離れた時間の過ごし方-ルゥ
カエデあにまる牧場。
三世がつけたこの名前には特に深い意味は込められていない。
ひらがなであにまるにしたら可愛いのでは無いだろうか。程度の考えでつけられた名前だった。
自動的に翻訳されるこの世界でどう受け捉えられているかは三世にはわからない。ただ、ユラという動物愛好仲間から可愛いという評価も出ているから的外れというわけでは無いだろう。
と三世は思いたかった。
その牧場が予想外の流行になっていた。理由はわからないが兎に角客が来る。観光の一つにでもなればいい程度の考えは既に皆忘れている。そして、それが原因で村が異常な速度で発展していった。
人は城、人は石垣、人は堀と誰か偉い人の言葉であるが、まさしくその通り。本当によく言ったものだ。
まず人が足りない牧場に雇用が生まれる。雇用を受ける為に人が来る。続いてブルース達が仕事外の時間で住宅施設を建てる。
一日二軒ほど建築していくという人間離れした建築速度でそれを為し、合わせて人が増えて村が発展する。そして、次は村の施設が足りなくなりまた人を雇う。
いくら受け入れても追いつかないのでそれが繰り返され、三世達が来るまでは五十人もいない小さな村だったはずなのに、今は五百人を越える町なのか村なのかわからない場所になった。
顔を知らない隣人も増えた。今住民の顔と名前を全て一致させて覚えている人は村長とルカだけだった。
一つ良かったのは、住民同士のトラブルはそれほど増えなかったことだ。住民同士のいざこざは絶対に起きると三世は思っていた。
だがそんなことは無く、多少のトラブルはあったらしいが解決できる程度の軽い物だけだった。
騎士団が良く来ているという理由もあるが、入居してきた新しい住民も今までの住民のように多少わけありで、そして同じように優しい気質の人だけだったことが一番の理由だろう。
何故かと思ったが、コルネ曰く、この村に住むのは王が決定した者だけらしい。
稀人ならどこに住んでも良いが、それ以外は国が認めない限り移住することは出来ない。
そして、この村は大切なテストケースであり、そして城下町に近いという立地から、王直々の審査に合格した者のみしか入村出来ない。
そんなテストケースの場所に好き放題して牧場建てたが、これは王的にセーフらしい。そのうち王が視察という名目で遊びに来るという恐怖の通告がコルネより三世の耳に入った。
そんな牧場が拡張され、村も拡張されながら数日が経過した。カレンダーには羊の絵と共に数字が書かれている。十二ヶ月を一年とするのは元の世界と同じだ。
というよりも元の世界の文化が入って来た名残らしい。ただし、一月は一律で三十日、閏年は無い。
羊は六月を表し、今日の日付は三。梅雨は無いが、暖気と寒気が入り混じり、寒いのか暑いのかわからず体温調節が難しい時期だった。
それでも、少しずつ訪れる夏の気配の訪れを感じてはいた。
牧場の人員が増え、三世達にも休みがもらえだした。だがどうしても三世達中心の空気は抜けない。このままだといつか困るとユウは考え、荒療治を行うことを決めた。
初期メンバー全員が同時に休む。つまり、主要人物無しで対処しきれるか試してみることにした。
新しい村人と動物が好きで働きにきた短期のアルバイトの冒険者だけで現状をまわすことが出来るのか。
もしこれが何とかなったら次は大量に動物を仕入れることにした。今はポニーを十頭ほど増やしただけで大掛かりな拡張は出来ていない。
牧場の広さで言えばこの十倍は増やしても問題ない。サブの牛舎ですら二十頭は入るように設計されている。
念のためにブルース一味とユウは牧場の中で待機をすることになっている。何かトラブルがあった時に対処するためだ。
そういう理由で、一部を除いて降って湧いた休みを謳歌することになった初期メンバー達だった。
そんな休みの日、ルゥは一人村の外に出て、草原に座り足をばたばたさせていた。
「るーるるーるるー」
特に意味の無い歌を歌いながら時間を潰すルゥ。普段は出来るだけ我慢しているが、何故か無性に声を出したくなる時が良くあった。
理由はわからないが、とりあえずるーるー歌って発散させることにしている。るを使っているのは、三世のつけてくれた名前だからであって特に意味は無い。声が出せたら何でも良かった。
そう歌っていたら急に視界が暗くなった。ルゥはふと上を見ると白く長い髪の女性がこっちを笑顔で見下ろしていた。
