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2/6

汚されてしまいました

 1/突然の別れ。


 アスカが記憶を取り戻して五年の月日が流れた。


 あれから特にこれといった事件は起きず村は平穏そのもので、空に浮かぶ二つの月が最も輝く日に彼女は十歳となる。


 村の大人たちや友だち、老夫婦から祝福の言葉を受け取り、アスカは今日一日何があっても笑顔で居ようと何となく心に決めた。


 友だちと夕方まで遊んだ後、彼女はおばあさんと共に夕飯の材料を買いに出かけた。


 道中、今日は少しだけ豪勢にしよう。おじいさんが今日のために隣町まで言ってプレゼントを買ってきた。久しぶりに三人で寝ようか? などと他愛のない会話をしていた。


 そんななか、アスカの目に見慣れない集団の姿が見えた。


 十字架の装飾が施された銀色の甲冑。この国――ダリオス王国の王宮騎士団だった。


 周りの村人たちも不思議そうに見ており、アスカは近くの人に尋ねてみた。すると、


「ああ。何でも、凶悪なモンスターを倒した帰りに一晩体を休める場所を探していたらしい。そこで偶然この村を見つけて一晩泊めてくれって宿屋のおばさんに頼んでいるそうだ」


「だから、無理なモンは無理なんだって!」

「これを見てもそう思いますか?」

「ん? その小袋に何が――」


 しかし人数分の部屋をすぐに用意するのは難しいらしく、宿屋のおばさんは渋っているらしい。それを聞いた騎士団長らしき男性はガルド――この世界の通貨――が入っている小袋の中身を見せて何やら耳打ちする。すると宿屋のおばさんは先ほどまでの態度は何だったのか、快く宿を提供すると笑顔で言った。


 相変わらずお金にガメツイ人だ。そう思っているとふと視線を感じた。その出所は騎士団の方からで、咄嗟にアスカはおじいさんの体の影に隠れた。


 自分でも理由が分からず、おじいさんの心配の声に弱々しく大丈夫だと答えることしかできなかった。


「あー! 本当に騎士様が居るー!」

「パドラが言っていたことは本当だったんだ!」


 そんな風にアスカが震えていると、何処からか噂を聞きつけたのか村の子どもたちがやって来た。初めて見る騎士たちに興味津々で、この時ばかりはアスカにイタズラしている男の子も目を輝かせていた。


 しかしアスカだけは違和感を抱いて、いまいち騎士たちを信用できない。


 気になる点は幾つかある。凶悪なモンスターを相手にしたと言うには、甲冑や装備が傷ついていなかったし連れている馬も疲労していない。


 何か裏がある。


 表情を強張らせたアスカはそう思い――意外にも相手はすぐに行動を起こした。


「迎えに参りました。ルナお嬢様」


 村の人たちが寝静まった頃、老夫婦たちの家に騎士団がやって来て開口一番そう言った。アスカを見据えて。


 それも、アスカたちが住んでいるノルスローム大陸の国の一つ、ダリオス王国の姫として。


 話が理解できず唖然とするアスカたちに騎士団長は説明した。


 アスカがダリオス王の子どもであること。


 ある理由があってアスカの存在を隠すために、この村に捨てたこと。


 しかし先日ダリオス王の容態が悪化し、最期に今まで気にかけていた娘であるアスカに会いたいとのこと。


 当然、唐突にこのようなことを聞かされても混乱するだけだった。


 それはおじいさんたちも同様で、アスカを連れて行くことを許さなかった。


 自分たちの都合で捨てたくせに、何を今更。たった一人の娘を手放すものか、と。


 ……精神的にいい歳した大人だったが、この時アスカはおじいさんたちの言葉を聞いて胸の奥が熱くなった。血が繋がっていないのに、ここまで自分を愛してくれたことに。


 しかしそんな彼女の感動をぶち壊すかのように、騎士団長は威圧を込めてこう言う。


「これは決定事項である。逆らうのなら国家反逆罪として裁かなくてはならない」


 それもこの村ごと、と。

 つまり彼たちは村の人たちを殺してでもアスカを連れて行くつもりらしい。


 それを聞いてもおじいさんたちは屈しなかったが……アスカはそうではなかった。


 彼女が世話になったのはおじいさんたちだけではない。この村のひとたちもだ。


 風邪を引いた時薬をくれた。おやつに果物をくれた。女物に慣れない彼女のために、服を作ってくれた。


 友達も居る。


 皆と違う白銀の髪を綺麗だと褒めてくれた。この世界のことを知ろうとするために本の虫になっていたアスカの手を引っ張った子がいた。いつか冒険のパーティを組もうと言ってくれた子がいた。


 そんな彼らが、全員殺される?

