7 マッチョ再び
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俺は今、決勝の対戦相手アイアンペッカーのボブマッチョと対峙する。
ただし、互いの重機を駆るのではなく、生身で向き合う。
ついでに、土面での構図はスリーマッチョに対して、ワンノーマルの睨み合いだ。
数分前に遡る。
俺がエリッタとの絆を確かめ合っていると、検査員の一人が声を掛けてきた。
なんだろうと操縦席の窓から先をのぞけば、白タンクトップを先頭とする人影が三つ近づいてきていた。
真ん中のボブマッチョの手にはマイクが握られており、左右の黒マッチョが音声拡大器を抱えていた。
んで、ボブマッチョから『タクミ、カムヒア!』と手招きされ、俺はここへ降り立つに至るのである。
まあ、マメというか、ある意味手を抜かない闘技者というか。
闘いはすでに始まっている的思考の元、対戦相手へちょっかい掛ける(挑発する)のが、きっとこのおっさんの闘技スタイルなんだろう。
ぴゅー、と木枯らしでも舞いそうな風が吹けば、土煙が立つ。
『ミスタータクミ。私はこのよき日に、君と闘えることを嬉しく思う』
「この距離で、マイクを使うな。鬱陶しい」
「はっはっはっ、観客にも伝えなければならないのでな。重機乗りならすぐに慣れる」
マイクが外れたと思ったら、その大きく開く口からはこれまた大きな声。
重機が騒音機械だからって、誰もが大音量に寛容ってわけじゃないからなっ。
「で、わざわざこっち側まで来て、どんな挑発のご用件ですかね」
そんな台詞で相手を挑発してみたら、目の前にぶっとい腕が突き出された。
「なんだよ、またシェイクなハンドですか? ほんと、外国人って握手がぶき――っ」
吹っ飛んだ。
いきなり俺、吹っ飛んだ。
地面に転がる俺は――なんの脈略もなしにビンタされた。顔に張り手を食らった。
何!? 何がどうした!?
『会場の皆さん。神聖な獣騎闘技の場で、生身の拳を振るったことを詫びよう。
しかし、私が闘士タクミに行った行為は、私の故郷では決闘を申し込む儀式であることをここに伝えたい』
俺の頬に熱を持たせた相手が、マイク片手に観客へ向けて語り始めた。
白手袋を相手へ叩きつけるとかは聞いたことあるがよ――、
「平手叩きつけるとか、んなもん知らねーし、ただ喧嘩売ってるだけじゃねーかっ」
ガッ、と食いかかろうとしたら、黒マッチョ二人がボブマッチョの壁になる。
『ここにいるタクミと私には、一人の女性を互いに愛してしまった因縁がある。
今日の決勝という舞台は、そのような我々に神ギリシアが与えてくれた決意の機会だと思っている』
ぐるりと会場を見渡した大男の目が、一点を見つめる。
投げ掛ける眼差しは、俺を飛び越え後ろの重機――ユンボーの傍で事の成り行きを見守っていたエリッタへと注がれている。
『強き獣騎士の証を立てるとともに、どちらがそちらのエリッタ嬢へふさわしいか、闘技にて決着をつけようと思う』
堂々と、そして高らかな宣言を発した者は、観客席からの歓呼の声を全身に浴びた。
会場が揺れる。
俺の心も、何言ってんだこいつ!? 的動揺が半端ない。
「おっさんっ。因縁って何だよ!? エリッタがなんなんだよ!?」
周りの盛り上がりに、俺の叫びが掻き消されそうになる中、ボブマッチョが、はっはっはっと笑う。
「オー、今のタクミはハトがビーンズガンというやつだ。それはそれとして、ユーとフェイトなどない。ただのパフォーマンスだ。我々は獣騎のプロフェッショナル。ユーはショーとして、観客たちを楽しませる責任があるとは思わないのかい」
「はい!? ショーでプロで、パフォ、パフォ、はあ!?」
「はっはっはっ。いわゆる『オモテナシ』だよ。これは君のカントリーの言葉ではなかったかい」
大男はそれだけ吐けば、観客へ向け手をかざし、まるで花道でも歩くかのようにして、自機の方へと戻ってゆく。
「お……れを、俺を殴ったことへの謝罪はねーのかよおおおおっ」
俺は去りゆく筋骨隆々の白い背中に、ビシと指を指し吠えた。
ドアの向こうではリス耳がぴょこんと立っている。
操縦室には、ドバドバとジェルが流し込まれていた。
「エリッタ、大丈夫だかんな。俺があんのロリコンマッチョからエリッタを守ってやるからな」
「エリッタは大丈夫だと思われるのです。それより、ほっぺが赤いタクミくんの方が、大丈夫そうには見えないのです」
ヒリヒリする頬を擦る。
「それで、タクミくん。ろりこんは機械用語なのですか、それとも来訪者用語?」
「ああーと、分けるなら来訪者用語。エリッタのような可愛いくてちっさい女の子が好きで好きでたまらなくて、ペロペロしたりハグハグしたり、ブヒブヒしたくなるキモいおっさんを指して使う用語だな。あのボブマッチョなんてのが、まさにそうだから気をつけるんだぞ」
マッチョの分際で、俺のエリッタにチョッカイかけようなんて100年早いわ。
「じゃあ、タクミくんもロリコンさんなのですね。いつもエリッタのこと、モフモフしようとしてくるのです」
「なん……だと……」
俺が、この俺がロリコンだと、そう君は言うのか!?