「ルゥちゃんみっけ。何してるの?」
ルゥはその女性のことを知っていた。ユラだ。ユウの妻で良く笑う優しい女性。そして獣人の仲間だ。
「んー。何もしてないよ。せっかくの休みだからごろごろしよーかなと」
背を伸ばしながらユラに返事をするルゥ。そんなルゥにユラは優しく微笑む。
「そっかー。オーナーとシャルトちゃんは?」
「ヤツヒサならなんか悲しそうな顔をしながら城下町にコルネと行ったよ」
その顔はドナドナを彷彿とさせる顔だった。
「シャルちゃんは夜眠れなかったみたいで今ベットで寝てる」
ちょっと熱っぽかったから少し心配だがただ寝るだけだから良いとシャルトの言葉を信じて遊びに出た。むしろ煩くするよりは良いだろう。
「ふーん。だったらルゥちゃん、私も一人なんだけど、一緒に遊ばない?」
ユラのお誘いに、ルゥは笑顔で答えた。
二人は手を繋ぎながら村の外を適当に歩いた。特に予定が無い為何をしようか二人で考えていた。
最初ルゥとユラは余り仲が良くなかった。
奴隷という立場のユラは奴隷という立場から脱却したルゥに壁を作っていた。失礼になったら三世に迷惑がかかると考えるユラの奴隷としての生き方がそうさせた。
だが身分という壁はあっという間に破壊された。三世がそんなこと望んでいないのも理由の一つだが、一番はルゥの持ち前の性格だ。
そして気づいたら、ユラとルゥは手を繋いで笑い合える仲になっていた。
逆にシャルトとユラはそれほど仲が良くない。シャルトは人付き合いが得意では無く、そして大勢の付き合いを望んでいない。
シャルトにとって三世とルゥがいたら世界は完結していた。ルゥの友達というだけの理由だがユラはまだ仲が良い方だった。ユウやブルース達とは仕事以外ではほとんど話をしない。
ルゥは皆に笑顔を向けたいと考えるが、シャルトは一部の人の前だけで笑顔になれたら良いと考えていた。
それでもルゥと仲が良いシャルトを見ると、いつか自分もシャルトと仲良くしないとユラは考えていた。
「それで何をしようかしら?」
ユラの質問にルゥが考え込む。
騒いで遊びたいなら観光地側に遊びに行けば良い。
静かに遊びたいなら住宅地区に行けば良い。
だが、どっちの気分でも無かった。いつもは何でも楽しめるが、今日はそんな気分になれない。ユラが隣にいるが少し寂しさを感じる。
「うーん。思いつかないなぁ。どうしよ」
ルゥの笑顔に陰りが見えたのを気づいたユラは、満面の笑みを浮かべルゥに提案した。
「それなら狩りしよっか?せっかく獣人二人なんだし、ちょっと野生っぽいことしてみよ」
そんな発想は無かったルゥ。体を動かしたら少しはすっきりするかと考えたルゥは頷いた。
「るー。でも私あんまり得意じゃないから教えてね?」
「もっちろん!私は得意だから任せて!」
ユラはそう言いながらルゥの頭を撫でる。そして、悔しそうな顔を浮かべた。
「ぐぬぬ。背もだけどルゥちゃんに女として何もかも負けてるのはやっぱり悔しいな。むしろ同じ女と思えないくらい格差を感じる……」
ユラの呟きは悔しいというよりは悲しいという哀愁がこもっていた。
「そう?ユラ美人じゃん」
その言葉はユラには慰めにもならなかった。
そうは言うがユラの見た目もルゥの見た目も共に最上位に位置するほど素晴らしくはある。
これが人だったら両者共に男性のナンパの列が出来ていた。
人でなく、獣人という別種族ですらあるのに、住民の一部は淡い恋愛感情を持つ人が出るほど見た目のレベルは高い。
それでも、神の制限により深い恋愛感情になることも、性欲に変わることも無い。
ユラの見た目は白い髪に合う白い肌。雪が良く似合うだろう儚げな印象だ。髪も手入れを欠かさず見た目も気をつけている。見せたい相手がいるからという理由も大きい。
ルゥは逆に自分の見た目にほとんど執着が無い。髪が長いのは撫でる時に三世が嬉しそうにするから伸ばしているだけだ。ただそれだけで手入れはほとんどしていなく、ただ三世が毎日撫でているだけで枝毛一つ無く、ユラよりも髪が綺麗だから何を言われても仕方無いと思う。
そしてユラが最も羨ましがっているのは髪では無く背だった。百八十をはるかに超える背は、ユラと比べると二十センチ以上差があった。頭を撫でる時に手をかなり上げないと撫でることすらできなかった位だ。
スタイルもすらっとしているのに出るとこは出てるルゥのモデルのような体型は、多くの女性が憧れる体型だった。
