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運命の出会いにお金を使い切った後のお話

2018/12/01

リメイク



 三世は何か生暖かい物が頬をくすぐっているような不思議な感触で意識を覚醒させた。

 それと同時に朝の陽ざしが目に入り、眩しさと眠気が同時に瞼を閉じようと襲い掛かってくる。


 生乾きの血液の臭いと同時に昨日の記憶が徐々に蘇ってくるのを感じ三世の体に痛みが走る。

 無理な姿勢で寝た事に加え、久しぶりの遠出と手術による疲労が加わった結果である。

 簡単に言えば、ただの筋肉痛だ。


 最悪より一歩だけマシな寝起きの中でも、ずっと頬をくすぐってくる何かがいた。

 その感触には覚えがあった。

 動物が甘えた時に頬を舐めてくるアレである。

 そう気づいた時、三世は我に返り今まで悪戦苦闘してきた瞼との闘いを忘れぱちっと目を開けた。


 ちゃしちゃしと音を立てながら頬を舐めてきているのは、ちょっとばかし三世にとって予想外の人物だった。

 三世は昨日獣人の奴隷を買った事は記憶に残っている。

 ショートカットのボサボサヘアーに全身体毛で覆われた野生的な少女――だったはずである。

 だが、目の前にいるのはその面影すら残していなかった。


 確かに耳は動物……それも犬の耳ではあるし髪も赤い。

 だが、共通点はそれくらいである。

 ショートカットだった髪は急にサラサラのロングヘア―に代わっており、立ったままでも地面に着くほどの長さになっていた。

 一桁くらいの少女だった肉体は完全に女性のものに変わっていた。

 身長は百七十程度だがスタイルは相当良く、全身の体毛は抜け落ちていた。

 耳を除くと完全にただの人である。

 三世は思わず目を反らした。


「あ、おはよー」

 三世が目を覚ました事に気付いたらしい赤毛の女性は笑いながら三世に話しかけ、そのまま抱きついてきた。

 腕の中に入りゴロゴロと丸くなり甘てくる――全裸で。

 それは、非常に目のやり場に困った。


 暑さや疲れからではない汗を滝のように流しながら、三世は目を女性以外の周囲に向けた。

 そうすると、ベッドの周囲に赤い短毛が大量に散乱しているのを発見した。

 間違いないだろう。

 十歳にならないくらいの小さな見た目の少女が、この二十歳に近いような外見にまで急激に成長したらしい。


 


 三世は我に返り、女性を引きはがした。

「おはようございます。体が痛いとか困った事はありませんか?」

 その質問に女性は眉をハの字に変えた。

「るーお腹空いた」

 足りない血を生成した上にこれだけの急成長で、しかも昨日から何も食べていない。

 そりゃあ空腹になるだろう。

「そうですね。ご飯を食べに行きましょう。その前にちょっと触診――体に触っても良いかな?」

「いりょーこーいってやつだね! いいよー」

 そう言いながら彼女は胸を付きだした。

 非常に目に毒である。

 ついでに他の色々な場所にも非常に毒だしつらい。

 ただ、感染症や合併症の恐れがある上に、摘出した寄生体の影響がどうなっているのかわからない以上調べる以外の選択肢は存在しない。

 三世は持て余した何かを忘却の彼方にやり、腹部にそっと手をかざした。


 飢餓状態になっている事を除けば異常は見当たらなかった。

 ただし、異常が見られない事が異常だった。

 確かに手術の為に一本、肋骨を切断している。

 だが、肋骨は綺麗に生え揃っていた。

 一体どういう事だろうか。

 ついでに言えば、触れただけで全身レントゲンが見える自分も異常ではあるが、そういうものだと受け入れる事が出来ていた。

 恐らくそれがスキルというものなのだろう。


「なんにしても、無事で良かったです」

 そう言いながら三世は女性の頭をそっと撫でた。

 女性はそれににまーと微笑み耳をピコピコ動かしながら気持ちよさそうにしていた。


 その瞬間、三世の脳内に電撃が走った。

 全身もっふもふがなくなった事はちょっとばかしショックだったが、それ以上に、髪の撫で心地が素晴らしかった。

 人間の髪よりも弾力が強く、耳の形は犬そのもの。

 それでいてサラサラしており、一言で言えば理想のもふり具合である。

 

