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楽しくない異世界転移

2018/11/24修正


 

 ――これほど居心地の悪い場所はそう無いでしょうね。

 そんなことを考えながら、草臥(くたび)れたスーツを着た男は小さくため息を吐く。


 もう三十三にもなろうという歳にもかかわらず独身ひとりみで、天涯孤独の中年三世八久(ミツヨヤツヒサ)は、遠方へのちょっとした用事の帰りに飛行機に乗っていた。

 もっとも、本来の予定と違う飛行機にだが――。

 確かに予約したはずなのだが、旅行代理店側の手配ミスで依頼した便の席が取れておらず、偶然その時に空席があった別の飛行機に乗せてもらうことになった。

 その変更された飛行機は修学旅行らしき高校生を乗せた飛行機だった。




「なーなー。おっさんはこれからどこか行くの?それとも帰り?」

 飛行機の中で学生らしき女子が突然三世に話しかけてきた。

 明るく活発であり、そして少々口が悪いその語りかけに三世は軽く苦笑いを浮かべた。

「帰りです。ちょっと学会で論文を発表してきたところでして」

 ――もうおっさんと呼ばれる年になってしまいましたね。

 そう三世は考えながら少女の質問に答えた。


「へー。ってことは学者さんか。おっさん凄いね」

 実際は学者と呼べるほど社会的権威のある職業では無い。

 むしろ現在の状況は底辺と呼んで良いだろう。

 ただ、定期的に論文を出さないとならない事情があり、最悪の場合は資格停止で仕事を失う為 嫌々論文の発表をしているだけだ。

 三世の所属する その学会は参加者が少なく、三世は貧乏くじを引く事が多いその残念な運を遺憾なく発揮して発表者と相成っただけであった。

 別に自身は凄くも偉くも無いが、目の前の少女の期待と夢を壊して現実の苦労を語るほどの勇気など三世は持ち合わせておらず、適当にお茶を濁すことにした。

「勉強さえしていれば、誰でもなれますよ」

「そっかー」

 そう その少女は言い残し、元の座席に戻っていった。


 学生の中に ぽつん と一人だけいる自分。

 先生方もいるが、見える範囲では自分より遥かに若い美人な女教師が居るくらいである。もっとも教員という立場な為学生達の身内のようなものである。

 つまり、この場の部外者で浮いているのは自分だけという事だ。

 チラチラと奇異の目をこちらを向ける学生達。

 その視線は好意的なものとは言えず、好奇心と異物に対する排他的な反応だった。

 だからこそ、わかることがあった。

 さっきの少女はそんな三世に気を使って話しかけてくれたのだという事が――。

 実際、あの少女が話しかけてくれたおかげで、異物のような物を見る目で見て来る学生達は少なくなっていた。

 それでも、純粋に好奇心からか多くの視線を三世は感じ続けていた。


 妙に気まずく、かと言って何かを言う勇気もない三世はただ縮こまって時間が過ぎるのを待っていた。

 それに比べて、困ってそうな三世に勇気を出して話しかけてくれた女生徒。

 どうもあっちの方が人間が出来ている気がする。

 それに気づいた三世は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。


 ――歳を取っただけでは、成長した事になりませんね。

 そんなことを考えながら、三世は気まずさに耐えきれず、寝たフリをしてこの状況を全て無視するという選択肢を選んだ。


 論文発表の帰り道だからか、それなりに疲れが溜まっていたらしい。

 寝たふりはいつしか終わり、自分でもよくわからないうちに、三世の意識は闇に溶けていった。




 周囲の喧騒で、三世は目を覚ます。

 思ったよりも眠りが深かったらしく、前後の記憶があやふやである。

 飛行機に乗って、その後少女に話しかけられた迄は覚えているのだが、それ以降はさっぱりである。

 一つだけ、今の状況がおかしいという事は理解出来る。

 今いる場所が寝る前と違い、飛行機の中ではないのだから奇妙(おかしい)という他なかった。


 まず、椅子に座っていないし、ここにはシートベルトもない。

 そもそも椅子がない。

