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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
外国で英雄。自国で獣医。村の中では何でも屋。
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ネーミングセンスの無い中年の牧場

まさかの百回です。本当に長い時間ありがとうございます。

まだまだ終わりません。楽しんでいただけたら幸いです。


 

 牧場に動物を迎えて三日。三世は頭を抱える。自分の出来る限界を超えていると認めるしかなかった。

 言い訳をする気は無い。予想外の事態に対応するのも牧場所有者の務めだだからだ。

 だが現実問題、己の対処能力ではどうしようも無い事態になっていると言うしか無かった。

「よし。出来る人に任せましょうか」

 そして、三世は丸投げという選択肢を選んだ。


 元々三世は牧場の触れ合いと呼べる部分はそこまで大きく作るつもりは無かった。

 実際、観光客の多くは冒険者だ。そんな彼らがポニーと和気藹々とまったり時間を過ごすことや牛の乳搾りや体験料理に意義を見出せるとはあまり思えなかった。

 別に小さくても良かった。三世自身を含めた少人数が楽しめる施設になればそれで良いと考えていたからだ。

 この時点で三世の考えは破綻していた。だがそれに気づくことはまだ先の話だった。


 レース部分に重点を置いての設計を考えていた。こちらは確実に人気が出るからだ。

 誰が見ても楽しい。見ても楽しい乗って楽しい。そして博打要素があるとなお盛り上がる。

 老若男女皆が楽しめると三世は確信していた。

 もちろんまだ足りない物も多い。

 特に大きいのは二つ。競馬場と騎手だ。だが無くても形式だけは整えられる。後から増やしやすいように形だけでも整えて稼動していたら良いだろう。


 テスト企画は二つ用意した。

 騎手無しのポニーの競馬が一つ。見るだけだが賭け方に一工夫。はっきりと言うと現代式の競馬と同じだ。

 事前に馬の得意能力や倍率などの情報を渡し、各自で判断してもらう。

 ただし、掛け金から当たり含めて小額でかつ、これを利用した予想屋や金融は全て禁止にした。

 子供のお小遣い程度の予算を賭けれて、当たったら夕飯程度のお金になる。大穴でもそこまで大きくリターンは無い。ただし景品が追加で貰えて、大穴なら記念に豪華な景品としばらく競馬場に名前が残るような仕組みを考えた。

 健全ながら遊びやすい。娯楽要素を増してギャンブル要素を抑えた形式の競馬にした。もちろん最終的には騎手を雇って通常の競馬のシステムにしようと考えてもいる。


 もう一つは参加型の企画だ。ポニーに乗って既定のコースを制限時間内にクリアするタイムアタック形式の企画。

 本当は競馬の騎手に観光客を使おうと考えた。だがこれはユウとユラがストップをかけた。

 騎手というのは特別技量がいる。特に大勢で走る場合馬のストレスや体力はもちろん、他の馬や人の状況もある程度把握していないと出来ない。

 それゆえ、競馬の騎手を客に任せるというのは少々難しい。

 だったら逆に、一人で走ってもらおう。そういう逆転の発想からこの企画は生まれた。

 最低限の厳選として乗馬体験で合格を貰った者だけが参加可能というルールは付けられた。


 そして実際のコースは無理難題に見えるほどの高難易度コース。

 連続ジャンプは当たり前。すべったら終わりの急な坂等危ない場面も多い。飛んでくる障害物などすらある。出来るだけポニーと客に怪我が無いように設計はしたが、危険は十二分に残っている。

 だが、コースクリアしただけで記録保持者として名前が残り、時間次第では称号や豪華商品も追加でもらえる。

 参加型の競馬を考えていたら某テレビ番組の肉体系の企画みたいになった。むしろ近いのは風雲の名前の付く方だが。


 これらを含めて三世が今計画している牧場の考えだった。ユウなど関係者との話し合いでもいけそうだという判断もでて、多少の変更はあったが、概ねこれで行こうという話で決まっていた。

 だが、それは過去の話。わずか動物を迎えて一日で破綻し、三日目にて継続すらが不可能と判断された。

 理由は触れ合い広場側の不足。動物の数に対して客の数が圧倒的に多いと推定できた。いまだ稼動していない牧場にも関わらずそれが奇しくも判明した。

 判明した理由も、企画が崩壊した理由も一つの組織が関係する。

 それはラーライル王国騎士団だった。



 エイアールとバロンを迎える代わりに定期的に遊びに来る。そういう約束だった。二頭も馴染みの顔に会えて喜ぶだろうという考えもあった。

 内容に間違いは無い。誤解があったのは温度差だ。三世はたまに遊びに来るだろうと思っていたが、実際は騎士団は休暇先に選ぶだけでは足りず、定期の視察場所に組み込んだ。

 その為、一日二回、朝と昼に騎士団が平均五人。一日で十人ほどが視察に来るようになった。

 牧場は稼動前だから二頭の馬を見て話して帰る。そう思っていたが、騎士団の人は他のポニーや牛などを楽しそうに遠くから見ていた。

 動物が好きならと、三世は牧場の稼動した場合のテストプレイをしてみないかと来た人に相談した。

 ほとんど休暇のような物だから時間は余っていたらしく、騎士団の団員も快く了承してくれた。


 多少の違いはあるが、ともに肉体を資本とした職業。屈強な男性が中心で多少の女性が混じっている騎士団なら良いテストモニターになると三世は確信していた。

 そして初日のテストの結果。まさかのポニーの触れ合いが人気の一位。続いて牛の乳しぼりと料理体験が二位になった。

 フルプレートを着込み、普段は威圧的な態度を多く取る彼らに一番欲しかったのは癒しの場だったらしい。


 逆に女性は馬に乗ってコースを走る企画に喜んだ。予想外の結果だったが事情を聞いたら納得出来た。

 女性が騎士団に残るというのは大変厳しいことだった。男性と同じことを少ない体力で行わないといけない。だからこそ、己を律し続け訓練だけで無く自主錬に励む位でないと女性での団員は務まらない。コルネは色んな意味で例外らしい。

 だからこそ、乗馬の練習が出来つつ、普段の想定以上の無理な道を走れる企画に女性が集った。かなり難易度上げたが、そこは流石騎士団団員。初日にクリア者が出るほどの卓越した技術を持っていた。