 なでなでなでなで。

 なでなでなでなでなでなでなでなでなで。

 なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで……。


 三世は時間も忘れて頭を撫でる事に集中していた。

 女性もまた、頭を三世の方に傾け空腹も忘れて嬉しそうに撫でられ続けていた。




「おは――なんだこれ?」

 コルネが三世の家に突撃した時に見たのは、控えめに言って異質な光景だった。

 つっこみどころが多すぎてどこからつっこめばいいかわからない。


 血まみれで赤い体毛が抜け落ちたベッド。

 そこはまだ良い。納得しよう。


 だが、中年のおっさんが全裸の女性の頭を無心の表情で撫で続け、女性は満面の笑みを浮かべているその光景は、正直納得が出来ない。

 自分のキャパシティを遥かに超えたその事態に、コルネの脳はフリーズしかかっていた。

「ど、どうしよう……」

 能天気で少々の事には動じないコルネだが、今回は珍しく心の底から焦った。

 この理解出来ない現象の対処方法が全く思いつかない。というか考えたくない。

 思考を停止させたコルネの出した結論は一つである。

 ――とりあえず、叩けば何とかなるでしょ。

 考えるのを放棄してテレビを叩いて直すおばちゃん理論をコルネは三世に実行した。




 三世はコルネと目の前の女性について相談した結果、まず服を着せる事にした。

 三世の布の服を着せ、その上から三世は革で外套を作り被せた。

 下着などその辺りは現状どうしようもなかった。


 その間に余っていたマズイ保存食を彼女には食べさせた。

 眉をひそめながら悲しそうにもそもそ食べていた。

 だが、何もないよりはましだろう。

 ――すいません。後でかならず何か美味しい物を食べさせますから……。


「とりあえず、マリウスさんに報告に行こう。心配してるだろうし」

 そうコルネが言うが、三世はあまり乗り気になれなかった。


 迷惑をかけ続けた。

 師匠なのに顎でこき使って、心労をかけた。

 正直、破門と言われても何も言い返せない。

 考えすぎだとコルネは言うが、それでも三世は不安だった。

 怒られる事ではなく、捨てられる事が――。


「言いたい事はわかった。でも、手伝ってもらったんだから報告する義理くらいあるんじゃない?」

 そうコルネに言われたら何も言えず、マリウス宅に向かう事となった。




 三世の心配は当然杞憂である。

 家に着いて事情を知った瞬間、ルカは大慌てで食事の用意を始め、マリウスは女性が無事でいた事に涙を零しながら喜んだ。

「それで……だ。その……」

 ただ、マリウスは何か言いたい事があるらしく言いよどんだ様子で三世の方をちらちらと見ていた。

 ――やっぱり破門でしょうかね。

 そう三世は思った。


「ヤツヒサさんは今後どうしたいの?」

 調理中のルカは三世にそう尋ねた。

 ちなみに横にいる女性は料理の香りから涎を流してルカの方を見ていた。

「どう――とは?」

「いやうちのお父さん昨日起きた後凄い嬉しそうに話してたのよ。ヤツヒサさんが凄い技術で手術をしたんだって。それで私達気づいたの。職人じゃなくて医者になった方が良いんじゃないかなって」

