離れた時間の過ごし方-シャルト
今回少々卑猥な表現が含まれます。内容自体物語にかかわりが薄いので、無理に見る必要はありません。
なのでそういうのが苦手な方はこのまま読まずに戻っていただけると幸いです。
もし不快に思った方がいらっしゃれば申し訳ありません。
一応規約のr-15の内なので大したこと無いですが、それでも不快に思う方がいる可能性はあると思い、前説をさせていただきました。
それでもよろしければお付き合い下さい。
真っ白な光の世界。夢の中だという自覚があると同時にわずかな現実味のある不思議な世界。
いい加減お馴染みになってきたなとシャルトは一人思考した。
明晰夢のように思い通りになるこの世界でシャルトはテーブルと椅子を出し、座りながらその時を待った。
寝ている時に自分の意思でこの世界を開き入ることは出来る。だが今回は自分の意思では無い。別の世界との情報が混線したのか、何か映る時はかならずこの世界に呼ばれていた。
この夢のような奇妙な世界に馴染み、いつものことと思うのは危険な気がする。戻れなくなるのでは無いかという不安もあった。だがそれ以上に便利だから使う以外の選択肢は無かった。
これで何度目だろうか。別の世界で生きている自分を通じて別の世界のことを知る。それは既に両手の指では数え切れないほど繰り返していた。
大半が無意味な情報だが、それでも必要な情報があるはずだと、シャルトはそう思い一人でこの世界に入り浸った。
予測に過ぎない。だがシャルトは今見ている別の世界のことが何なのか何となく理解した。
これは分岐した世界の自分のことだ。例えばガニアに行かなかった場合、またはカエデの村にすまなかった場合。そういうifの世界の先を映している。
その上映っているのは今この世界と近い世界だけだ。三世、ルゥ、シャルトはどの世界でも必ず一緒にいた。あんまり離れた世界は映らないらしい。
そしてもう一つわかったこともある。映像を見る時、ifの世界のシャルトを通じて映像を見る。その時一部感情や記憶はリンクする。
だが、それでも大きな変化は起きない。未来のありえる自分でもあるが、同時にそれは他人でもあった。
だから向こうのシャルトは魔法らしき力をいつも使っているが、そのどれもシャルトは使うことが出来なかった。
三世に内緒で覚えた魔法、見た魔法と色々試してみた。だが、未だ基礎魔法の一つもシャルトは使えなかった。
何となくはわかったが、深く考えたら考えるだけ意味がわからなくなってくる繋がる世界。
それでも利用はする。便利なのには変わりは無いからだ。ただ大半は外れでどうでも良い日常の風景しか流れない。
だから三世やルゥを呼ばなくなった。最初は一緒に見ていたが本当に何でも無い日常だからで意味が無かったからだ。
例えば、以前シャルト一人で見た映像は三世と見たことの無い女性とのデートシーンだった。腕を組んで歩く三世は困りつつも嬉しそうな顔をしていた。
それをシャルトは覗いていたのだろう。それはそれで不思議ではあった。あっちのシャルトは嫉妬していなかったからだ。
獣人なら嫉妬しない。だが、それは獣耳の無い普通の人だった。だけど嫉妬しなかった。映像を見た自分ですらも嫉妬していなかった。
本来なら絶対にありえないことだ。
獣人の世界はハーレムを許容している。ユウとユラのような例外もいるが、むしろ一夫多妻の方が多い。
身体能力は優れているが、獣人は数が少ない。その中で少しでも数を増やそうという種の本能からかそういう風に出来ている。
ただし、これは人のハーレムとは意味が違う。甲斐性で複数の妻を持ったり愛人を持つ人の考えから言ったらむしろ逆だ。アマゾネスのそれの方が近いだろう。
複数の雌で雄を囲う。むしろ雄側の権利の方が少ない。
だから獣人の雄はより強い雄であろうとする。そうでないと雌に生きる権利以外全て奪われるからだ。
だから獣人が三世と仲良くしても嫉妬は無い。だが、その時の映像でデートしていたのは、仲が良かったのは確かに人だった。
