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9 それぞれの行方




 観客の声、重機の衝突、それに闘技の結末。

 いろんなものが、すべてを揺らした瞬間だった。


 そして、今は互いにその鼓動を停めるユンボーとアイアンペッカー。

 高まりきった熱が未だ冷めやらぬ中、俺は操縦席のドアを開け、粘っこいジェルの塊をからブニョ、と体を出す。

 ダッ、と重機から飛び降りたらコンクリ地面は硬く、お察しの通りな痛む足にちょっと悶えた。


 突き立ったままの破つりピックと、それに繋がる肘までのアームを横目に、よれよれしながらコンクリフィールドを駆ける。

 速度を落とす足の先には、アームを折るアイアンペッカーが上部機体の操縦室をこっちへ向け、横倒しで転がる。

 

「特に心配して、ここに来たわけじゃないからな」


「敗者への仕打ちでも行うつもりかね」


 辛うじて中身が透き通るジェルの中には、四方のベルトでがっちり操縦席に体を固定したままのボブマッチョ。

 機体が横転しているのだから、、当然、真面目な顔に見える横向きのおっさんと話すことになる。

 シュールというかなんというか……。


「そうして欲しいなら、俺が遠慮してやる義理もない……ないが、そんなくだらないことするかよ」


 それにスライム化するジェルに包まれるマッチョなんて、進んで関わろうとは思わん。

 だから、前言撤回。逆に遠慮させてくれ。


「ま、それはそれとして」


 一歩踏み出し、襟を正す。 


「俺は重機乗りとして、あんたに敬意を払う。あんたは俺に――俺には見えていなかった、重機の可能性を見せてくれた」


 心からそう思う。

 今ははっきりとした言葉にできないが、俺はボブとの闘いで湧き立つ想いに駆られている。

 それは自分の未熟さに向き合う悔しさでありつつも、未来へ向かうためのみなぎるような力だ。


『ふーむ。私が後進を育てる立場になってしまうとは……認めたくないものだな。だが、自分に代わる若者を送り出すというのも悪くない。はっはっはっ』


 大きな笑い声に小さな背中を押され、俺は前に進む。

 俺は立ち止まれない。俺は振り返れない。

 俺が目指すのは、もっと先にある。


「だから、いちいち拡声器を使って喋んなって……」


 俺はこの愚痴で、既に勝者の名が会場中へ響き渡った後の、ちょっとした一幕を閉じることにする。

 もちろん、壮絶とも言えた決勝戦の闘いの末、讃えられた者の名は俺の名である。





      ◇





 すべての獣騎闘技が終わり、閉幕式らしきものは執り行われた。

 しかしながら、『祭り』が終わりを告げたわけでもなく、元闘技場だった場所はごった返す人々で埋まっていた。


 中央のコンクリフィールドには壇上が設けられ、舞踊の舞台となっていた。

 土フィールドにはあれよという間に屋台が並び、飲食を売る店が連なった。

 伝わってくる陽気な音楽と華やいだ香りは、俺が日本で知るお祭りと変わりないものだ。


 そんなこんなで、時刻は夕方と呼ぶにはまだ些か早い時間なので、昼間っからどんちゃん騒ぎが行われている獣騎闘技会場である。

 俺はといえば、今は布を取り払いテントですらなくなった整備テントからの撤収作業に従事していた。


「会場の盛り上がりと見てると、闘技が前座でこっちが真打ちって感じがするよなあ。イベント後の打ち上げの方が盛大って、どゆことよ」


「獣騎士への感謝と供養の儀式じゃて、大いに賑うことが大切なのじゃよ」


 エリッタの爺ちゃんにはそう言われたけど、俺がもし英霊さまだったら、うるさくて心休まらないけどな。

 ま、俺はワイワイするイベント事はそこまで嫌いじゃないし、別にいいんだけどさ。


「お爺ちゃんに、タクミくん。口ではなくて手を動かすのです。早くここを片付けてしまわないと他の人の迷惑になるのですよ」


 手に山盛りの荷物を抱え、せかせかなエリッタ。

 『引き箱車リアカー』へ、荷物をポンポン投げ入れグイグイ押し込めば、すぐに駆けて次の荷物を取りに行く。


「ほっほっ。早く賑わいに加わりたくて、仕方がないようじゃて」


 やれやれと、孫の元へと手伝いへ向かおうとする祖父。

 さっさと片付けを終わらして遊びたいエリッタの邪魔をしたいわけじゃなかったが、俺はその萎れた尻尾に声を掛けた。


「あのさ。優勝賞品でもらった機械山やまのチケットことなんだけど……」


「今までのようにユン坊に引き箱車リアカーを引かせて、王都へゆくわけにもいかんかったじゃろうから、丁度良かったの」


 目の前の老人、いや老獣人の嬉しそうな笑顔に、胸の辺りが苦しくなる。


 整備士ドカタンも含め、整備機材などを乗せる車輪がつくデッカい箱。

 俺達が引き箱車と呼ぶだけあって、ユンボーに連結し、引いて移動車両として運用してきたのであるが、今回の賞品『機械山のチケット』を機に、何か自走できる運搬車両を仕入れようと段取りしていた。