モフモフがペロペロと同義だと、そう定義するのか!?
違うぞエリッタ。断言してもいい。俺は決してロリコンなんかではない……がしかし。
しかし、だ。
ここでロリコンを否定してしまえば、それは俺のエリッタヘの愛情が虚像だったてことになるんじゃないか。
獣少女から俺は、試されているのやも知れん……いや、真意を問うている。
くりくりっとした瞳から放たれる清らかな眼光。
普段の俺の想いが、本物かどうか見定めようとしている。
「タクミくん? 急に汗がダラダラなのです。大丈夫ですか? お腹が痛いのですか?」
俺はドア越しに人差し指と中指をおっ立てる。
「えっと、ぴーすまーく? でしたでしょうか」
「違う。この二本の指はブイサインではない。エリッタよく聞いてくれ……世の中には大概二種類の人間が存在する」
この手の話で耳にするのは、勝者と敗者とかだが……。
「ロリコンには、あのマッチョのような変態ロリコンとは対極に位置する紳士ロリコンも存在する。当然、俺は紳士ロリコンだ。そこだけはしっかりと覚えておいてくれ、頼む」
エリッタの反応をうかがう前に、注入されるジェルが、紳士で真摯な俺を完全に包み込んだ。
最後の仕事を終えたドカタンは、頑張ってとの想いを俺に託して去る。
「ムカつくが、まんまとマッチョの挑発にハマってしまったぜ」
闘技直前、ケチがついた。
闘いへ向けての高揚とは別に、特に必要もなかったはずの興奮が、俺の気持ちを急かす。
「見てろよ。ぐうの音も出ないくらいに、ケチョンケチョンのギッタンギッタンにしてやからな」
ファンファーレが鳴りやめば、ゴーンと決勝戦開始の鐘が鳴る。
俺は迷わずに、ガンと出力レバーを手前に叩き込むっ。
爆発でも起きたかのような歓声に後押しされ、出力最大ウサギの最短直進ルートを驀進ならぬ爆進する。
土フィールドを抜け、コンクリフィールドを横断すれば捉える。
機体をトリコロールカラーで染めるアイアンペッカー。
おっさんがフランス人なら、何も思わない。
けど、絶対にあいつはただの日本のロボットアニメかぶれだっ。俺の第六感がそう伝えてくる。
お前は子供頃、重機の操縦席に乗り込み、宇宙で敵と戦ったことがあるか。
俺は(妄想で)ある!
