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覚悟、決めました

 1/七天の使い魔・フィー。



 戦闘の最中に口付けを行った二人に、堕天使は怒り狂った。

 この私を舐めているのか、と。


 しかしそれは違った。

 突如アスカとフィーの体から魔力の奔流が白の極光となって森を照らした。猛スピードで彼女らに突貫を仕掛けていた堕天使は、その衝撃に充てられ失速し、吹き飛ばされないように地面に両足を着けて踏ん張った。


 なんだ? 何が起きている?

 眩い光の中、堕天使は前を見ようとして――光の中から飛び出した影に思いっきり蹴り抜かれた。


「ゴッ――!?」


 防御のために掲げた片腕の肉が抉れ、爪先が顎を砕き、衝撃で首の骨が外れ、そのまま地面に頭から叩きつけられる。

 グラグラと揺れる意識の中、堕天使は埋まった己の頭部を引き抜くと、すぐに両手で外れた首の骨を無理矢理繋げ、砕けた顎を再生させる。

 死ぬかと思った。あともう少し治療が遅れていたら即死していた。

 自分を足蹴にした少女――フィーを睨みつけ、


「っ……ハァ、ハァッ!!」


 しかし、すぐに苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちた。

 大ダメージに加えて、無理な再生治療による大幅な体力と魔力の減少。ただ死ななかっただけで、堕天使の体はもうボロボロだ。元々勇者に倒された時の傷が癒えていないというのもあり、雑魚相手ならともかく強敵との戦闘は本来避けるべきだったのだ。


 だからこそ不可解だ。先ほどまでのフィーは堕天使にとっては取るに足らない相手だった。片翼を潰された時は焦ったが、それでも脅威にはならない存在……の筈だった。

 だが今はどうだ。先ほどの彼女の一撃は、初めに受けた不意打ちとは比べないほどに強力だった。

 一体何処にそんな力が――そこまで考えて、先ほどの光景を思い出す。


「あのふざけた行為は……そういうことか!」

「そう。マスターが私のために使い魔の再契約をし……この命を救ってくださいました」


 今までのフィーはアスカから魔力供給を受けることができなかった。だから自前で魔力を掻き集め、必死に地上に留まっていた。

 だが、今の……七天の使い魔となったフィーにはもうその必要は無い。

 ルクスの御子に認められたその時から、世界の制約から外れ、己の中にある本来の力を解放することができる。

 世界に影響を及ぼすことなく、主の脅威を滅ぼす絶対の存在。それが彼女の祝福(ギフト)の本当の力。

 傷つき、満身創痍の堕天使に勝てる見込みは万に一つも無い。


「認めない……認めないぞ! そんな力!」

「貴女に認めて貰わなくても結構。マスターが居れば……それだけで良いのです」


 そう言って、穏やかな表情を浮かべてフィーは振り返った。大量の魔力をフィーに流し込み、脱力感に襲われながらも、その目でしっかりと己の使い魔を見るアスカに向かって。


「これで最後です。慈悲を与えましょう。何か言い残すことは?」


 しかしすぐに堕天使へと視線を移すと、冷たく見下ろしながら右足に魔力を集中させる。

 解放すれば堕天使は跡形もなく消滅するだろう。

 紫に淡く輝く魔力を睨みつけながら、彼女は憤怒の炎に身を焦がす。


(くそ……舐めやがって……私はこの地上を支配し、ルクスを打ち倒す使命を持った至高の堕天使だぞ! その私が……こんな……こんなクソ使い魔如きに……!)


 このままでは殺されてしまうだろう。己を追放したルクスに対する、この怒りを晴らせぬまま。

 諦めるつもりなど無い。絶対に復讐を成し遂げるためには死ぬわけにはいかないのだ。他の堕天使に嗤われようとも、醜いと罵られようとも。


「ああ……一つだけあるわ」

「……」

「――貴女のご主人様の体、最高だったわーー!!」

「――」


 氷のように冷たい蒼い瞳に、マグマのように煮え滾った怒りの感情が宿る。

 その際の体の硬直を見抜いた堕天使は体の組織に働きかけて血流操作。再生できなかった腕の傷口から、勢いよく血を噴出させた。

 その血は堕天使を睨みつけていたフィーの目に飛び散り、目潰しとなる。


「やはりお前は欠陥品だ! クソ使い魔――!」


 鋭い爪を立たせて、フィーの喉元に向かって勢い良く突き出す。

 グシャリッと肉を抉る音が響き、次に大量の血が地面に流れ落ちる音がした。

 勝利を確信した堕天使は笑みを浮かべ、


「ぁ……ぁ……!」

「……本当に救えないわね……アナタ」

「――ああああああ!?!?」


 しかし次の瞬間、己の腕を抑えて絶叫し蹲った。

 彼女の右腕の先は無く、あるのは焼けるような痛みと流れ出る赤い血のみ。

 もう再生はできない。魔力も体力も無い。堕天使は痛みに悶えることしかできなかった。


「貴様には死すら生温い」


 手に持った堕天使の腕を先の翼のように圧縮して、消滅させる。

 だが、目の前の本体にそれをするつもりは彼女には無かった。


「死と再生を繰り返し、マスターに手を出した事を永遠に後悔しろ――魔王ゼアル」

「ううう……うあああああああ!!」


 魔王ゼアルと名乗った堕天使が、最後の力を振り絞ってフィーに襲い掛かった。

 もはやそこに人類を脅かした魔王の貫禄はなく、あるのは己の敵に対する怒りのみ。


「――我が主の怒り、思い知れ」


 しかし相対するのはそれ以上の怒り。それこそ、天を貫かんばかりに。

 魔力が宿っていない左足を素早く連続で相手の体に叩き込み、最後の一撃で空中へと蹴り上げた。そしてある程度の高度まで上がると彼女のスキル――サイコキネシスで空間に固定した。トドメの一撃をぶち込むために。