 マリウスがルカの言葉にしょんぼりしながら頷いた。

「お前が望むなら、俺はどんな道でも応援しよう」

「そうそう。偶に手伝ってくれたら嬉しいけど、無理に職人目指す必要もないでしょ?」

 二人が本心からそう言ってくれているのが三世は心で理解出来た。

 その事がとても暖かく、嬉しかった。


「師匠が良ければ弟子を続けたいです。私は元獣医でして。たぶんこっちだと仕事がないです――騎士団以外」

 そう三世が呟くとコルネがつまらなさそうにしていた。

「それに、革を加工して何かを作るのって、とても楽しいんです。なので、出来たらまだこっちの道を進んでいきたいです」

「そうか」

 マリウスは一言そう返した。

 短い一言ではあったが、とても嬉しそうな様子だと三世は思えた。


「はい。男同士の話は何時でも出来る! 今は先に腹ごしらえをしていきましょ? 獣人ってたくさん食べるんじゃないかなと思ってたっくさん用意したわ。遠慮しないで食べていって」

 そう言いながら、ルカは大皿をいくつもテーブルに乗せていった。

「ああ、当然コルネさんも食べていってね。せっかく来たんだから」

 その言葉にコルネは満面の笑みを浮かべた。


 全員がテーブルの前に付き、女性が食べ始めるのを待った。

 やはり最初は女性からと、何も決めていないが一番物欲しそうにしているのが女性だった為そういう雰囲気になっていた。

 目をキラキラ輝かせ食事を見つめる女性。

 しかし、食べだそうとはしなかった。


「ヤツヒサさん」

 コルネが三世を呼びかけこんこんと肘を当てた。

 女性は三世と食事を交互に見比べている。

 そんな女性の首輪に三世が目が行き、奴隷だったことを思い出した。

「すいません。食べて良いですよ」

 三世のその一言を聞き、女性は飛びつく勢いで食べ始めた。


 その女性の食べっぷりに周囲は圧倒されてほとんど食べられず、あっという間に女性は全てを食べつくした。

 食べるのが申し訳ないと感じるくらいには、女性の食べっぷりは圧倒的なものだった。

「思った以上に食べたわね。獣人って毎回こんなに食べるもんなの?」

 茫然とするルカの様子にコルネが首を横に振った。

「いいえ。普通の人よりも多少は多い傾向があるけど……こんなに多くないわ」

 コルネの言葉に、三世は女性を庇うように現状を説明した。

「昨日の手術による出血の回復と肋骨一本分の再生に急成長と、色々あって飢餓状態になっているので必死に取り戻そうとしているのだと思います」

 その言葉を聞き、全員が女性の方を見た。

 女性は食べ終わった肉の骨を嬉しそうにガジガジ齧っていた。


「ヤツヒサさんに伝えなければならない事が沢山出来ました」

 コルネの言葉に三世はしょんぼりしながら尋ねた。

「お叱りでしょうか?」

「いいえ。女性の扱いは気を付けましょう。と言いたいですが、今回はそれではありません。それはそれで問題なんですけどね」

 そう言いながらコルネは苦笑いを浮かべた。


 長くなりそうな気配を感じたルカは、今のうちに皿を片し洗い物に入った。

「本来は自分で調べたり、もう少し後で説明することなのですが、事情が変わったので説明しないといけません」

「事情ですか?」

「はい。今回の獣人の問題とかですね。亜人の一種、獣人ですが、本来こんなに急成長する存在ではありません。まあ、本来の成長を取り戻した可能性はありますのでこっちはまあいいです」

「こっちは?」

「ええ。ちらっと肋骨が再生、とか言ってましたが、それは獣人の特徴ではありません。確かに、獣人の生命力は凄まじく腕くらいなら生えます。ですが、それは長い年月をかけてです。一晩で肋骨が生えましたとか普通ではありません」

 なんとなく、コルネの言いたい事が三世は理解出来てきた。


「じゃあ……肋骨が再生したのは」

「どう考えてもヤツヒサさんのスキルですね。ギルド長から何か聞かされていませんか?」

「いえ……。目覚めていないスキルの詳細はわからないと言われまして」

「あー。眠っていたんですね。偶にあるんですよねスキルがあるのに眠ったままの人。それならどうして目覚めたのでしょうかね? まあいいや。ギルド長のとこいけばわかるでしょ」