 そう考えただけでアスカは震えが止まらなかった。


 だからアスカは……騎士たちに着いていくことにした。


 おじいさんが止めた。おばあさんが止めた。

 しかし、彼女は止まらなかった。

 アスカが今生きているのは彼らのおかげだ。この世界で独りぼっちにならないで済んだのは彼らのおかげだ。

 だから彼女は――。


「今までありがとうございました。――どうか、お元気で」


 最後は笑顔で別れたい……。だって、今日は彼女の誕生日で、笑顔で居るって決めたから。


 こうしてアスカは騎士団たちに連れられて生まれ故郷を去り、彼らと再会することは――二度となかった。



 4/運命を決まっていました。


 騎士団に連れられて、アスカはダリオス王国の首都デリスにやって来た。


 首都デリスは高く堅牢な壁に周囲を囲まれている。さらに壁の外には森林地帯となっており、此処にくるまでかなりの体力を消費した。アスカが子どもだというのもあったが。


 壁の中は、外の森が嘘のように静かだった。まるで世界が違うようで、建造物のほとんどが白く、汚れ一つなかった。


 神聖、という言葉が似合う。しかしそれ以上に不気味だった。人の営みがほとんど聞こえず、首都だというのに凄く静かだ。


 壁の関所は東西南北の四つあり、そこから真っすぐ城下町を突き抜けていくと中央に西洋風の豪華な城が立っている。今日から此処に住むという実感が彼女には湧かなかった。


 城に通されたアスカがまず案内されたのは、彼女の実の父であり国王である男の私室ではなく、王族専用の大浴場だった。


 そこでアスカはメイドに全身隈なく綺麗にされた。体ぐらい自分で洗えると抗議するも受け入れて貰えなかった。


 体を綺麗にした後は豪華なドレスを無理矢理着せられた。もちろん抵抗したが子どもの力で大人に勝てる筈もなく、彼女の尊厳はガリガリと削られていく。


 身嗜みを整えたアスカは、ようやく国王の元に案内される。


 顔を見たこともない人間に親面されても困る、と故郷の老夫婦を思い出しながら。


 しかし、アスカのそんな憂鬱な感情は部屋の中の惨状を見せられて吹き飛んだ。


 血だ。部屋中に真っ赤な血がぶちまけられている。


 部屋の中心には赤く染まったナニカがあり、それはまるで人のようで……。


 そこまで認識したところで――アスカは吐いた。

 びちゃびちゃと嘔吐物が床を汚し、不快感が続く。

 胃の中にあったものを全て吐いて、アスカは辛うじて視線を上げる。


 あれは、年老いた男性だった。豪華な……ゲームでよく見る王様の服を着た男性だった。


 つまり、あれこそがアスカの父であり、この国の王だったもの。


 何故、彼がこのような惨状でこの部屋に放置されている?


 そして何故……王宮騎士団も、メイドも執事も自分たちの王が肉塊と化していて平然と居られる?


「ようやく会えたわね……ルクスの御子」


 その答えは、唐突に現れた。


 アスカの目の前に一筋の黒い線が走る。その線はまるでこじ開けられているかのように左右に広がり、世界が悲鳴を上げ、ギチギチと不快な音が鼓膜を震わす。


 空間に空いた穴からは黒い靄のようなものがあふれ出し、そこから全身真っ黒に染まったナニカが這い出てきた。


 ソレは女性のような形をしており、穴から出るとベチャリッと泥が落ちた時のような音を立てて床に身を投げ出した。すると全身を纏って居た黒いナニカは流動し、穴の中へと帰っていき、中身が明らかになった。