「星の光よ、我が一撃に全てを掛ける」


 最高潮に達した魔力の光が紫から白へと変換し、堕天使にはもうフィーの姿が見えなかった。それほどの光と、力。

 不味い。

 殺される。

 咄嗟に命乞いの言葉を吐き出そうとして……彼女の喉が潰れていた。

 フィーは、懺悔すら赦さない。

 魔王ゼアルの運命は既に決していた


「シューティングスター・ストライク!!」


 跳躍し、一瞬で堕天使の懐に入ったフィーは、光輝く右足を相手の胸に叩き込んだ。

 限界まで蓄積した魔力が一気に解放され、堕天使の胸に大きな穴を空けながらもその勢いは止まらない。それどころかどんどん魔力が暴走していき、彼女の体は自分の意志とは裏腹に空へと飛んでいく。


(私は……私は、支配者にィィイイ!!」


 空を抜け、天を抜け、そして大気圏外を抜けて宇宙へと飛び出し、 天から追放された堕天使は、この星からも追放されてしまった。

 しかし、彼女はどうすることもできない。あるかも分からない宇宙の果てまで飛ばされていくのだ。それも永遠に。



 2/誓い。



「大丈夫ですか?」

「うん……魔力が一気に抜けただけだから」


 戦闘を終えて急いで彼女の元に駆け戻り助け起こすフィー。

 膨大な魔力の大部分をフィーとの再契約、回復に使ったため、アスカは魔力放出後の脱力感によってへたり込んでいた。

 戦いが終わったことによる安堵もあるのだろう。アスカの顔は何処か憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。


「……あ」

「? どうしたの?」

「あの、マスター……」


 フィーも緊張が解け、幾分か余裕を取り戻した。しかし彼女は突然焦燥の表情を浮かべると体を身動ぎさせて、何やら混乱している。いや、どうすれば良いか分からないと言った方が正しいのだろうか?

 フィーはアスカを支えていた手を離そうか離すまいか迷っていた。100年に渡る堕天使の非道な行為によって、アスカは他人と触れ合うことに恐怖している。今は気づいていないのか、フィーを強く拒絶していない。だから今のうちに離れた方が良いのではない。しかし今離すと地面に倒れてしまいそうで、それはそれで不安だ。


 頭の中でグルグルと思考が乱れ、やはり下手に刺激する前に離れようと手に入れていた力を抜き――、


「……フィー」

「マ、マスター?」


 その上にそっとアスカの手が重ねられた。

 とても小さく柔らかくて、少し力を入れたら壊れてしまいそうなほど儚い主の手。

 傷つけてしまうことを恐れてフィーは動けず、そんな彼女にアスカは顔を寄せて空を見上げる。


「ありがとう、フィー。俺の為に泣いてくれて。俺の為に怒ってくれて。……俺の為に、こんな所まで着いて来てくれて」

「マスター……」


 天から降り注ぐ六つの光を見ながら、二人は誓いの言葉を交わす。


「俺、頑張るよ。ルクスの御子としてこの世界を救う。そして、君たちに恥ずかしくない主になるよ。だから……これからもよろしくお願いします」

「……はい、マスター」


 アスカは、ギュッとフィーの手を握り締めた。




「あの、それでですねマスター」

「ん? なに?」

「私、その、未だに至らない所はありますが、これからは精進してみせます。マスターに釣り合う使い魔になるように」

「……ん?」

「だから、絶対に後悔させませんから! その、き、ききき……キスをしたこと……」

「……」


 再契約の時に行ったことを思い出し、アスカは顔を真っ赤に染めて……。


「マスター? ……マスター!?」

「ぷしゅー……」


 フィーの必死の呼び掛けを子守歌に、そのまま気絶してしまった。

 ……アスカが立派な主になるのは、当分先になりそうだ。



 3/世界の根幹。



「うんうん。終わりよければ全て良しってね!」


 (ソラ)からその様子を覗き見ていたルクスは満足げに頷いた。

 アスカは御子になり、フィーは自分の力を取り戻した。そして他の七天の使い魔も主の元に向かっている。しばらく後には、気絶しているアスカを中心にちょっとしたいざこざがあるだろうが……それもまた良し。人生にはスパイスが効いていれば面白くなる。そしてそれはこの世界も同じだ。

 大変な目にあったけど、その分成長した。禍を転じて福と為すとはよく言ったものだ。


「でも、アスカ。ボクは信じていたよ。何度心を折られても、その度に起き上がるってね」


 ルクスの手元に光の粒子が集い、一つのPCゲームソフトへと変化した。

 パッケージの表紙には個性豊かな少女たちがそれぞれポーズを取り、裏には己の肌を露出し頬を上気させて主人公と交わるヒロインたちが写っていた。

 一見、何処にでもある普通のゲームソフト。しかし、これこそがこの世界の根幹に繋がる原典。


「さあ、物語は始まったばかりだよ――メインヒロイン(アスカ)?」


 パッケージに描かれている少女――アスカに向かってルクスは呟いた。


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