嫉妬はもちろん恨みすら持っていない。感情は祝福していた。それはきっとあっちの世界の自分にとってとても親しい人だったのだろう。
それでも嫉妬しないのは不思議だった。耳は獣耳では無いが獣人だったのかもしれない。
その相手の名前はわからなかった。三世が名前を呼ぶたびに映像と音声にもやのような物やノイズがかかりわからなくなるからだ。
たぶんだが、変わってはいけない未来や知ってはいけない物が出た時は見えなくなるのだろう。
ただ、三世の呼び方がさん付けだったから、そこまで親しい仲では無かったのだとは思った。
「ご主人様人気あるようで何とも言えず、敏いようで朴念仁だからなぁ。伝わってなかったのかなぁ。まあそこが良い所でもあるのですが」
デートしていた女性のことを考えながら微笑んでいたら、今回の映像が始まった。
目の前に出てきた映像にシャルトは集中する。それすると向こうの世界の自分の意識が少しだけ受け取れるようになり、よりあっちの世界が理解出来る。
意識が繋がり、わずかな感情と情報がシャルトに入り込む。今回はなかなかハードなことになりそうだ。シャルトはそう感じた。
だがこれは三世やルゥを呼ぶことは出来なかった。
映像ではシャルトとルゥがお互い殴り合っていたからだ。
シャルトがリンクした時に伝わった気持ちは悲しさや怒りではなく、何かわからないがむずむずするような気持ちだった。
その感情が何なのかはわからないが、悲壮感は無いからそれほど酷いことにはなっていないだろうと思いつつ、意識を更に集中する。
あっちの世界の自分と、こっちの世界の自分が溶け合うようなイメージ。そして、映画を見るように場面が動き出した。
「シャルちゃんなんでわからないの!?別に私だけが得をするわけでも無いし、最初は譲っても良いんだよ!?」
ルゥの悲鳴に近い怒鳴り声。それと同時にルゥの拳が顔面付近に襲い掛かってくる。特別製のガントレットを着け、当たり前のように手加減の無い全力の拳。鋼鉄すらダメにする凶悪な一撃が容赦無く飛んできた。
それを自分は平然と受け止める。良く見ると手のひらを青い光で作られた障壁が手袋のように手を覆っていた。八角形の光の線で繋がった塊が無数に繋がる。蜂の巣のような障壁はピキピキときしみ割れそうになりながらもルゥの攻撃を受け止めていた。
「別にルゥ姉より後でも私は良いです!むしろどうしてそんな選択肢が出てきたのか、そもそもそれ以前の話です!」
頬を赤く染めながら自分はは受け止めた反対の手。左手でルゥの顔面を全力で殴り飛ばした。その拳は赤く光った障壁で覆われていた。
この世界の自分は近接戦用の魔法を習得しているらしい。使い方に淀みが無い。
「だってー。シャルちゃん放っておけないしー」
殴られ吹き飛んだルゥは体勢を整えた。当たり前のように傷一つついていなかった。全力で殴った気がするのだが。そんなルゥはもじもじと人差し指同士をちょんちょんと当てながら目をそらしていた。これはこの世界の自分でなく、シャルトにも理解出来た。嘘をついている時のルゥの行動だった。
嘘をつくのが嫌いなルゥは、嘘をつくのがとにかく苦手ですぐ態度に出る。それはそれは本当にわかりやすい。
「それで、ルゥ姉の本音は?」
ジト目でルゥを見る自分。戦う空気は無くなった。ルゥはちょっと上目遣いをしながらちらちらとこちらを見ていた。
「怒らない?」
「怒りません」
おずおずしていたルゥは、その言葉を聞いてぱーっと笑顔になり、そして本音をぶっちゃけだした。その時のルゥは本当に良い笑顔だった。
「だってヤツヒサもシャルちゃんも好きだもん。だったら二人一緒の三人での方が良いじゃん?というわけで一緒にヤツヒサに夜這いしよ?」
その言葉に嘘を感じなかった自分は、そのまま反転し、全力で、即座に、その場を脱走し離脱した。
最初に繋がった時にシャルトに伝わった自分の感情が何なのかようやく理解した。それは羞恥だった。
全力で走るシャルトをルゥは後ろから追う。
逃げるのは自分だが自分では無い。シャルトは本人よりは余裕を持ってその光景を見ていた。ただし逃げる時の羞恥や恐怖は感じるが。