 それどころか――何一つここには存在していなかった。

 確認出来るのは まっ白な床のみ。その床すら、同じ床がずっと続いている為、これが床なのかもわからなかった。

 その床 以外は何も見つからない。

 だっだ広い空間に光が差し込まれただけの奇妙な世界。

 そんな中に、飛行機に乗っていた集団だけが、ぽつんと取り残されていた。

 壁すらなく、本当に先の先まで何も無い事だけが理解出来た。

 が、その見える範囲には何もなく、それどころか地平線すら空気の霞の向こうに隠れて見えなかった。


 ざわざわと周囲が更に(やかま)しくなる。

 担任らしき若い女教師が必死に生徒達を落ち着かせようとしているが、この状況では全く意味のない行動だった。そもそも当人が事態を理解出来ていないのだから当然である。

 自分が慌てているのだから、他人に落ち着く様に言ったところで何の意味もなかった。


 先生らしき人達や生徒達と比べると、ただ、寝起きで脳が覚醒しきっていないためでもあるが、三世は比較的 落ち着いていた。



『聞こえますか?』

 何も無い虚空から抑揚の無い声が響き渡る。

 どこから声が聞こえるかもわからず、三世を含めてほぼ全員がきょろきょろと周囲を見回した。

『聞こえますね。人の子よ。どうか私の話を聞いてください』

 その声は自分の脳内に直接流れているらしい。

 耳を塞いでも、その声は何も変わらず流れ続けていた。


『あなた達は、死にました』


 誰一人、その言葉の意味を即座には理解出来なかった。

 その言葉を聴いた後 数秒程の時間が経ってから周囲は異様なほどざわつき、それはしだいに大騒ぎへと変化していった。

 恐れ戸惑う者、泣き喚く者。何故かにやにやとする者。

 何もない虚空に怒鳴り散らす者もいた。

 生徒により反応はバラバラだが、半数近くはその言葉を受け入れているようにも見えた。

 例えば、泣き出した生徒や青くなっている生徒達である。

 自分が死んだという事を理解でき受け入れている。

 それはつまり――決定的な瞬間を体験したという事の証左に他ならない。


『間違い無く、あなた達は全員死亡しました。そしてこれより生前の己の罪業と向き合い罪を清算し転生を迎る予定でした。しかし、残念ながら少々の手違いがありました。本来の死期とは時間のずれが生じてしまっています。この様な事態は私達も想定外で、予測すらしていなかった為ここにいる者を受け入れる準備が出来ていません」

 謎の言葉の主は、更に言葉を続けた。

『現状のままだと転生することが出来ません。しかし、あなた達がこの場所に残り続けるのは望ましくないと私は判断します』

 抑揚の無い声で淡々と言葉を続ける声の主。

 あまりに感情が見えない為、三世はその声がコンピューター音声みたいだとすら感じたほどだ。

『そこで、あなた達を一旦蘇生させ別の世界でもう一度人生を経験してもらう事に決定しまし――」

「私達を帰して!」

 声の主の言葉を切る様に、一人の女生徒が叫び声を上げた。

『死亡したあなた達に、帰る場所はありません』

 声の主は、淡々と事実だけを述べた。


「別の世界とは、どのような所なのでしょうか?」

 生徒では無く、今度は先生が声を出して尋ねた。

 その先生は三世も飛行機の中で見たことがある。

 生徒と仲が良く、楽しそうに笑っていた若い女教師だ。

『あなた達が生きていた世界と異なる法則の世界です。社会や技術的な意味の文明は元の世界と比べて数世紀程度 遅れています。その代わり、個人の力が強い為一人一人の影響力が大きく、そしてあなた達の世界の基準では十分平和と呼べる世界です』

「個人の力が強いとは、どの様な意味でしょうか?」

 女の先生は続けてそう質問した。


『力が高まれば岩を素手で砕け、言葉を紡ぐことで奇跡を起こせます』

 先生は、何やら考え込む仕草をした後、言葉を続ける。

「つまり、魔法のあるファンタジーな世界ですか?」

 言葉の主は数秒ほど、沈黙した。

『少々お待ち下さい。【魔法】……正。ファンタジー……不明。世界情報……入手完了。大体はその認識で正しいです。人ならざる者が存在するという意味でも【ファンタジー】の世界に酷似しています』