 闇のように暗く黒い長髪と薄汚れた一対の黒翼。切れ長の目にはこちらを見下す冷たい赤の瞳。対して白く健康そのものの白い肌。


 堕天使。


 闇に染まった翼を持った女性を前に、アスカの頭にはその三文字が浮かんだ。


「……忌々しい呪いね」


 自分の腕を見て憎々し気に呟く堕天使を余所に、アスカは踵を返して逃げ出そうとし――この城の従者たちに阻まれて部屋の外に出られなかった。


 アスカの行動に気づいた堕天使は加虐性溢れる笑みを浮かべると、肉塊と化した国王を踏み潰しながら彼女の元へと近づく。


 そして彼女の腕を力任せに掴んで引き寄せると、手の甲に鼻を寄せて匂いを嗅ぐ。


「世界樹の種で作った清めの粉。堕ちて尚安らぐこの香り。そして恐怖に染まったあなたのその顔……そそるわぁ」

「……っ!」


 無理矢理腕を掴まれた際に感じた痛みに顔を歪めるアスカ。それを見た堕天使は体の奥を熱く滾らせて、しかし今はその時ではないと自分に言い聞かせて口を開く。


「状況の分からないあなたに分かりやすく教えてあげましょう。

 1000年の歴史を持つダリオス王国は、ついさっき滅びたわ。あなた以外の王族は死に、国民は私の操り人形。この国は既に私の玩具って訳」


 堕天使は言う。この国はもう終わったと。

 未来は無く、破滅の運命を変えられないと。

 そしてそれは、この世界で唯一ダリオス王国の血が流れるアスカも同じことだと。


 ……自分は此処で殺されるのか。

 悔しさを胸にそう呟くと、堕天使は楽しそうにそれを否定した。


「いいえ。あなたは別よ。ルクスの御子。

 あなたは私にとって最も必要な存在。この世界を手に入れるための鍵」


 先ほどから言っている『ルクスの御子』。おそらくそれが、アスカが今生かされている理由。


 そして未だ戻らない死んだ直後に起きた空白の時間と関係しているとアスカは確信していた。それを利用して何かするつもりだ。それも、この世界を揺るがす最悪の何かを。


 このままこの堕天使の好きなようにさせたら――村の皆が危ない。


「っ!!」

「あら?」


 摑まれていた腕を無理矢理振りほどいて、アスカは逃げ出そうと駆け出した。出入り口を塞いでいるこの城の従者たちの足元を素早く潜り抜けて、廊下を走る。


 絶対に捕まる訳にはいかない。一刻も早く村の皆に知らせなければ……!


「――ウォーターバインド」


 だが、逃げ出すには彼女はあまりにも弱く非力だった。


 魔法陣から現れた水の腕が彼女の小さな体を捕らえて縛り付ける。


 対抗呪文を知らず、使えないアスカはもがくことしかできなかった。


「無駄なことはしない事ね。この世に生を受けた時点で、あなたの運命は決まっていたわ。だから――」


 水の拘束を解こうと暴れるアスカ。そんな彼の頬を両手で添えた堕天使は――唇を奪った。


 初めはアスカの苦悶の声と水音が廊下に響いていたが、しばらく経つとそれも消えた。



 3/長い間眠っていました。


 ダリオス王国を支配下に置いた堕天使は自らを魔王ゼアルと名乗り、近隣の国々侵攻を開始した。


 洗脳し、肉体を改造し、異形の姿となった元ダリオス国民は軍の兵士として酷使され、何時しか他国からは魔王軍と恐れられるようになった。


 魔王軍の勢いは凄まじく、北西のアチェスター王国。北東のクレアスベイン王国。南東のラース連合。そして南西のミレアドネード帝国。それぞれ四国を相手に優勢に立ち回り、徐々にその領域を増やしていった。


 しかし、魔王ゼアルの目的はこのノルスローム大陸の支配ではなく、精霊テララを手中に入れることだった。


 そのためにはアスカの中に眠る力を長期間……約100年間行使しなければならない。侵略行為はその間の退屈を紛らわすための物でしかなかった。


 かと言ってそれだけで退屈しのぎになるかと言えばそうではなく、魔王ゼアルは別の娯楽を求め――身近な所にそれは居た。


 アスカを不老にする際に己の細胞を植え付けるために、魔王ゼアルは彼女と交わった。目的のために必要なことだったからこその行為だったが……思い返すと体が疼くほどの美味しかった。


