

 ただ、やりがいはある。その上娘のような存在が二人も出来た。だからどれだけ大変でも辛くは無かった。

 とても健康的で、穏やかにその日暮を過ごせていると三世は自覚し、日々に感謝して生きていた。


 その、健康的な生活が、今脅かされている。

 朝早い生活となった三世は夜に弱くなった。元の世界と比べて唯一弱体化した部分と言って良い。

 中年というハンデのせいもあるだろうが、とにかく夜起きているのが辛い。そんな状態で、仕事が一つ長引いている。その上終わる気配が見えない。

 気づいたら腕時計も壊れていて時間もわからない。時計を見ない生活を送っていたから何時壊れたのかも定かではなかった。

 一応村に時計塔をいくつか設置しているが、夜の闇の中ではそれも見ることは出来ない。夜は暗いというのは当たり前のことだ。たとえ元の世界が違ったとしても。


 眠気を堪えながら、長引く仕事を片付けようとする三世。一つだけわかっていることがあった。その仕事は自分には向いていないことだ。

 三人の男達は、『店の名前を決める』という程度の仕事が終わらせることが出来ずにいた。



 日が落ちた頃。三世の元にフィツが尋ねてきた。

「店の名前を決めないといけないが決まらない。すまんが手伝ってくれ」

 フィツの様子は真剣そのものだ。村長からの要求が強くなってきたのもあるが、何より自分だけだと良い名前が浮かぶ気がしなかったからだ。

 その様子を見て三世は手伝うことを約束し、その時空いていたユウを呼んで三人で考えることになった。


 三人はフィツの店のテーブルを一つ借り、その場で考え始めた。

 夕食時な為、フィツは途中でテーブルを離れて仕事に出た。空いた時間に戻ってきてまた出てと忙しい時間を過ごす。

 夕食時がピークになり、そこから徐々に人が減っていった。そして時間も過ぎ人もいなくなり、店の前にclosedの看板がかけられる。

 その間仕事は全く進まず、ただただ数時間椅子を暖めるという、無意味な時間を過ごした。

 誰かが良い意見を出してくれるだろう。三人ともそう思っていたのだから、この結果はある意味当然でもあった。


 closedの看板がかけられて更に数時間。深夜と呼ぶに相応しい時間から、眠気が限界を超え、何故か元気になっていく。元気というよりは妙なテンションになっていたというのが正解だった。

 ハイテンションに身を任せ、名前の候補を紙に記していく。そして、後で冷静になってから見返し、絶望の気持ちのまま全て没にしていく作業を数度繰り返した。

 とてもマトモでは無いテンションからは、とてもマトモでは無い名前しか生まれなかった。

 

 そのうちの一枚に書かれた名前だが、

 おいしいでしょう食堂

 顔は怖いが味は悪くない亭

 安くし亭。もっともっと亭

 デザート割引ます帝(誤字ではない)

 おいしいところ

 

 こんな感じの酷いとしか言いようの無い名前が続いていた。

 繰り返されてようやく一つの結論が出た。三人で考えるのは危険という本末転倒な結論だった。


 そんな三人が今度は何を始めたのかと言うと、さっきまでのハイテンションから一変して、暗い顔で紙を小さく切り、それに文字を書き込んでいた。傍には穴の開いた箱が置かれている。

 無言で黙々と作業する三人。別に遊ぶ為にこんなことをしてるわけでない。自分達で考えるとおかしい方向に行くから、適当な名前や文字列を書いた紙をシャッフルし、ランダムに引いてそれっぽい名前を決めようということになっただけだ。

 考えることを放棄したその結論は、既に手段も目的も良くわからなくなっていた。

 冷静に考えたら、寝て起きて誰かに相談したら良いだけの話だ。


「にしても、ヤツヒサなら大丈夫だと思ったんだけどな。女の子二人とか馬とか。これだけ色々決めてたんだから慣れてるんじゃないのか?」

 責めているわけでは無い、単純な疑問をフィツは三世にぶつける。

「ルゥとシャルトは元の世界の言葉をそのまま使いました。カエデさんはメープルから。他の馬に至っては元の世界の馬の名前を取っただけです。なのでほとんど考えていません。どうしても苦手でして」