 言葉の主の答えに、生徒達は再度騒ぎ始めた。

 これからお前達を化物に襲われる世界に送る。

 そう言われたら誰だってこんな反応になるだろう。

 だが、生徒のうち何人かはニヤニヤと楽しそうに笑っている。

 三世にはその理由がさっぱりわからなかった。


「質問、何か武器とか貰えないのですか?」

 ニヤニヤしていた生徒のうちの一人が、そう尋ねた。

『肯定します。その世界の言語能力と拠点。それに当分の間の食料とその世界についての資料。最後に、あなた達のこれまでの人生経験に則した相応な能力を授けます』

 その言葉の後に、自分を含めた周囲の数人がぴかーっと電球のように輝きはじめた。

 さきほどの女教師は青。自分は緑。そして周囲でちらほらと青や黄色の色で煌めき、そして数秒で何事もなかったかのように元に戻った。

 光ったのは自分を除くと教師、飛行機のパイロットらしき二人、そして極少数の生徒だけだった。


 みんなが訳もわからず、呆然としている中、生徒の一人が声を上げた。

「これは光った人だけがチートもらえたってことですか!?」

「チート……否定します。ズルや騙すといった行為ではありません。光り輝いた人物だけに能力を授けたという答えでしたら肯定します。能力の再現である為、そもそも人生経験が足りない者、つまり一度も己の手で何かを為していない者には能力は付与出来ません」

 ざわざわと周囲の騒ぎが大きくなった。

 その中には怒り狂う様子も見え、今にも暴動に発展しそうですらあった。

 さきほどの女教師は、頭をかきむしりながら必死の形相を浮かべている。

 その様子は、生徒達に何かをしてやりたいのだと、彼らとかかわりのない三世ですら理解出来てしまった。


「質問します」

 気付いたら、三世はそう声を出していた。

 眠りが深かったからか、それとも慌てるタイミングを逃したからか、三世は他の人達よりもこの事態を冷静に見ることが出来ていた。

 もっとも、半分寝ぼけており理解力が低い為今までの会話のほとんどが理解は出来ていなかったりするのだが。

「その世界で、私達は何をしたら良いのでしょうか?」

 その質問に、言葉の主は答えた。

『今までと全く同じです。人としての営みを自由に経験して下さい。私達は何も押し付けません。苦行も快楽も全てあなた達自身の行動から生まれます。私の行う行動は、あなた達の死後に罪業を調べ判断する事のみです」

 明らかに発言は機械じみていて、そして天上人じみている。

 三世は試しに言葉の主に、人としての視点で言い返してみた。

「それなら、今回能力が得られなかった人にも何かをすべきです。彼らはまだ若い。人生経験が足りないのは当然です。現代の生活水準から落ちる世界での生活は、確実に苦行になってしまいますし、そもそも生きていけるかもわかりません。せめて彼らに、生き残る為のチャンスを与えるべきです」


 三世はそういうが、言葉の主はそうは思わないらしい。

『否定。再現能力を付与する機会はもう与えました。これ以上を行う必要性が見当たりません』

 三世は、その言葉に言葉を重ねる。

「その場合は、あなたは彼らに苦行を強いることになりますが、それはいかに?」

 三世は基本的に口ベタである。そもそも人の事があまり好きではなかった。

 その為普段ならこんなにスラスラと言葉は出てこない。

 ちょうど今日が学会帰りで論文を発表した後だった為、相当喉と声の調子が良かった。

 まともな言葉遣いが出来ることに()()()は学会に感謝した。


『……肯定。異世界での生活をシミュレートした結果多くの者が苦行になると想定出来ました。しかし、一部の人だけに能力を授ける機能は私にはありません。ですので、全員に別の方向性から能力の付与を行います』