「それで、私はどうしたら良いのでしょうか?」

 その言葉に、コルネは指を立てながら答えた。


「まるいち! ギルド長にあってスキルの確認! まるに! 亜人の説明を聞く事! まるさん! 彼女に今後どうしたいか聞く……あこれ最初でも良いか」

「今後とは?」

「彼女がどうしたいのか。何かしたい事や欲しい物がないのかを奴隷の所有者は聞く義務があります。そして、仕事の報酬として適切だなと思ったらそれをあげないといけません。奴隷雇用にはそんなルールがあるんです」

 奴隷と言えば聞こえは悪いが、どうやら扱いは悪くないらしい。

 三世の世界でも奴隷の扱いが悪いのは近代の方が多く、古代にさかのぼると意外と待遇が良かったという記録も残されていた。

 例えば古代ローマの奴隷だが、怪我や体調不良では休む事が出来たし、色々な意味で寵愛を受け取ったという記録もあるし、上位の剣闘士は一種のあこがれでもあった。

 奴隷の扱いが悪くなったのはコロッセウムが廃れ始めてからだ。



「じゃあ、貴方は何かしたい事がありますか?」

 三世の質問に、女性は首を傾げながら三世に質問を投げかけた。

「ご主人のあなたはヤツヒサって名前なんだよね?」

「そうですね」

「じゃあ……ヤツヒサの役に立ちたい!」

 そう言いながら女性は三世に跳びかかり抱き着いてきた。


 ――やれやれ。お願いしますあまり跳びかかってこないでください避けられませんし色々辛いです。いえすいません本当に勘弁してください回りの目が特に女性二人の目が痛いんですいえ本当に……。

 そう思っても、三世は口に出す事が出来なかった。


 三世は優しく女性を引きはがした。

 女性は口を尖らせるが、抵抗せずに離れた。

「あ、でもでも、一つだけ今欲しい物があったよ」

「あー。なんでしょうか?」

 諸事情で懐具合は悲惨な状態な為、それで叶えられる範囲であると良いのだが……。

 だが彼女の求めている物は、三世の想像とは全く違うものだった。

「名前が欲しいの!」

 女性はふんすと胸を張りながら、そう高らかに宣言した。


 そんなわけで、名前を決める事となった――三世が。

 当然、ネーミングセンスは悪い。


「どんな名前が良いですか?」

 三世は不安な気持ちを抑えながらそう尋ねた。

「ヤツヒサが決めたなら何でも良いよ」

 そう、ないはずの尻尾を振っているように見えるほど嬉しそうに女性は犬座りをして期待の目で三世を見ていた。

 これで名付けを誰かに任せるという選択肢はなくなってしまった。


 三世はない知恵を絞るように考えながら、女性の頭を撫でた。

 なでなで、もふもふ。

「んふふー」

 女性は嬉しそうに喉を鳴らした。


 三世は撫でながら女性を診てみた。

 女性の獣人としての性質は確かに犬ではあるのだが、狼の方にも酷似している。

 それと遠吠えが優秀らしい。

 スキルの効果らしく触ると色々わかるらしい。

 便利なスキルである。

 もしこれが日本にいた時にあったなら、もっと多くの動物を助ける事が出来ていただろう。

 