 視察ということを忘れず、騎士団の団員達は帰った日に上の人に報告をした。あったことをそのまま伝え、他にも同僚達に自慢を混ぜて楽しんだことを報告した。

 その結果、視察の希望者が殺到した。一日十人程度だったが、増量して十五人ほど。そして全員がっつり遊び続け夜暗くなる頃まで残った。


 この時点で今の牧場の受け入れ人数ギリギリだった。小さな村の観光だからこれで良いだろうという甘い考えが粉砕され、思った以上の触れ合い需要と固定客により計画も粉砕されたという事実だけが残った。



 だがこれはマイナスの要因では無い。むしろ尋常じゃないほどのプラスの要因でもある。本来の観光客が入れない可能性を無視したら問題は一つも無かった。

 まず平均十五人。まだまだ枠を奪い合っている状況らしいから広がる可能性は十分になった。その上で視察団に入れなかった者は我慢出来ずに休暇を使ってくるという話になっているらしい。

 そんな騎士団の彼らは、いやらしい言い方だが給料が非常に高い。その上休みが少なく使い道が少ない。趣味が孤児院への寄付という人すらいるくらい使い道が無い。


 そんな彼らは、テスト段階だから入場料金はいらないと言っているのに自主的に高めの入場料を置いていき、その上で場内の企画にも金を払っていく。テスト段階で完成度低かろうとどうだろうとガンガン金をばら撒く勢いで払い続ける。三日だが、既に職員の給料を抜いても余裕で黒字になっている。

 しかも遊んだあとのアンケートには、金を使うところが少ないという意見が少なからずあった。まだ払い足りないらしい。

 騎士団の多くが望んでいるのは、ゆっくり出来るスローライフの時間だった。生死の境を生きて殺伐の世界にいる騎士団にとってその場は砂漠のオアシスにも匹敵した。


 最後のメリットに、騎士団の施設は作ってないし騎士団を呼ぶことも出来なかったが、日が出ている時間は常に騎士団が滞在していた。村の発展によるトラブルがほぼゼロになったのだ。

 これで観光客と住民のトラブルもなんとかなるし望んだ以上にメリットだらけの展開だった。


 そんな彼らをもっと満足させるように企画を練り直し、その上で観光客も満足させる企画。しかも動物の数から受け入れは今の考えなら二十人が限度。

 三世は必死に考えた。そして三日たった今、一つの結論が導き出された。




「というわけで全ての案が取り消され事実上の企画リセット。その上私は一つも案がありません。というわけで意見お願いします。いや本当に切実な状態でして」

 三世は考えることを放棄して関係者全てを呼んで丸投げした。


 この会議に参加しているのは三世、ルゥ、シャルト、ブルース一味、ユウとユラ、マリウスとルカ、コルネだった。

 もう牧場関係者以外に秘密とかそういうことは出来ないくらい切羽つまった状況になっていた。


「予算増額。収益は必ず黒になるので多少の借金すら許可します。ただし動物の増量は不可。既に頼んでいるけどもう数日。場合によっては数週間かかるそうです」

 三世の言葉に反応は大体二種類。考え込む仕草をするマリウスやユウなど真面目組。まったく考えないルゥやブルースなど三世に任せ組の二種類だ。

 後者が悪いわけではない。ただ、三世が考えられなかったものを自分が見出せるとは思っていない。代わりに体力関係の手伝いはしようと決めている。


 実際一番働いているのはブルース一味だった。

 内部清掃から企画の説明、損傷した設備の修復。特に大変なのは荷物の運搬だ。食用の牧草から出荷物の牛乳。糞の処理に道具の運搬。重い荷物を運びながら毎日何時間も牧場の中を走り回っている。従業員不足の被害を一身に受けていた。


「というわけで意見がある方。是非お願いします。どんな意見でも構いません。騎士団の彼らと冒険者の両方が満足行く結果に近づける為にご協力お願いします」

 三世の言葉に黙り込む一同。考えても答えはなかなか導き出せなかった。

「はい」

 だが、一人、そんな状態でも挙手をした。ルカだった。

「何か意見がありましたか?」

 三世が尋ね返し、後ろでシャルトが大きな黒板のような物にメモをする準備をした。

 みんながルカに注目する。この中で彼女を子供扱いする者はいなかった。

「意見じゃないけど、凄く有能で手伝ってくれそうな人知ってるよ」

 ルカはそのまま牧場内の部屋から出て走って行った。

 無言のままの十分。静まり返った部屋に歩いてくる音が聞こえた。

「おまたせ。連れてきたよ」

 ルカが最初に部屋に入り、次に入って来たのは村長だった。

「ワシが何か手伝えるかわからないけど、困ってるなら手助けくらいにはなるかのぅ」

 そいって村長は適当な席に座った。


 ルカの言うとおり村長はとても有能だった。考えてみたら村をまとめているし三世が来るまでは一人で全てをしていたのだから無能なわけが無かった。問題点の定義から対策まで一つずつ挙げていき解決に近づける。

 ただし村長のやり方は理想論を真っ向から潰す方向性だった。何を犠牲にして効率を伸ばすか。例えば、騎士団の方が支払いが良いから騎士団中心に考え、観光客への対応を減らすなどの方向性。間違っているわけではない。だが、ユウはそれを認めたくなかった。


 二人が善人だったり悪人だったりという違いのあるわけではない。考え方の方向性が違うだけだ。

 村長はとりあえず村の拡張、安定性を求める。

 ユウは儲けられる時に儲けておかないと後が困る、だからこそ出来ることを今増やすという後のことを優先して考えた。

 似たような方向性だが、ユウの方が若干理想が混じっている。だからこそ、対立して言い争った。


 両者共に認めるところは認める方向性の人間。村長とユウの言い争いは苛烈を極め、そして二人の言い争いから折衷案の現状でも出来る効率的な意見という完璧な案がぽんぽん出ていた。