 その言葉の後、全員が光り輝き始めた。

 あたり一面が人から生まれた光に飲まれ、誰が何色か、自分が何色かすら見ることが出来ない。

『本人の才能に基づいての能力を覚醒させ授けました。これなら多くの者が現地人と同じように生活出来る可能性が高いです。何か質問はありませんか』

 声の主が尋ねても誰も答えようとはしなかった。

 そんな沈黙の後に、生徒の一人が声の主に質問を投げつけた。

 その女生徒はさっきまで大泣きしていたらしく、今でも涙の後が残っている。

「私はそんな世界に行きたくありません。助けて下さい」

 そんな女生徒の答えに――。

『では転移の後に己の手で命を絶ってください。特別に一度でも転移すれば本来と同じように死後の世界にいけるよう手配しておきましょう』

 声の主の誠意ある正直な答えに、女生徒は目を見開き絶望の表情を浮かべた。


「最後によろしいでしょうか?」

 三世は尋ねた。

『はい。もちろんです』

「あなたは誰ですか?」

 最初に聞くべきであろう質問である。

 神様なのか閻魔様なのか。

 何にしても何かのヒントが得られると三世は考えた。

『私に名前はありませんし、人の理解出来る存在でもありません。上位存在により作られ、罪悪を数値的に計る事そのものが私となります。なので私には、名前がありません』

「そうですか。ありがとうございます」

 回答や今までの答えからシステムのようなものだろうと三世は考えた。

 つまり規定以外の行動を取らないのでなく取れない。

 さきほどの、もう1回の能力付与は、何か仕事の範囲内に運よく引っ掛った結果に過ぎないらしい。

『ではこれにて世界移動前の全ての業務を終了とします。次に目覚めるときは地上ですのでお気をつけください』

 そんな飛行機の発着時に流れる案内のような定型文っぽい言葉の後、そこにいたと思われる何かの気配が消えた。


 三世は改めて周囲を見回した。

 自分はまだ寝ぼけていたみたいで大変なことに気づいた。

 自分の仕事道具も論文も全てなくなっているのだ。

 あるのは今着用しているスーツ一式のみである。

 ――論文発表用に色々と用意してたので、あると便利だったんですけどねぇ……。

 そう思いながら三世は、目を閉じ意識を手放した。

 今度は寝たふりからではなく、強制的に闇の中に引きずり込まれていた――。




 目が覚めるとそこは緑の草原だった。

 草の生い茂った草原に木々。

 そして動物の類いは全く見えず鳴き声も聞こえなかった。

「すげぇ!」

 後ろから驚愕する少年の声が聞こえるた。

 その声につられて三世が振り向くと、そこには巨大な屋敷が建っていた。

 たしか宿泊施設も渡すと言っていたが、それは宿泊施設と呼ぶようなものにはとても見えない。

 巨大な洋館――いや特大な洋館と言った感じである。

 とにかく巨大でこの距離で上の方まで見ようとすれば首が痛くなり、横幅も運動不足の三世では走りきることが一瞥で無理だと判る広さを持っていた。

「とりあえず中に入りましょう」

 今日ずっと先頭に立ち続け、声を出し続けていた女教師が生徒達にそう言い先導した。

「うわー! あ……あー……」

 最初は期待に満ちたものだったが少しずつ失速していく若者達の声。

 建物の中を見た全員が、同じようながっかりした表情を浮かべていた。

 中は外見の通り相当広い。

 だが、外見では想像できないほど内装は質素な作りになっていた。

 玄関が石。廊下は木製。後は木製の部屋と階段。電気は無いとしても油を灯すランプすらついておらず、調度品は1つも見当たらない。

「とりあえず生徒は全員固まって待機して。先生方とすいませんが大人の方は私達についてきてください」


 入り口近くの部屋に生徒を二つのグループにわけ、そこに生徒の護衛として教師を一人ずつ残した。