後ろを振り向くとルゥの表情は妙に興奮していた。その瞳はシャルトの方を確かに向いている。
シャルトにもルゥにも繁殖期は無い。人と基本同じだ。
本気だとわかってはいたが、実際にルゥの顔を見ると顔を赤くしながら全力で自分は逃げた。ただ、身体能力に差があるので逃げ切れない。ルゥは一歩一歩楽しむように差を縮める。
そして遂にルゥは自分のすぐ後ろに来た。
その時シャルトはそのまま手からカーテンを生み出し映像を見えなくしてリンクを切断した。
そして、シャルトはため息を一つ付く。羞恥や焦りの感情が消え、後に残ったのはなんとも言えない疲労感だった。
「あー。あれはルゥ姉がそういうことに興味を持った世界か」
誰に聞かれるでも無い独り言をシャルトは呟く。椅子の背もたれに思いっきりよっかかり、何とも言えない感情のまま思考する。
教育は今まで受けたことがない。空っぽの状態で最愛の男性は常に傍にいる。だからこそ、ルゥが獣人の本能に目覚めた場合ああなるのだろう。
予想外だったのは愛情深いルゥの愛情を向ける相手が三世だけで無く自分にも……。
シャルトはそう考えると頬が赤く染まる感覚がした。それは決して嫌では無かった。ただ、良くわからなくはあった。
今この世界だと、ルゥは全くそういう気持ちの起きていない子供のような状態だ。
そして、実はシャルトもそういう性についてあまり興味が無かったりする。三世に時々そういうちょっかいをかけるが、実は冗談で、シャルトの本音は一緒に寝れて、偶に頭を撫でてもらえたらそれだけで満足だ。
そんなシャルトだからこそ、先ほどの世界は自分にとって未来で、それは少し怖くも感じ、同時に魅惑的にも感じた。
これ以上さっきの世界を見る意味は無い。情報は出ないだろうし自分達を使った痴話喧嘩の劇を見るようなものだ。
ついでに言えば、この夢の世界は長くいると体力が削れ疲労が残る。寝ているのに寝不足になり体は寝すぎで痛くなるという悲惨な状態になる。
そう、全く意味が無い。だから早くこの世界から離れて寝よう。その方法もわかっている。
そしてシャルトはカーテンを退けて、続きを見始めた。
怖くて、恥ずかしいけど、好奇心と、そして僅かな期待がそれらを勝ってしまったからだ。
村の奥様方が良く男女の噂をする気持ちが、シャルトにも理解できてしまった瞬間だった。
映像に戻ると自分とルゥは懲りもせずに殴り合いをまた始めていた。お互い全力でもダメージがほとんど無い。だからこそ、信用して全力が出せるというのもあるのだろう。
「つまりこれはアレだよね?勝ったら好きにして良いってことだよね?」
じゃれるように、そして楽しそうにルゥがシャルトに尋ねながら連続して殴りつける。高速のラッシュが自分の全身を襲ってくる。
「そんなわけ無いです!抵抗しないとこのまま終わりそうだから抵抗しているだけです!」
顔がどんどん赤くなるのがわかる。それとは別に体は攻撃に反応して動く。青い光の障壁を自分の前に出す。パリンと割れる障壁の下からもう一度障壁を出してラッシュを受け止める。
そろそろ本格的に逃げないとまずい。だが、それと同時に逃げる意欲は少しづつ薄れていく自分がいるのも確かだ。
「大丈夫だよシャルちゃん。きっと痛くないよ。ヤツヒサ優しいもん」
そういうことを聞きたかったわけでもそういうことが問題というわけでもない。だが、ルゥの直接的すぎる言葉にシャルトは動揺した。普段はもっと丁寧に立ち回るが意識が言葉に行って、そしてつい油断してしまった。そのままルゥは自分の背後に回りこんだ。
「はい捕まえた。覚悟出来たからかな?」
「あぅ。出来てませんよそんなの……」
ぎゅっと後ろから抱きつかれてシャルトは身動きが取れなくなった。身体能力の差もだが、それ以前に抵抗する意思が今はほとんど無かった。
わかっていたことだ。ルゥはどんな時でも本当に自分の嫌がることはしない。
つまり、自分はそれほど嫌と思っていることは無く、むしろそう望んでいる部分もあるということなのだろう。ただ、とにかく恥ずかしい。