「こっちは筋金入りのロボット大好きっ子なんだよっ。かぶれごときが、その伝統カラーを使うんじゃねえっ」
俺から見て、右方向へ回り込もうとする左利き(サウスポー)のアイアンペッカーに左旋回、回し腕手刀打ちっ。
チュイン、と伸ばすバケットの先が、かすめただけに終わる。
意外に相手の反応と駆動性が高い。
ギャパパパと履帯を土面で滑らしながら、相手へ向き直る。
こっちの死角へ回り込もうとしてくるアイアンペッカー。
二機は螺旋を描きながらに、間合いを詰めていく。
「うだっ」
ドン、と重機同士がぶつかる。
乗り手の図体の割に、向き合う相手の重機の大きさは、俺=ユンボーより一回り小さい。
だが、重量はあまり変わらないのだろう。押し合いに優位性を感じる挙動は生まれない。
「しれっと、『排土板』のオプション付けてやがるし」
こりゃ、押し合いも微妙だな……。
アイアンペッカーの足元に備え付けられる横に長い、厚手の鉄の板に気を取られていると、『破つりピック』のぶっとい鉄の棒先が、俺の機体に穴を穿とうと襲ってくる。
俺は機体に接触する棒先を、がん、とバケットを当てて弾き払う。
アイアンペッカーの腕先にある重そうな長方形の鉄箱から、にょっきと突き出る芯棒。その棒先に触れただけでは穴は開かない。
ピックはガガガッと、突き出る棒が目にも留まらぬ速さで上下運動することにより、突貫力とする。
なので、すかさす払えば、そうそう突貫されることないのであるが、いかんせん、中身が空洞の拳とぎっしりとした鉄で芯を覆う拳では、一撃の重さが違う。
純粋な殴り合いでは相手に分がある。
だから、俺は隙を見て土をすくう。
『さすがは決勝まで残る重機乗りだ。拳のウェイトによるハンデを、バケットに土を盛ることでカバーする。そういうことだろ、タクミ』
「このくそマッチョっ。殴り合ってる最中に、わざわざマイク使ってまで話してくんなよっ」
『おお、ソーリー。何かスピークしているようだが、拡声器を使用してもらわないとヒヤリングできない』
視界には肩をすくめるボブマッチョが映る。
「こんのお――」
その八の字眉顔やめろ。
こっちはハンズフリーな拡声器積んでないんだつーのっ。
「だらっ、秘技、肘掛け運転」
俺は掛かるマイクを掴み、掴む腕の肘でアーム操作レバーを操る。
地味で不格好だが、かなりの技量を要する上級テクニックだ。
『いちいち、スピーカー使って話しかけてくんじゃねえっ。あと解説っぽいこともすんな。なんか恥ずかしいだろうがっ』
俺が説明されないと理解できないような、おかしな行動をしているみたいじゃねーか。
『ノンノン。解説は必要不可欠だ。我々の間で行われている駆け引きを、観衆へ伝えれば、それだけエキサイトな舞台になるだろ』
『意味わかんね』
ぶつけ合いで、ほとんどカラになったバケットの残る土砂を相手重機にぶっかけ、俺は一旦距離を置く。
土砂掛けが目眩ましになるわけではないが、俺の中で確信した気持ちが自然とそうさせていた。
ま、手足が出ないからの嫌がらせなんだけど。
ムカつくかな、ボブマッチョは強い。
重機バトルはただ殴り合って押し合っての闘いではない。
ちゃんと駆け引きやテクニックがある。
相手を攻撃するにしても、ジェルを赤く染めようと思うなら操縦席へ直接打撃を加える方が効果的。
だから、死角から襲えばゲームメイクは行い易いが、アームの付け根で守られる操縦席を狙うには好ましくない、なんて状況が生まれる。
この、こっちが立てばあっちが立たないを上手く使って立ち回れるのが、強い重機乗りだ。
死角からの転倒攻撃かと思えばフェイクで、急旋回でコックピットへの会心の一撃――狙いかと思いきや、それも引っ掛けで、相手の挙動を揺さぶった後にウイークポイントをついて一気に転がす、なーんてのは日常茶飯事だ。
ボブマッチョにはこのバトルセンス的なものが、俺の駆け引きに屈しない程度は十分にありやがる。
それから、重機バトルの重機は常に、攻守を同時に行う。
主に『攻』となる上部機体の旋回は説明するまでもなく、攻撃するための動作と操縦席の移動の意味がある。
それで、主に『守』となる下部機体の旋回であるが、俺達重機乗りは停まったままで殴り合いはしない。絶え間なく両足のペダルで操作している。
これはなぜかといえば、重機バトルに於いては、履帯の向きが直接的な弱みになるからだ。
仮に下部の横長の履帯が左右に伸ばして座る『=』なこの場合、横から加わる力には強いが、上下からの力には逆に弱くなる。
だから、相手の攻撃のベクトルに対しては、強い面で受けるのがセオリーだ。
相手がいろんな角度から殴ってくるのであれば、それに耐えられる向きで対応しなければならない。
左右の履帯を互い違いに前後したり、片方だけを回したり、かなり忙しいのである。
これをボブマッチョは、俺と同等かそれ以上の技術でアイアンペッカーを操っている。
腕を交わして、肌で感じた相手の実力。
「本戦の常連は、ダテじゃないってことか」
焦燥感を抱いているつもりはないが、レバーを握る手が汗ばんでいる気がする。
手をこまねく俺=ユンボーを中心点として、ぐるんぐるん回りながら、近づいてくるトリコロールカラーの重機。
俺はまたバケットで土砂をすくい、中身を相手へ向けて投げる。
牽制になりもしない土砂かけを続ける。
攻めあぐねる俺は、これしかやれることがなかった。
読んで頂き、ありがとうございました。