 機械山はこの異世界に於いて、唯一地球の現代機械が入手できる場所である。

 そこには建設機械、自動車などの機体や車両が山のようにして積まれており、ほとんどが廃品同然のガラクタであるが、修理すれば息を吹き返す物で溢れている。


 俺達には宝の山に映る機械山。

 機体入手やエンジンから始まり、各種部品調達には欠かせないそこへは、入場チケットが必要で、今持つチケットなら何か一つ好きな物を持ち出せる。


 だから、機械山でトラックとか最悪エンジンだけでも、と予定していたんだけど。


「ごめん、エリッタの爺ちゃん。引き箱車は……その、今度でいいかな……」


「タクミくんが何やら浮かぬ顔をしていると思っておったら……はてはて。話は何かのう」


 曲がる腰を一度伸ばすエリッタの爺ちゃんに、俺は吐露してゆく。

 今日の決勝戦。そこで感じて見つめ直した、重機乗りの自分ついて。


 俺の操縦技術は、重機の乗り手の中じゃトップクラスだと自負している。

 それは今も変わらない。でも重機乗りとしては凡庸な存在と思い知らされた。

 あのアイアンペッカーのボブから、まだ経験のない本戦の”格”というものを味わわされた。

 きっと今のままの俺では、目指すてっぺんへは届かない。そう俺に危機感を抱かせる闘いだった。


「特訓はする。けど、本戦の期日を考えたら俺の技術が飛躍的にのびるとは……悔しいけど思えない。だから、ユンボーを強化したいと思って」


 俺は願い出る。

 機械山の部品パーツがあれば、機体の大掛かりな仕様変更バージョンアップが可能になる。

 ユンボーは更なる強い力を手にできるはず。

 その代わり、引き箱車は諦めることになる。

 だから、俺の頭は下がる。


「本当にごめん。新しい引き箱車、エリッタの爺ちゃんもエリッタも楽しみにしていたのに、俺が不甲斐ないから」


「ほっほっ。不甲斐ないとは、何を馬鹿なことを言うておるんじゃて。ジュウキ乗りが必要とする力をジュウキが補うのは、至極正しい在りよう。儂らドカタンはその手助けをする。そこに儂は誇りを持っておるし、この形はごくごく日常のことじゃて」


 そっと伸ばされる手が、優しく俺の肩に乗る。


「エリッタの爺ちゃん……」


「タクミくんが珍しく改まった様子じゃったから、儂は良からぬ事態を考え、余計な気苦労をしてしまったぞい。ほっほっ」


「そうだぞ、タクミ。いくら若気の至りとのコトワザがあるとはいえ、ご老体に心労を与えるなど重機乗りとして誇れることではない」


 微笑む老獣人のものとは到底思えない、障る大声が後ろから混ざり込んできた。

 振り返らなくてもわかる覚えのあるそれ。

 シカトって選択肢は、エリッタからの「あ、アイアンペッカーのボブさんだ!」の歓迎により消失する。


 あらまあ、この子ったら。片付けに夢中だったはずなのに、ほっぽり出して。

 エリッタにマッチョ好き属性とか、必要ありませんからっ。


「毎回毎回、アポイントを要求するぞ……、で、何しに来たんだよ。ボブのおっさんは。てか、どうしたんだよ、その腕」


 見れば、首からつる三角巾に包帯ぐるぐるの左腕。

 重機バトルでそんな大げさな怪我なんてしないと思うが。


「これか。これは敗者のミソギだな」


 返ってきた答えに、怪訝な顔で問うた俺の顔はますます酷くなる。


「アイアンペッカーのアームが折られた。では、乗り手である私も腕を折ろう。と流れとしてはそうなるだろう」


「ふーん。俺はならねーけど」


「私のミソギは十分な盛り上がりを見せたが、慣れない敗者としての振る舞いは考える。勝者を讃え観衆を楽しませるにはと、今回は文字通りに骨を折ったのだ。はっはっはっ」


 いやま、なんか上手いこと言っているっぽい、とは思ったのでそれについては、とやかく言うまいて。

 だがしかし、言いたいこともあるぞ。

 人としてこのおっさんは残念マッチョだった。てーことで、俺は関わりたく一択です、はい。


 なのにさあ、優しさ一杯、可愛さ満載のエリッタは「大丈夫ですか、だいじょうぶなのですか」と仕切りにボブマッチョを心配する。

 ぬーん……骨折も悪くない気がしてくる。

 