 これには見守るほかの人もにっこり。黙って言い争う二人の喧騒を眺めた。

 村長がこんな剣幕で話すのは聞いたことが無かった。しかし、どことなく楽しそうにも見えたため三世も暫く放置することにした。

「とにかく!今を犠牲にして後を取ってもその傷はあとまで残ります。だからこそ、傷ではなく苦労という形で解決しないといけません」

 ユウの言葉に村長も頷く。

「うむ。それは確かに素晴らしいの。ワシもそうしたいわ。だが現実、人が足りない。ユウ君の意見は大変素晴らしく話し合いも終わりに近い。だからこそ、この問題はどうしようも無いじゃろ」

 村長の言葉は嫌味ではない。村長の犠牲を含む議案をユウが反論。犠牲を最小以下にまで抑えて効率を上げる。それを繰り返してきた。

 ブルース達の苦労も減らし、牧場運営の問題点も減り、受け入れ態勢も広げられた。

 だからこそ、最初の問題が明暗の分かれ道になった。


 人員、動物不足は最後まで対処が思いつかなかった。

 小手先の方法や経営スタイル変更、値段設定での客人数制限など、あらゆる方法を使ったが、どうしても最後の一手が足りない。そしてその一手は非常に大きい。


 触れ合い優先の形式にして、乗馬で出来ることはタイムアタック。つまり競馬関係を全て諦めるというのが今の方向性だった。

 騎士団女性客の対応が最後のネックになり、そしてそこを犠牲にすればほとんどの問題は解決出来た。

 彼女達も触れ合いは嫌いではないしタイムアタックは残した。競馬自体はそのうちすれば良い。

 村長の結論でユウ以外はそれで納得していた。

 だがユウは認めたくなかった。

 最初企画段階で省かれた物がいつか再開できるとは思わなかったからだ。

 競馬は確実に儲かる。何かあった場合のたくわえは必要になるし、客商売だからどう変化するかわからない。

 触れ合いに飽きた場合でもレースなら飽きが来にくい。だからこそ、最初期からレース形式を残してノウハウを溜める必要があるとユウは考える。

 だが、現実問題人不足の解消で被害が最も少ないのはレースだと、ユウも認めざるをえない。

 少人数が楽しむ為のレースで毎回ブルース達がレース場を整えるのも見ている。レースごとにしないといけないし点検も含むから精神的疲労も大きい。

 認めたくは無いが切るのがベストの選択ではあるとユウも気づいていた。


「ん?騎士団の女性人員を満足させつつレースの人員不足を何とかすれば問題は終わり?」

 今までずっとぼーっとしていたコルネがユウと村長に尋ねた。

 今までは問題が大きすぎ、その上多すぎた為コルネには良くわかってなかった。書類仕事から逃げるコルネには経営とかさっぱりだった。

 だが、同じ騎士団で女性の問題。それなら簡単に解決出来た。

「だったら私に良い考えがある」

 立ち上がり、自分の考えを話すコルネ。

 村長もユウも呆然とした。実際無茶苦茶な上に問題だらけのその提案だが、確かに今までの問題が解決するのも確かだ。

 コルネの負担する部分は多いが大丈夫らしい。後はこっちの問題。三世はユウやブルースに話を聞いた。その結果、確かに実際に出来そうなことではあった。


 考えてみた結果うまくいきそうだった。が、かなりの無茶が混じる為翌日テストしてみることにした。



 次の日の朝。コルネは早朝から三人の女性の部下を連れてきた。

 全員同じ位の乗馬経験。そして同じ位の体格だ。


 三人はポニーに乗って競馬のコースを一周走ってもらった。

 約二千メートルという距離の中での競い合い。人が乗っていない時と比べてより白熱する展開になった。

 追い越し追い抜くというのは当たり前、コーナーで道を塞ぐという行動は馬だけでは出来なかった。惜しいのはぶつかり合いがほとんど無かったことだ。これは借り物のポニーだからだろう。

 慣れてない初回にも関わらずのこの結果。コルネの案は採用させ、牧場の正式稼動は一週間後に決まった。


 コルネの提出した意見は騎士団の女性を競馬の騎手にすることだった。

 騎士団女性が求めているのは馬の練習。その中で騎手になれて同僚と競えるというのは望ましいことだった。

 相手は同僚。それならいくら自分が伸びても同じだけ伸びてくれる。いつまでもライバルで共に競い、技術を高められる場所は彼女達にとって理想の訓練場だった。

 騎士団内部でコルネが提案した結果。二つ返事で許可が下りた。元から休暇代わりの場所。そこでも訓練出来るのなら文句はほとんど無かった。一部男の騎士団の軽い嫉妬があったくらいだ。

 翌日の朝には準備も終わっていた。テストプレイも問題なかった。ユウと村長は更に一歩先の提案をした。

 競馬が始まった場合の金銭のことについてだ。競馬で纏まった金が入りだし、運営が安定したら上納金を送る代わりに責任を二分化。騎手として追加の女性騎士団を送る。騎士団側にもメリットしかない提案な為これも了承した。他の誰でも無く王がそれを認めた。

 最も王にも別の思惑はあったが、それはそこまで問題ではなかった。

 事前の全ての問題がここに解決した。後は解決出来る細かい内容を調整するだけとなった。


 そして六日後、牧場が本当の意味で開場する初日が来た。

 ドンドンと大きな音が響きわたる。同時に空に色のついた煙と火花が広がる。三世はまさかこっちに着て花火が見れるとは思ってもみなかった。

「いやー、騎士団って本当お金あるんだねぇ。こんな大砲を見るためだけに空に飛ばすって考えもしなかったよ」

 初めて見る花火にコルネもしみじみと呟いた。

「普段もそうですがコルネさんには本当お世話になりました。何かお礼をしないといけませんね」

 三世の言葉にコルネは気にしないでと笑顔で返す。だがそれを素直に聞くには受けた恩が多すぎた。

 騎士団員の女性を騎手にするという意見。これはコルネ以外には実行不可能な案だ。

 中継役兼交渉役。その上に上層部に頼んで今回の花火を用意してもらったのもコルネだ。


「何か困ったことがあったら言って下さいね。普段からお世話になりっぱなしなのはちょっと申し訳ないので」

「そうね。何かあったら是非お願いするわ。それよりそろそろ開場よ。準備しておかないと」

 コルネが門の前を指差す。五十人ほどの人が入場料を払い終えて待機していた。

「そうですね。それでは失礼します。また後で」

 三世は一礼してその場を離れた。既に自分のすることは無いが一応命令権の最上位にいて責任を取る立場だ。事務室に入り待機することにした。


「お待たせしましたー!カエデあにまる牧場初日開場します!どうぞごゆるりとお楽しみくださーい!」

 ユラの大きな声と共に門が開き、楽しみにしていた客が押し寄せた。

 予想よりも客の数は多い。それでも三世達ならなんとかなるだろう。コルネはそう思い、せっかくだから自分も楽しもうと中に入ることにした。




 騎士団の男の一人は悩んでいた。視察に選ばれたのは幸運だったが今日はふれあいコーナーに行けない。これはどう過ごすのが一番安らげるか。有料のマップを見ながら思考を張り巡らせる。