「そろそろヤツヒサの方も限界に近いよ。周囲の獣人もスキル目当てと囲い込みの為にヤツヒサを狙ってる。それだけで無く、人達もヤツヒサのスキルと地位を狙って見合いをさせようと躍起になったりしてる。時期を逃すと私達はずっとただの家族で、先にいけないよ?」
ルゥの言葉は真剣そのものだ。実際はただの言いくるめで、二人一度に行く理由とは全く関係無い。
だがその言葉は自分には刺さる。誰かが三世の嫁になる。それは良い。自分達が三世の家族のまま。これも良い。
問題は、誰かが嫁になった場合、ルゥと自分を排除されて三世と会えなくなった場合だ。これだけは認められない。
ルゥは他人を信用しているからそこまで考えない。だが人を信じていない自分にとってそれは恐怖そのものだ。
「ついでに言えば、子供欲しくない?」
ルゥの言葉は呪いそのもので、獣人の本能に飲まれた自分は真っ赤な顔で頷くことしか出来なかった。
獣人の本能はシンプルだ。食べること、戦うこと、そして子供を残すこと。これが最上位の本能になっている。
外敵から守る為に戦う。自分を守る為に食べる。そして、数が少ないからこそ、未来を残す為に子供を作る。
優れた身体能力にも係らず、常に歴史の敗者になっている獣人はシンプルに家族を大切にするような本能になっている。
負けるのは本能のせいでなく、考えることが嫌いで遊ぶのが好きという獣人の共通の特性が理由だが。それは本能では無いが、ある意味本能よりもやっかいだった。
夜になった。夕食の時は自分は緊張して一言も言葉が出なかった。三世の方を見ることが出来ない。
今晩やっと結ばれる。そう思うと食事もあまり喉を通らない。心配する三世。だが、三世が近づく方が自分をより緊張させる。
近くにいるだけで心臓が外に聞こえそうなほど脈動している。ルゥはそれを見て微笑んでいた。
シャルトも、そんな自分とシンクロし、自分のことでは無いが非常に緊張し、胸が張り裂けそうになっていた。同時にこれから何が起こるのか……。ほとんど野次馬のような気持ちになっていた。
そして、その時が来た。来てしまった。
一緒に寝ている寝室をそっと抜け出す二人。シャワーをルゥと一緒に浴びる。ルゥの自分を見る目つきがいつものと違う。
いつもの優しい瞳でもある。それと同時に愛しい者を見る目を向けてくるルゥを見ると、どれだけ愛されているかわかると同時に、これから何が起こるかを解ってしまい怖かった。
その恐怖は魅惑的で、そして淫靡な恐怖だった。恐怖に溺れそうな日が来るとは思わなかった。
ルゥと自分は白い布のようなシンプルな服を一枚だけ着た。他は何もつけない。脱がせやすく邪魔にならない服だ。お揃いの格好だが、自分とルゥを比べるととてもそうは見えない。
家に差し込む月明かりからルゥのボディラインが服の中からはっきり見える。それはまるで女神のようだった。
「ルゥ姉様。本当綺麗……」
自分はルゥのその姿に見惚れる。
映像越しのシャルトですら目が離せないほどだ。
ただ見た目だけでなく、優しい表情。同時に色気のある態度と雰囲気。そして余裕。それらが合わさり、普段とは別人と思うほどの美しさになっていた。
「ありがと。でもシャルちゃんもとっても可愛いよ。じゃあ、一緒に可愛がってもらおうか」
ぎゅっと抱きつくルゥに対し、自分は赤面しつつ頷いた。そして、さっきまで自分達が寝ていた部屋に行く。音を立てないようにそっと扉を開けて、二人は侵入する。
しゅるっと服の擦れる音だけしかしなかったが、三世は気づいた。
「二人ともどうしたの?寝れない?」
二人同時にいなくなり、シャワーを浴びていたのに気づいた三世は尋ねた。ただし、口調は曖昧でまだ七割以上眠っている状態だ。
「ヤツヒサ。夜這いに来たよ。二人一緒に愛してくれる?」
大人びた微笑みを浮かべながら、ルゥはそのまま三世の唇にキスをした。
「えへへ。うれしー。ほら、シャルちゃんも」
言われるままに自分も三世の唇に唇を合わせる。今までずっと勇気が持てずに出来なかった。それがこんなあっさり出来てしまった。