 生徒達は精神的疲労も混乱も大きい為、ひとまず休ませるという選択肢を選んだらしい。

 二人の教師を残して残りの大人は別の部屋に集合し、今後について話し合うことにした。

「とりあえず、これからどうするのか話し合いましょう。何をすべきか、何が必要か。それとお互いの自己紹介と立場の確認もしておきましょう」

 女教師がそう話した。

「まず私ですが四組担任の斉藤雪恵(サイトウユキエ)。まだまだ新人の教師ですが、それでも教師です。私のスタンスは生徒を守ることが最優先になります」

 三世は斎藤という先生から強い意思を感じた。

 それは、生徒に危害を加えるなら許さないと牽制しているようにも見えるほどだった。

「斉藤先生は教師の鑑だ」

 とか。

「斉藤先生はうちの学校の名物教師だ!」

 とか男の先生からからかうような野次が飛ばされた。

 それを聞き、斉藤は少し赤くなった。

 三世は生徒から人気が出ている理由が少しわかった気がした。


 続いて他の先生方も自己紹介と現状の説明をしていった。結果

 生徒が二十人のクラスが二つ。

 担任二人と、今生徒を護衛している副担任が二人。

 校長が一人。

 そして、飛行機の操縦士が二人。

 それが今いるメンバーだった。

 飛行機内にはスチュワーデスが一人いたらしいがこの中にはいなかった。

 光の世界のときから彼女を見ていない為、もしかしたらだが生き残ってあちらの世界にいるのかもしれない。

 そして、最後に三世が自己紹介をする番になった。

「三世八久。特にスタンスを主張することはありませんが、とりあえずこの屋敷内の探索をしておくべきだと提案します」

 三世は自分の主張する事が全く思いつかず、とりあえずありきたりなことを言ってごまかした。

 ただ、他の人もそれは考えていたらしく、三世の提案に全員が首を縦に動かした。




 生徒達が待機している教室にいき副担任二人にこれから探索することを説明した後、先ほどのメンバーで二人組みになり探索を始めた。

 年齢がある程度高齢(としより)には調べる場所が少なそうで階段を登る必要のない一階の探索を校長と担任の一人。

 年齢も若く体力も有り余っている上に男である操縦士二人は三階、更に余力と時間があったらそれ以上の階の探索も頼んだ。

 そして色々と中途半端な三世と、女性とは言え若く体力のある斉藤が二階の探索をすることに決まった。


「どう思いますかこの世界」

 斉藤が探索しながら三世に心配そうな雰囲気で話しかけてきた。

「どう……と言いますと?」

「いえ私はあまり本とか読まないのでよくわからないのですが、生徒の何人かがこんな状況を知っていて色々想像しているようなので……」

 確かに、生徒の中には明らかに手馴れた……というより、この手の事態に理解がある生徒が混じっている様に見えた。

「そうですね。私もよくわかりません。ただ早いうちに守りを固めるべきかなとは思います。何か外敵がいるとの事なので」

 光の世界での話を三世は思い出しながら話す。

 あの声の主はファンタジーの様な世界だと説明した。

 ここで何が襲ってくるかはわからないが、何らかの対策は取れるはずである。

 声の主の話を思い返す限り、最低限でも生存は努力さえすれば出来る様な口ぶりだったからだ。

 ただ、その事に確証は無い。


「そうですよね。……私に生徒を守る事が出来るかしら……」

 そう斉藤は呟き思い悩んでいた。

 こんな状況でも自分の身より生徒を心配する先生を見て、自分の学生時代こんな先生いたらなと三世は考え、本気で生徒達を羨ましいと思った。

 二人で二階の廊下をぐるぐると歩いて探索するが、特に変わったものは見当たらなかった。

「部屋はいくつありました?」

 三世は尋ねた。

「百位はありましたね……」

 扉の開いた部屋の奥に見えるのは、ベット二つと箪笥やテーブルだけ。