 三世は今まで何回か苦手と言っていたが、それをそのまま信じている人は村の中にはいなかった。ただの謙遜と思っていたのだ。

 考えるのが苦手な上にセンスも無く、何より決断力がとことん低い。だから名前付けというものは苦手だった。

「それと同じ感じでヤツヒサの前いた所の店の名前持って来れないか?」

 三世は首を横に振り、拒絶を示した。


 テンションがあがってしまっていくつかそれっぽいのをもじった名前も出した。だが結局は没にした。人や動物ならともかく、建物の名前を使うの三世は抵抗感があった。

 それは商標権的な意味での抵抗感だ。確かに世界が違うから問題は無いのだが、どうしてもそれが良い行動とは思えなかった。


「準備出来ました。やってみましょう」

 ユウが箱を持って二人にそう言った。

 山ほどの紙に全て別の文字を書き、それを全て一つの箱に入れていた。

 後は適当に何枚か引いて、組み合わせてみるだけだ。


「じゃあ最初の一回目は俺が行こうか」

 フィツはそう言い、箱に手を入れて紙を二枚取り出した。

「『う』と『美味しい』だな」

 三人に微妙な沈黙が流れる。

 美味しいう亭。『う』とは一体何なのだろうか……。『鵜』なのか『卯』なのか、それとも『兎』なのか。

 とりあえず没だと三人は誰も何も言わなくても理解した。


「じゃあ次はヤツヒサ、引いてみてくれ」

 別に誰が引いても同じだが、フィツは何となく気分で引く人を変えることにした。三世は頷き、箱に手をいれて紙を取り出す。二枚引くつもりが三枚出てきた。

 まあ大差無いだろうと、三世はその三枚の紙の文字を告げていく。

「『カナリヤ』と『吟遊詩人』と『物真似』ですね」

 金糸雀と吟遊詩人の物真似。鳥に芸を仕込む店かな?三人は残念な顔をし、没にした。

 三世は金糸雀に驚いた。三世が書いたわけではないから二人のどっちかだ。つまりこの世界に金糸雀がいるということなのだろうか。


「じゃあ次は僕が引きますね。多めに引いて色々組み合わせてみます」

 ユウはそう言うと箱から紙を四枚取り出した。

「『チキン』と『桃』と『ルゥ』と『団子』ですね。何か連想することあります?」

 ユウの言葉にフィツは首を横に振った。

 三世は桃太郎というワードが頭から離れなかった。あと猿がいたらコンプリートするのに。とりあえず没になった。


 脳がおかしくなってきた三人。眠気と戦いながら珍回答を量産していった。

 その途中、ユウが眠気から箱を床に落とし中の紙をばら撒いた。

 三人は床の紙を拾っていく。全部拾ったかなと思い、三世が周囲を見回すと二枚拾い忘れがあった。それに、三世はふと目が行った。

「『黄昏』と『子供』ですか。これなかなか良さそうじゃないですか?」

 三世は二枚の紙をテーブルに置き、二人にも見せた。少なくとも、今まで出てきた『どんぶり』や『まないた』よりはそれっぽい名前だった。

「ああ。良いですね。黄昏の子供亭とかですかね?」


 ユウの言葉にフィツはうんうん頷きながら正式書類の紙を準備しだした。もうこれで決めるつもりらしい。

「どうせなら少しだけ捻りましょうか。せっかくこんな長い時間いたわけですし」

 三世の言葉に二人は頷き、次に三世の言った名前で決定した。


 フィツの店の名前は

『子供達の黄昏亭』に決定した。

 子供が遊んだ後夕飯を食べに家に帰るような。そんな皆の寄り所になるようにというフィツの願いが込められた名前になった。

 とても右往左往の頭の悪い道のりから生まれたとは思えない位には、なんとかマトモな名前で終えることが出来た。