 快楽を知らない未成熟な体に、自分を刻み込むという行為は思いのほか背徳感があり、しかし二度三度と続けると溺れてしまいそうだった。


 いや、溺れた。


 魔王軍で見えもしない誰かの絶望を与えることよりも、すぐ傍にある美少女を貪り食うことの方が、魔王ゼアルの空っぽの心を満たしていった。


 そうして爛れた生活を100年間過ごし、テララを手に入れるまで直前と言う所で一つの噂を聞いた。


 北東のクレアスベイン王国に一人の勇者が現れ、首都まで攻め入っていた魔王軍を全て消し飛ばしたと。


 その報告を聞いた魔王ゼアルは対して気にせず、アスカの体を楽しんだ。


 今更魔王軍を返り討ちにしても意味はない。テララはすぐそこだ。


 だが、そんな魔王の余裕も長くは続かなかった。


 クレアスベイン王国で起きた逆転劇を境に、勇者に従う三人の若者を筆頭に人類は次々と魔王軍が駆逐されていく。北西のアチェスター王国も、南東のラース連合も、南西ミレアドネード帝国も。そしてついにはダリオス王国にまで攻め入ってくる始末。


「どういうことだ!」


 苛立ちをアスカにぶつけるも、彼女に応える者は居ない。


 魔王軍は洗脳されて意志を持たない。アスカは心を閉ざして傀儡と化している。


「くそ、下等生物如きが……!」


 勇者の行動が影響してか、テララを支配する術式に不備が生じ始めた。


 外敵にならないと高を括っていたが、どうやら人類は魔王ゼアルを止める力を有していたようだ。


 認めたくないが……認めるしかない。

 勇者たちは、魔王ゼアルが直々に倒さなくてはならない……敵だ。


 魔王ゼアルは決めた。


 人類の希望と言われている勇者たちを蹂躙し、テララを手に入れると。そしてその後はルクスに挑み、この世界を手に入れる。


 だが――その野望は打ち砕かれることとなった。


 王の間で勇者たちと魔王ゼアルは激突し、死闘を繰り広げた後、最後に立っていたのは勇者たちだった。


 魔王ゼアルは最後まで自分が負けたことを信じられず、床に倒れたまま動かなくなった。


 魔王が負けたことにより、ノルスローム大陸で活動していた魔王軍は朽ち果てて囚われていた魂は解放される。


 人類の勝利が確定し、首都デリスに攻め入っていた四国連合の軍が勝鬨の声を上げて、勇者の名を称えた。その声は王城の中に居る勇者たちの耳にも届いており、勇者に惚れこんでいる仲間たちは表情を明るくさせる。


 ようやく100年続いた戦争が終わったのだ。これで平和が戻ってくる、と。


 しかし、勇者だけは違った。


 彼は満身創痍の体を無理矢理動かして、仲間たちの静止の声を振り切って祭壇に向かって走り出す。


 この勇者は、100年前アスカと同じ村に居た少年だった。


 当時はまだ子どもで、アスカに対する好意を素直に表すことができず、いつもイタズラしていた。しかしある日突然彼女は村から姿を消し、ダリオス王国の騎士団に連れて行かれたと聞かされた。


 さらにダリオス王国が突如他国に戦争を仕掛けて、世界は地獄と化した。


 思い人であるアスカを助けるために、少年は己を鍛え続けて18歳になった頃、クレアスベイン王国の兵士となって魔王軍と戦い――戦死した。


 無念のまま意識を失い彼女は……100年後の世界にタイムスリップしていた。不思議な力を宿す剣をいつの間にか握った状態で。


 それからは魔王ゼアルが部下に聞いた逆転劇そのままだ。頼れる仲間たちと冒険し、国を救い、世界を救い、そして初恋の人を救いに走る。


 彼女にとって国も世界もどうでも良い。たった一人の女の子を助けるためにここまで来た。100年続いた呪縛を解き放ち、彼女を自由にするために。


 彼は走り続けた。アスカが居る祭壇に向かって。




 アスカが既に姿を消していることを知らずに。



 4/目を覚ましました。


「――遅れてしまい申し訳ございません。アスカ様」


 世界の何処かの森にアスカは居た。

 跪く一人の少女を見下ろしながら。


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