まだこれが普通の人なら良い。種族が違うという言い訳が残る。だが、同じ獣人ならこの体型は女性を百パーセントコンプレックスの闇に落とす。
姉妹と呼べるほど仲が良いシャルトですら背と胸は妬ましく思う位だ。それに気がつかないのは本人のルゥと三世位だった。
「そう言ってくれると嬉しいけど、ルゥちゃんほど凄くは無いと思うなー」
身長を羨ましそうに見るユラの言葉に、ルゥは良くわからなかった。自分の外見にまだ関心がほとんど無かった。
ユラとルゥは一旦村に戻り、装備を整えた。
ルゥは冒険の時の装備を一式着込む。盾は必要ないから置いてきた。これだけでも十分強力な装備といえるだろう。
特にガントレットは未だに同じ物を使い続けている。愛着もあるが、単純にこれを超える物をルゥは知らない。
ユラの装備は三世の作った練習用革装備の余りだ。適当にフリーサイズで作った物を軽く合わせただけ。それでもユラは今までの装備よりも上質な装備に驚いた位だ。
「本当にオーナーって何でも出来るよね。普通装備品自作とかしないわよ。しかも性能も並の職人以上だし」
「うん!ヤツヒサは沢山がんばってるしとっても凄いからね!」
ユラの言葉にルゥは自分の事以上に喜ぶ。何にも出来ないと自分を貶す三世を良く見ているから、誰かが三世を認めた発言を聞くとルゥは無性に嬉しくなる。
「それで狩りの前に聞きたいけどルゥちゃんはどんなことが得意?私は運動神経余り良くないけど目と鼻、耳とか感覚が優れてるわ」
「うーん。凄く速くは無いけどそれなりに速い。力は自信あるよ。耳と鼻も良いと思う。でも目はあまりかな」
ルゥはそう言いながら眼鏡の縁をとんとんと叩いた。
「あー。それ視力補助なのね。ふーん。そんな物もあるんだ」
形状なのかメガネ自体なのかわからないが、ユラは珍しい物を見るようにメガネを見ていた。
「おっけーわかった。それじゃあちょっと村から離れて獲物探そうか。私あまり速くないから手加減してね?」
ユラはそう言いながら飛ぶように走った。数秒地面から離れているほど一歩が大きい。運動が苦手というのは獣人の中でという意味だった。
ルゥはそれの後ろを楽についていく。あっという間に村は見えなくなり、更に先に進んでいく。
十分ほど走ると、ユラが止まった。
「ごめん。ちょっと疲れたから休憩していい?」
ユラは肩で息をしていた。
「いいよいいよ。ゆっくりしよ?」
ルゥの言葉に甘え、ユラは大きな木を背もたれに座る。ルゥもその横に座った。
「うーん。見渡すかぎりの草原。偶に大きな木が生えてる以外は何も無し。もう少し緑が多い方が楽なんだけどな。この辺りで探そうか?」
村の周囲は草原が多く、視界の遮りが無い為狩猟には向かない。その上城下町の近くの村だ。
人の通りが多い為動物も臆病になり隠れている。狩猟には余り向いてないといえるだろう。
「いいよー。何が獲れるかな?」
そう狩猟には向いてないだろう。普通の人なら。
獣人の耳と鼻から逃れるのは難しい。これが獣人の里の近くなら動物達もそういう風に対策を取る。
だがここは人里近く。動物達も獣人の対策するような成長はしていない。はっきり言うとカモだった。
「んー。あんまり取りすぎてもダメだよね?今日食べる分くらいにするとして、ユラは何食べたい?」
耳をぴくぴくさせながらユラに尋ねるルゥ。ペタンコになっている耳をぴょこぴょこさせてユラも周囲を探知した。
「うーん。ネズミは今は別に食べたくないし鳥は食べるとこ少ないし、あ、あっちの方に大きくて地面を歩いているのいるね!あれは?」
妙に太った何か丸い生物がのしのしと歩いているのを感知したユラは指を差してルゥに尋ねる。
「んー。小さなイノシシかな?わかんないけどとりあえず行ってみようか!」
ルゥの言葉にユラは頷き、二人は静かに目視出来る距離にまで近づいた。
そこにいたのは不可思議な生物だった。
赤い瞳に愛らしい白い体。全身もふもふの毛並は可愛い以外の形容詞はつかない。それは兎のようだった。
野良の兎は保護色のはずだから草原のここでは茶色になるはずだが何故か白い。
角も牙も無いが、代わりに妙にでっぷりしている。ふっわふわの毛並は球体そのものの体型だ。そこからちょんと顔が出ていて耳がぴょこぴょこ動く。
とても愛らしい。一点の除けば完璧に可愛い。
そう、一点だけ奇妙な点がある。目視するまではイノシシか何かだと思っていた位だ。
それは、大きさだった。ルゥの膝どころか腰より更に上くらいの高さを持つその兎の巨体に二人はあんぐりと口をあけた。