 大分遅くなったが、夜のうちに終わることが出来た。明日は休みだから朝がつらかったら昼まで寝たら良いだろう。

 ユウは明日も仕事なのに悪いことをした。三世は後日お詫びをどうすか考えながらシャルトとルゥの寝ているベッドに入っていった。


 朝の時間に何かの気配で三世は目を覚ました。シャルトは三世の傍で丸くなり寝ていてルゥはベットから半ば落ちながら寝ていた。

 二人が寝ているということはまだ朝早くということだろう。少なくともルゥは決まった時間に必ず起きる。

 そう思うと三世はとたんに眠気を感じ始めた。ただでさえ少ない睡眠時間な上に今日は休み。多少寝過ごしても問題は無いだろう。

 とりあえず部屋の外の気配が何だったのかを確認しに三世は寝室を出る。

 そこにいたのは玄関からそっと入っていて満面の笑顔を浮かべているコルネだった。


 付き合いが長いからか、コルネという少女について三世は色々と分かった。

 金色の少しくせっ毛のある短髪に人懐っこい性格。笑顔になることと人を笑顔にすることが好きな根っからのお人よし。

 そして国に忠義を捧げる騎士団の中隊長だ。中隊長と言っても階級の数え方や組織編制が地球の軍隊とは異なる為、どの位偉いかはわからない。


 短くない付き合いになったからこそ、わかることがある。コルネは嬉しい時以外も笑顔を浮かべていた。

 だが、心が笑ってない場合は他の態度でわかる。

 例えば『静かに家の扉を開ける』などの時は嬉しくない時にすることだ。

 普段なら迷わず扉を強く開け朝早くでも大声で挨拶をする。そういう子だと三世は知っていた。


 まだ何もわからないが、一つだけ確かなことがあった。確実に面倒が舞い込んで来たということだ。

「えー。コルネさんや。明日でも大丈夫な案件でしょうかね?」

 駄目元で尋ねる三世にいいよと語尾にハートマークの付きそうなほど上機嫌に返すコルネ。

 その態度から逆に危ない予感がした。そして言葉には更に続きがあり、予感は的中した。

「ただし、呼び出したのは王様なので王命です。その上出来るだけ早くという命令を受けているのでその上でご判断下さい」

「はい。朝食食べたら直ぐに出ましょう。一緒に食べていって下さい。時間短縮の為に」

 始まる前からやるせない気持ちと面倒な気持ち。そして睡眠不足による体のだるさを堪えながら、三世は出かける用意を始めた。


 すぐにルゥが起きて、自分の準備が終わったら朝食の用意を始める。

 シャルトは起きてこなかった。三世にしんどいから寝るとだけ告げまたベットで丸くなった。夢の世界にいたら眠っているが寝足りない状態になると三世は知っている。だからシャルトの頭を撫でて、そのまま寝かせておいた。


 時間が無いから早く出来る物を三世が頼むと、ルゥはさっとパスタを用意した。三世とコルネは舌鼓を打ちつつ急いで食べる。

 ルゥのおかげで本当に食生活は豊かになった。簡単な物と言いつつ本当に簡単で質素な物は出たことが無い。

 そして三人は食べ終わり、行動に出た。ルゥはシャルトがいつ起きても良いように冷めても美味しい食事を用意していた。

「それじゃあルゥ。行ってきます。帰りはわからないから遅くなったら後のことお願いしますね」

「いってらっしゃーい。がんばってねー」

「いってきまーす。ヤツヒサさん借りてごめんねー」

 手を振るルゥを尻目に三世とコルネは外に出て、カエデさんを連れてきた。

 今日はこの村に戻ることが無いからコルネも自分の馬に乗らないといけない。だから二人乗りは出来ず、コルネは少しもったいない気がした。それはどっちの意味なのか自分でもわからないが。