 初日は混雑が予想されていたため、騎士団男性のふれあいコーナー行きは禁止されていた。そこに文句は無い。運営が困るのも嫌だし牧場が終わった後エイアールやバロンとの時間を作ると約束してくれたからむしろ嬉しいくらいだ。

 だが行こうと思っていた場所が行けない。それには少し困る。予定がズレるとどうも迷うのは自分の悪い癖だった。

 男は悩んだ結果、甘い物に決めた。自分で絞った牛乳で何か食べられるらしい乳搾り体験コースに行くことにした。


「みなさんおはよー。乳搾りの担当をしているルゥでーす。よろしくねー」

 元気いっぱいの獣人の女性が手を上げながら挨拶した。赤く長い髪と妙に大きい背、それと別の意味で大きい場所が目立つ。そんな状態で牛の横でぴょんぴょんする女性を男は見てはいけない気がして下を向いた。

 周囲には子供が三人、大人の男性が自分を抜いて五人いた。男性はみんな下を向いていた。

「お姉さん背おっきー」

「えへへー。大きいでしょー」

 少年の言葉に嬉しそうに返す女性。テンションあがっているのか時々ぴょんぴょんするのをやめて欲しいと頭で考える男。やめて欲しいがやめて欲しくない。凄く複雑な気持ちだった。

 別に興奮するわけでは無い。無いのだが、その揺れは心がときめく。ただし、相手は無垢な獣人。どちらかと言うと罪悪感が胸に刺さる。


「お姉さん胸もおっきーね」

 別の少年の言葉に男性全員がびくっと反応した。素直にそんな質問が出来るなんてこれが若さか。男性達の気持ちが一つになった瞬間だった。

「そうかな。普通だよ。それよりもさっそく乳搾りしよっか?難しいけどがんばろうね?」

 はーいと少年達は元気良く声を出した。少年達の声に紛れて小さな声を出す男達。大声を出して目立つのが恥ずかしい臆病な男達だった。


「親指から順番に握るんだよー。多少は強くしても痛がらないからがんばってぎゅっとしてねー」

 牛一頭を前に列を作る客達。少年達を先にして男は後ろから並ぶ。ルゥについてもらい少年達は力いっぱい乳を搾るが余り出てなかった。体力もだが技量もいることだ。

 子供には少し難しい。それでもルゥががんばって教え、子供でも全員はそうめんくらいの細い乳が出るようになった。

 子供達が疲れたら次は大人の番だった。体力があるからか子供と比べて上手に絞る。

 男達は順番に乳を搾っていく。少年達とは違うのは終わった後だった。

 乳の量が多いほど自慢げに、少ないほど悔しそうにしていた。

 最後から二番目が自分の番だった。騎士団の男はルゥに一礼して牛の前に座る。

 暫定一位の男がこちらを優越感のこもった瞳で見ていた。見覚え無いからたぶん冒険者だろう。ならば手加減はいらないな。騎士団の男は気合を入れた。

 親指から順番に、ただし一本ずつ丁寧に、そして力を込める。丁寧と力を込めるは反対に見えるがそうでは無い。適切な力で丁寧に行うこと。今までそうめん程度の太さで出ていた乳が倍以上のうどんより太いほどの量でバケツに入っていった。

「おー。凄い凄い!私より上手だねー。搾るのが得意なんだね」

 ルゥが自分のことのように喜ぶ。その言葉に騎士団の男は少しダメージを受けながら、暫定一位の男を優越感のこもった瞳で見かえした。その男は悔しそうにこちらを見た。負けを認めたらしい。

「いえいえ。運が良かっただけですよ」

 ルゥに口ではそう言うが態度はそう言ってなかった。鼻高々な態度で牛から離れた。男は離れ際に牛を撫でた。その牛のお蔭で今日の勝者になれたのだから男にとっては女神にも見えた。

 列から離れた参加者達の所に行く。男達は悔しそうにこちらを見て少年達は尊敬の眼差しで見る。

「おっちゃん凄いね!どうやったの?ねぇ?ねぇ?」

 少年の言葉に騎士団の男は目線を少年に合わせて話す。

「毎日鍛えて力をつけて、後は牛さんと仲良くなったら良いんだよ」

 自信に溢れた態度に、少年達の尊敬が一層強くなったのを感じる。

 だが自分の天下はそこまでだった。


 自分の後、最後の一人が牛の前に座り乳搾りを始める。その男が絞ると自分と同じくらいの勢いと太さでバケツに乳が吸い込まれていく。ただし違うのは時間だった。

 一度の乳搾りで自分の倍以上の時間乳が出ていた。時間効率で考えても自分の何倍以上もだ。騎士団の男は自分の負けを悟った。

「あんたが今日のチャンプだ」

 絞り終えて近づいて来た男に騎士団の男はそう言った。小さい頃に農家だった自分よりも上がいるとは思ってもみなかった。

「いえ。あなたも素晴らしかったですよ。今回は牛との相性もあって私が勝っただけです」

 ただの謙遜だとわかる。だが、それを否定するとチャンプの言葉の否定にもなる。悔しい思いでそれを受け入れる。敗者となった騎士団の男とチャンプは握手をした。

 次の再戦の握手だと、何も言わないが両者は理解し、周りの男達も少年も彼らに拍手を送った。

 ルゥはわけもわからずに拍手をした。なんで男達が握手してるのか拍手してるのかも良く分かってなかった。


「最後にお菓子作りしまーす。さっき絞った牛乳と卵と砂糖がお手元にあるか見てねー。無い人は手あげてー」

 調理場に移動して手を洗いエプロンをする。自分もだが、体格の大きい男達のエプロン姿は割と悪い意味で破壊力があった。特にエプロンが小さくはみ出している辺り絶妙な気持ち悪さがあった。