 そんな変わり映えの無い部屋が無数にあり、途中からは数える事も投げ出していた。

「あっちに何か違う部屋がありますよ」

 今までの木製のドアではなく、周囲に部屋がない廊下の奥にガラス製で両開きのドアが目に映った。

 斉藤は先頭に立ち、そっと扉を開けて中に入る。

 そこには小さなロッカーのようなものと籠が山ほど置いてあった。

 流石に扇風機や瓶牛乳は見当たらないが、その内装は銭湯に非常によく似ていた。


 二人はそのまま部屋を進み、更に奥に向かってみた。

「お風呂場? ……ですかね」

「みたいですね」

 斉藤の呟きに三世が応えた。

 そこは広すぎて奥が霞んで見えるほどの巨大な浴場だった。

 日本の街によくある銭湯の数十倍程度は広いのではないだろうか。

「凄く広いですね」

「これ何人くらい入れるでしょうね」

 三世の質問に、斉藤は「ここに来た全員が余裕で入れそうですね。もっとも男女別にするので意味の無いことですが」と呟いた。

「お湯は……これですかね?」

 風呂場の内側に隣接するかのように白い丸い玉が付いていて、その下に水が出てきそうな空洞が見えた。

 斉藤は恐る恐る、その玉に触り、とんとボタンのように押し込むと熱い湯気を出した液体が空洞から流れ始めた。

 三世はそのお湯に指先を浸し、舐めた。

「……ただのお湯ですね」

 三世の言葉に斉藤も頷く。

 斎藤がもう一回白い玉を押すと、液体の流れは止まった。

「お風呂場があるのは嬉しいですね。これで一通り回りましたし、とりあえず戻りますか?」

 三世は首を縦に動かし、二人は風呂場から退出した。


 三世が腕時計を確認すると、ちょうど一時間が経過していた。

 合流予定時間まで間もない為、三世達は慌てて一階に戻り、合流する約束の部屋に移動した。

 三世達が部屋に到着したすぐ後に、一階を調べていた二人が帰ってきて、更に十五分ほど遅れて三階を調査していた二人が帰ってきた。

 全員の無事を確認した後、大人達は其々に集めた情報を纏めることにした。


 二階と三階はほとんどが客室。

 トイレは一階と四階。

 風呂場は二階。

 六階の存在までは確認出来たが時間が足りず、五階以上は全くは探索できてない。

 一階は特に施設が多い。食堂・調理場・大会議場・洗濯場などである。

 おそらくこの時代の衣装らしき服も山ほど用意されてあり、また別の部屋には本が平積みになって置かれているそうだ。

 またトイレ、洗濯場や風呂場には理解出来ない仕掛けがあり、自分達の時代と遜色ない生活が出来るようになっていた。

 トイレは水洗だがどこに流れているのか不明で、調べても水の流れる先はただの空洞となっていた。

 洗濯は白い玉を押すとぐるぐる回る機械があり、試してみたら洗濯から脱水乾燥までで十五分ほどで完全に終了したようだ。

 洗濯機に関して言えば、現代の物よりもよほど性能が良かった。

 風呂場も同じように白い玉一つで全て自動である。


「疑っていたわけではないが本当に魔法の世界だな」

 操縦士の一人がそう呟いた。

「次は、本を調べてみましょうか」

 斉藤の発言にみんなが頷き、調査組全員で平積みになっている本が置かれた部屋に移動した。


 二十冊の本があり、手分けして読み進める。

 ほとんどが現代でも良く見る冒険の話や児童向けの絵本だった。

 ドラゴンを退治した話だったり魔王を封印した勇者の話だったり。

 それらの中に冒険の話が書かれた一冊が在り、魔王について詳しく書かれていた。


 魔族が存在し、魔族は瘴気を放つ。

 瘴気自体は人間には無害なのだが、瘴気が増えすぎるとそこから魔物が生まれる。

 そして一定以上の魔物を生んだ瘴気の主は魔王になる。

 つまり魔王は王と言うよりも魔族の出世魚みたいな階級的存在で、数に制限もないらしい。

 