 そして二人はそのまま自分の馬に乗り、城に向かった。


「それでコルネさん。用件ってわかります?」

 カエデさんに乗りながら尋ねる三世。コルネは三世の横を並走しつつ、その質問に答える。

「んー。競馬のアレについてだよ」

 三世はそう聞いて不思議に思った。その意見を出した時は名前を出してないしコルネにも言わないでいて欲しいと頼んでいた。そして三世はそれを信じている。

 だからそれで何故自分にその話が来たのかわからなかった。

「あれ?私って言わずに届いたはずですが何故私だと?」

 コルネはため息をついて答えた。

「字体と書き方。獣医関係の書類と全く同じだったらバレるって」

「あ」

 三世は自分のうっかりに気づいて間抜けな声をあげた。


 獣医関係の書類全ての確認作業を行ったのは王本人だった。

 だからこそ、王も三世の書類だとわかった。そもそもコルネに書類を届けるのを頼むという時点でかなり人は限られるからどれだけ字体を変えてもきっとばれただろうが。


 コルネは道中のうちにこの後の事を説明した。

 競馬にて稀人の情報が入ることによる国の悪化とその対策について。

 そういう議論を進めて対策を確立させる為の会議をすると。


 そして三世のつれてこられた場所は執務室。そこにいるのは王一人だけだった。

 恰幅の良く、おじさんと呼ぶ年齢より少し上くらいのその男は大きな椅子に座り仕事を進めていた。

「良く来てくれたね。あと少しだけ待ってほしい。この書類が終わったら話し合おう。コルネ。すまないが彼にお茶を」

 執務室の机で書類を書いているフィロス・アーク・レセント。勲章式以来の出会いだった。

 コルネは、はーいと軽い口調で答え、王を走って横切りお茶を準備しだした。


 色々と三世は言いたいことがあった。会議なのに他の人がいないこととか。コルネのお茶酌みなどの軽い対応とか。礼儀作法は取らなくていいのか

 とか。だが一番気になることを三世は尋ねた。

「王様。無礼で無ければ一つお尋ねします。もしかして寝ておられませんか?」

 書類から一切目を離さないフィロス。その目には一目見て酷いと思う位の隈が出来ていた。

「ああ。何日目かな。三日か四日か。ここまで酷いのは久しぶりだね。ははは」

 王の乾いた笑いが、王の悲惨な現状を物語っていた。


 コルネが三世に城で出すお茶とは思えないほどの安っぽい茶器でお茶を入れる。それをそのまま王にも出した。

「あの。もっと上等な綺麗な茶器とか使わなくても良いのですか?それとも本当はこれはとても高い物だったとか」

 三世の質問にコルネも王も首を横に振った。

「いや。本当に安物。そして王の私物。ヤツヒサさんの家の茶器の半額で全部そろう位安いよ」

「えぇ。なんで王様がそんなものを」

「ああ。見た目に拘りが無いからだよ。それとここでは無礼とかそういうのはどうでも良いから。礼儀作法どうでも良いから話しやすいように話して欲しい」

 フィロスは三世にはっきりそう言った。


 王は普段は兎も角仕事中の時は皆に同じことを言った。

 自分を王として扱い敬語の使い方だとか遠まわしな言い方だとか、または休憩中に変に豪華にして時間を取られるとか。

 そういうことは全部なくして欲しいと。そんなことをするより、一分一秒でも多く真面目に議題を進めるべきだと。

 だからこの執務室の中では、フィロスは王という肩書きではなく、国の代表としての肩書きで対等に会話をするよう心がけていた。


「好きにしていいって言ったらこんなことになる人もいたけどね」

 フィロスは横目でコルネの方をちらっと見た。

「ん?」

