8 アイアンペッカー
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闘技場、土フィールドの一角。
バシャっ、バシャっ、と俺が土砂を投げつけ、ボブマッチョがキャタを鳴らしまくる土壌は土煙が舞に舞う。
『対応幅のあるバケットならではの土砂を投げる攻撃。一見すれば、鉄の重機に対し無意味のように思えるそれも、タクミには真の狙いがある。そうではないかね?』
断りもなく、また話しかけてくるちょいと先で走行するアイアンペッカーは、上部機体の方向は俺を定めたまま、隙をうかがうようにして周囲を高速で回るウザったい軌道を描く。
『したたか。そう、ユーは土砂を使う攻撃の裏で、溝を掘っている。それは私からの攻撃を一定方向へ絞るためだ』
『だから、いちいち拡声器まで使って、解説すんなっ』
図星だったからか。つい反応しちまったぜ、こんにゃろめ。
俺は砂かけ重機を装いつつ、自機が据わる側面辺りへ穴を掘っていた。
相手の機体は、機動力がかなり高い。
しかし、速さがあればあるほど、”段差”は堪える。
機体全部が落ちるような穴は掘れなくても、障害になる溝さえ作れれば、その面からの攻撃の可能性がぐっと低くなる。
つまり俺は、こうやって周囲に掘りを作ることで攻撃される範囲を狭めていこうと――ボブマッチョの言う通りだわな。
『いいだろ、タクミ。私はユーの誘いに乗ろうではないか』
響き渡るボブマッチョの声とともに、ズシャー、と機体をスライドさせながらアイアンペッカーが急停止。
ぐりぐり、と下部機械が回れば、そこに構える鉄板が俺の方を向く。
排土板――。
敢えて専売特許を枕につけるならブルドーザーの物。
アイアンペッカーが設ける土を押す板は、ブルに比べれば縦幅は小さい。
そして、地面から板の底を上げていることから、”土”を押すつもりではないことは一目瞭然だった。
「ちょい待て。まだ溝が完成して」
『タクミ。アイアンペッカーのブーストは強烈だ。心しておくといい』
「ぐお!?」
突っ込んで来やがった。
真正面から真っ直ぐに、すごい勢いで加速してくるっ。
猛牛だ。猛牛のごとき突進。
俺は衝撃に備え、下部機体の正面を前へ持ってくる。
「――っぐ、つはっ」
咄嗟に腕を伸ばして、マタドールのように華麗にいなそうとしたが、バケットは弾かれアームも上方へ押しやられてしまう。
排土板アタックとでも呼べばいいのか。
正面からの衝撃に後退した機体は、力負けした証のようにしてぐりんと向きを変え、俺の視界を相手の機体から遠ざけていた。
ガガガッと嫌な揺れが操縦席にまで走った。
上部機体を旋回すると、ドン、と更に機体をぶつけてくるボブマッチョと対面する。
そして、グイ、グイとペダルを踏めば、挙動がおかしい。
「この野郎っ。足を、ユンボーの左足を打ち抜きやがったなっ」
挙動具合で察しはつく。
おまけに、バッバッと外へ注意を払えば、決定的な物が転がっていた。
切れて横たわる鉄の帯。
『さあ、片足をロストした君はどうする。はっはっはっ。私はこのチャンスを逃すような二流のファイターではないぞ』
宣言通り、俺=ユンボーはエグいことを仕掛けられる。
ボブマッチョが排土板で、機体の残る履帯の側面を押す。
ずりずり無理やり動かさせられる機体は、進行方向に破損した足を置くので、それが抵抗となって地中へ潜り込み、機械を傾かせる要因になる。
つまるところ、このままだと前のめりでバタンと倒される。
だから、そうならないために、破損する足の前の地面にバケットをつき傾きを支えるようにして、押され続けている今もなお、必死に耐えている。
ただしこれ――。
『機体の転倒を避けるためとはいえ、それでいいのかい、タクミ。こちらからだとバックがガラ空きだぞ』
「言われなくても、分かってんだよっ」
後ろからボブマッチョが背中を押す。
前に倒れようとする俺は、正面に手をつき支える。
例えるならこんな状況なのに、手え外せるかってんだ。外したら最後、コケて終わりなんだよっ。