 最後に読んだ一冊には、この世界の常識として行ってはならないことが、理由も含めて書かれていた。


 この世界は貴族以外苗字を持たない。

 その為貴族でない者は苗字を名乗ってはならないし、名乗りたいなら貴族になる必要がある。

 貴族になるには金銭を一定以上国に渡す。

 または、何らかの功績を残すことでも可能。

 どの国でも貴族になるだけならそこまで敷居は高くない。


 この世界には多くの亜人がいるが、彼らを人と一緒の扱いをしてはならない。

 亜人は人ではないという誇りを持ち、人も亜人ではないという誇りを持って生きている。

 差別は少ないが、国家や種族によっては確かに亜人差別は存在する。

 しかし、その差別も大体原因や理由がある為、差別廃絶を行うならしっかり調べてからにすべきだ。


 この世界には奴隷文化が存在しているが、ソレを自分達の常識に当てはめて否定してはならない。

 また文明が進んでいない、この社会で今のまま無理に奴隷制度を消滅させても、国が滅び文明が衰退するだけである。


 この世界の常識についてこのような事が書かれている。

 この本だけは他の本と作りも書かれている内容も全く違う。

 まるで、別の世界からの視点で書かれているようだった。

「これ、たぶん転移者の過去の失敗をまとめた話ですね」

 操縦士の一人がそう呟いた。

(この)世界に転移、転生して色々しようとした人がいたのでしょうね。ここに書かれている民主主義を広めてはならないってところ。何故失敗したかというと国民が誰も理解しなくて、結局ただのクーデターになったからだと書かれています」

「過去形で断言していますし、私達みたいな人は結構いたみたいですね」

 操縦士の言葉に、三世はそう相槌を打った。


「どこまで生徒に話しましょうか」

 斉藤はそう呟いた。

「少なくとも、この本の内容は全部話しておいたほうがいいでしょう。きっとやらかすので」

 三世は、さきほどの本を持ってそう言った。


 この後にまた大人だけで相談し合い、まずは生活を安定させることを第一とするという方針に決定した。


 食料は見る限り最低一月は持つ。火が起こせないが、そのまま食べられる保存食がほとんどを占める為問題はない。

 お風呂は女生徒と斉藤、男子生徒、その他の男性という順番で入ることになった。

 そして夜間は交代で見回りをすることにした。

 学生を除いた大人だけで、二時間交代で見回りをする。


 寝るための部屋は一階の大部屋を二つ、毛布などの寝具は二階の部屋からひっぱって男子と女子にわけて寝た。

 また暗くなると月明かりしか明りがないため、夜の移動に大変苦労した。


 初日は、予定通り二時間交代で見回りを行ってみたが、何も問題は起きなかった。

 生徒達も疲労しているらしく、夜は騒ぎ声一つない静かな夜だった。


 朝になり、生徒を見る役割を担った副担任以外の大人達は再度集まった。

 自分を含め、全員の顔に疲れが見える。特に担任の二人は深刻そうだった。


 聞けば、生徒からの不満の声がかなり出たらしい。


 男子生徒の不満の多くは食事。これは改善できたらするという事で落ち着いたのだが……。

 女子生徒の不満は難しいものだった。他の男が怖い。生徒や教師は百歩譲って良いけど、学校と関係ない男がいるのは気に入らないと。

 斉藤は遠回りにやんわりと話をしたようだが、操縦士の二人は明らかに不機嫌になっていた。

 こっちにきてからずっと先生方の指示に従い、体力の必要なことは自ら率先して手伝い、夜の見回りまでして寝不足である。

 にもかかわらず、邪険に扱われれば、不愉快になるのは当然だろう。

 もっとも、三世はそんな事は別にどうでもいいと感じていた。直接被害が来ていないなら嫌われようがどうでも良かったのだ。


 ただ、ここに長居すべきではないな。絶対にトラブルになる。

 口には出さないが三世はそう確信していた。


ちょっとしたネタバレ













主人公の職業は意図的に隠しています。

三世的には学者とかと思われていたほうが子供の夢になるかなと思ってるから。

作者的にはそりゃやりたいことがあるからです。

ただ本当に色々試してみたいので、評価のないものや悪いものは片っ端から消して新しいのをしようと思ってるので、何か意見あればください。



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― 新着の感想 ―
[一言] 2周めです。またお世話になります。 誤字修正以外にもちょこちょこ手が入ってるみたいなので楽しみです(気付けるほど覚えてないだろうけど)。
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