「ボブさんや。その怪我は笑い事ではないのではなかろうかの」


「ご老体、そのこともあって私はここへ出向いた。もっと早くに耳へ入れていたのなら、私もまた違ったパフォーマンスを考えていただろうが、後のカーニバルだ。はっはっはっ」


 俺を間に挟むのに、俺を他所にエリッタの爺ちゃんとボブマッチョが、示し合わせるかのようにウムウム頷く。


「エリッタの爺ちゃん?」


「急な変更だったので、タクミくんには言いそびれておったのじゃが、今年の本戦は共闘闘技になったようでな」


「共闘闘技?」


「タッグマッチのことだ。本戦は重機を二機、二人一組のチームで闘う」


 あんたには聞いてないが――、


「なんだって!?」


「本来なら、この地区の優勝者であるタクミと準優勝者の私がタッグを組み、本戦へ出場する予定だった。しかし、見ての通り私はこの腕だ。こちらで来訪者はエキスパートな医療を受けられない。残念だが、私は本戦への出場を辞退せざるを得ないようだ」


 おいおいおいおい。

 大会中のルールの変更とかもそうだけど――、突如湧いたタッグマッチの話で、いろいろ穏やかじゃないぞ俺。


 ボブマッチョとタッグを組まなくて済むのは、素晴らしく良いことだ。

 だけどよお。


「もしかして、二人いないと俺も本戦で闘えないってこと? そうなの、いや普通に考えたらそうだよな……」


 ぬおお、何やらかしてくれてんだよっ、このアホマッチョは!


「落ち着きたまえ、タクミ」


「俺には、どうしても帰らないといけない事情があんだよっ」


 タンクトップに掴み掛かりガクガク揺さぶるが、びくともしない。


「なんとかしろその腕っ。筋肉で今すぐ治せっ」


「タクミくん、ダメなのです。ボブさんは怪我人なのです」


 エリッタの制止に、やむなく服を握る拳を緩めた。


「その……悪かったよ、悪かったです」


「私は気にしてない。それよりもエリッタ嬢。闘士溢れるタクミを褒めるべきだ。彼は実に私好みだ。後継者としても十分な気質だよ。はっはっはっ」


 なんか気持ち悪い言葉と、聞き直したい言葉が耳の中に入ってくる。

 好みで、後継者!? ホワイ?


「それで、ボブさんや。ボブさんの話したいことには、あちらから歩いて来られる方が関係しておられるのかな」


 エリッタの爺ちゃんに釣られるようにして、会場側へ目を配れば、人混みから真っ直ぐこっちを目指してくる人影らに気づく。

 俺にも覚えがある三つの影。

 両端はどうでも良いお付きマッチョ。それで真ん中に、こちらは積極的に関わっても良い特攻服少女サラ。


 手を挙げたら、サラが微笑み返してくれた。

 そうして、俺達が囲む輪に加われば、す、と立ち止まり、しゃん、と会釈をする。

 金髪の美しい頭がお辞儀した相手は、ボブマッチョ。


 なぜだ。なぜにこんなおっさんがモテる!?


「ボブ殿。お待たせして申し訳ありません」


「いやいや、急な申し出をしたのは私の方だ。サラ嬢が詫びることなどないではないか。はっはっはっ」


 ボブのおっさんが豪快に笑い、お付きマッチョも笑い、さすがに腰へ手は当ててはいないが、サラはクスクスと笑う。

 一体どこに面白みが隠れていたのやら、からっきしだ。


「タクミ」


 綺麗な蒼い瞳が俺を射抜く。

 じっと見つめていたところからの、不意の眼差しだった。


「私にボブ殿の代わりが務まるとは思えませんけれども、神キリシアの導きもあり再び闘技の機会を得たのです。精一杯闘わせて頂きます」


「えっと、サラが一生懸命、キリシアの為に頑張ります宣言だよな。つまり……どゆこと?」


「私が大会委員へ、サラ嬢を推薦したのだよ。後継者のタクミ以外に、私の代役が務まるのはサラ嬢くらいしかいないだろう」


「光栄です」


 たましても、マッチョなおっさんへこうべを垂れるサラ。

 理解したことがある。


 一つ、おっさんは俺が思う以上に偉い人のようだ。

 一つ、女性陣がおっさんを気に掛けるは、おっさんが偉いからであって、好きとかの理由からではない。

 俺は社交辞令って言葉を知っている。


 そして、最後に一つ。

 どうやら、本戦出場に欠かせなかった”タッグを組む”が、今この場で成立したようだ。

 しかもその相手が金髪美少女だってんだから、諸手を挙げて喜んでいいだろ。いいや、飛び跳ねていいだろっ。


「よっしゃああああ」


 唐突の俺の奇行と叫びに皆が驚いていた様子だった。

 けどまあ、周りの喧騒さに比べたら、大したことではないではないか。ひゃっほーい



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