ガリガリリリリ――、俺=ユンボーを遠慮なく推し進めていくボブ=アイアンペッカー。
集中線が入るようにして、周りの景色がビュンビュン過ぎ去ってゆく中、相手は容赦なく”遊ぶ腕”を使ってくる。
「くらああっ、卑怯だぞ」
ガガガッ、ガガガッ。
振り向けない後ろのボディを突かれる、穿たれる。
機体の装甲板に、穴が開けられまくってる。
中のエンジンや駆動部は、かなり堅く守られているはずだから、開けられた感触よりだいぶ無事だろうと思われる。だが、だからといって損傷がないわけではない。
「おいおいおい、いい加減やめろやめろっ、煙出てるぞっ」
後方確認のミラーを確認したら、そんなんだった。
それで、俺の嘆きが通じたのか、土をかき分け押されまくっていた機体の前進がピタリと停まった。
『”ここまで”耐えるとは、タクミのベイビーは、良きメカニックと出会えたようだ』
含みのある物言いは、”ここ”にイヤーな気配を漂わせる。
いつの間にか、こんなところまで押されたかと思う場所は、闘技場中央のコンクリフィールド。
相も変わらずな劣勢状態に、地面だけは土色から白色のそれへと変化していた。
キュラキュラと相手が俺から離れる。
押し倒すのを諦めたかと思えるその行動に、俺はほっと胸を撫で下ろすようなことはしない。
逆だ。ピリピリと緊張の糸を張りまくる。
体勢を整えているのがわかるアイアンペッカーとその操縦室の中の人影。
重機は作動チェックのような動きを見せ、ボブマッチョは座席と何やら戯れている。
つかの間の間に、ひしひし何かヤバさを感じる俺。
若干反応が悪いが、腕は起きる。手も返る。
操縦席のランプは点灯し、計器の針はぐるぐる状態であるが、あいつの言うようにエリッタたちの技能のお陰で、辛うじてユンボーは機能を維持できている。
しかし、機動力の低下が著しい。
片足がオシャカになるユンボーを動かそうと文字通り足掻くが、破損した足を軸にじわり円を描くことしかできない。
ゾワゾワする気持ちに従い、ここにいてはマズいと一時退避を選択する俺。
荒業だが、ブーストを使い腕で機体を引きずり動かす方法がある。
バケットを地中にズバっと差し込み固定。そこを支点に、ぐいっとアームを引くのだ。
けれども、肝心のバケットがよお、
「くぬう、先が入らねえっ」
バケットを刺そうとしても硬い地面から、カーン、カーンと弾かれる。
何か引っ掛かりでもとガリガリコンクリ面の上を探すが、綺麗なそこに突起物など見当たらない。
そうこうするうちに、準備が整ったんだろうよ。
キュラキュラ緩やかな足音とともに、トリコロールの機体が再びこっちに寄ってきやがった。
『待たせてしまい申し訳ない。しかしもう皆さんはお気づきだろう。そう、これから私はその期待に応え、あの大技を繰り出そう』
明らかに俺宛じゃない告知に、闘技会場の熱が異様なくらいヒートアップした。
観衆の声援に飲まれそうになる。いいや、実際飲まれた。
淡々と眼前で行われた光景に、思考がおぼろげになっていた。
俺の傍まで寄ってきたボブマッチョは、破つりピックをコンクリ面に打ち付けた。
その後、アイアンペッカーの機体がじわりじわり浮き上がっていったのだ。
俺は操縦席の中から見上げている。
仰ぎ見る空には、逆さでこちらを見下ろすボブ=アイアンペッカーがいた。
「マジ……かよ」
まさか、こんな光景を目にするなんて、夢にも思わなかった。
人間に置き換えるなら、人差し指を硬い地面へ突き刺し、その指を支点に片腕で倒立された感じ……。
重機本体を持ち上げる出力にも舌を巻くが、敵ながら重機で逆立ちを試みようとする発想には驚嘆する。
『タクミは、もう随分とジェルを濁している。イエローレベルのそれで、果たして私のアイアンプレスの一撃に耐えられるかな』
だああ、どんな預言者よりもこれから起こる惨劇がよく見える。
上空の逆さボブマッチョはボディ・プレスよろしく、このまま機体ごと俺に落ちてくる気だ。
あんな物が落ちてくるんだ、すごい衝撃だよな!?