 三世にネーミングセンスはない。

 だからこそ、シンプルで女性らしく、自分の世界の言葉をもじった名前を女性につけた。

 それは、どこかの国で狼という意味の言葉である。


「じゃあ、君の名前は今日から『ルゥ』だよ」

 そう三世が言うと、ワンと一鳴きしてルゥは嬉しそうに三世にじゃれついた。


「それと、ヤツヒサさんはもう一つ、追加で今日しないといけない事がございます」

 コルネの言葉に三世は頷いた。

「奇遇ですね。私もあと一つ、絶対にしないといけないと思っている事がございました」

 三世はそう言って、コルネの顔を見た。

「メープルさんの治療」

 二人は声を揃えそう言った。




 借りている牛小屋に向かうとメープルさんはぐでーと横になって眠っていた。

 相当疲れているのだろう三世が来ても目すら開けていない。

 三世はそんなメープルさんに優しく撫でるように触って診た。


「……問題はないようです。……が、後二日は安静にした方が良いでしょう。困りました。治療する道具がないので何もできません」

 全身に残された痛々しい傷跡と、疲れ果てているメープルさんに何も返せない。

 その事実は三世にとって許容したくない事実だった。


「何かできませんかね? あれだけがんばってくれたからちょっと可哀そうで――私こんなにメープルさんが張り切ってるとこ見た事なかったわ」

 コルネの呟きに三世も頷いた。

 