 執務室の横で椅子に座ってぶらぶらと足を振りながらお菓子を片手で行儀悪く食べていた。

「毎回何か茶菓子をぽろぽろと零して掃除をする身にもなってほしいなぁ。はぁ、まあこういうナマモノだから仕方ないか」

 フィロスのため息を聞いたコルネは笑いながら誤魔化すような仕草をした。しかし行儀悪いのを直そうとはしなかった。


「さて、この仕事が終わったらようやく寝られる。気合いれてがんばるか。さっそくだけど、君の知っている競馬について教えてくれ」

 三世はうなずき、元の世界の情報を一から伝えた。


 その次に実際にあった事件などを元に危険性について話した。

 情報を売り物にする存在。その際に絶対あたるなどの広告を使う詐欺行為。

 馬券を代理で買うノミ行為。そしてこれらと繋がると最悪になるのが借金の問題だ。

 次は勝てるという気持ちに賭け借金した金をギャンブルにつぎ込む。待っているのは確実な破産だった。

 もし競馬関係に関わった者が金融にも手を出したら、どれだけ悪質なことになるか考えるまでも無い。

 これらの説明を行いつつ、健全化にする対策と、特定の行為を違法に指定する対策を説明していく。

 フィロスは文句一つ言わずに全て紙にメモしていた。

 フィロスは秘書などを使わない。自分で書いて自分で見た方が早いからだ。スケジュール管理すら自分で行う。


「うーん。これ競馬潰して競馬禁止にした方が早く無い?」

 フィロスの提案は正論で、そして一番楽な方法だった。

「いいえ。それだけはしてはいけません。それなら放置の方がマシです」

 三世はそれを否定する。否定というよりは拒絶に近い。

 確かに厄介なギャンブルで、ノウハウがばらまかれている。幸い競馬自体人口はそれほど多くない。

 さっさと封印してしまった方が楽だろう。

「それは何故か説明できるかな?」

 フィロスの言葉に三世は頷く。

「国が厳しい規制をかければかけるほど、国民は逆方向に行くからです」

 そう。国が競馬を封印した方がうまくいくという理屈は誰も競馬をしなければという条件が成り立つことでのみ成立する。

 三世は禁酒法について歴史を混ぜながら話した。それを聞いてフィロスは理解する。同じようなことになると経験で理解出来るからだ。

「じゃあ面倒でも一から法を見直しながら競馬をなんとかしないといけないね。とりあえず真っ先に競馬の許可証の厳密化と税率の変更だね」

 フィロスの言葉に三世は頷く。今の状態だと子供が銀貨数枚握るだけで競馬の許可証がもらえるからだ。


 そこから二人は今後の競馬について話し合った。

 フィロスは三世の牧場の競馬の方を今後のモデルケースにしようと提案したが三世はそれに反対。

 観光地な為主流になりにくく、何より牧場自体どうなるかまだわからないし競馬すらポニーのみのまだまだ未熟な状態。

 また国の支援を受けて急成長しても、どうなるかわからず不安しかないので現状のままでいることを三世は頼みフィロスは頷いた。

 代わりに三世は意見や情報を惜しみなく伝える。といっても博打をしない為そこまで情報は持っていないが。


 コルネはその間、椅子に座ってお菓子を食べているだけだった。話を聞いてるという風にも見えなかったし、実際話に入ることは無かった。


 そして数時間。二人の熱が入った討論に議事は進み、どうすれば良いか粗方決まりつつあった。

「とりあえず既存のシステムをそちらの国のシステムに少しづつ置き換えて行こう。それを更新という形にして定期行事にする」

 フィロスの考えは、ソーシャルゲームのアップデートと同じやり方だ。

 こう変わりますよー。良くなりますよー。だから来てね。