 ルゥの指示通りに確認し、ボウルに入れて混ぜて器に入れる。

 後はルゥが集めて蒸す。

 驚くほど手際が良かった。待つ時間が苦にならないほどあっという間だった。


「というわけで簡単プリンの完成だよー。といっても材料が良いから本当に美味しいよ!さあみんなで食べよう!いただきまーす!」

 ルゥの言葉に合わせて全員手を合わせる声を出す。器に入れていたプリンは皿の上に出され特製のソースがかかっていた。

 メープル風味だが味はカラメルに近い。ただし苦味はほとんど無い。子供に合わせた料理だったのだろう。といっても本当に美味しく、普段酒だ飯だと言っている冒険者も目を丸くしながら食べていた。

 食事が終わったのを確認してルゥがみんなの前で話し出した。

「ご馳走様でした。美味しかった?今回使った卵や牛乳。または飲むように調整した生乳、後使ったソースも売ってるからもし良かったら後で売店に行ってねー。じゃあこれで終わり!次は別の料理にするから二回目来たら教えてね。じゃあばいばーい」

 笑顔で両手を振るルゥ。それにばいばーいと大声で返して去っていく子供達。それの後を追うように無言で去っていく男達。かっこつけてるつもりらしいが、大体の男の口元にはソースがついていた。特に髭の多い男は黄色いソースでベタベタになっている。

 騎士団の男は、ルゥに一言お礼を言って、その足で売店に行った。

 またこよう。そう心に誓って。



「馬券購入はあと十分です!購入予定の方は急いで下さい。馬券購入場所は旗を目印にして下さい!」

 声を荒げるユラ。元々大声はあまり得意では無い。その上思ったよりも人がいる状況。少し慌てているらしかった。

 そんな中コルネは馬券購入の前で一人悩んでいた。ユウが一人入ってて顔を出してるだけの小さな販売所。大きな馬の絵の描いた旗が靡き、その前で人が列を作っていた。

 飛ぶように売れる馬券。馬券の種類はまだ一種類しかない。一位と二位と三位全部ぴたりと当てるだけだ。

 完全一致以外は外れ。外れ馬券は交換所でパン一個と交換できた。そのパンも味は凄く良い為色々な意味で美味しい。競馬というほど洗練されてない。代わりに親がいるなら子供も参加出来た。子供の場合は当たった分のお菓子になるが。


 馬券を売っているユウの傍でコルネは長いことずっとその場で止まっていた。そう誰を買うべきか決まらないのだ。

 初回で情報不足の為騎手の情報は隠すことになっていた。ある程度安定したら騎手にも騎手名を付けてレースの参考にするつもりだが、まだノウハウが足りずそこまで話は進んでいない。

 だが、コルネは全員を知っている。走る騎手は騎士団の同胞だ。だからこそ、悩みの種は増えていた。


 走る馬は三頭のみ。そして騎士団の女性も三人。

 一人は最有力候補。この中なら一番安定した走りが出来るだろう。

 次の一人はそこそこ。ただし、彼女は第二中隊所属。つまりコルネの直接の部下だった。つまり、彼女に賭けないと後が気まずい。

 最後の一人も問題だった。技能は確かに二人より更に下。だが、彼女はここぞという時に成果を残す本番タイプ。爆発力は侮れなかった。性格が多少適当だが、緊張しないのもこういう時に有利だろう。

 コルネは悩む。誰にかけても問題になるし後で気まずい。特に第二走者の部下が一着だった場合賭けて無いと言ったら非常に厳しい空気になるだろう。

 倍率は2-1-3の順番で高い。三番は人という意味でも馬という意味でも大穴らしい。

 悩み、悩んで、結局誰にかけても問題になると諦めたコルネは、大穴の第三走者が一着の予想をとり、3-2-1の馬券を購入した。


「それではレースの前に最後の選手紹介に入ります。馬券購入は締め切りましたので後はゆっくりお待ち下さい」

 どこからともなくユラの声が聞こえる。拡声器のような物を使っているらしく、声は聞こえるが近くに姿は無かった。

「まず、今回の実況の私ユラと申します。三度のご飯よりポニーたんが好きとちまたで評判の私。緊張していますががんばりたいと思います」

 大きな歓声と拍手が響いた。今この場には馬券を握り締めた男女が合わせて三十人ほどいる。女性の方が若干多い。

「続いて解説のユウと申します。馬術に多少の心得がございますので今回解説をさせていただいています。よろしくお願いします」

 次は大きな拍手と女性の黄色い歓声。さっきの歓声が野太い歓声だったことを考えると人間って正直だなとコルネは苦笑した。


「それではさっそく解説に入らせていただきます。まず第一レーンに入るがマロン。茶色の毛並に足に出来た三角の黄色い毛のワンポイントの模様がチャーミング。苦手が無いオールラウンダーの選手ですね」

 ユラの言葉にユウが続く。

「後の馬と考えると最初に先頭に立てば有利でしょう。ただ逆転出来るほど力強いわけではないので後ろに回ったときが多少しんどいかもしれません。それでも逆転出来る可能性が残る器用万能さがウリですね」