「るー。おっきー。何これ?」
「う……さぎ……で良いと思います。どれだけ瘴気を喰らったのでしょうかね」
野生動物は瘴気を受けることにより巨大化し凶暴になる。
これは色々といわれているが別に悪いことではない。ただ生き物として強くなるだけだ。
生き物として強くなり、そして栄養価も豊富になる。
人が直接瘴気の恩恵を受けることは無いが、瘴気を受けた野生動物を捕食すると間接的に恩恵を受けれる。
といっても、栄養価が高いことと妙に美味しいこと位だが。
少なくても害があったという報告は一つもない。
「普通この大きさなら近くに瘴気が沸いた可能性ありますが、それは無いでしょうね」
ユウは呟く。多少移動したと言ってもこの辺りはまだ人が通る場所だ。もしこの周囲で瘴気が沸いたり魔族が出たらすぐに大事になる。
直接瘴気を受けたわけでは無く、わずかに含まれる瘴気を上手く吸収したからあの体格らしい。にわかには信じられないが。
「るー。あれ絶対おいしいよね?」
ユラは頷いた。
「るー。あれきっと体に良いよね?」
頷いた。
「るー。魔石とか入ってそうだよねあそこまで成長すると」
更に頷いた。瘴気を蓄えた生き物ほど魔石がある確率が高い。あれほど巨大化しているなら魔石はほぼ確実にあると思って良いだろう。そして、魔石は高く売れる。
「るー。放っておくと誰かが狩るしここで狩っても問題ないよね?」
ユラははっきりと頷いた。間違い無く獲物としては最上だった。
「るー。……私が急に甘い物が欲しくなったって言ったら怒る?」
おずおずと聞くルゥにユラは微笑み、言葉を返す。
「奇遇ですわね。私も同じこと思ってました」
顔を合わせて、二人で笑いあった。
確かに誰かが狩るし問題無いだろう。それでも、愛くるしい生き物を狩りたくなかった。
ユラはそんな自分に少し驚いた。今まで狩猟をそんな理由で止めたことは無かった。そんな余裕は無かったからだ。
「出来たら連れて帰りたいけど、流石にそれは難しいよねー」
ルゥが残念そうに呟く。さすがにあの巨体を持って元の場所に戻ることは無理そうだった。
「そうですね。その上暴れるでしょうねぇ。残念ですが諦めましょう」
二人はしょんぼりしながら、見つからないようにこっそり手を振って帰ることにした。
「あ。帰り道にあったら果物取っていこ。私何か作るよ!」
「あらそれは嬉しい。ルゥちゃんの作る物は何でも美味しいからね」
「えへへ。良い果物沢山探そうね」
二人は軽く寄り道しながら村に戻った。村に着いた時には二人とも両手一杯に果物を持っていた。
三世の家の中でルゥは調理を始めた。三世自体スキルに目覚めてからか元から好きだったからか。調理器具はかなり充実していて、特にお菓子ならフィツの店に行かなくても十分作れるほどになっていた。
ユラにテーブルで待っていてもらうこと小一時間。ルゥは大きなタルトをいくつも持ってきた。
「おまたせ。野ベリーのチーズクリームパイだよ。沢山作ったから持って帰ってユウと一緒に食べてね」
「わーぱちぱちぱちぱち」
口で言いながら小さく拍手をするユラ。隣にまだシャルトが寝ている為起こさないように小声だった。
「それでねそれでね、ベリー以外の果物はあまり無いから二つだけこんなの出来たんだ」
ルゥは内緒話をするように傍によって小さな声を出し、こっそりとした仕草でグラスを見せた。
グラスの中にフレークとアイス。それに所狭しとフルーツが乗っている。ご丁寧に飴細工がつくられ更にその上からチョコソースがかかっている。
「まあ。おいしそうなパフェですね」
二人は近く顔を合わせて、そして内緒で食べることに決めた。別にルゥが作ったのだから隠す必要な無いが。それは二人にはどうでも良いことだった。
「はい。あーん」
ルゥの差し出したスプーンをユラはぱくっと加えた。
「うん。美味しいです。さすがルゥちゃん。はい私も、あーん」
逆に返すようにスプーンを差し出すユラ。それをルゥも加える。スプーンの上に乗ったアイスが口の中で優しく溶ける。
「おいしいねー」
「ねー」
二人は秘密にするように隠すフリをしながらパフェを食べる。
「ふふ。私達悪いことしちゃってるわね」
小さい声で微笑むユラににぱーと笑いながらルゥは頷いた。
こそこそしながら二人で食べたパフェは、とても美味しかった。ルゥの寂しい気持ちはもうどこかに行っていた。
ありがとうございました。