 ということを事前に報告し、民衆に受け入れさせつつ盛り上げる。知名度を上げて後続に情報を悪用させないようにするという考えだった。

 最終的には現代式競馬に近い物になると予想される。問題は娯楽の少ないこの時代だと、それがどの位の規模になるのかわからないことだ。

 だからこそ、規制も増やす。多少は損害が出ても良いから安定と安全を優先した。

 政府公認の許可証が無いと予想屋をすることを禁止した。

 無資格の予想屋は厳罰に処される。これは予想屋によるノミや金融の違法行為を防ぐ為でもあった。

 また許可証を持っていると実況や解説、またはレース勝者のインタビューなどの仕事も出来るようにしている。

 出来るだけ国で全て仕切りたかったからこういう形になった。

 もちろん同時に警備人数を増やす。トラブルが絶対増えるとわかりきっているからだ。

 三世との話し合いは終わったがフィロスには最後のトラブルの種が待っていた。この警備を騎士団に任せるか軍に任せるかだ。

 どっちに任せても揉めることがはわかっている。だが今はそれは良かった。フィロスはまた後で考えれば良いと思い、そのことは言わなかった。


「お疲れ様。助かったよ。話が纏まったら報奨金という形でお礼届くから受け取ってね」

 フィロスはふぅーと長いため息を一つついて、肩を回しだした。長時間椅子での作業で体が固くなっているらしい。

「いえ。ありがとうございました。直接話をしていただけると思ってなかったので」

 三世の言葉にフィロスは首を傾げた。

「王としての責務なら王が直接聞いた方が早く無い?時間もったいないし」

「でも、忙しいでしょうし暗殺の心配とかは?」

 三世の心配はもっともなことだった。特に後者の問題は人に会うほど増える。

「忙しいのはどうしようもないけどね。案件としては相当重要だと思ったから。それで暗殺なら信用出来ないだろうけどこの子いるし」

 フィロスは指でコルネを指していた。コルネはお菓子を食べながら椅子でまったりとしていた。

「いえ。コルネさんなら信用出来ます。実力はもちろん性格も優しくて王が重宝する理由も良くわかります」

 コルネはお菓子を食べながら椅子でまったりしている。それは聞いてないという仕草のつもりだが、少しだけ頬が朱に染まっていた。

 フィロスはその反応を目ざとく見つける。コルネをいじろうか考えたが、眠さに負け今日の所は黙っていることにした。


 ちなみに王がコルネを護衛として重宝しているのにはもっとわかりやすい理由がある。

 この部屋では敬語とかどうでもいいからやりやすい様にしろ。

 騎士団の隊長階級の人全員にそう命令したことがある。

 そういって実際に緊張を解いて好き放題したのは彼女だけだった。

 国のトップに好き放題する国家所属者など普通はいない。尊敬を欠片も見せない彼女の方がおかしいのだ。

 だからこそ、フィロスはコルネに目をやった。

 それはつまり、コルネは命令さえあればどんなことでもするという証左に他ならないからだ。


「こっちも質問していい?」

 フィロスの言葉はとても王のソレではない。身分をかたらないということを自分もしていた。

「もちろん良いですよ」

「じゃあ最初に、何て呼んだら良いかな?公式の場では呼び捨てだけど、あれ嫌いなんだよね」

「んー。好きに呼んでくれたら良いですよ」

「じゃあ獣医殿って呼ぼう。次の質問だけど獣医殿ってどんな動物が好き?」

 三世は多すぎて答えられなかった。

 妙にフランクになっていくフィロス。その話し方は王という生き様からどんどんと離れていっていた。

 三世も別に嫌ではなかった。フィロスも動物が好きで、そして王族だからか相当な知識量があった。動物の学者と話していると思ったほどだ。