 ぱからぱからとマロンと呼ばれたポニーと女性の騎手が後ろから仕切りのついたスタートのゲートにゆっくり入っていく。

 騎手の女性は短い金髪に幼い顔立ち、衣装が普段の軽鎧ではない為、言われても騎士団の一人とは思わないだろう。低い背も相まって村の子供という印象すらある。

 その間に客達に手を振る。アイドルのような態度だが、そう命令されていた。

 女性の騎手は恥ずかしそうに手を振る。村の子供のような愛くるしい少女が照れながら手をふっている。それ自体が見ている男性達を魅了した。

「いいぞー。応援してるからなー!」

 野太い応援が騎手に届き、騎手の笑顔は大きくなり、両手を振りだした。更に歓声も大きくなった。


 なるほど。女性の騎手というのはこういう意味でも人気が出るのか。

 アイドル扱いを受ける騎手を見てコルネは一人で納得した。

「今回は騎手の実力差は秘密ということにしてるので名前を言えません。これだけ人気出たのにそれが残念ですね」

「そうですね。早く騎手の人の情報も掲示出来るようにがんばりたいと思います」

 マロンがスタートのゲート内で待機が終わるのを確認して、ユラは解説を再開した。


「第二レーンに入るのはアーモンド。細い体が欠点だけど、それを補う追い上げがありますね。スロースターターなのでどこで足を使うかが騎手の腕の見せ所だと思います」

「さっきから食べ物ばかりですね名前。まあ良いですが。非常に強い追い上げ性能を持っています。最後尾からの逆転劇を期待したいですね」

 最初と同じ様に後ろから入り口に入るポニーと騎手。細いと言われていたが違いは良く見たら若干細いくらいで誤差程度しかわからなかった。

 騎手は長い茶髪を後ろにまとめて邪魔にならないようにしていた。とても緊張しているようで仏頂面で手を振っている。

「ねえちゃん!がんばんな!応援してるぞー」

「は、はい。あわわ、あわわわわ」

 見るだけでわかるほどの緊張、口であわあわ言う人がいるとは思わなかった。コルネは苦笑した。自分の部下ながらここまで人慣れしてなかったとは思わなかった。

「ちなみに今日ここに憧れの隊長が見に来ているということで緊張しているそうです。応援してあげて下さいねー」

 拡声器から聞こえる女性の言葉に野太い声援と黄色い声援が合わさり絶叫と呼べるほどの声援が聞こえた。それを聞いて騎手の人も少し落ち着いたのか軽くはにかむように微笑む。


 ああ。妙に緊張していると思ったら私のせいか。

 コルネはそこまで尊敬されていると思ってなくて、頬がちょっと緩んだ。それと同時に妙な恥ずかしさを感じる。

「うーん。賭けてなくて本当にごめんね。今度ご飯奢るから」

 罪悪感からか、コルネは一人誰に聞こえるでもなく呟いた。


「最終レーンに入るのはスティンガー。後ろから抜くのが妙に得意な為針の様に刺すことからスティンガーという名前にしたそうです。命名はオーナーなのでよく知りませんが、ちなみに今までの二頭は私の命名です」

「ああやっぱり。君らしいセンスだったね。えースティンガーですが、特に速いわけでも無い性能はそうでも無いポニーです。それでも、後ろからの抜く性能だけなら牧場一の鋭さ。馬としての性能は確かに前二頭より低いですが、もしかしたらがあり得る目の離せない馬です」


 騎手はポニーの上に立っていた。靴を脱いで素足のまま、馬の背の上で立ち両手を振る。ポニーもそれを嫌と思って無いようで、落とさないように気をつけながらスタートまで向かっていた。

「いえーい。よろしくねー!勝つぞー!」

 馬の背中に立ったまま大声で絶叫する騎手。金髪だが最初の子のような幼い印象ではなく、少年の様な印象だった。いたずらっ子のような顔で両手を振る姿に、観客は笑って彼女を応援した。

「がんばれ大穴!お前に賭けてるんだぞ!」

「俺の夕飯代を頼むぞ!」

「スティンガー!一着目指せ!」

 倍率のせいかパフォーマンスのせいか。怒鳴り声のような男の怒声と野次が飛び荒れる。騎手はそれを気にもせず手を振っていた。


「それでは各馬ゲートインしました。1600Mの芝のコース。キーになるのは最後の直線展開です。さあどういう試合展開になるのでしょうか!後はスタートの旗を持った人が振り下ろしたらレース開始です。解説さんはどういう展開になると思いますか?」

「そうですね。マロン、アーモンド、スティンガーの順番でしばらく走り、後続がいつ追い抜くのかが試合のポイントなると予想されます」

「なるほど。ありがとうございました。それでは試合開始まであとわずか。もう少しだけお待ち下さい」

 ユウとユラの声の後に村人の男が旗を持ってスタートのゲート傍に立った。

 そして男が旗を振り下ろした瞬間に、パンと乾いた音がなり、三頭が一斉に走り出した。

「スタートしました。先頭は……これは予想外!スティンガーが先頭です」

「珍しい展開ですね。後続に残る不利よりも序盤無理をするほうがマシと考えたのでしょうか」

 馬は先頭よりも後続の方が不利というのは誰でも知っていることだった。後になればなるほど前の走った痕で道ががたがたになる。それに加えて先頭の馬の足についた泥や土が飛んでくる為後ろの方が負担が大きい。

 だがそれを踏まえても抜くのが得意なスティンガーが先頭に最初に立ったのは作戦的に正しいとは言えないだろう。

「こうなるとどういう展開が予想できますか?」

「追い上げ能力の高いアーモンドが有利と言わざるを得ない状況ですね。逆に今二着のマロンは少し厳しい展開になるかもしれません」

 言われた通りマロンもその騎手もきつそうな表情を浮かべていた。最初は逃げ切りを考えていたのだろう。まさか頭を早々取られるとは思わなかった。

 長い直線で何度もアタックをかけるマロン。しかし先頭を取ることは出来ずに直線は終わり、コーナーに入った。

「さて唯一のコーナーに入りましたが解説さんこれはどう見ますか?」

 状況はスティンガー、マロン、アーモンドの順番でそのままコーナーに入った。

「マロンは元々体当たりしたり抜くのが得意では無い。そして三分の一が終わった程度ではアーモンドはまだ本調子にならない。スティンガーが足をどの位抑えてコーナーを終えられるかが肝でしょうね。ただこの馬まったく読めない馬なのでどう転ぶかわかりませんね。文字通り転ぶかもしれません」

「そうですね。ただ、スティンガーたん。失礼、スティンガーはまだ余力が大分あるように見えます。これはもしかしたらがあるかもしれませんね」

 結局コーナーでは誰も勝負を仕掛けずにそのまま直線に入った。

「さて、先頭が直線に入りました。二回目の直線で、そしてこの直線の先がゴールになります。今の所誰にもまだチャンスは残っていますが」

「はい。マロンはちょっと厳しそうですね。足を残しているのでしょうけどそれ以上にアーモンドが足を残しています。そしてスティンガーが思った以上に粘ってますね。どこまで粘れるのか」