 昨日のように自分の内にあるスキルに語り掛けてみる三世。

 ただ、集中すると体に痛みが走り集中出来ずうまくいかなかった。

「すいません。うまくいかないです」

 三世は素直にそう呟いた。

「んー。しょうがないよね……あ、そうだ!」

 コルネは突然、ピコーンと何かが閃いたような顔をしだした。

「ちょっと治れ治れって念じながら撫でてみるってのはどう?」

「なるほど。一理あります」

 三世は特に考えず頷いた。

 別に撫でたかっただけではない……たぶん。


「なおれーなおれー」

 そう呟きながら三世はメープルさんの足や胴など傷の酷いところをやさしく撫でた。

 メープルさんは少しだけ安らかな顔になり、ルゥはそれを恨めしそうにじっと見つめていた。


「んー。効果ないみたいですね」

「だね。残念」

 二人はしょんぼりしながら呟いた。


「じゃあメープルさん、後でお見舞いに来るからじっとしていてね」

 コルネはそう言って別れを告げ、三世とルゥもコルネについて牛小屋を離れた。






「流石に私達は城下町に行く用事も無いし仕事もあるから残るわね」

 門の前で見送りにきてくれたルカはそう言った。

 その横にはマリウスも来ていた。

「そうですね。ありがとうございました。今回のことも含め本当に色々お世話になってしまいました」

 マリウスの疲労といいルゥの食べた食料といい、迷惑をかけっぱなしである。

「いいのよ。あんまり言ったら天狗になるから普段は言わないけど、ヤツヒサさんのおかげで割とうちの経済事情今かなりいいのよ」

 にっこりと笑いながらルカはそう呟いた。

「具体的に言えばあのくらいの食事を毎食用意しても1年は余裕ね。だから遠慮しないでいつでもルゥちゃん連れておいで」


「この中でルカちゃんが一番人間が出来てるんじゃないかしら」

 コルネが笑いながら呟いた。

 それをルカが聞きVサインを見せた。


「あと迷惑ついでに申し訳ないのですが、一週間ほど休みをもらえないでしょうか?」

「どうした?」

 三世の呟きにマリウスが鋭い声をあげる。

「あー私事で申し訳ないのですが……ちょっとお金が」

 三世の呟きにああとコルネが応える。テーブルとベットが駄目になり、掃除を頼んでそれのお礼。あとルゥの身の回りのものが必要であり。

 今の全財産は銀貨数枚と銅貨僅かのみだった。


「俺が出そう」

 マリウスの言葉に三世は首を横に振ってみせた。

「理由もなく受け取れません。一応見習いとは言え、私は一流の職人の弟子です。なので少しは自立していかないと」

 その言葉にマリウスは少し照れていた。

 顔には出さないが三世とルカにはそれがわかった。


「というわけでコルネさん。言いにくいのですが何か稼ぐ方法ないですかね? 一週間くらいで銀貨数枚稼ぐ感じの。それだけで大分楽になりますので」

 本当に申し訳なさそうな顔で三世はコルネに頼んだ。

「んー。ああ私からは無いけどきっと今の君にぴったりな仕事はあるわ」

 楽しそうにコルネはそう言った。

 三世は首を傾げながら頭に疑問符を浮かべるか、コルネはそれを微笑みながら受け流した。

「まあ楽しみにしといて。すぐわかるから」

 コルネはそう言って馬車に乗った。

 それに合わせて三世、ルゥも馬車に乗った。

 今度は前の時みたいにならないよう、しっかりと食料を買い込んで持って来た。


「そういえば、私が馬じゃなくて馬車に乗るのって珍しいね」

 コルネが馬車の中で笑いながらそう言った。

 いつもは馬に乗っている為顔を合わせてるのが確かに新鮮だった。

「そうですね。いつも苦労かけます」

「いえいえ。好きでしていることなので」

 コルネと三世は笑いあった。

 ちなみにルゥは買い込んだ食糧をじっと見ながらよだれを我慢していた。




 馬車の中でたっぷりと時間が過ぎ、朝出たはずなのに既に夜になっていた。

 最初のうちはゆっくりな移動というのも新鮮で景色を楽しんでいたが途中から飽きてしょうがなかった。

 コルネも同じ様子だった。

 恐るべし騎士団の馬、こんなに違うとは。


 城下町に到着し、降りたときにルゥはしょんぼりとしていた。

「……ごめんなさい」

 ルゥは耳をぺたんこにしてシュンとしていた。

 落ち込んでいる理由はわかっている。

 食料のほとんどを一人で食べたからだ。

 一応三世とコルネも食べることは出来た――パン一つずつだけだが。


 三世とコルネは見合わせ、小さく微笑んだ。

 怒るわけがない。

「怒ってないので大丈夫ですよ。ルゥは今栄養が足りてないですから怒れませんよ」

「そうよ。気にしないでどんどん食べなさい」

 二人でルゥの頭を撫でる。

「るー。なんか二人お父さんとお母さんみたい」

 その言葉に、三世は少々気まずくなった。

 コルネも中年の自分とはきっと嫌だろう。


「あんまり気にしないでください。子犬の言うことなんで」

 三世がそう苦笑いを浮かべて呟いた。

 既に子犬ですらないが。

「あははははは。そうですね」

 そう軽く言うコルネだが、目が泳ぎ顔が赤くなっていた。


「あれ? 多少はそういうのに慣れてるって前いってたような」

「そりゃ仕事とかの話は慣れてますけど、お母さんはちょっと恥ずかしいというかなんというか」

 もじもじするコルネを見て三世も気まずいだけでなく恥ずかしさが沸いてきた。