 似たような気質だからか、気づいたら友人のような距離感で話が盛り上がっていた。


「色々話してくれてありがとうね。最後に質問していい?」

「はい。何でもどうぞ。私にわかることでしたら」

「じゃあ。この国を民主主義に変更出来ると思う?」

 フィロスの本題はこれだった。是が非でも信用出来る稀人に一度聞いてみたかったことだ。民主主義という原理は理解している。

 王という物に頼らない政治のシステム。長期で国を残すことを考えたら一番マシなシステムだとフィロスは思っていた。

「正直に言いますよ。絶対に無理だと思います」

 教育が足りない。化学が足りない。何より、時間が足りなかった。そういうことを迎える転換期というものは必ずある。それは今では無い。

 そして問題は、その時にどの位流す血を減らすことが出来るかだ。

「そうか。まあそうだろうとは思っていた。稀人の中には民主主義という言葉を使ってクーデター起こすようなのもそれなりにいた。そして、そいつらは軒並み失敗した。つまりまだ早いということなのだろう」

 フィロスは頷いていたが、その顔は何故か寂しそうだった。



 三世は帰りにフィロスから資料を受け取った。

 獣医になるときのテスト用紙を作って欲しいと言われたからだ。資格取得最後の試験だから非常に責任の重い仕事だ。

 だが断るという選択肢は無い。それを見越してだろう。フィロスは獣医殿と三世を呼ぶのは。


「当たり前だけど王って友達っていないのよね。だから三世と王様の仲が良くなってちょっと嬉しかった。同時に羨ましかったけど。私だとどれだけがんばっても無理だったからね」

 帰り道のコルネの言葉。三世は何となくそんな気がしていた。

 数時間の会議の間にずっと気楽に椅子に座り続ける。それはそれで難しい。一人くらい王を敬わない態度を取った方が王も気楽になれるだろうというコルネの考えからだ。

 そして三世もそれは見てわかる。コルネは礼儀を軽く見るような性格ではないと知っていた。

 数時間お菓子を食べ続けた理由は良くわからないが。



 コルネも仕事があると別れ、三世が最後に立ち寄った場所は冒険者ギルドだった。

 裏口から入り、ギルド長の部屋にノックをする。

「どうぞ」

 一声あってから三世は部屋に入る。

「ヤツヒサか。久しぶりだな。色々と噂は聞いてるぞ」

 中にいるギルド長。ルーザーと名乗る男はニヤリしながら言った。

「お久しぶりです。忙しくて中々来れずにすいません」

 三世は丁寧に頭を下げる。友人と呼ぶ程度には親しい仲ではあるが、それとこれとは別の問題。

 三世は冒険者で、ルーザーはギルド長。それは当たり前の事実だった。

「うむ。といっても余り暇ではない。用件があるなら悪いが早めに頼む」

「はい。最近見てなかったので今スキルや能力がどうなっているのか見てもらいたくて」

 ルーザーは頷き、じっくりと三世を見た。

「本当に色々あったんだな。時間があれば聞きたい所だが、今日は無いな。また今度そっちに遊びに行くからその時話そう」

 そう言いながらルーザーは紙に書き込み、三世に渡した。

「忙しい中すいません。来る時事前に連絡下されば用意しておきますね。ではお邪魔しました。失礼します」

「ああ。また来てくれ」

 そのまま三世は一礼し、部屋から退出した。



 三世は部屋の外で、渡された紙を見た。


 筋力2(複数の動物補正で4)

 素早さ2(シャルト補正で5更に動物補正で7)

 賢さ4

 器用14

 魔力3

 耐久3(複数の動物補正で5)

 精神4。

 体力低め(ルゥ補正とメープルさん?補正で高め)