ジェルはピック攻撃を受けまくって相当粘っこい――食らったら、持たねえよな!? きっとジェルレッドまっしぐらだ。
アームでなんとかあれを支えられないか!? いやいや無理だよな、突進で弾かれるくらいだしっ。
「ヤベ……とにかく、ヤベ」
俺ピンチ、ピンチ、ピンチ、絶賛絶体絶命っ。
どんだけ足に力を入れても、機体は片足を引きずりながらその場で回るだけ。
最大ヤベ、マジで――。
『さあ、アイアンペッカーの礎になりたまえ!』
冗談抜きで、衝撃波なるものが起きた。
俺達を中心に、風圧らしき波が八方へ広がった。
それで、結論から言えば、俺はボブマッチョのアイアンプレスを紙一重で躱すことに成功したようだ。
真横では――アームの可動部に回転機構を仕込んでいたのか、見事に下部機体からの着地を見せたアイアンペッカーがずん、と佇んでいる。
「悠長にはしてらんねえ」
逃げなくては。
俺は数瞬前、相手の大技を回避した緊急移動テクで再び、移動を開始する。
腕先を動かない足の前につく。ぐいっと機体をやや起こし、動く足の回転と上部機体の旋回を同時に行う。
すると、ブレイクダンスを踊るような、俊敏な回るステップが生まれる。
上部からの回転運動と下部の回転運動を組み合わした、回転移動法だ。
一度に動ける距離は限られているが、繰り返せば片足でも自走が可能である。
ただ、あまり使いたくない移動法なのだ。
「頼む、土フィールドに届くまでは外れないでくれっ」
なぜなら、片方の使う足に物凄い負荷がかかるので、履帯が外れやすい。
今、それをやってしまうと完全に自走ができなくなるわけだ。
なのに。
バキン、と金属音が鳴た瞬間、回転移動のリズムが崩れる。
完全に機能不全へと陥る下部機体。
「こんにゃろっ。あと少し、伸びろもっと伸びろアームっ」
届かないっ。
もうすぐそこに土フィールドがあるのにっ、バケットが届けば機体を引っ張れるのにっ。
アームでバタバタ藻掻いていると、両の履帯を失う俺にはもう鳴らせないキュラキュラ音が近づいてくる。
『はっはっはっ。まさかあの状況下でエスケープされるとはね。しかし、良い経験になった。私のアイアンプレスが、両刃のトリックだと改めて認識できた』
動ける上部で旋回してみれば、操縦室の透明度を落とすアイアンペッカーがいた。
そして、そのアイアンペッカーのアームが起こされ、ピックの先が太陽を指す。
まるで、大空へ向かって指先を掲げる腕のようだ。
『しかし私はっ、次もこのアイアンプレスにて相手を打ち倒すことを宣言しよう。絶対的な優勢に甘んじることなくっ。私は敢えて、アイアンペッカーの最大闘技を使い、勝者の道を掴みとるっ』
俺にはなんとも楽しくないこの頼もしい声に、闘技会場は本日最高の盛り上がりを見せた。
『最後にタクミへ問おう。両足の機動性能を失い身動きが取れない君には、ギブアップの選択肢がある。さあ、セレクトしなさい』
「……この空気で、ギブアップとか超絶ブーイングもんだろうが」
選べない選択肢に憤りを感じつつ、マイクを取る。
『言わなかったか。俺が目指すのは本戦のてっぺんだ。ギブアップなんてくだらねえオプションは、俺の機体には搭載してねーんだよ』
『いい決断だ』
俺とボブとの決勝戦。
その闘技の最終局面の立ち合いが開始された。
ガガガッ。
俺のバケットでは全く歯が立たなかった硬いコンクリフィールドも、ピッカーの一撃で穴を穿たれる。
ピックの芯棒が深く突き立てられれば、ピキピキと軋む音を鳴らしながら浮かび上がるアイアンペッカー。
履帯の接地面をなくす足は反るようにして後ろ、そして、大空へとその足裏を向ける。
重機の逆さ直立。
上下で重機乗り同士が睨みあう。
俺の目を大きな機体の圧迫感が覆ってくる。
一撃圧殺の強力な攻撃が、まったく動けない俺へ迫ろうとしている。
正直、ぎりぎりまで勝利への道なんて見えてなかった。
けど、今は違う。
このあまりにも派手な攻撃に面食らって、気づけていなかった。
勝機は回避ではなく、立ち向かうことで生まれる。
突破口は、ボブ=アイアンペッカーの腕だ。
相当な重量を支える腕には、かなりの負荷が働いていると考えていい。
そこで思い浮かぶのは、”膝カックン”理論。
ボーと突っ立ている相手に背後から迫り、膝裏を押してカックンと折らせるあの『膝カックン』は、重心が乗る足や体重が重い奴の膝になればなるほどに勢いよく折れる。
俺はその膝を、相手アームの肘にあたる部分へと見立てた。
そして、その肘が回転機構を備えるなら、それは通常より複雑な仕組みになっているということ。
大概、物ってのはシンプルな構造ほど強度があるってもんだ。
付け入る箇所として、条件は悪くない。
加えて、ユンボーにはサラ=ブレッドのエクステを叩き折った実績がある。
大丈夫だ、俺=ユンボーなら、やれる。
ギ、と確たる意思の瞳を上方へ向ける。
『アイアンペッカーのボブっ。俺が吠え面をかかせてやるぜ』
『はっはっはっ。面白い』
こっちの攻撃で打ち抜けたら俺の勝ち。そうでなければ、俺がアイアンペッカーの下敷きになる――。
操作レバーを叩き込む。
ガキーン、と目一杯伸ばすアーム、そして腕先のバケット。
打撃部分のバケットが、相手の突っ立つアームの際に届いたことを感謝して、丸ボッチを力強く引くっ。
「頼むぜ、ユンボー!! 一撃いいい必倒おおおお――」
『さあっ、フィナーレだっ』
「360度爆加速旋回水平手刀打だおらああっ」
綺麗な弧を描きアイアンペッカーのアーム関節部からスタートした俺の手刀が、定めた狙いへと再び迫るっ。
読んで頂きありがとうございました。