 先頭にスティンガーが独走。コーナーでも足を残さずにむしろ二頭と距離を開けていた。そして少し空いてマロン。最後にアーモンドとなっていた。

 全馬は直線に入った瞬間にダッシュをかけた。ゴール前まで温存しないで全力で直線を乗り切る作戦だろう。

「今アーモンドも直線に入り足を開放しました!全ポニーたん最大速度で走っていく!スティンガーが少し遅いですがこれは序盤の疲労のせいでしょうか!」

「たぶんそうでしょうね。むしろダッシュをかけられる体力が残っていたことに驚きです。おっと、ゲームが動きだしたようですよ」

 最初に脱落したのは、スティンガーでは無くてマロンだった。ダッシュをかけるが、スティンガーに追いつけず、アーモンドにも抜かれていた。

「これは予想外ですね。もう少し体力は残っていたと思いますが、マロンはどうしたのでしょうか?」

「メンタルの方が限界だったようですね。騎手もですが、マロンも予想外の展開で自分の望んだ展開に持っていけなかったのが大きかったのだと予想されます」

 先頭には入れない。それでもマロンは全力で走った。せめて今あるだけを出し切るように。

「そして今アーモンドがスティンガーに追い付きました。その上アーモンドはスティンガーに体当たりをしています!これは一体どうしてでしょうか?」

 別に体当たりを禁止はしていない。これは耐久もあり、転びにくいこっちの馬だからこそ許される行為だ。もちろん人も危険だからそうそう行わないが、戦場の模擬という面もあるため許可が出ている。もちろん怪我や落馬を狙った悪意のある体当たりはそれ以前に禁止だが。

「これはスティンガーの力をアーモンドが認めているということでしょうね。実力だけでは抜けないから体当たりして疲労させつつ相手を前にいかせないようにしています」

 アーモンドの体当たりにスティンガーも真っ向から返す。この時スティンガーに体力の余剰はほとんど無い為、逃げることすら出来なかった。

「こうなると騎手の能力差が大きいですが、見る限り互角と思っていいでしょうね」

 ユウの言葉の通り、体当たりでどっちかが怯む様子もなく、ドンドンと大きな力でぶつかり合っていた。体当たりを繰り返す二頭、しかしそれでも速度はほとんど落としてなかった。

 そして、最初に動いたのはアーモンドだった。

「おっと!ここで体当たりを繰り返していたアーモンドが急遽加速をしてスティンガーを抜いていきました。直線も残り五分の一。ゴール前での逃げ切りの姿勢に入ったようです!」

「ここでの更なる加速。これが後追いの魅力ですね。スティンガーはどの位体力が残っているかで勝負が決まりますがどうでしょうか」

 スティンガーは追い抜く体力が残ってないのかアーモンドの後ろについた。

「あー。ゴール前でこれはきつい!順位は決まってしまったか!?」

「まだチャンスは残ってます。ただ、これは厳しいのは事実ですね」

 観客の怒声と興奮による奇声が響き渡る。純粋な応援でもあるがむしろ馬券が外れそうな悲鳴にも聞こえた。

 一枚銅貨二十枚程度の安い馬券だが、それでも彼らは全力で楽しんでいた。


 そして、そのままアーモンドはゴールゲートを潜った。

「ゴール!アーモンドが一着!二着スティンガー三着マロンでした。2-3-1です!予想通りと言えばそうですが思った以上に動いた試合でしたね」

 実況のユラの興奮した様子の声に、ユウが反論した。

「いえ。どうも違うみたいですね。もう少しお待ち下さい」

 コルネも見ていた。ゴール前は確かにアーモンドが先頭だったが、ゴールした後はスティンガーが横に並走していたのだ。


 ざわめく中で、何人もの審判が協議し、そして答えが出た、審判全員三の旗を揚げた。

「おっと!まさかの逆転成立!三番スティンガー一着だったようです。馬券は3-2-1!大穴です!これは一体何があったのでしょうか?」

「はい。抜く技術が高いポニーのスティンガーに一発をかけた騎手が奇跡を起こしたようです。あの一瞬、アーモンドの意識がゴールに向いた最後の瞬間まで残った足を隠していたようです」

「なるほど。ではスティンガーと騎手に大きな拍手をお願いします。それでは次のレースは二時間後です。騎手はそのままでポニーを別のに変更いたします。詳しくは馬券購入の横のボードをご確認下さい。それでは失礼します。実況のユラと」

「解説のユウでした。ありがとうございました」

 盛大な拍手とそれ以上の選手へのヤジ。嫌味では無い。応援や感謝の野次だった。

「良い走りだったぞー!ありがとなー!」

「マロンたーん!次も賭けるからねー!かっこよかったよー!」

「騎手のみんなも可愛いし最高だったぞー!俺は次のレースも見るぞがんばれー!」

 男女問わず盛大な拍手と応援。それに答えるように三頭とも足を休めるようにゆっくりとコースを回って客の応援に答えた。

 騎手も両手を上げて応援を受け止める。堂々としているが、勝てなかった二人の騎手は悔しそうだった。それでも堂々とした態度で客に答える彼女達。それは一種のプロ意識にも見えた。


 客の一人が両手を挙げて喜んでいる。どうも馬券が当たったらしい。

 コルネも拍手を止めて手元の馬券を確認する。3-2-1。適当に買った馬券があたっていた。

 そのまま引き換え所を兼ねた建物の中に移動した。

 そこにいたのはユウだった。馬券を売って解説をして引き換えもする。相当ハードなスケジュールを組んでいた。さっきの解説もこの辺りで隠れてしていたのだろう。

 コルネの目の前であたった馬券を交換するさっきの客。女性だがコルネは知らなかった。村人でも騎士団の一員でも無い。ただの観光客らしい。

 他の人の時はパン一個持って離れたが、その女性の時はちりんちりんとハンドベルを鳴らした。そしてその後に革袋と何かのが書かれた上等な紙を渡された。

「やったー!年間フリーパスが貰えたー!」

 大声で叫ぶ女性に周囲がおーと歓声を上げる。

 どうも大穴を当てたオマケの商品らしい。騎士団は実質フリーパス持ちみたいな物なので少し残念な気持ちになった。

「はい次の人どうぞ。ああコルネ様。いらっしゃいませ」

「おはよう。仕事大変だね。はいこれ馬券」

「いえいえこれくらい。ってこれ良く当てられましたね。おーあたりー」

 ユウは手元のベルをちりんちりんと慣らすと周囲からおーと歓声が上がる。

「コルネ様はフリーパス持ってらっしゃいますので豪華ギフト詰め合わせを送らせていただきます。基本お土産のお菓子ですが、豪華ギフトのみの特別な物も入っていますのでどうぞお楽しみ下さい」