 スキル1[クラフター]:器用の主能力補正。革で何かを製作する時成功率と耐久性を向上させる。


 スキル2[わんにゃんふれあいランド]:複数の能力を所有する。

 ①自分が動物と認めた一部の亜人と動物の治療を可能にする。その際必要な道具はその場で生成出来る。治療の際自分の体験した最高の環境を擬似的に再現出来る。


 ②治療が必要と確認した場合。そのペットの生存能力に関わるものに補正をかける。その分三世本人は体力を消耗する。


 ③ペットの能力で自分を強化できる。ただし強化できるのは一匹で一種類の主能力のみで、かつ、ペットのもっとも優秀な能力のみである。


 ④自分の優れた能力でペットを強化出来る。


 ⑤ルゥとシャルトが自分の傍にいる場合能力を強化する。それは繋がりが深いほど強化の数値が増える。



 スキル3[名前不定]お菓子作りだと思われる。またこちらにも動物に絡んでいる可能性も高い。


 こう紙に書かれていた。

 確か3で平均的な成人の数値だったはず。そう考えたら相当優れていることになるだろう。

 だが慢心していい数値という訳でも無い。一人前と呼べるべき数値は15。つまり三世はまだ器用すら届いてないということだ。

 ただ牧場の効果は確認出来た。この方向性で間違い無いだろう。三世は確かな手ごたえを感じつつ。帰路についた。



 ルーザーは三世が去ったのを確認し、ため息をついた。

 ギルド長という役職について、数十年。

 軍人だった自分は名前のように敗者となり、そしていつまで生きるかわからない不老の呪いをかけられた。

 明日突然死ぬかもしれない。もしかしたら一生死なないのかもしれない。それすらわからない。

 ただ、そんな自分の責任として、受け取ったギルド長の仕事は毎日確かにこなしてきた。

 一度たりとも不正をしたことが無い。国への忠義はコルネにも負けない自負がある。

 そんなルーザーは、今日始めて不正を行った。

 スキルと能力を確かに見ることが出来るのはこの国だと自分一人。

 なかなか基準が出来ない為体感とニュアンスを多くに含んだ不確かな数字。それでも意味はある。

 そして、ルーザーが知った情報は全て、国に知らせることになっている。これは誰でも知っているから問題は無い。

 ただ、ルーザーは今日見てはいけないスキルを見てしまった。


 三世にもう一つスキルがあった。それをルーザーは本人に報告していなかった。その上、これから国に提出する資料にも書かないつもりだ。

 ルーザーは一人で椅子に座り頭を抱えた。一体何があったらそんなことになるのかさっぱりわからなかった。


 スキル4[ソフィの祝福]ガニア王国の王女からの祝福。これに能力は無く、身分を保証する証。


「あああああああ。これどうしたらいいんだ一体」

 一人で頭を抱えるルーザー。苦悩しても答えは出てこない。

 スキルの中には他人に与えられるものもある。その一つが今回のこれだ。

 能力は無いから何の問題もない。

 ただ、ガニアの王女の祝福を受けたラーライルの国の者というとても面倒な立ち位置になるだけだ。

 今まで他国の者に祝福を送ったという話は聞いたことがない。この祝福は意識するだけで手に王家の紋章が輝く。

 それは強力な身分証明となり、王女の立ち入れる場所と同程度の権限が与えられる。

 普通は専属の騎士に送られる称号だ。一人の王族は一人にしかその称号は授けられない。


 どう足掻いても国家同士の問題になるだろう。その上三世自体ラーライルで今やそれなりの地位を持っている。

 牧場主で王直属の獣医プロジェクトの中心人物。そして唯一の獣医本人。

 揉める未来しか見えなかった。

 もし自分が報告して、王がそれを知ったら王は祝福を受けた者として三世のことを周囲に説明しないといけない。

 そうなると三世自体不幸になるのは目に見えている。

 下手な貴族に権利を狙われ、脅され、場合によっては囲われるようなことになったとしよう。そうなると戦争待った無しだ。

 かと言って、じゃあげる、なんてことは出来ない。他の国を考慮して住民を犠牲にした国家など、存続できるわけが無い。

 ついでに言えば、三世が不幸になってほしくない程度の友情をルーザーは感じている。

 結論は、揉めるまでは自分の胸に収めることにした。少なくとも今問題にしなくても良いだろう。

 代わりに、ルーザーは普段から用意している遺書に文章を数文ほど書き足すことにした。


ありがとうございました

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