 なんとなくイラっとしたルゥが三世に頭をこすりつけながら言う。

「とりあえず早くいこ」




「というわけで昨日ぶりドーン!」

 コルネがノックも無しにドアを開けて強引に突っ込んだ。行き先は当然――ギルド長の部屋である。

「いい加減にしてくれ! それ見られて他の奴にマネされたら私は泣くぞ!」

「まあまあまあまあ。厄介ごと沢山もってきたので許して下さい」

「なんでだよ! というか厄介ごとってなんだよ!」

 コルネは静かにドアを閉めて聴いた。

「言っていいですか?」

 コルネは神妙な様子でそう呟いた。

「マジでやっかいごとなのか……」

 ため息をつきながらルーザーはカーテンを閉めた。

 急に部屋が薄暗くなる。


「いいぞ。今なら何いっても大丈夫だ」

「昨日のこと何か知っていますか?」

「何をだ? その後ろの獣人の女性のことか?」

 コルネの質問にルーザーは首を傾げた。


 コルネは昨日のことを説明した。

 奴隷を突然三世が買った事。

 突然病気だと言い出した事。

 それを手術で治療した事。

 そして――その奴隷が突然成長した事。

 ギルド長は最後まで黙って聞き、聞き終わって大きくため息を吐いた。


「んー……まずいな。こうなったらもうプライバシーとかどうもこうも言ってられん。ヤツヒサ、コルネにも聞かれるが今からスキルを見てもいいか?」

 三世が応えた。

「問題ありません。スキルも能力も説明して下さっても問題ないです」

 三世の答えを聞き、ルーザーは三世をじっくりと『見た』


「あー。セーフだな。ただかなり厄介ネタに近くはあるが」

 ルーザーの言葉を聞いて、コルネはほっと安堵の声を漏らした


「最悪ヤツヒサさんどこかに隠さないといけなかったからねぇ。または外国に逃がすか」

「え、待ってください何が危なかったんです?」

 コルネの不穏な言葉に三世は慌てた様子で尋ねた。


「他人を無条件で成長させられる人間は便利だからな。国にバレたら即確保。能力次第では最悪実験行きになる」

 この世界にスキル持ち自体は多いが、他人を強化出来るスキルを持ってる者はほとんどいない。

 スキルとは、自分の優れた部分によって生まれるのが基本だからである。

 他人に指導する教官でも、他人を永続的に強化は出来ない。

 もしソレが出来たら国としては絶対に必要な人材で、そして敵に回すくらいなら処理する。

 その位の厄介事だった。


「うわぁ」

 ルーザーの言葉に三世はそう呟くことしか出来なかった。


「まあ問題なかったんだが……これはこれでマズいな。獣人にバレたら誘拐や拉致なんかされそうだ」

「あー。そっち系か」

 コルネが苦笑いを浮かべた。

 ――あの……それは笑い事なのでしょうか?

 ちなみにルゥは部屋の隅で丸くなって寝ていた。


「まず能力の説明だ。手から光の刃物を出して手術するスキルは、位階が最初だからまだまだ成長するぞ、良かったな」

「そういわれても素直に喜べないのですが」

「それで今判明している能力だが」

 ルーザーが長々と説明した。


 獣に類する生物。獣人。または本人が動物と思っている生物を触診することが出来る。

 触診は体調を調べるだけでなく、初歩的な身体能力を見ることが出来る。

 獣に類する生物。獣人または本人が動物と思っている生物を治療することが出来る。

 その治療の際、必要なものがある場合それを本人は創造することが出来る。ただし本人が経験したことのある物のみである。

 獣に類する生物。獣人または本人が動物と思っている生物が所有物となった場合。ソレの性能を向上させる。

 獣に類する生物。獣人または本人が動物と思っている生物が所有物となった場合。本人の能力をわずかに向上させる。


 それを聞いたコルネが爆笑していた。

「あの……何がおかしいでしょうか?」

「いやね。スキルって神の祝福なの。あなたががんばったから認めましょうって。ヤツヒサさんは神が認めた動物大好きっ子ってことじゃない」

「そういうことだな。ここまで効果が広く強力なスキルはそうないぞ。しかもまだ成長の余地も残している。これは動物の王になりえるな」

「あの……私はどうしたら」

「正直に言うと大したことないわ。後で言うけど獣人の国とは仲良くないからそううまくいかないし。ただあなたが獣人を沢山助けたいなら凄く大変よ」

 コルネは言った。

「後は、ないと思うけどそのスキルで獣人の集団を集めてクーデターを狙うとかでもない限りは気にしなくて良いわ」

「それは誓ってありません」

「知ってる。そんなことに亜人の命を使うような人ならきっとルゥちゃんもこんなに懐かないでしょう」

 コルネはそう言って笑った。


「まあ深く考えないで凄い強いスキルもらったからがんばろうって思っておけばいいのよ」

 コルネはゲラゲラ笑いながら背中をバンバン叩いた。


「まあ……彼女に感謝しておけ」

 ルーザーの一言に、三世はなんとなく言葉の本当の意味を理解した。

 多少は脅しも入ってるが実際コルネ以外の騎士団員だった場合、害される可能性も十分にあったのだろう。


「それとこれが今の君の能力だ。一応君だけに見せよう。もう問題は無いから」

 メモにかかれた文章には一言

『獣人の補正で君の体力は低めから並になった。多少は頑丈になったから冒険者でもやっていけるぞ』

 そう書かれていた。

 