 ユウから配当金の銀貨十六枚を受け取った。銅貨が銀貨になるのはちょっと驚く。

 続いて言われた豪華ギフトらしき箱を渡される。手のひらの先から肘くらいまでの直径をした四角い箱。片手では持てず両手で持つと余裕があるくらいの箱。お菓子にしては多く重い箱だった。周囲の客達はコルネを注目していた。箱の中身が見たいらしい。

「ん?みんなこの中が見たいの?じゃあここで開けちゃおっか?」

 コルネの言葉に周囲は拍手と歓声で応えた。馬券引き換え以外にもアクセやお菓子などの小物も売っている交換所。邪魔にならないように部屋の隅に行き、おめでとうと書かれた箱を開けた。

 中に入っていたのはタオルと黄金酒。それと大量のお菓子の詰め合わせだった。日持ちするクッキーなどの乾いたお菓子が山ほど入っていた。それを見た客達は黄金酒に注目した。

 だがコルネは見知っていて珍しくもない。年齢的に飲んだことは無いが。

 コルネにとっては、それよりもクッキーが気になった。

 そのクッキーはクッキーとしてみても兎に角白い。そして形がデフォルメした可愛い馬の形だった。六本足で白い馬。そのクッキーはカエデさんの形をしていた。

「何このクッキー!超可愛い!何で何で!ねえユウ君これ何!?」

 興奮気味にクッキーを持って尋ねるコルネ。ユウも含めて周囲は若干引いていた。

「ああ。新しくオーナーが企画したものですね。牧場用のお土産コーナーにも村用のお土産コーナーにも売ってますよ?」

 その言葉を聞いて、コルネは騎士団のお土産用に大量に買うことを決意した。

 そして、次はエイアールとバロンのクッキーも作るように三世に頼むことに決めた。




 開場時間も過ぎ閉場した牧場。暗闇と共に静かな時間は帰ってきた。

 騎士団の人達は閉場後の約束の為に残ってバロンとエイアールと遊んでいた。今日はそのまま泊まるらしい。


「おつかれー」

 ルゥがへろへろの様子で答える。手伝ってくれた人全員体力の限界でヘロヘロになっていた。

「みなさんありがとうございました。思ったよりも多い入場人数の処理、本当にお疲れ様です」

 手伝ってくれた人たちでの打ち上げはキャンセルした。酒を飲む体力も騒ぐ元気も誰も残っていなかった。

 余力があったら打ち上げをすると三世は約束し、残りは各自家に帰った。

 きっと全員泥のように寝るだろうな。三世はそう思った。

 食事、シャワー、歯磨きを終えた瞬間にいつもの日課の絵本も読まずにルゥとシャルトは寝静まった。

 よほど疲れていたらしい。

 三世はいつもの日課を必死にこなし、家に戻ってシャワーを浴びる。

 そろそろ寝るか。そう思った時にノックの音が聞こえた。

「どうぞー」

 三世の言葉に反応して入って来たのは青くなったユウだった。

「失礼します。これをどうぞ」

 ユウは一枚紙を渡す。それは今日の収益を書き込んでいた。

「おー。二百六人が最終的な来場者ですか。良くパンクしませんでしたね」

「はい。従業員の頑張りはもちろん、どうも村長含む村の人達が色々と手を回して観光客の時間をずらしてくれていたらしいです」

「なるほど。お礼を言わないといけませんね」

 三世は更に先に読み進め、そして最終の収益を見た時目を疑った。

「これ桁間違えてませんか?」

 ユウは静かに首を振った。

 従業員の給料や諸経費、それらを抜いて、最終的には一日で金貨三百という黒字になった。必要な経費は全て除いている為、これはそのまま三世の資産になる。

「……多くないですか?」

 三世はユウに尋ねる。

「多いですね。ですが間違いありません。実際に袋に入れて計算しました。凄く重い袋になってちょっと笑いましたね」

 ユウは苦笑しながら呟いた。


「じゃあこれはそのまま人員追加の予算に回してくれます?多少は高くなっても良いので暇そうな人を出来るだけ集めて下さい。明日以降もしばらく忙しくなりそうなので」

「わかりました。村長と相談して決めます。それじゃあ失礼しますね」

 ユウが立ち去り、三世は疲れた体をベットに寝かせた。


「今日は疲れた。難しいことはまた明日考えよう」

 疲労のピークを超えた三世。無意識のうちにルゥとシャルトの間に入り、そのまま泥のように眠った。

 ベットは二つあるが、もう長いこと片方のベットは使われてなかった。



ありがとうございました。

沢山の人に読んでもらえるのは本当に嬉しいです。

暇な時は閲覧者の数字やブクマの増加をニヤニヤ見ています。

これを見るとどんな時でも続きを書かないとなという気持ちになることが出来ます。


ただ、これだけ沢山の人に見てもらえてるのに技量が低いのはとても申し訳無く思います。

それでも平均評価はとても高く、それを見て出来るだけ自分を戒めつつがんばらせていただいています。


今回は意図的に主役をバラバラにしました。読みにくかったら申し訳ありません。

三人称のメリットを最大に生かしつつ、色々な方法で読める作品を目指してますが中々うまくいきません。


まだまだな自分ですが、これまでのお付き合い本当にありがとうございます。

そしてこれからのお付き合いもよろしければお願いします。

読む人がいるとこれほどやる気になるとは思っても見なかったです。


皆様のおかげでここまでこれました。

まだ明確な終わりも見えません。もしかしなくても二百超えそうです。

それでもよろしければお付き合い下されば幸いです。

では再度ありがとうございました。

次はもう少しまったりした話になったら良いな淡い期待をしているのですが、作中のキャラが勝手に動くのでどうなるか全くわかりません。

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