世界が変わる音がする。そして、この先のことを考えると、緊張と興奮から胸が痛くなり、そして幸せな気持ちになれた。どんな風に世界は壊れるのか、そう思うと胸がときめいた。
「うん。二人とも、正座」
世界は一瞬で元に戻った。
正座のままで一時間説教が続いた。ルゥは半泣きになっている。お預けになったことよりも、叱られたことよりも、何より足が痛くて泣いていた。
三世は延々と道徳を交えて自分の体を大切にすることを繰り返し説教する。そして、何よりも結婚前にそんなことはしてはいけないと怒鳴った。なんというか、父親のそれだった。
そんな説教がシャルトにはとても嬉しかった。これだけ自分達のことを愛してくれているとわかるからだ。だが喜んでいるとばれると説教が更に伸びる。シャルトは反省したフリをする。
自分には余裕があった。猫の気質を受け継いでいるからかわからないが、正座が痛くない。それを言ったら叱られるから、自分は黙っていた。
長い時間見続けているからだろうか。自分とシャルトの境界線が曖昧になってきた。だからこそわかる。勉強の時間がとてもつらかった。
叱られてから次の日。そこから性教育と道徳の勉強の時間が始まった。
最初はぶすーっとしていたルゥだが、三ヶ月もしないうちに慎みという概念を覚え、節度ある態度を取るようになった。
これにはシャルトも尊敬した。三世の教育能力はこれほど高かったのかと感動すら覚えた。
そして、次は常識の勉強の時間が始まった。三世はこれを良い機会として、勉強を集中的に二人にさせることにした。
常識を教えだして、一月が経過した。
「それで、前のは本気だったんですよね?」
三世は二人に尋ねた。道徳を覚え、常識を学び、自分達のことがよくわかるようになった上での質問。あの日の夜のことをどう思うかだ。二人は頷いた。
「うん。やり方は間違っていたしヤツヒサに迷惑かけたけど、この気持ちは本物で、そして本気だよ。それは変わっていない」
ルゥの言葉にシャルトは頷く。
「はい。ご主人様が誰かに取られると思うと、それだけで心が張り裂けそうになります。どんな扱いでも良いので、ただ、傍においていただきたいです」
シャルトは下を向いて震えながら言葉を続ける。
「そうですか。出来たら普通の人と一緒になって普通に幸せになってほしかったのですが……」
それは三世のエゴだった。普通の幸せ。それは昔のシャルトとルゥが心から欲しかった日常だ。だが、今二人はそんなことに幸せを感じず、二人の幸せは三世の傍にしかなかった。
三世はため息一つ。そしてしょうがないという態度を取りながらも、言葉を続ける。
「明日から引越しをします。新しく獣人の村をラーライルで作ることになりまして、私がそこの責任者にしていただくことになりました」
三世が地図を出して、村の位置を示した。そこはこのカエデの村から非常に遠い。この村の人達や城下町の人達と気軽に会うことは出来なくなるだろう。
「村長になるのですか?」
シャルトの質問に対して、三世は首を横に振った。
「いいえ。獣人の村なので村長も獣人です。私はその地方を受け持つ領主ということになりました。といってもその村周囲だけ受け持つ形だけの領主ですけどね」
これにはシャルトだけでなく、ルゥも驚いた。権力を持つことを恐れ、今まで必死に逃げてきた。カエデの村の村長ですら、絶対に嫌だという鉄の意志で断ったほどだったのに。
「なんで?私はどうでもいいけどヤツヒサ嫌がってたのに」
それを聞いて頬を掻く三世。説明に困っているような態度だった。実際に説明に困っていたが、同時に照れ隠しでもあった。
「領主になったので同時に貴族になることにもなりました。これで三世の苗字が正式に名乗れるように戻ったということですね」
ルゥは何を言っているのか。何が言いたいのかわからずに首を傾げていた。
シャルトも最初は良くわからなかったが、獣人の村、貴族。これで、三世が何をしたかったのか理解し、そして驚いた。今までで一番驚いて、そしてそれが思い上がりでなかったらとても幸せなことでもあった。