「そういえば――」

「ん? どうかしたか?」

 三世はある事を思い出して尋ねみてた。

「異世界人以外って見てもらえるんですか? 能力とかスキル」

「もちろん大丈夫だぞ。ただし冒険者ギルドに登録するか加盟したらな」

「登録と加盟は違うのですか?」

「登録は冒険者になるという意味だ。加盟は冒険者ギルドと組織同士の付き合いをするという意味になる」

「なるほど――覚えておきます」


「んじゃそろそろいこっか?」

 コルネの言葉に三世は頷いた。

「そうですね。あんまり長居してもご迷惑ですし。それでは、失礼します」

 そう言いながら三世はルゥを抱き抱え、コルネと共にルーザーの部屋を退出した。




「さて次の用事ですが説明する場所が決まってるのでちょっと来てもらえないかにゃー」

 コルネがニコニコした笑顔で話しかけてきた。

 短い付き合いでもわかることがある。

 これは、イタズラをする気満々の笑顔ということだ。


 だが、かけた迷惑や恩を考えたら多少のイタズラくらいは甘受すべきだろう。

 ――歳のせいか。その辺り枯れたというかつまらない人間になってしまいましたね。

 そんな事を考え、三世は自分を嘲り笑った。

「わかりました。いきましょうか」

 三世の言葉に、コルネはにやっと微笑んだ。




 三世は到着した瞬間に、先程の考えを撤回することにした。

 コルネを問い詰めておいたらよかった。

 軽いイタズラと思わなければよかった。

 何より――ルゥを起こしておけば良かった。

 後悔する三世だが、既に事態は手遅れになっていた。


 ついた場所は何でもないただの個室である。

 問題なのはその個室に見慣れた顔が二つ見える事だった。

 田中正次と田所修一。

 以前一緒にいた元操縦士二人だ。


 久々に見た彼らに三世は喜び話しかけようとした瞬間、大切な事を思い出した。

 三世はルゥを抱いたままだった。

 彼らはまず三世の顔を見て喜び、胸元で眠っている眠り姫を見て驚き。

 そしてもう一度三世の顔を見て、笑顔を浮かべた。

 その笑顔は酷く攻撃的な笑顔だった。


「三世さん。楽しそうですね。何があったか教えて下さいよ」

「色々心配してたんですよ。一人でも大丈夫かなって。ああもう一人じゃないんですね」

 ごごごごごとオーラのような圧力を三世は二人から感じていた。

 ただ酷く醜く、そして浅ましい。

 一言で言えば、嫉妬の力である。


「いやこれは色々ありまして……。別にそんな二人の思ってるようなことがあったわけではなく」

 三世がよくわからない言い訳を始める。

 実際に何かあったわけではないが、何やら不思議な罪悪感が芽生えてきた。

「んー?」

 そんな三世の声に反応し、ルゥが寝ぼけ眼を開いた。

「んーごろごろ」

 訂正――。

 開いたかのように思えたがまた目を閉じ、三世の胸にマーキングするように顔をこすりつけておねむに戻った。

「そうかそうか。一週間で何があったか徹底的に聞かないといけないなこれは」

 三世は田所の強い視線を感じた。


 ――もう気にせず開き直るしかないですねこれ。

 三世はそう思い、ルゥを抱きしめたまま椅子に座り、頭を撫ではじめた。





ありがとうございました。


なろう小説は基本読みません。

書きはじめてからは特に読めなくなりました。

絶対楽しくて影響受けるので。


過去に二作品だけは読ませていただきました。

某スライムのアレと物体Xを飲み続けるアレです。


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[気になる点] 名前が決まる前の朝に自分のことをるーって言ってました。 [一言] 読み初めさせてもらいはまりました。 暫く寝不足になりそうです。
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