「そう思って良いのですか?」
震えながらシャルトは三世に尋ねる。その瞳は堪えきれずに潤んでいた。三世は恥ずかしそうにそっと頷いた。シャルトは自分の手で顔を隠しながら、そっと涙を流した。うれし涙が止まらない。三世のその気持ちはずっと欲しかったもので、そしてもしかしたら貰えないかもと思っていたものだった。
「ん?どういうこと?」
赤くなる三世と顔を隠して泣いているシャルトを見ても、ルゥには全く伝わっていなかった。三世は困りつつも、説明を続ける。恥ずかしいやらなにやらで三世もいっぱいっぱいになっていた。
「貴族って子供を残して受け継ぐ義務があります。だから妻が複数人いても問題になりません。それに獣人の村なので獣人のルールが最大限尊重されます。これ以上言わなくても大丈夫ですよね?」
ようやく言いたいことがわかったルゥは。目を輝かせた。
「つまりそういうことで良いの?良いってことだよね?」
返事も聞かずにやったーと三世に抱きつくルゥ。三世ははいはいと言いながらルゥの背中をぽんぽんと叩いた。
そっと、邪魔にならないように三世の背中にシャルトも抱きついた。三世はそれを受け入れシャルトの頭を撫でる。
「じゃあ今晩はそういうことで良いんだよね?」
ルゥの言葉を聞いて、三世は笑顔で本を丸めルゥの頭を軽く叩いた。
「あいたっ」
「婚前禁止と言いましたよね?明日からまた道徳の授業をしましょう」
三世の目は本気だった。そんなーとルゥは三世の足にすがりつく。三世の取り付く島も無い態度。それはただの照れ隠しでもあった。
そして引越しして落ち着くまで半年、教会が完成するまで更に半年。そこでようやく、ルゥとシャルトと結婚した。
そして、そういうことになったのは結婚して更に二ヶ月がたってからだった。三世が臆病と恥ずかしさで逃げているだけだと知ったルゥは
三世を縛り上げて怒りつつ、説教をして三世を納得させた。後にも先にもルゥが三世に説教をしたのはこの時だけだった。
そして映像は終わった。シャルトは幸せそうな結婚式を挙げる自分達の映像を見て、胸が一杯になった。
それはとても幸せそうで、とても楽しそうで、そして羨ましかった。
同時にこの未来が来ることは無いということもわかった。
まず牧場が無い。ブルース達もいない。カエデさんもいなかった。ユウとユラはいてカエデの村に見たこと無い獣人が何人か住んでいたが。
牧場建築以前の分岐点の未来だったのだろう。三世によほどのことが無い限り、牧場を見捨てるという選択肢は無い。
ただ、もしこの未来を選ぶことが出来るなら迷わずこの未来を選ぶ。それほど幸せで素晴らしい未来だった。向こうの自分がとても羨ましかった。
だからこそ、シャルトは忘れていた。とても大切で重要なことを。
結局シャルトは映像が終わるまで見続けた。時間の感じる速度も違うし場面は何度も飛んだ。
ちなみに肝心の部分の映像も飛ばされた。シャルトは残念三割、安堵七割という気持ちになった。
向こうの自分とこっちのシャルトが混ざりそうなほど長い時間見続けた。つまり、もう朝ということだ。
目覚めの予感がする。憂鬱な気持ちで、シャルトは目を覚まし、その世界を抜けた。
予想通り、体の痛みとけだるさ。最悪の目覚めだった。
今回の映像は見なくても良かった。良いモノが見れたのは確かだが少なくとも得は一つもない。
その上肝心の所の映像は無かった。それがあったら三世のそういう時の好みがわかったのにとシャルトは悔やんだ。
早朝にも関わらず体に疲労が残り背中が痛い。にも関わらず限界を感じる眠気とけだるさ。
今日が休みでよかった。シャルトはルゥと三世に一言謝り、ベットの中でダウンした。
起きたら更なる腰や背中の痛みを覚悟しつつ、今度は本当の眠りについた。
ありがとうございました。
あまり書かないと思いますが、これからも下ネタが豊富になる場合は注意をさせていただきたいと思います。
といってもほどほどで収まるようにしたいと思いますが。
お子様でも安心して読める作品を目指したいです(手遅れ